FINAL FANTASY Ⅶ Revengers 作:オレンジⅩⅢ
朝靄が地表を這うように流れていた。
神羅屋敷の長い地下道を抜け、崩れた回廊を這い出た先には、まだ夜の名残を纏った空が広がっている。三日間、ほとんど眠らずに端末と資料を洗い続けた身体は、とうに限界を超えていた。義手の関節からは、駆動音に混じって焦げたような臭いがかすかに漏れている。グリモアの内側でも、何かが軋むような異音が絶え間なく続いていた。休むことなく回し続けた代償は、確実に蓄積している。
視界の端が、時折不自然に歪む。足元の感覚さえ、どこか遠いもののように感じられた。積み上げてきた三日分の集中が、今になって一気に押し寄せてくる。目を閉じるたびに、端末の光と紙の文字の羅列が、瞼の裏に焼きついたまま消えなかった。
「……大丈夫か」
隣を歩くヴィンセントが、抑揚のない声で問う。答える余力は残っていなかった。ただ、小さく頷くことで返事に代えた。
左腕の義手を軽く動かそうとすると、関節の一つが引っかかるような違和感があった。三日間、休みなく術式を展開し続けた負荷が、内部の機構のどこかに蓄積している。グリモアの表面にも、細かな亀裂に似た筋が走っているのが見えた。まだ致命的な段階ではない――そう判断を下したが、内心では小さな警鐘が鳴り続けていた。
前を歩くユフィが何度も振り返り、心配そうな視線を寄越す。ケット・シーも、いつもの軽口を封じたまま黙々と歩を進めていた。三日という時間の重さを、誰よりもこの身体が理解している。地下書庫で浴び続けた端末の光、乾いた紙の匂い、資料をめくり続けて痺れた指先の感覚――それらの残滓が、まだ拭いきれずにこびりついていた。
村へ戻る道のりは、記憶に残らないほど短く、そして永遠のように長かった。すれ違う朝靄の中に、復興という名の偽装で塗り固められた家並みが霞んで見える。その一つひとつが、これから語らねばならない真実の重さを予感させていた。
宿の扉をくぐった瞬間、視界の輪郭がにじむ。言葉を発する余力すら残っていない。何かを告げようとした唇は、意味のある音を結ばなかった。導かれるようにベッドへ倒れ込み、そのまま意識が急速に沈んでいった。
「……しばらく寝かせてやろう。義手もこの装備も、限界まで回しっぱなしだった」
ヴィンセントが低く呟く声を、遠くに聞いた気がする。
「こんなになるまで……」
ユフィが息を呑む気配。ケット・シーが何かを言いかけて、言葉を呑み込む気配。それらすべてが、水の底で聞くように遠のいていき、やがて何も分からなくなった。
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SIDE クラウド
「……で、あいつ、大丈夫なのか」
宿の一室で、クラウドは奥のベッドを一瞥して低く呟いた。ジュリアスは死んだように眠り続けている。頬はこけ、瞼の下には濃い隈が浮かび、額には脂汗の跡が乾いていた。
「三日も寝てへんかったんやから、当たり前や」
ケット・シーが肩をすくめて答える。だが、その声にもいつもの軽さはなかった。
「アイツがあそこまで根を詰めるの、初めて見た」
ユフィが椅子に腰を下ろし、ぽつりと零す。膝の上で組んだ手に、無意識に力がこもっているのが見て取れた。
「義手から、焦げたみたいな匂いがしてたよね……」
エアリスが心配そうに呟くと、ナナキが鼻先を寄せて眠るジュリアスの様子をじっと窺い、それから小さく息を吐いた。
「熱は出てないみたいだ。でも、疲労の臭いが強い」
「機械の方も、相当無理させたんじゃねぇか?」
バレットが太い腕を組み、眉間に皺を寄せる。誰の胸にも、拭いきれない不安がよぎった。
街で出発の支度を進めていた準備班――クラウド、ティファ、バレット、エアリス、ナナキは、ひととおり荷物と物資を整えたところで宿に戻ってきていた。長机を囲むようにして、ケット・シーが持ち帰った資料の写しが広げられる。
「地下のデータから、いくつか分かったことがあるで」
ケット・シーが、紙の束を指で叩きながら切り出した。
「セフィロス……いや、黒マントの連中が目指しとる『黒マテリア』、それを扱うための場所『古代種の神殿』。そこへ入る鍵になる『キーストーン』ってアイテムが必要になるようですわ。そしてそのキーストーン、ゴールドソーサーにある可能性が高いんや。てか、確かディオ園長がコレクションとして持っとったはずですわ」
