FINAL FANTASY Ⅶ Revengers   作:オレンジⅩⅢ

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Chapter.40 上塗り された 故郷

谷を抜けた先に、見覚えのある山影が見えた瞬間、隊列の歩調がわずかに乱れた。

先頭を歩いていたクラウドの足が、まず止まった。

続いて、ティファの息を呑む音がした。

ニブル山――その稜線の形は、彼らの記憶にあるものと寸分違わない。

夕陽を浴びて赤く染まった岩肌の輪郭を、双眼鏡越しに何度か確認する。

だが、麓に広がる村の光景は、彼らの記憶とはまるで違っていた。

 

焼け落ちたはずの家々が、何事もなかったかのように屋根を連ね、赤茶けた瓦と白い漆喰の壁が夕陽を反射している。

井戸端では見知らぬ女が洗濯物を干し、通りでは子供が数人、追いかけっこをしながら笑い声をあげていた。

風に乗って、パン屋らしき店先から焼きたての匂いまで流れてくる。

 

その生活感の作り込みの丁寧さこそが、かえって不自然だった。

これほどの規模と精度で「日常」を捏造するには、相応の予算と人員、そして周到な監督が要る。

タークス時代、情報操作の教本で似た手口を叩き込まれたことがある。

事件そのものを消せないなら、事件の起きた場所ごと塗り替えてしまえばいい――その発想の徹底ぶりに、今さらながら舌を巻く。

 

「……嘘、だろ」

 

クラウドの声は掠れていた。

 

「俺の村だ。俺が生まれた場所だ。でも、これは……」

 

言葉の続きが出てこないらしく、そこで口を閉ざす。

ティファは何も言わず、ただ村の入り口に立つ看板を見つめていた。

 

『ニブルヘイム療養村・観光案内所』――そう記された木の板が、かつて何もなかった場所に新しく打ち込まれている。

 

「あの木戸……昔はなかった」

 

ティファがぽつりとこぼす。

 

「お店も、道の形も……知らない場所みたい。なのに、ここに立ってる感覚だけは、確かに帰ってきたって言ってるの」

 

その矛盾に耐えかねるように、ティファは自分の二の腕を抱いた。

 

「井戸の位置も、心なしか東へずれてる気がする」

 

クラウドがぽつりと呟く。

家の並びも、道幅も、細部までは再現しきれていない。

模型のような正確さで組み上げられた偽物、という表現がもっとも近い。

隣で、ユフィが訝しげに眉を寄せる。

 

「なんかさ……気持ち悪くない? 焼けたはずの村が、こんな綺麗さっぱり元通りになってるとか」

「復興、というにはあまりに手際が良すぎるな」

 

バレットが腕を組み、低く唸った。

 

「テメェら、これがどういうことかわかるか」

 

かつて北コレルで見た神羅の手口を思い出しているのか、バレットの目つきが険しくなる。

 

「金と力で塗り潰す……いつものやり口だな」

 

答えは、すでに出来上がっていた。

村の四方を軽く見渡しただけで、違和感の正体は浮かび上がってくる。

観光客を装った男たちの視線が、一様にこちらへ向いては逸れる。

道の端に立つ女は洗濯物を干すふりをしながら、その実、竿の向きを微妙に変えて村の出入り口を見張っている。

窓の奥にちらつく人影の数は、住民にしては多すぎる上に、誰一人として生活の匂いを持たない。

 

擦れ違う人々の歩幅が、そろいもそろって一定なのも気にかかる。

訓練された歩幅と姿勢――軍人か、それに準ずる者の癖だ。

 

「……見せかけの街だ」

 

低く告げると、クラウドとティファが同時に振り向いた。

 

「表向きは療養村、それらしい設定まで用意してある。だが住民のほとんどは演技者、もしくは観察員だ。視線の配り方一つで分かる。素人の芝居じゃない」

「観察員……って」

 

