FINAL FANTASY Ⅶ Revengers 作:オレンジⅩⅢ
朝霧が谷の岩肌を撫で、コスモキャニオンの集落はいつもより静まり返っていた。
赤茶けた岩壁の隙間から差し込む朝陽が、広場に集まった一同の影を長く伸ばしている。
広場の中央、浮遊する荷台に腰掛けたブーゲンハーゲンが、しわがれた声で一同を見渡した。
「谷の慣わし——ギ族の洞窟への道行きは、血を継ぐ者にしか許されぬ試練じゃ。ナナキよ、覚悟はできておるか」
ナナキは短く息を吸い、前足で地面を一度踏みしめた。尻尾の先が、緊張を隠しきれずに小さく揺れている。
「頼りないおいらだけど……行ってくる」
その声はまだ幼さを残していたが、揺らぎはなかった。
クラウドが片膝をつき、ナナキの目線に合わせる。
「大丈夫だ。俺たちも一緒に行く」
バレットが豪快に笑い、ナナキの背を優しく叩いた。
「そうだぜ、ナナキ。父ちゃんのことも、お前の血のことも、みんな見届けてやる。だから安心して来い」
ナナキは二人を見上げ、小さく頷いた。
その様子を見ていたエアリスが、胸の前で両手を合わせる。
「ナナキなら大丈夫。ちゃんと、待ってるから」
ティファも柔らかく微笑み、ユフィは腕を組んで得意げに鼻を鳴らした。
「洞窟なんて、あたしが行けば秒で片づけてやるのに! まあ、今回はナナキに譲ってあげる」
軽口にケット・シーが「ほんまにお節介な子やなあ」と混ぜっ返し、張り詰めていた空気がわずかに緩む。
その和やかなやり取りを、少し離れた場所から眺めていた。表情には出さないまま、内心では別のことを考えていた。
(洞窟組が動けば、こちらの動きに気を配る者はいなくなる)
見送りの喧騒に紛れ、擦れ違いざま、小さな影が肩を掠めていった。
麻布の頭巾を目深に被った、ウータイ風の身なりをした少年だった。
足を止めることなく、少年はそっと折り畳まれた紙片を手のひらに滑り込ませる。
「……“彼の方がお呼びです。いつもの場所で” とのことです」
囁くような早口でそれだけを告げると、少年は雑踏の中へあっという間に姿を消した。
紙片を開くことなく握り込み、袖の内側へ滑り込ませる。文字を見るまでもなく、差出人の見当はついていた。
(相変わらず、律儀に使いを寄越す)
見送る輪の外側、日陰に身を寄せたまま、その光景を静かに見つめていた。
(谷を守る者と、谷に潜む者——ここには両方がいる)
視線だけを集落の外縁、崩れかけた廃屋の方角へ向ける。長年その気配を読み分けてきた勘が、確信に近い予感を告げていた。
(老いても、隠れ方だけは相変わらずか)
エアリス、ティファ、ユフィ、ケット・シーが見送りの輪に加わる中、一人だけ輪から一歩離れた位置に立つ。誰にも気取られぬよう、静かに息を整えた。
不意に、ティファが振り返り、小さく首を傾げた。
「今日はなんだか静かだね」
「いつも通りだ。心配はいらない」
短く返すと、ティファは少し不思議そうな顔をしたが、それ以上は追及せず、洞窟へ向かうクラウドたちの背を見送ることに意識を戻した。
洞窟の入り口へ向かうクラウドたちの背中が、朝陽の中に小さくなっていく。それを見届けたあと、人混みに紛れるようにして踵を返し、人目の少ない路地へと足を踏み入れた。
(仲間たちが動きを見せていない今のうちに、けりをつけておくべきだろう)
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【SIDE クラウド】
ギ族の洞窟は、外の陽光が嘘のように差し込まない闇に満ちていた。
苔むした岩肌に刻まれた紋様が、松明の灯りに浮かび上がっては消える。壁の随所に、かつてここで斃れた者たちを弔う印のようなものが刻まれていた。