「ゴールドソーサー……また、あそこに戻るのか」
クラウドは短く呟き、窓の外にそびえるニブル山の黒いシルエットを見上げた。
「ふもとまで戻ってニブル空港まで出たら、飛行機でコレル方面へ飛ぶ。北コレルまで戻ってから、ロープウェイでゴールドソーサーへ向かう流れになるで」
「……また飛行機かよ」
クラウドが露骨に嫌な顔をした。
「うう……勘弁してよぉ……」
ユフィも青ざめた顔で、机に突っ伏す真似をする。
「二人とも、大袈裟や」
ケット・シーが苦笑する。
「わかってる」
「いやだー、わかりたくなーい」
乗り物酔いコンビそれぞれの反応を尻目に、バレットが地図の上に太い指を置く。
「まずは来た道をて、空港まで辿り着くこと。それが最初の関門だな」
「うん。……せっかく星空を見に来たのに、なんだかまた慌ただしいね」
エアリスが小さく笑って言うと、傍らで丸くなっていたナナキが片目を開けた。
「おいら、山歩きは慣れてる。任せとけよ」
「頼りにしてるよ、ナナキ」
ティファが微笑む。だが、その視線は何度も奥のベッド――眠り続けるジュリアスの方へと戻っていった。誰も口には出さなかったが、地下で何を見て、何を知ったのか。その重さが、こけた横顔からにじみ出ているようだった。
「……ジュリアスが寝てる間に、わたしたちだけで先の話を進めるのって、なんか変な感じだね」
エアリスがぽつりと言う。
「せやかて、寝かせといたらなあかんのは事実やしなあ」
ケット・シーが苦笑して答えた。
「起きたら、また何か重たい話が始まるんだろうな」
バレットが呟くと、部屋の空気がわずかに沈んだ。誰もが漠然と、まだ語られていない真実の輪郭を予感していた。
部屋の隅に立ったヴィンセントは、何も語らず、ただ静かに壁に寄りかかっていた。時折、眠るジュリアスへと視線を落とすその横顔には、かすかな翳りが浮かんでいた。誰かがその視線に気づく前に、彼はまた窓の外へと目を戻していた。
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目を覚ましたのは、昼を大きく過ぎた頃だった。
重い瞼を持ち上げると、天井の木目がやけに鮮明に映る。身体はまだ鉛のように重かったが、意識だけは奇妙なほど澄み切っていた。三日分の断片的な情報が、眠っている間に頭の中で整然と並び直っている感覚があった。断片だった記録が、いくつもの線として繋がっていく――その感触だけは、はっきりと残っている。
身を起こすと、部屋にはすでに全員が集まっていた。誰もが、無言でこちらを見つめている。張り詰めた空気の中で、水の入ったコップだけが差し出された。
「……悪い。待たせた」
喉の奥から絞り出すように、そう告げた。
水を一気に飲み干し、手元に資料の束を引き寄せる。ここから先に語ることが、この旅の意味そのものを塗り替えることになる――そんな予感があった。息を整え、口を開く。
「黒マントたちが発していた微弱な通信ログの解析が終わった。あいつらは、共通の何かに導かれるようにして、『古代種の神殿』を目指そうとしていた」
「古代種って……確かギ族の亡霊はセトラと呼んでいたような」
クラウドが眉を寄せる。
「そうだ。そしてそこに、神羅が犯した致命的なミスがあった。ガストとかいう博士の手記に、はっきりと記されていた。古代種の正式名称は『セトラ』だ」
「セトラ……やっぱりギ族の亡霊は、古代種と敵対していたんだね」
ナナキが低く呟く。記憶を辿るような響きだった。
「そうだ。あの遺跡で聞いた言葉と、辻褄が合う。そして――神羅にとって最大の過ちは、発掘した『ジェノバ』という存在を、古代種、つまりセトラだと誤認したことにある」
資料のページをめくり、続けた。
「ジェノバの細胞を利用して、超人兵士を作り出す研究が始まった。それが、ソルジャーの正体だ」
資料の別のページを指先で示しながら、続ける。
「手順は単純だ。まず、ジェノバの細胞を身体に埋め込む。そのうえで、大量の魔晄を浴びせ続け、埋め込んだ細胞を活性化させる。結果として、身体能力そのものが底上げされる――それが、ソルジャーを生み出す基本原理だ」