ティファの声に、緊張が滲む。

 

「監視、ということだ。事件の痕跡と、それに関わった人間――お前たちのような生き残りが、いつかここへ戻ってくることを見越して、網を張っている」

「じゃあ、俺たちが来たことは」

 

クラウドが視線を鋭くする。

 

「もう向こうに伝わっている可能性が高い。気を緩めるな。ここは故郷の顔をした檻だ」

 

短く言い切ると、クラウドの喉が上下した。

拳を握りしめる指先が白くなっているのが見える。

 

それでも、逃げ出そうとはしない。

代わりに、村の中心へと向かって足を踏み出した。

 

「行こう。逃げても、何も変わらない」

 

その背を見送りながら、ティファもまた小さく頷いて後に続く。

エアリスがそっと二人の間に並び、何も言わずに歩調を合わせた。

 

村へ踏み込む前に、一度全員を呼び止める。

 

「入る前に決めておく。目的は情報だけだ。監視に紛れて動く以上、余計な戦闘や目立つ言動は避けろ」

「そりゃ分かってるけどよ」

 

バレットが不服そうに顎を撫でる。

 

「探すもんが黒マントの行き先……で合ってるんだな」

「それと、宝条が使っていたと思しき施設の入り口だ。屋敷か、それに類する建物があるはずだが、この距離からでは確認できない」

 

「せやったら、わてに任せてーな」

 

それまで黙っていたケット・シーが、ひょいと片手を挙げた。

 

「わては神羅リゾートの案内ロボットやて言うたら、大抵のとこは怪しまれへんのや。村役場でも観光案内所でも、ちょちょいと潜り込んで端末覗いてきますわ」

 

一理ある。

人の形をしたこちらとは違い、愛嬌を振りまく案内ロボットという体裁は、この村の「観光地」という設定そのものに溶け込みやすい。

 

「単独行動は許可する。ただし、無理はするな」

「わかっとるって。ほな、行ってくるわー」

 

言うが早いか、ケット・シーはとことこと村の奥へ駆けていった。

 

「屋敷なら、村の奥にある」

 

クラウドが低く言った。

 

「昔から、村の人間は近寄らなかった場所だ」

 

遠くに見える療養施設らしき棟の窓には、白衣の人影がいくつも動いていた。

診療の名目にしては、出入りする人数が多すぎる。

その一言に、行き先の骨格が固まる。

 

「ならば、村を横切って奥へ向かいつつ、周囲の監視密度を計っていく。ケット・シー以外は分散はせず、観光客の集団として動け」

 

短く頷きが返り、一行は改めて足並みを揃えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

村の路地は狭く、昔ながらの木組みの家々が軒を連ねていた。

ただし建材の香りは真新しく、経年の匂いはどこにもない。

一同は観光客を装いながら通りを歩いたが、視線だけは絶えず周囲を這わせ続けた。

途中、井戸端で洗濯をしていた女がティファに愛想よく声をかけてきた。

 

「あら、観光かい。この村はね、昔ひどい事故があったらしいけど、今はこんなに綺麗になったんだよ」

 

ティファは笑みを作って相槌を打ったが、その手はスカートの裾を強く握りしめていた。

女の目の動きが、会話の間もずっとこちらの人数と装備を数えていたことに、気づいていないはずがない。

やり過ごした後、ティファの表情から作り笑いが消えた。

 

「……ああいうの、一番堪える」

 

小さくこぼした声に、返す言葉はなかった。

路地を折れた先、小高い丘の上に古い洋館の輪郭が見えた。

黒ずんだ屋根と、蔦の這う石壁――村の他の建物とは違い、そこだけは意図的に手を入れられていないのか、朽ちたままの姿を晒している。

クラウドの足が、一瞬だけそちらへ向きかけて止まった。

 

「あそこは……」

 

言いかけたクラウドの声を、ティファが静かに引き取った。

 

