FINAL FANTASY Ⅶ Revengers   作:オレンジⅩⅢ

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Chapter.41 真実 の 探求①

機械の唸りは、奥へ進むほど重みを増していった。

血とは違う、饐えた薬品じみた臭いが、鼻の奥にへばりつく。壁を這う配管は時折り鈍い光を明滅させ、巨大な生き物の血管のように脈打っていた。足元のコンクリートには、幾度となく何かを引きずったような擦り傷が刻まれている。

天井近くを走る太い管からは、絶え間なく蒸気に似た白い息が漏れていた。その音に紛れて、もっと奥から、何かが呼吸しているような重い唸りが響いてくる。

 

「……この先、広い空間があるみたいだぜ」

 

先頭を進むナナキが、鼻先を低く下げたまま呟く。

バレットが銃腕を構え直し、頷きひとつで応じた。足音を殺し、隊列を保ったまま進む一行の前方で、不意に通路が開ける。崩れかけたプラットフォームの奥、瓦礫の陰から巨体がゆっくりと身を起こした。

 

(陣形を崩すな)

 

ジュリアスは目線だけで隊列を確かめる。前衛にクラウドとティファ、後方にバレットとエアリス、遊撃にナナキとユフィ、ケット・シーは中央で回復と支援に専念させる――ここまでの探索で身についた、ほぼ無言の配置だった。誰かが号令をかけずとも、体が動く。

 

(翼、と呼ぶには歪すぎる)

 

鱗に覆われた背に生えた肉塊は、飛翔のための器官ではなく、ただ膨れ上がっただけの異物に見えた。獣とも爬虫類ともつかない面が、赤く濁った双眸をこちらへ向ける。魔晄炉に巣食う名もなき守り手――いや、かつて何かの実験体だったものの、成れの果てだ。

 

「来る!」

 

ユフィの声が裏返った。魔晄炉入口で見た亡骸の記憶が、まだ拭えていない。強張った構えのまま退がろうとする足が、わずかに乱れる。

 

「毒の気配がある。息を止めろ」

 

鼻先をかすめる甘く饐えた臭気に、ジュリアスは短く警告を飛ばした。手のひらだけで距離を取れと合図する。

 

(右腕だ)

 

振り上げられた前肢の甲殻は、他の部位より厚く硬い。だが硬いということは、力を溜めて叩きつける刹那にこそ隙が生まれる、ということでもある。

 

「右腕を狙え! 怯ませたら畳みかけろ!」

 

叫びに応えるように、バレットの銃口が唸りを上げた。着弾の火花が甲殻を弾き、苛立った獣が咆哮する。その反動で振り抜かれた尾が、床を割るように叩きつけられた。

 

「散開!」

 

声とともに一行が左右に跳ぶ。直後、獣の喉が大きく膨らみ、紫がかった霧を吐き出した。エアリスの杖が閃き、淡い光の膜が仲間たちを包む。

 

「毒霧を防ぐだけで手一杯……! 早く決めて!」

 

その声を合図に、ナナキが低い姿勢のまま地を蹴った。

 

「そこだ、隙ありだぜ!」

 

牙が甲殻の継ぎ目に食い込み、怪物の巨体がわずかに傾ぐ。すかさずティファの拳が脇腹へ叩き込まれ、ケット・シーの小さなメガホンが振られると、怪物の足元に眩い光が弾けた。よろめいたその隙を逃さず、クラウドの一刀が右腕へ振り下ろされる。硬質な音とともに甲殻が割れ、獣の絶叫が炉内に反響した。

 

「もう一撃で決まる!」

 

バレットの怒号とともに、集中した攻撃が巨躯を沈めていく。断末魔の唸りを残し、それはやがて力なく頽れた。

 

静寂が戻る。誰も、すぐには得物を収めなかった。

 

「……大丈夫か、ユフィ」

 

クラウドの声に、ユフィが強張った笑みを返す。

 

「へ、平気だって。ちょっとビビっただけ」

 