手元のメモを机の上に広げる。図らずも、几帳面に整理された文字の羅列が、その内容の異常さと対照的に映った。
「適合に失敗すれば、肉体の崩壊やモンスター化を辿る個体が出る。便宜上、こちらでは『前期型』と呼ぶことにした。一方で、肉体の劣化が起きない個体――『後期型』も存在する。記録上の正式な型番ではなく、こちらが分類のために付けた仮の名称だと思ってくれ」
「前期型から後期型に切り替わったのは、いつなんだ」
クラウドが問う。
「正確な時期を示す記録は残っていない。ただ、ある時点を境に、投入される個体が前期型から後期型へと切り替えられていたことは、断片的なログから読み取れた。しばらくは両者が並行して運用されていた形跡もあるが、詳細までは特定できていない。型番そのものを示す記録は、残念ながら読み取れなかった」
「前期型って言うと……もしかして、ローチェも」
クラウドが低く呟く。
「いや――おそらく、ローチェは後期型の方だ」
「後期型……?」
「ローチェの肉体には、崩壊やモンスター化の痕跡がなかった。最後まで、人としての輪郭を保っていたはずだ。自我だけが失われ、口上や癖だけが変わらず残っていた――それは、肉体の劣化が起きない後期型の特徴と一致する」
部屋の空気が、わずかに重くなった。クラウドの脳裏に、自我を失いながらも最後まで口上を崩さなかったローチェの姿がよぎったのだろう。何も言わず、ただ拳を握りしめていた。
「じゃあ、あたしらの見てきた黒マントは……」
ユフィが息を呑む。
「問題はそこだ。本来、崩壊しないはずの後期型にも、異常が確認され始めている。五年前――セフィロス暴走事件以降だ」
一拍置いて、続けた。
「分散したジェノバの因子が、一箇所に集まろうとする性質がある。この現象を、記録には『リユニオン』と呼んでいた。後期型ソルジャーや、実験を受けた被験者の精神が崩壊し、黒マント化していく。徘徊する彼らの行動原理は、これで説明がつく」
「集まろうとする、って……何のために」
バレットが低く唸るように問う。
「まだ、そこまでは分からない。だが、目的地が『古代種の神殿』だという点は一致している。何かに導かれるように、あるいは呼ばれるように、そこへ向かっている」
「セフィロスが、それを操ってる可能性は」
ヴィンセントが、静かに口を挟んだ。
「可能性は十分ある。クラウドがセフィロスの幻覚を見るのも、この現象の影響だと考えられる。あるいは、セフィロス自身も何か別の意志に導かれている可能性もある。だが……断定するには、まだ材料が足りない」
部屋に、また重い沈黙が落ちた。誰もが、見えない糸の先にある何かの存在を意識せずにはいられなかった。
「呼ばれる、か……」
ナナキが目を細める。
「セトの石像も、そうだった。呼ばれるように、あの場所に還っていったんだ」
その言葉に、一瞬だけ場が静まった。誰もが、それぞれの記憶に触れたような沈黙だった。
「……その『リユニオン』って現象、セトラの魂とも何か関わりがあるのかな」
エアリスが静かに問う。どこか、自分自身の内側を探るような響きがあった。
「今のところ、断定できる材料はない。だが、お前の力とジェノバの因子に、何らかの共通点がある可能性は否定できない」
その言葉に、エアリスはわずかに視線を落とした。何かを考え込むような、静かな沈黙が続く。
「クラウド。それに、ザックスも」
視線が、まっすぐクラウドへと向く。
「二人とも、ソルジャーとしての適性とは無関係に、ジェノバ細胞を埋め込まれ、活性化の実験台にされていた」
言葉を切り、一拍置いてから、続けた。
「記録に残っていた計画名は――『セフィロスコピー計画』だ。神羅は、お前たちの細胞に、セフィロスの因子を移植しようとしていた」
「まさか……俺たちを、セフィロスに……?」
クラウドの声が、掠れる。
「正確には、模造品を作ろうとした、が恐らく近い。セフィロスという個体を再現し、量産するための計画。ザックスの記録については、まだ断片しか掴めていない。だが、同じ計画に組み込まれていたことは、まず間違いない」
一拍置き、資料の一点を指で押さえたまま、さらに続けた。