「神羅の屋敷だよ。話してた通り」

「中で何があったのか、俺たちもよくは知らない。ただ、研究員が過去に出入りしてたって話だけは聞いたことがある」

 

クラウドが低く付け加える。

さらに進んだ先、村の外れには古びた給水塔が立っていた。

記憶にある位置と、ほぼ変わらない。

ティファがその足元でふと立ち止まり、塔の上を見上げた。

 

「あの上で、クラウドと約束したの。ずっと昔に」

 

それ以上は語らず、すぐに視線を戻して歩き出す。

過去を懐かしむ余裕は、この村にはない。

村の中央まで戻ると、古びた井戸があった。

その先で、黒いマントの人影を見つけたのは、路地の奥、井戸の裏手だった。

男は顔を伏せたまま、手の中の端末を操作している。

画面には見慣れぬ文字列が流れ、指先の動きに合わせて何かのデータが送られていくのが遠目にも分かった。

送信先は、ニブル山の方角――山頂近くにあるはずの、あの魔晄炉だ。

 

「……あれ」

 

ユフィが小声で言いかけるのを、目配せひとつで制した。

その拍子に、ユフィの肘が積み上げてあった空き瓶に触れ、かたん、と乾いた音が響く。

黒マントの肩が、わずかに強張った。

息を詰めて物陰に張り付く。

数秒の静寂の後、男は振り向かないまま、ゆっくりと作業を再開した。

聞こえなかった、あるいは聞こえないふりをしただけか――どちらとも判断はつかない。

物陰から見守るうち、男は端末をマントの内側へしまい込み、何事もなかったように路地の奥へと消えていく。

 

追うことはしなかった。

これ以上目立てば、こちらの動きも筒抜けになる。

ユフィが青い顔で口だけを動かし、ごめん、と謝った。小さく首を振って応じる。責める時間も惜しい。

路地の先へ視線を戻すと、黒マントの後ろ姿はすでに人混みへ紛れて見えなくなっていた。

 

「今の、なんだったんだよ」

 

小声で聞いてきたバレットに、静かに答える。

 

「データを山の方へ送っていたようだ。おそらく魔晄炉に、まだ生きている神羅の回線がある」

 

あの男が送信先としていた端末そのものが、追うべき対象に加わった。

 

「あの男の足取りにも、迷いがなかった。何度も同じ道を通っている者の歩き方だ」

「情報を統制する側が、末端の回線をわざと切っているのだろうな。住民という名の観察員に、外部との連絡手段を持たせないために」

 

その分析に、クラウドが小さく頷いた。

 

「なら、答えは山の上にある。宝条が何をしたのか、俺とザックスが何をされたのか。その記録が残ってるとしたら――」

 

言いかけて、こめかみを軽く押さえる。

痛みをこらえるような、わずかな表情の陰りだった。

 

「クラウド」

 

ティファが気遣わしげに名を呼ぶと、クラウドは小さく首を振った。

 

「大丈夫。ただの、予感みたいなもんだ」

「予感、か」

 

その言葉を繰り返しながら、クラウドの顔色を観察する。

コスモキャニオンで語られた発作の内容――銀色の髪、嗤う気配――と、今の反応の種類が同じものかどうか、見極めがつかない。

 

「何か視えたら、すぐに言え。些細なことでもいい」

「……分かってる」

 

短いやり取りの中に、以前より素直な色が滲んでいた。

 

「魔晄炉、か」

 

ティファが話を継ぐ。

 

「旅を始めた時から、ずっと言ってたもんね。ここに来た目的は、それを確かめるためだって」

 

頷いて返す。

黒マントが送っていた回線の端末、封じられた村の通信網、そして未だ言語化しきれていないクラウドの発作の記憶――そのすべてが同じ場所を指し示している。

 

「魔晄炉へ向かう。村に長居すれば、それだけ監視の目に触れる時間が延びるだけだ」

 