その声にまだ確かな震えが残っていることに、気づかぬふりをする。今は、それでいい。

 

「毒霧、間一髪やったな」

 

ケット・シーが息を吐きながらメガホンを仕舞う。エアリスは軽く肩をすくめただけで、疲れた様子を見せなかった。誰も欠けていない。それだけを確かめて、一行は再び奥へと足を向けた。

倒れた獣の傍らを通り過ぎる時、ふと足を止めたのはナナキだった。

 

「……こいつも、誰かに作られたんだよな」

 

誰に問うでもない呟きだった。答えは返らなかったが、誰も茶化さなかった。通路はまだ先へと続いている。壁の配管が這う先、闇の底から漏れる淡い光が、一行を奥へと誘っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

瓦礫を踏み越え、さらに奥へ進むと、天井の高い円形の空間に出た。

壁際にずらりと並ぶのは、かつて緑がかった液体で満たされていたはずの円筒――そのほとんどが割れ、あるいは干上がり、中に沈んでいた何かの輪郭だけを床に焼きつけている。空気は生ぬるく、饐えた臭気に混じって、微かに焦げたような匂いもした。

 

「……ここ」

 

先頭を歩いていたティファの足が、不意に止まる。

 

声が、どこか遠い。

 

 

 

 

====================

 

 

 

 

 

SIDE ティファ

 

炎の匂いがした。

いや、違う。ここにあるのは薬品と錆の臭いだけだ。分かっている。分かっているのに、視界の隅で村が燃えていた。

 

剣先が、光る。

あの夜、燃える村を飛び出して、この山を駆け上がった。追いついた先で見たものを、忘れたことなど一度もない。父の名を呼んだ声も、返ってこなかった沈黙も。

 

(膝が、笑ってる)

 

支えを探した手が、空を切る前に、誰かの腕に受け止められた。

 

「……ティファ」

 

低く、静かな声だった。振り返らなくても分かる。

 

「大丈夫だ。ここにはもう、あいつはいない」

 

クラウドの声だった。腕に込められた力は、ただそこに立っていろというだけの、飾らない支えだった。詰めていた息を、ゆっくりと吐き出す。

 

「……ごめん。ちょっとだけ、五年前に戻ってた」

「謝ることじゃない」

 

その一言に、体の芯にわだかまっていた震えが、少しだけ緩んだ気がした。

 

 

 

 

====================

 

 

 

 

クラウドに支えられ、ティファが小さく頷く。誰も、その光景に口を挟まなかった。踏み込んでいい場所と、そうでない場所がある。今はまだ、後者だ。

 

「無理すんな」

 

バレットが低く声をかけ、ユフィが何も言わずティファの肩をそっと叩いた。エアリスは静かに寄り添うだけで、余計な言葉は口にしなかった。ケット・シーだけが少し離れた位置から、気遣うように様子を窺っている。

一行は、無言のまま最奥を目指して歩を進めた。

 

通路の突き当たりに、ひときわ大きな培養槽の残骸があった。ガラスは割れ、内部を照らしていたはずの明かりはとうに落ちている。その脇に、まだ辛うじて起動している端末が一台、鈍い光を灯していた。

クラウドが、その場に立ち尽くしている。

 

「……ここだ」

「クラウド?」

 

ティファが声をかけても、しばらく反応がなかった。視線は、割れた培養槽の底に注がれたままだ。

 

「五年前、調査に来た。ここに、セフィロスと」

 

途切れ途切れに、言葉が落ちる。

 

「あの中に、人間だったものが入ってた。魔晄を浴びすぎて、化け物になった、誰かが」

 

「……」

 

「セフィロスは、何も言わなかった。ただ、手が震えてた。それから屋敷に向かって、それきり……おかしくなった。

その時、なんで気づいてやれなかったんだろうって、何度も考えた。でも、あの手の震えが何だったのか、今でも分からない」

 

クラウドの声が、わずかに掠れる。

 

「分からなくていい。クラウドが背負うことじゃない」

 