先頭を行くナナキの足取りは、最初こそ緊張で硬かったが、奥へ進むごとに何かを確かめるように速くなっていった。
「なあ、ナナキ。ここに来るの、初めてなのか」
クラウドが問うと、ナナキは前を見据えたまま答える。
「うん……じっちゃんに何度も止められてたんだ。お前はまだ早い、って」
「じっちゃんなりの、優しさだったんだろうな」
バレットが松明を掲げながら呟いた。
不意に、闇の奥から怨嗟のうめきと共に、朽ちた鎧をまとうギ族の亡霊が姿を現す。続けて二体、三体と、闇の中から沸き上がるように増えていく。
「来たか……!」
バレットが咄嗟にガトリングガンを構え、弾幕を張る。轟音が洞窟内に反響し、砂埃が舞い上がった。
クラウドは剣を抜き放ち、亡霊の懐へ踏み込んだ。振り下ろした刃が、朽ちた鎧ごと亡霊を斬り裂く。
(この谷には、まだ怒りが眠っている)
亡霊の一体を斬り伏せた瞬間、ナナキが低く唸る。爪から滴る何かを見つめ、その声はかすかに震えていた。
「おいらの……血の中にも、こういう怒りがあるのかな」
その呟きに、バレットが乱暴に、しかし優しく答える。
「怒りだけじゃねえだろ。お前の中にあるのは、それだけじゃねえはずだ。じゃなきゃ、こんな洞窟、とっくに音を上げて逃げ出してるはずだからな」
ナナキは一瞬だけ驚いたように顔を上げ、それから小さく笑った。
「……そうかも」
何も言わず、次の敵へと爪を振るった。三人がかりで一体、また一体と亡霊を打ち倒していく。
戦いの合間、クラウドがふと口を開いた。
「俺も、自分の中にあるものが何なのか、分からなくなる時がある。だから、気持ちは分かるつもりだ」
ナナキは少し驚いたようにクラウドを見上げたが、何も言わず、代わりに小さく頷いた。
洞窟の奥へ進むほどに、壁に刻まれた紋様は古く、痛々しいものへと変わっていった。まるで、この場所そのものが誰かの記憶を封じ込めているかのようだった。
「この先、なんだか……嫌な予感がする」
ナナキがぽつりと漏らした声に、バレットが黙って頷き、松明を掲げ直す。
洞窟はさらに深く、記憶の底へと続いているようだった。
やがて、道は二手に分かれる小さな広間へと出た。片方は下へ、もう片方は上へと続いている。
「上だ。何となく、そんな気がする」
ナナキが鼻先を上げ、迷いなく告げた。バレットとクラウドは顔を見合わせ、頷き合う。
上へ続く道を進み始めた矢先、壁の奥からひときわ大きな唸り声が響いた。姿を現したのは、これまでの亡霊とは比べ物にならない巨躯を持つ、ギ族の戦士長らしき影だった。
「デカいのが来たぞ!」
バレットが吠えると同時に、クラウドが前に出て剣を構える。
「ナナキ、後ろは任せた」
「うん……!」
三人の連携は、洞窟に入った直後よりも格段に噛み合うようになっていた。クラウドが敵の注意を引きつけ、バレットが側面から弾幕を浴びせ、隙を見てナナキが爪で急所を抉る。
長い攻防の末、戦士長の影は崩れるように霧散した。荒い息を吐きながら、バレットが額の汗を拭う。
「……ふう。やるじゃねえか、ナナキ」
「旅の中で鍛えられたからね!」
短くそう答えたナナキの声には、先ほどまでの緊張はもう感じられなかった。
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朝の喧騒が遠のいた頃、集落を離れ、谷の外縁に建つ廃屋へ足を運んだ。
崩れかけた石垣の隙間を抜け、ひび割れた木戸を押し開けると、埃と黴の匂いが鼻を突く。差し込む光の筋の中を、細かな塵がゆっくりと舞っていた。
薄暗い部屋の奥、揺り椅子に腰掛けた老人が、ゆっくりと顔を上げた。深く刻まれた皺の奥で、目だけが変わらず穏やかな光を湛えている。
「よく来たな、ゼロ……いや」
老人は目を細め、懐かしむように続けた。