異論は出なかった。

エアリスだけが、一瞬、村の奥へと視線を投げていた。

 

「どうした」

「ううん……なんか、誰かに見られてる気がしただけ」

 

軽い調子でそう言って、すぐに歩き出す。

その横顔に、いつもの茶目っ気は見当たらなかった。

 

村を出る道すがら、路地の陰からひょっこりと顔を出す影があった。

 

「おーい、お待たせしましたぁー」

 

ケット・シーだった。

小走りに駆け寄ってくると、肩を落として報告する。

 

「村役場で端末借りてもろたんやけど……収穫なしや。載っとったんは観光案内と、療養施設の空室状況くらいでな」

「有益な情報はなし、か」

「せやねん。せやからな、もっと詳しいデータが欲しいなら、屋敷の中の端末を借りるしかないと思うで」

 

その一言に、視線が自然と丘の上の洋館へ向かう。

 

「屋敷の端末なら、村のとは比べ物にならんくらい詳しい記録が残っとるはずや」

「だが、あそこに正面から入れるとは思えない」

 

低く返すと、ケット・シーは肩をすくめた。

 

「そらそうやろな。ま、そのへんは道々考えましょか。

せや、もう一個小耳に挟んだことがあってな」

 

思い出したように、ケット・シーが片手を挙げる。

 

「屋敷の社員証を持っとる『ムラサキ課長』いう人、数日前から魔晄炉の様子を見に行ったきり、戻ってきてへんらしいで」

「戻っていない……?」

 

ティファの声に、緊張が滲む。

 

「せや。村の連中は『点検が長引いとるだけやろ』言うて、あんまり気にしてへんかったけどな」

「好都合、とも言えるな」

 

低く呟くと、ユフィが眉をひそめた。

 

「好都合って……行方不明なんでしょ?」

「行方はどうあれ、社員証はまだ彼の身の回りにあるはずだ。魔晄炉へ向かう理由が、また一つ増えたということだ」

 

クラウドが小さく頷く。

 

「黒マントの端末も、ムラサキ課長も……全部あの山の上、か」

「いや」

 

短く否定すると、クラウドが意外そうな顔をした。

 

「宝条が使っていたと思しき施設は、屋敷の方だ。実験の記録が、山にあるとは限らない」

「じゃあ……」

「山と屋敷、両方に何かがある可能性を考えておくべきだ。決めつけるのは、まだ早い」

 

村外れの登山口に差しかかったところで、案内係の腕章をつけた男に呼び止められた。

 

「おや、山へ? あの先は療養施設の関係者以外、立ち入りを控えていただいておりまして」

 

にこやかな口調だが、目だけが笑っていない。

 

「昔の炉が、まだ危険だとかで」

 

適当な言葉を返しながら、男とクラウドたちの間に割って入り、視線がこちらの人数を数え終えるより早く、話を切り上げる。

 

「散策の途中で、少し景色を見たかっただけだ。すぐに戻る」

「……そうですか。お気をつけて」

 

男は深追いせず、一礼して踵を返した。

 

立ち去り際、襟元の小型無線機に軽く触れ、低く呟く声が漏れ聞こえた。

 

「……はい。今のところ、異状はありません」

 

何かを通信する声に、耳が反応する

その背が村の方へ遠ざかるのを見届けてから、ようやく息を吐く。

 

「今の、絶対怪しかったよね」

 

ユフィが声を潜める。

 

「怪しいというより、任務そのものだろう。立ち入りを止める権限を持つ人間が、村人の姿で歩いている」

「つまり、この先も似たような目が並んでるってこと」

「その想定で進む」

 

登山口の柵をくぐる直前、もう一度村の方角を振り返る。

夕陽に染まる屋根の連なりは、遠目にはどこまでも穏やかな田舎の風景にしか見えなかった。

その静けさこそが、この村に張り巡らされた仕掛けの完成度を物語っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山道は記憶の中よりも険しく感じられた。