ティファが静かに言葉を返した。さっき支えられた分を、そのまま返すような声だった。

その夜、村は燃えた。誰も、続きを口にしなかった。バレットが低く息を吐き、エアリスがそっとクラウドの背に手を添える。

 

「……つらかったな」

 

ナナキが、いつになく静かな声で言う。分析めいた言葉を選ばず、ただ隣に座って寄り添うだけの、まっすぐな優しさだった。

 

(この場所の衝撃だけで、崩れたわけじゃない)

 

ジュリアスは、割れた培養槽の断面を一瞥する。実験体としての化け物――それだけなら、ただの悍ましい光景で終わる。屋敷の書庫にあったはずの記録と、ここで見たものが繋がって初めて、あの男は自分の輪郭を疑い始めたはずだ。だが、それを今口にする必要はない。

端末に歩み寄ったケット・シーの足が、不意に止まる。コンソールの陰、崩れるように座り込んだ人影があった。

 

「……誰か、おる」

 

その声に、一行が身構えたまま歩み寄る。だが、動く気配はない。

神羅の作業服を纏った、中年の男だった。うつ伏せというより、端末にもたれかかるような格好で息絶えている。懐から覗く簡素な社員証には、土と乾いた血がこびりついていた。

 

「ムラサキ……って書いてある」

 

ユフィが震える声で社員証を拾い上げ、刻まれた名前を読み上げる。探していたものと、一致していた。

遺体には、鋭く深い抉れが幾筋も走っていた。魔晄炉の入口で見た、ウータイ兵の亡骸と似た傷だ。

 

(同じもの、か)

 

ジュリアスは傷の角度と深さを一瞥する。断定はできない。だが少なくとも、神羅の人間であるはずのこの男が、身内に殺された形跡はなかった。何か別の、正体の知れないものに、この場所で狩られたということだ。

 

「……何か、調べてる途中だったんだろうな」

 

バレットが低く言い、端末に残る操作履歴を顎で示した。ムラサキが息絶える直前まで、この端末を動かしていたことが窺える。

 

「できるなら、ちゃんと弔ってあげたいな……」

 

エアリスがそう呟くと、皆がそれぞれに小さく頷いた。ケット・シーが社員証をそっと懐へ収める。借りる、という言葉すら出なかった。

 

「端末、まだ息あるで」

 

ケット・シーが端末の前にしゃがみ込み、慣れた手つきで操作を始めた。ジュリアスも歩み寄り、流れるログに目を走らせる。

表示されるのは、魔晄過剰暴露による生体変異実験の記録だった。被検体番号、変異進行度、失敗と廃棄の羅列――そこに、探していた名前はなかった。

 

「クラウドとザックスの記録は、ない」

「……そうか」

 

クラウドの声に、安堵とも落胆ともつかない色が滲む。

 

「この炉にあるのは、無差別に近い変異実験の記録だ。特定個体を追跡した人体実験の本筋は、ここじゃない」

「じゃあ、なんでこんな中途半端なもんだけ置いてったんだよ」

 

 バレットが眉根を寄せる。

 

「隠す価値がないと判断されたからだろう。本筋の記録は、もっと管理の厳しい場所にある」

 

先の話でこぼした懸念が、輪郭を持って戻ってくる。山と屋敷、両方に何かがある可能性――その片方が、今、半分だけ空を切った。

 

「もう一件、ログが残っとるで」

 

ケット・シーが画面をスクロールさせる。数日前の日付、屋敷の社員証を用いた立ち入り記録――ムラサキ、という文字がそこに残っていた。滞在時間はごくわずかで、その後の出入り記録は途絶えている。

 

「屋敷には長居せず、ここへ来た……ってことか」

 

ティファの呟きに、ジュリアスは頷いた。

 

「何かを確かめに一度屋敷へ入り、そのあとここへ戻ってきた。順番からして、鍵は屋敷側にある」

「懐にあった地図の切れ端――裏手の通路とやらは、結局ここには繋がってなかったな」

 