「手法自体は、通常のソルジャー生成と何ら変わらない。ジェノバの細胞を埋め込み、魔晄を浴びせて活性化させる――奇しくも、お前が受けた実験は、ソルジャーを作り出す工程そのものと同一だった。違いはただ一つ、埋め込まれた細胞の由来だけだ」
「同じ……?」
「セフィロスの因子を移植する、という工程が加わっていただけで、根本の原理は変わらない。だからこそ、外見上は見分けがつかなかったんだろう」
「じゃあ、俺は……」
「結果は、失敗に終わっている。少なくとも、記録上はそう扱われていた」
「失敗、って……」
声が、震えていた。
「クラウド。お前の名は、記録の中でこう記されていた――『インブリード』。近親交配種、あるいは欠陥品を意味する言葉だ。セフィロスの因子を宿しながら、正しく発現しなかった失敗作。そう扱われていた」
室内が、凍りついたように静まり返る。
クラウドは何も言わなかった。ただ、膝の上で握った拳が、小さく震えていた。
「……そう、か」
絞り出すような声だけが、部屋に落ちる。
「クラウド……」
ティファが手を伸ばしかけ、けれど触れられずに止まった。誰もが、かける言葉を見つけられずにいた。
「失敗作、って……そんな言い方、あるかよ」
バレットが低く唸る。拳が、ギシリと軋んだ。
「適性も、意志も関係なく……ただの材料として、失敗の烙印まで押されてたってことかよ」
クラウドが呻くように呟く。声には、怒りと悲しみが入り混じっていた。
「そうだ。だが、覚えておいてくれ。お前が今こうして、自分の意志で立っていること自体が、あいつらの評価を裏切っている証拠でもある。失敗作と切り捨てた個体が、これほどの意志を持って戦っている――それを、連中は想定していなかったはずだ」
その言葉に、クラウドはほんの少しだけ顔を上げた。
「……そういえば」
クラウドがぽつりと呟く。
「昔、適性審査で落とされた時の理由が、『精神力不足』だった。ずっと、自分の意志が弱いんだって言われてる気がして、嫌だったんだ」
「……なるほどな」
一拍置いて、考え込むように続けた。
「単純な精神の強さを測っていたわけじゃないのかもしれない。おそらく測っていたのは――ジェノバの細胞や、リユニオンの作用に対して、精神がどこまで抵抗できるかだ」
「抵抗……?」
「細胞を埋め込まれても、自我を保ち続けられるかどうか。お前の場合、その耐性が足りないと判定された。皮肉な話だが、その『欠陥』のおかげで、今こうしてお前は自分自身のままでいられているのかもしれない」
クラウドは、何かを噛み締めるように黙り込んだ。
「……そう考えると」
さらに続けた。
「セフィロスコピー計画そのものも、一概にセフィロスを増やすための計画とは言い切れないのかもしれない。抵抗力の低い個体をあえて実験台に選んでいたとすれば――狙いは、量産そのものより、このリユニオンという現象、あるいは特性そのものを調べることにあった可能性もある。いや、もしかしたらもはやこの理由が主目的か」
「調べる、って……何のために」
バレットが眉を寄せる。
「まだ、推測の域を出ない。だが、これだけの規模で、これだけ執拗にデータを集めていた。……単なる兵器開発以上の何かを探ろうとしていたのかもしれない」
視線を、資料の別の一枚へと移す。
「黒マントたちは、お前やザックスと同じように、この計画の実験を受けた被害者か――あるいは、崩壊した後期型ソルジャーの成れの果てだ」
資料の最後の一枚――ニブルヘイム事件の処理記録を、テーブルの上に静かに置いた。指先に、自然と力がこもる。
「死体の処理、生存者の監禁、そしてこの村を丸ごと『偽物』で塗り替えた復興工作。すべてに、タークスが深く関与していた記録が残っている」
声が、抑えきれないほど低くなっていく。
「街を消して、証拠ごと人間の人生を塗り替える。生きてきた場所も、記憶も、すべてを踏みにじって恥じない。……これが、神羅という組織の正体だ」
握った拳が、机の端を軋ませた。義手の駆動音が、いつもより荒く高くなる。
「ジュリアス……」
ユフィが小さく、名を呼んだ。
その声に、ふっと肩の力が抜ける。ここで我を忘れても、何も変わらない。分かっていたはずのことだった。息を深く吐き出し、拳を開く。
「……悪い。頭に血が上った」
「無理もないで。あんな記録、見せられて平気でいられる方がおかしいわ」