崖沿いの細い道を進むうち、日はすでに傾き、赤とも紫ともつかない光が岩肌を染めていく。

会話は自然と減っていった。

隣を歩くユフィだけが、時折落ち着かなげに視線を彷徨わせている。

 

「なんか……胸騒ぎがすんの」

「気のせいだと思いたいところだが」

 

小さく答えると、ユフィは唇を尖らせた。

 

「アタシの勘、結構当たるんだけど」

「今のところ外れていてくれることを願っている」

「それ、慰めになってないから」

 

軽口を叩き合っている間にも、足は止めない。

その軽口に付き合う余裕もなくなる頃、一行は魔晄炉の入り口へとたどり着いた。

古びた鉄の門扉が、夕闇の中で重々しくそびえていた。

配管の継ぎ目からわずかに漏れる蒸気が、門の周囲だけを薄く霞ませている。

魔晄炉特有の、あの低い唸りが足の裏から伝わってきた。

 

そして、その手前――門の脇の岩陰に、幾人もの人影が折り重なるように倒れていた。

真っ先に駆け寄ったのはティファだった。

膝をつき、そのうちの一人の首筋にそっと指を当てる。指先が止まったまま、しばらく動かなかった。

 

「……嘘。みんな……」

 

続く言葉が、形にならなかった。

倒れていたのは、装束からして間違いなくウータイの正規兵だった。

 

数えて、四人。

いずれも、すでに事切れていた。胸当てに刻まれた紋様、腰に差した短刀の意匠――見紛いようがない。

 

「え……」

 

ユフィの声が、震えていた。

 

「なんで……なんでウータイの兵隊が、こんな所で……」

「休戦中のはずだ。少なくとも、表向きは」

 

低く応じながら、遺体の傷を一体ずつ確かめていく。

一人は胸を深く一直線に斬られていた。

刃筋に迷いがなく、急所を的確に絶っている――訓練された剣士の仕業だ。

もう一人には、焼け焦げたような裂傷が残っている。銃撃か、あるいは魔法によるものか、判別はつかない。

 

だが残る二人の傷は、明らかにそれらとは毛色が違った。

引き裂かれたような、鋭く深い抉れ。

刃物でも銃口でもない、何か生き物じみた攻撃の痕跡だった。

 

「……全員が、同じ相手にやられたわけじゃなさそうだな」

 

低く呟くと、バレットが眉根を寄せた。

 

「どういうことだ」

「剣による傷と、焼けた傷は、神羅との交戦を思わせる。だが、この爪のような傷は違う。この場で、複数の戦闘が重なっていた可能性がある」

「ちょっと、待ってよ……なんでよ」

 

ユフィの声が、上ずる。

 

「休戦してるって、政権だってそう発表してるじゃん。なのに、こんな所で神羅と……それに、爪って、一体何が……」

「ユフィ」

 

呼びかける声を、努めて平静に保つ。

 

「動揺は判断を鈍らせる。今のお前に必要なのは、状況を観察することだ」

「そんな……悠長なこと言ってる場合――」

「言っている場合だ」

 

言葉を遮ると、ユフィの肩が小さく跳ねた。

 

「彼らが誰の命令で、何のためにここへ来たのかは分からない。だが少なくとも、休戦の裏で何かが起きていることだけは確かだ。憶測でお前が取り乱せば、この先で見誤る」

 

しばらく黙り込んだ後、ユフィは唇を噛み、深く息を吐いた。

その肩から、少しずつ力が抜けていく。

 

「……分かった。冷静になる」

「それでいい」

 

休戦は表向きの発表に過ぎない、という可能性が、頭の片隅で静かに重みを増していく。

ウータイの暫定政権が本当に安定しているのか――その疑念を、今この場でユフィに話すつもりはなかった。裏付けのない憶測を今与えれば、彼女はまた冷静さを失う。

胸の内だけに留め、視線を仲間たちへ巡らせる。

 