バレットが端末の脇に張られたままの見取り図を指でなぞりながら言う。

 

「今は追わなくていい。屋敷が先だ」

 

ジュリアスは短く答え、端末の電源を落とした。まだ拾い切れていない疑問は、いくつもある。だが今この場で抱え込める数には限りがある。優先すべきものから、順に潰していくしかない。

 

 

 

 

 

 

 

魔晄炉を出て、村に戻り着く頃には、日は大きく傾いていた。誰も、足を緩めようとはしなかった。

朽ちた洋館の扉をくぐると、埃と黴の臭いが出迎える。借り受けた社員証で地下へのエレベーターを起動させ、一行は屋敷の腹の中へと潜っていった。

配管を伝う導線、埃を被った資材置き場、罠のように積み上げられた木箱の山――ケット・シーの機転と、クラウドたちの力業とで、道は少しずつ拓けていく。荷を積んだリフトが途中で動かなくなり、モーグリの縫いぐるみに扮したケット・シーが配管の隙間を這って裏の弁を叩くと、鈍い音とともに機構が息を吹き返した。

 

「こういうんは慣れとるさかいな」

 

得意げな声に、ユフィが小さく笑う。

薄暗い通気ダクトを縫うように進む道では、切り替え式の弁を操作する必要があった。誤った順に切り替えれば、行き止まりの小部屋に迷い込む仕掛けらしい。三度目の分岐で、ケット・シーが弁の傷の付き方から正しい経路を読み取り、迷いのない足取りで最短の道を選び出す。

 

「勘やない、傷の擦れ具合や。ここは何遍も人が通っとる」

 

澄まし顔でそう言うケット・シーに、ティファが感心したように目を丸くした。

書庫を抜けた先、厳重に施錠された金庫があった。壁に残された古い日誌の走り書きから数字を拾い、三十六、十、五十九、九十七――四つの数を回すと、重い金属音とともに扉が開いた。中身より、奥へ続く通路の存在の方が、今は重要だった。

空気が、変わる。

埃臭さの奥に、別の何かが混じっていた。古い血と、防腐剤と、かすかな魔晄の残り香。

 

 

奥へ続く通路を進むと、壁一面を這う配線の密度が増していった。行き止まりに見えた鉄扉の脇、埃を被った制御盤に手をかけようとした瞬間――赤い受信灯が点滅を始める。

ノイズ混じりの空間に、歪んだ光の粒子が寄り集まり、白衣の人影を象っていった。

 

「侵入者の確認……ふむ。随分と、賑やかな顔ぶれだ」

 

合成された声には、抑揚のない、粘つくような響きがあった。姿こそ本人を模しているが、瞳の奥に生きた光はない――ただの管理システムだ。それでも、脳裏に焼きついた記憶と重なって、何人かの表情が強張るのが分かった。

 

「宝条……!」

 

バレットが吐き捨てるように呟く。

 

「残念ながら、管理用AIだ。職務にだけは忠実にできている」

 

告げると同時に、背後の鉄扉が重い音を立てて閉ざされた。天井の通気口から、白い霧がゆっくりと吹き出し始める。

 

「毒か……!」

「違う。眠らせる気だ。無力化してから、回収する腹積もりだろう」

 

ジュリアスは即座に判断を下す。壁際の防御用タレットが台座からせり出し、赤い照準がこちらを捉えた。

 

「散れ! 端末はこっちで押さえる、時間を稼いでくれ!」

 

叫びと同時に、義手の指先を制御盤の接続端子へ突き立てる。流れ込む信号の奔流に、意識の輪郭が軋んだ。防御プログラムは幾重にも張り巡らされ、力任せの突破を許さない構造をしている。

 

(グリモアの演算力を、根こそぎ持っていかれる)

 

視界の端で、タレットの一斉掃射が空気を裂いた。

 

「くっ……数が増えてないか、これ!」

 