「今は、ジュリアスと名乗っておるのだったか」
「ご無沙汰しております。その名は、あなたから頂いたものですから」
穏やかに返す声には、束の間の懐かしさが滲んでいた。
老人は杖を床に一度突き、目元を緩める。
「ウータイの戦火の中、母と、妹のように育てていた姪を失った童を拾ったのは、たしかにわしらじゃ。ゴドーの手を経て、お前をアバランチへ引き渡したのも」
「あの時、拾っていただかなければ、今の自分はなかったでしょう。恩は、忘れてはいません」
(覚えている。あの日、名も無い自分に「ジュリアス・キングスレイ」という名を与えられた日のことを)
言葉にはしなかったが、脳裏には焼け野原の匂いと、老人の骨ばった手の感触が蘇っていた。何も持たない子供に、名前という縄をかけたのがこの老人だった。
「あの頃のお前は、ただ焼け跡に座り込んで震えるだけの童だった。母も、あの小さな姪も、お前が守れなかったことを、来る日も来る日も悔いておったな」
「懐かしい話です。……ですが、今日は昔話をしに呼び出したわけではないのでしょう」
穏やかな笑みを浮かべたまま、静かに問いを返した。
老人は静かに笑みを浮かべた。
「それが今や、神羅の内側から食い破るほどの牙を持つに至った。感慨深いものよ」
老人はゆっくりと立ち上がり、窓の外——集落の方角へ視線を向ける。
「神羅の追手から逃れ、あの若者たちと共に歩いておるそうだな。存外、悪くない顔をしておる」
「おかげさまで、それなりに。そういえば……ウータイの近況は、そちらにも届いていますか」
老人はわずかに目を細めた。
「ほう、聞くか。……暫定政権は、神羅との戦を続ける構えのようじゃ。じゃが、随分と急いておるように見えるのう」
杖の先で床を軽く叩き、続ける。
「将軍やら重鎮やらの動きも、このところはっきりせん。表に出てくる言葉と、裏で動いておる気配が、どうにも噛み合わんように見える」
(不透明、か……)
脳裏では、ゴドーの失脚と暫定政権の成立、そしてかつて世話になった娘の立場が、静かに重なっていた。
「本流としても、今の流れに疑問がないわけではない。じゃが——それで神羅が倒れるというなら、文句を言う筋合いはないというのが、大方の見立てじゃ」
老人は肩をすくめるように笑った。
「詮索するお前の悪い癖は、変わらんな」
「職業病、というやつです。して、ご用件は?」
丁寧に問いかけると、老人は口元をわずかに緩め、杖の先で床の埃をなぞった。
「せっかちなところは、昔から変わらんのう。まあいい——単刀直入に言おう。神羅との全面戦争は、もはや避けられぬところまで来ておる。本流はそのための力を、静かに、しかし着実に集めておるところよ。お前の智恵と腕を、もう一度こちら側に貸してはくれぬか」
老人の声には、確信めいた響きがあった。
「かつてのお前が持っていた場所は、今も本流に残っておる。合流し、共に神羅と戦おうではないか」
その言葉を受け止めながら、脳裏では静かに損得を勘定していた。
(本流の資源、伝手、情報網——利用価値は確かにある。だが、それを差し引いても)
老人はなおも言葉を重ねる。
「あの若者たちだけで、神羅という怪物にどこまで抗える。星を救うだの、絆だのと美しい言葉を並べるだけでは、いずれ限界が来る。お前ならば、それが分かっておるはずじゃ」
「……おっしゃる通り、あの寄せ集めだけでは、いずれ手が足りなくなる場面も出てくるでしょう」
静かに頷きながら、しかし表情は変えなかった。
「それでも、合流はお断りします」
老人は僅かに眉を上げた。
「かつて、あなた方と袂を分かった過去があります。あの時の亀裂は、今も互いの中に残っているはずです。だからこそ——お互いに利用し、必要な時だけ手を組む、今のこの距離感が、あなた方にとっても俺にとっても、一番都合がいいのだと思いますが」