「亡骸は、後で弔う。今は魔晄炉の中を確かめることが先だ」

 

膝をついたまま、亡骸の一つ、その懐を検める。

血に汚れた地図の切れ端が一枚、丁寧に折り畳まれて隠されていた。

広げてみると、ニブル山の等高線に沿って、いくつかの印がつけられている。

 

そのうちの一つは、魔晄炉の裏手――正規の入り口とは別の場所を指していた。

 

「裏に、もう一つ通り道がある。彼らは、そこから逃げてきた末に、ここで力尽きたのかもしれない」

「じゃあ、追われてたってこと……?」

 

ユフィの声が、また揺れかけたが、今度は自分で息を整えて抑え込んだ。

 

「……分かった。今はこの情報だけ、覚えとく」

「上出来だ」

 

短く返すと、こわばっていたユフィの顔に、わずかな落ち着きが戻った。

ティファが持っていた布を、せめてもの弔いにと四人の顔にそっと被せていく。

エアリスが最後にもう一度、遺体に向かって小さく祈るような仕草を見せてから、静かに立ち上がった。

 

「……行こっか。この先に、答えがあるなら」

 

その声には、いつになく静かな覚悟が滲んでいた。

バレットが門扉に手をかける前に、周囲へ視線を走らせる。

 

「他に気配は」

「今のところ、彼ら以外は感知していない。だが油断はするな」

 

ナナキが門の周囲を一巡し、地面に鼻先を近づけて確かめる。

 

「血の匂いは、この場所だけだ。争いがあったのは、もっと奥だと思う」

「裏手に別の通路があるという地図の印と、辻褄は合うな」

 

頭の中で、断片が一つずつ像を結んでいく。

黒マントが山頂へ送っていたデータ、封じられた村の通信網、そしてここで力尽きたウータイ兵――どれも単独の事件ではなく、ひとつながりの流れの途中にある。

その流れの行き着く先が、この鉄扉の向こうだ。

 

「行くぞ」

 

低く告げると、それぞれが得物を確かめる仕草を見せた。

バレットが右腕の砲身を一度回転させ、ティファが拳に布を巻き直す。

エアリスは杖を握り直しながら、山肌の方角へ一度だけ視線を向けた。

 

「……この山、変な感じがする。魔晄炉のせいだけじゃない、何か……澱んでる」

 

その言葉に、誰も茶化さなかった。

重い鉄の門扉に手をかけると、蝶番の軋む音が谷にこだました。

内部から吹き出す冷たい空気には、かすかに錆と魔晄の匂いが混じっている。

その奥から漏れる空気には、もう一つ――かすかだが、血とは違う異臭が混じっていた。

 

クラウドが先頭に立ち、剣の柄に手をかけたまま、暗がりへと踏み出した。

その背に続く形で、一行は武器を構えたまま、魔晄炉の内部へと足を踏み入れていく。

外の夕闇よりもなお暗い通路の奥で、何かが――かすかに、唸るような音を立てていた。

 

その音の合間に、規則正しい機械音が、絶え間なく続いていることに気づく。

まだ、何かが稼働している。

かつてここで何が行われ、何が失われたのか――その答えの断片が、この暗がりのどこかに埋まっている。

 

門の外に残してきた亡骸と、山肌に染み込んだ夕陽の残光が、背後で静かに消えていった。

一歩、また一歩と、足音だけが通路に吸い込まれていく。

誰も、もう振り返らなかった。

先を歩くクラウドの足取りだけが、行きよりもわずかに速い。

その背中を追いながら、通路の奥に潜む答えへ、一歩ずつ近づいていく。

 

七年前、この山の奥で何が起きたのか。

その問いの答えが、今夜ようやく形を持ち始めようとしていた。

 

 




ニブルヘイムの話は、少し長くなります。
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