ユフィの声に応じるように、天井の別の区画からも新たな台座がせり出す。二基目のタレットだ。クラウドが盾のように剣を構え、着弾の火花を全身で浴びながら仲間の壁になる。バレットの銃撃が一基の砲身を歪め、沈黙させた。

 

第一層の暗号が崩れる。だが、その奥にまた別の壁が立ちはだかった。

 

「まだだ、あと二枚ある」

 

ジュリアスは短く吐き捨て、意識をさらに深く沈める。歯を食いしばる音が、自分でも聞こえた。

通気口から漏れる霧が、じわじわと部屋の中央へと這い寄ってくる。エアリスの障壁が、その侵食を必死に押しとどめていた。

 

「あんまり長くは保たない……! 急いで!」

 

エアリスの声に切迫が滲む。ティファとナナキは、霧に呑まれかけた仲間の腕を引き、少しでも安全な位置へと押し出し続けていた。ケット・シーは端末の脇にしゃがみ込み、流れるエラーログを横から読み上げてジュリアスの判断を助ける。

 

「次の壁、認証キーが三重や。時間かかるで」

 

「分かってる」

 

第二層が割れると同時に、床の一部が跳ね上がり、鋭利な杭が突き出した。とっさに飛び退いたユフィの頬を、掠めるように風が裂く。

 

「危な……! こんなのまで仕込んでんのかよ!」

 

バレットが怒鳴りながら杭の根元を撃ち抜く。次々と姿を現す罠の数に、部屋の空気そのものが張り詰めていった。

 

膨大な暗号の羅列を、義手を介して喰い破っていく。傍らでは、残ったタレットの掃射をクラウドの剣が弾き返し、バレットの銃撃が機構そのものを撃ち抜いていた。ティファとナナキが霧の届かない位置まで仲間を押し出し、エアリスの張った障壁がそれを援護する。

 

「もうちょい……!」

 

ケット・シーの声に、ジュリアスは奥歯を噛みしめた。最後の一層――管理者権限を騙る鍵の部分に触れた途端、義手の熱が急激に上がる。焼き付くような痛みが肘の先から這い上がった瞬間、防御プログラムの構造が、ふっと緩んだ。

 

「……権限、取った」

 

告げるのとほぼ同時に、タレットの照準が消え、通気口の霧が止まる。宙に浮いていた白衣の幻影も、ノイズとなって霧散した。鉄扉が、緩慢な音を立てて開いていく。

 

「はぁ……勝った、勝ったんだよね?」

 

ユフィが肩の力を抜きながら確かめる。誰かがそれに頷くよりも先に、ジュリアスの膝が、わずかに崩れかけた。

 

「……ジュリアス?」

 

ティファが気づいて駆け寄る。とっさに壁へ手をついて堪えたものの、義手の指先には小さな火花が散り、グリモアの表面には髪ほどの亀裂が一筋、浮かんでいた。

 

「大した事じゃない。演算を急ぎすぎただけだ」

 

短くそう答え、何でもないというように手を握って開いてみせる。指先の動きに、ほんの一瞬だけ硬さが残った――それに気づいた者が何人いたかは、分からない。

 

「無理はするなよ」

 

クラウドの声に、ジュリアスは小さく頷くだけで応えた。休んでいる時間はない。奥へ続く通路の先、微かな駆動音がまだ続いている。

 

 

 

 

 

 

 

最奥の小部屋、褪せた絨毯の中央に、棺がひとつ置かれていた。

 

「……なんでこんなとこに棺桶が」

 

バレットが眉を寄せる。誰も答えを持たなかった。

 

(何かを閉じ込めるための部屋、というより――何かを、閉じ込めておくための棺)

 

埃の積もり方が、他の部屋とは違う。誰かが定期的に、この場所だけを避けて掃除してきたような、不自然な均一さだった。ジュリアスは棺の輪郭を一瞥し、内心の警戒をひとつ上げる。

 

「開けたら祟られそうな見た目してるなぁ……」

 