老人はしばし黙り込み、それから小さく肩を揺らして笑った。
「相変わらず、計算高い返事をする」
笑いの余韻を纏ったまま、老人は探るような目でこちらを見つめてくる。
「一人でか。それとも、あの若者たちと共に、か」
穏やかに微笑んだだけで、それ以上は答えなかった。
脳裏を過るのは、かつて自分を庇って死んだリーシャの姿だった。あの日与えられた算術魔法の甘言と、自分を庇って崩れ落ちた彼女の最期。
(あの遺言を、俺はまだ正しく弔えていない。向き合うことは、償いにはならない。彼女は還ってこない。それでも——罪に蓋をしたまま、修羅の道を進むことこそが、俺の選んだ生き方だ)
老人は黙ってその沈黙を見つめていた。懐かしむような目で、ただじっと見据えている。
その沈黙をどう受け取ったのか、老人は満足げに呟くように口を開いた。
「あの日の童がなぁ……ただの芽のひとつが、大輪の花と化したのう。いや、火種が業火と燃え広がったというほうが合っておるかな?」
杖を鳴らし、慈しむような響きを声に滲ませる。
「ただし、業火となるのは結構だが……我々まで巻き込まぬようにしてくれよ」
乾いた笑い声が、狭い部屋に小さく響いた。
「お世話になりました」
短く一礼し、踵を返して闇の中へと足を踏み入れる。
木戸を潜り抜け、谷の外縁を吹き抜ける風の中に立った。集落の方角からは、まだ穏やかな喧騒が届いている。
(仲間の元へ戻れば、いつも通りの顔ができる)
背後で、老人の穏やかな笑い声が小さく響いていた。それを振り切るように、集落へと歩を進めた。
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【SIDE クラウド】
洞窟の最奥、視界が唐突に開ける。
崖の上に広がるのは、谷全体を見渡せる開けた高台だった。夕暮れ前の光が、赤茶けた岩肌を橙色に染めている。
そこに立っていたのは——無数の毒矢を全身に受けながら、仁王立ちのまま石と化した、巨大な狼の姿。
ナナキの足が止まる。
「父さん……」
声が震えていた。前足が、かすかに震えながら一歩、また一歩と近づいていく。
追いついたブーゲンハーゲンが、浮遊する荷台から静かに口を開く。
「セットーは、逃げ出した裏切り者などではない。たった一人でギ族の侵攻を食い止め、この谷を守り切った英雄じゃ」
クラウドとバレットは、言葉もなくその姿を見上げた。全身に突き刺さった矢の数は、優に百を超えていた。それでもなお、狼は前を向いたまま倒れることなく立ち続けている。
「じゃあ……逃げたんじゃ、なかったんだ」
ナナキの声が掠れる。信じたくても信じきれない、そんな響きが混じっていた。
「臆病者と呼ばれ続けてきたセットーは、誰よりも勇敢だった。それを長年、誰も知らずにいた。わし以外はな」
ブーゲンハーゲンは杖代わりの荷台を静かに近づけ、続ける。
「あやつは分かっておったのじゃ。真実を語れば、お前がその重みに押し潰されてしまうかもしれんと。だから黙って、石になることを選んだ。
石化してなお、あやつは今もこの谷を見守り続けておる」
その言葉が終わるより早く、石化したセットーの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
その光景に、バレットが息を呑む。
ナナキはその場に崩れ落ち、両の前足を地に突いた。
「父さん……! おいらの、誇り高き父さん……!」
嗚咽と共に、涙が止めどなく溢れる。長年抱えてきた誤解と、父への恨みにも似た感情が、一気に堰を切って溢れ出しているようだった。
バレットが無言でナナキの傍らに膝をつき、その小さな背にそっと手を置いた。