ユフィが後ずさりながら呟く。それでも好奇心には勝てなかったのか、恐る恐る歩み寄った指先が、蓋にそっと触れた。

その瞬間だった。

軋んだ蝶番の音とともに、蓋が内側から撥ね上がる。

 

「神羅の者か」

 

低く、乾いた声。赤い外套の裾が翻り、血のように赤い瞳が一行を睥睨した。答えを待たず、獣の爪じみた左腕が間合いを詰めてくる。

 

「待て、違う!」

 

クラウドの剣が咄嗟に受け止めた。硬い金属音が響き、弾かれた反動で彼の体が宙で一回転し、着地と同時に距離を取る。腰だめに構えた銃口が、迷いなく火を噴いた。

 

「散れ!」

 

ティファの声とともに、一行が左右に跳ぶ。床を穿つ銃弾の雨を、ナナキが低い姿勢で駆け抜けてかいくぐった。追いすがる爪先を紙一重で躱し、そのまま脇腹へ体当たりを見舞う。だが、確かな手応えの直後、しなやかに体を捻った敵の蹴りがナナキを弾き飛ばした。

加勢しようと踏み出しかけた足が、一瞬だけ鈍った。義手に残る火花の疼きが、握り込んだ指先を強張らせている。

 

(今は、前に出るな)

 

冷静にそう判断し、ジュリアスは後方から戦況を見極める側に回った。苛立ちはない。ただの、道具の限界だ。

 

「なら、こっちも本気で行くぞ!」

 

バレットの銃腕が唸りを上げる。着弾の火花が外套の端をかすめるが、当の彼は表情ひとつ変えず、宙を舞うように間合いを詰め直した。銃口とクラウドの剣が、幾度も火花を散らして交錯する。ユフィが投げた手裏剣は、爪の一振りで難なく弾き落とされた。

 

「かたっ苦しいなぁ……!」

 

 悪態をつきながらも、ユフィは足を止めずに立て直す。エアリスの張った光の障壁が、銃弾の一部を弾き返し、ティファが懐へ踏み込んで連撃を叩き込んだ。拳の一つが確かに頬を掠める。それでも彼の動きに乱れはなく、片手だけで受け止め、いなし、すぐさま反撃の間合いへと戻っていく。

 

「化け物か、こいつ……!」

 

 バレットが唸る。だが疲弊は見えない代わりに、こちらを殺す気の攻撃でもないことに、ジュリアスは気づいていた。急所を外した銃弾、致命傷には至らない爪の振り。値踏みされている。

 

(脅すための戦い方だ。ならば――)

 

「アバランチだ! 神羅を潰す側の人間だよ!」

 

クラウドの一撃を、爪で真正面から受け止めたまま、バレットが吠える。切り結んだ刃と爪が軋み合う中、赤い瞳がわずかに揺れた。それでも、まだ得物は下りない。

 

「言葉だけなら、いくらでも取り繕える」

 

 低い声とともに、さらに一撃。だがその太刀筋は、明らかに勢いを削がれていた。踏み込んだクラウドが力任せに押し返すと、敵の体が半歩、後方へ流れる。

 

「なら、見て確かめろ! こいつはニブルヘイムの村人だ、テメェが疑うようなタチの人間じゃねえ!」

 

バレットが、傍らのティファを顎で示しながら怒鳴った。剣戟の応酬が、ふっと途切れる。値踏みするような沈黙が落ちた。

 

「……アバランチ、か」

 

 値踏みするような沈黙の後、男はゆっくりと得物を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナナキ、大丈夫か?」

 

 ティファが駆け寄ると、ナナキは体を起こしながら小さく唸った。

 

「痛いけど……平気だ。骨は折れてないと思う」

 

 それを横目に確かめ、ジュリアスは詰めていた息を静かに吐いた。誰も、大きな怪我はしていない。

 

「俺の名は、ヴィンセント。かつて、タークスに籍を置いていた者だ」

 

 その一言に、思わず顔を上げる。

 

(タークス――この男が)

 

「あの、タークスオブタークスだと!?」

 

思わず漏れた声に、当のヴィンセントが片眉を上げた。

 

「懐かしい呼び方をする。今は誰も知らないと思っていたが」

「まさか生きる伝説に会えるとはな……。」

 

タークスの新人だった頃、酒の席で先輩が声を潜めて語った伝説だ。三十年ほど前、姿を消した精鋭がいたという、確かめようのない昔話――それが今、目の前で棺から起き上がっている。

 

「……はい? なにそのカッコいい二つ名」

 

ユフィが場違いに目を輝かせる。張り詰めていた空気が、わずかに緩んだ。

 

「買い被りだ。今はただの、この屋敷の番人にすぎない」

 

ヴィンセントは短くそれだけ言うと、緩慢な仕草で外套を整えた。追及を拒むような、静かな圧があった。

 

「番人って、何からこの屋敷を守ってんだよ。それとも、閉じ込められてんのはお前の方か」

 

バレットが油断なく問う。ヴィンセントは、束の間だけ視線を落とした。

 

「……何を守ってる?」

 

ジュリアスが静かに問う。ヴィンセントの視線が、初めてまともにこちらへ向いた。

 

「三十年前の、罪だ」

 

(向き合えていない罪、か)

 

他人事とは思えない響きだった。名も告げていない誰かのために、長い年月をひとりで抱え込む。その形に、覚えがないと言えば嘘になる。ジュリアスは、それ以上踏み込まなかった。踏み込めるだけの資格が、自分にあるとも思えない。

 

「この先に、まだ目覚めていないものがある。踏み込むなら、それなりの覚悟を持て」

 

それ以上は語らず、男は背を向けて歩き出す。

 

「……ついてくる気か」

 

振り返らないまま、そう問う声には、拒絶とまではいかない、突き放したような響きがあった。

 

「案内、してくれるんだろ?」

 

クラウドが応じると、ヴィンセントは何も言わず、ただ歩みを緩めた。それが答えだった。

 

「なんか、思ってたよりまともな人じゃない」

 

ユフィが小声でティファに耳打ちする。エアリスは、赤いマントの後ろ姿を静かに見つめたまま、小さく頷いた。

追うかどうか迷う間もなく、廊下の奥、重い扉の向こうから微かな駆動音が響いてきた。何かが、今も動いている。

 

「……この先か」

 

クラウドが低く呟き、剣の柄に手をかける。

一行は、示し合わせたように歩を揃え、扉の奥――神羅屋敷最奥の研究施設へと足を踏み入れた。

薄闇の奥、規則正しく明滅する制御灯の列が、まるで何かの鼓動のように瞬いている。空気の底に、これまでとは異質な緊張が沈んでいた。壁一面に走る配線の束は、外の魔晄炉で見た配管とはまるで違う、精緻で人工的な秩序を保っている。

 

「うわ……なにここ、空気重すぎ」

 

ユフィが襟元を抑えながら呟いた。バレットは無言のまま銃腕を構え直し、ナナキは低く唸って周囲の匂いを探っている。

 

「……なんだろう。うまく言えないけど、嫌な感じがする」

 

エアリスが眉を寄せ、自分の胸のあたりを押さえた。何かを感じ取れているわけではない、ただの直感だと本人も分かっているのだろう。それでも、口にせずにはいられなかったようだった。

 

(宝条の匂いがする)

 

視線を巡らせながら、ジュリアスは静かに部隊の足を止めた。この先に何が待っているにせよ、油断していい場所ではない。義手の奥には、まだ鈍い疼きが燻っている。

 

(黒マントの端末も、ムラサキ課長を殺した何かの正体も、そして人体実験の記録も――全部、この先にある)

 

ニブルヘイムに着いてからの推測が、ようやく形を持って繋がろうとしている。だが繋がった先に何が待つのか、まだ誰も知らない。

制御灯の明滅が、一段と速くなった気がした。一行は無言のまま、奥へと歩を進めていく。

 

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