「泣きたいだけ泣け。誰も笑いやしねえよ」
その低い声には、自身の過去を重ねるような優しさが滲んでいた。マリンのことを思い出しているのかもしれない、とクラウドは思った。
しばらくの間、ナナキの嗚咽だけが谷に響いていた。
やがて、ナナキは涙に濡れた顔を上げ、天を仰いだ。喉の奥から、力強い遠吠えが放たれる。
その声は谷全体に響き渡り、長く、長く尾を引いた。夕暮れの空に、まるで父への誓いを刻みつけるように。
「おいら……父さんの誇り、ちゃんと継ぐから」
震える声で、しかしはっきりと誓う。
クラウドは静かにその背を見つめ、小さく頷いた。
「継げるさ。お前ならきっと」
バレットもまた、無骨な笑みを浮かべて頷く。
「おう。おいら、なんて呼び方もな、もう似合ってるぜ」
三人はしばらくの間、石化したセットーの前に立ち尽くしていた。夕陽が谷全体を茜色に染め上げ、その光の中で、狼の輪郭がまるで生きているかのように揺らめいて見えた。
「帰るか。みんな、待ってるだろうしな」
バレットの言葉に、ナナキは涙を拭い、力強く頷いた。
「うん。おいら、みんなに報告したい。父さんのこと、ちゃんと」
来た道を戻る足取りは、行きよりも幾分か軽やかだった。
====================
集落に戻る一同の足音が、夕暮れの広場に響く。
出迎えたのは、いつもと変わらぬ冷静な表情だった。
「無事に戻ったか」
短く声をかけると、ナナキが涙の跡が残る顔を上げた。
「うん……おいら、ちゃんと父さんに会えたよ」
「そうか」
それ以上の言葉は必要なかった。ナナキの成長を噛み締めるように、短く頷く。
エアリスやティファたちが駆け寄り、口々にナナキを労う声が広場に満ちていく。ユフィが「よく頑張ったじゃん!」と背を叩き、ケット・シーが「泣きすぎて顔がえらいことになっとるで」とからかい、笑いが起きる。その輪の中心で微笑むクラウドたちを、少し離れた場所から見つめた。
「調子はどうだ」
クラウドが歩み寄り、小さく声をかけてくる。
「特に変わりない。そちらこそ、頭痛は」
「今は平気だ。……ありがとな、待っててくれて」
短いやり取りの中に、確かな信頼が交わされていた。
(温かいな、この光景は)
胸の奥では、誰にも明かせない業火が静かに燻り続けていた。老人の乾いた笑い声と、リーシャの遺言と、修羅の道を選んだ自分自身の声が、幾重にも重なって消えない。
広場では、ブーゲンハーゲンがナナキの頭を優しく撫で、集落の住人たちも次々と祝いの言葉をかけていた。賑やかな声が、夜の帳が下りかけた谷に響き渡る。
エアリスがふと振り返り、小さく首を傾げた。
「そういえば、ちょっといなくなってたけど、何してたの?」
「……ただの情報収集だ。いつものな」
短く答えると、エアリスは何かを察したように、それ以上は聞かずに微笑んだ。
(この優しさに、いつか呑まれてしまう日が来るのだろうか)
賑やかな声に包まれる広場の片隅で、夜空を見上げる。星々の光は、今日も変わらず谷を照らしていた。
(俺が歩むのは、この温かい光の中ではない——)
賑やかな声に紛れ、ひとり静かに目を伏せた。
夜が更けても、広場の灯りはしばらく消えることがなかった。ナナキを囲む輪の温かさに、コスモキャニオンの夜は静かに更けていく。
その輪から少し離れた岩の上に腰掛け、遠くに瞬く星を眺めていた。
かつて老人に拾われた日も、同じような星空があったのかもしれない。だが、あの日の記憶には星の光など残っていない。あるのは、焼け跡の匂いと、小さな姪を抱きしめた腕の感触だけだった。
(あの日から、俺は何を積み上げてきたのだろうな)
答えの出ない問いを胸の奥に沈め、静かに目を閉じた。谷を渡る夜風が、頬を撫でて過ぎていく。