ケット・シーが静かに首を振る。
「俺たちだって、腸が煮えくり返ってるさ」
バレットが低く唸るように同意する。太い拳が、震えるほど強く握られていた。
「だが、これだけは言っておく。この先も、神羅は同じことを平然と続ける。止めなければならない相手だと、改めて分かっただけだ」
「……せやな」
短く相槌を打つケット・シーの声から、いつもの軽さが消えていた。俯き加減の横顔で、拳を握ったり開いたりを繰り返している。
「ケット・シー?」
「……いや、何でもあらへん」
一瞬、何かを言いかけて、それを呑み込むような間があった。
「ただ……こんな真実、まざまざと突きつけられてもうたら……どっち側に立って、何をすべきなんか……ちょっと、わからんようになっただけや」
その呟きに、場の空気がわずかに変わる。だが、それ以上を多くは語らず、ケット・シーはすぐに取り繕うように笑ってみせた。
「……なんてな。ま、今は先に進むことだけ考えましょか」
その笑顔が、どこか無理をしているように見えた。何かを問い詰める余裕は、今はなかった。
部屋の隅で、ヴィンセントがぽつりと呟いた。
「……罪は、積み重なるほど重くなる。俺が、それをよく知っている」
その声には、他の誰とも違う重さがあった。三十年という歳月を、独りで抱え込んできた者の声だった。誰も、その言葉には答えなかった。ただ、沈黙だけが部屋を満たしていった。
「……その様子やと、あんたも似たようなもん、抱えとるんやろな」
ケット・シーが、ヴィンセントへ静かに問いかける。ヴィンセントは答えなかった。ただ、わずかに目を伏せただけだった。その沈黙こそが、何よりの答えだった。
資料を束ね直す手が、無意識のうちに止まっていた。義手の駆動音が、また小さく軋む。ユフィがその音に気づき、心配そうにこちらを見た。
「……あんた、まだ本調子じゃないでしょ。あんまり根詰めて倒れないでよね」
「わかってる」
短く答えたが、その声にどこまで説得力があったかは、自分でも分からなかった。
クラウドは、しばらく俯いたまま動かなかった。両の拳を握りしめ、何かに耐えるように肩を震わせている。やがて、何も言わずに立ち上がると、扉へと向かった。
「クラウド……」
ティファが呼び止めようとしたが、扉はすでに静かに閉まっていた。残された部屋に、重い沈黙だけが漂う。
「……追ってやり」
ケット・シーが小さくティファに告げる。ティファは一瞬だけ迷う素振りを見せ、それから決意したように立ち上がった。
残された部屋で、ユフィが小さく息を吐いた。
「……とりあえず、今日はもう休も。ゴールドソーサーまで、道のりは長いし」
「そうだな」
バレットが低く頷き、資料を丁寧にまとめ直す。エアリスとナナキも、それぞれ無言のまま荷物の点検に取りかかった。誰の胸にも、まだ消化しきれない重さが残っていたが、それでも旅を止めるわけにはいかない。夜が更けるにつれ、宿の明かりが一つ、また一つと落ちていった。
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SIDE クラウド
偽りの街並みを、クラウドは当てもなく歩いていた。
整えられた石畳も、飾られた花壇も、すべてが作り物だと知ってしまった今では、ひどく薄っぺらく見える。故郷を奪われ、記憶までも実験の道具にされていた。その事実の重さが、胸の奥に沈んでいく。景色が、まるで色を失ったかのように無機質に流れていった。
すれ違う「村人」たちの笑顔さえ、今では作り物にしか見えない。誰もが台本通りに動いているのだと思うと、吐き気に似た感覚がこみ上げてくる。
気づけば、足は村の中央にそびえる給水塔へと向かっていた。
錆びた梯子に手をかけ、上へと登る。夜風が頬を撫でた。見上げれば、星空だけは、あの頃と変わらずそこにあった。人工的に整えられた街並みの上に、それだけが、本物のまま残っている。
膝を抱え、しばらく黙って空を見上げていた。頭の中では、先ほど聞いた話が何度も反響している。実験台。適性とは無関係。細胞の埋め込みと活性化――。それらの言葉が、冷たい針のように胸を刺し続けていた。
重い足音が、梯子を昇ってくる。振り返らなくても、誰だか分かった。
「……クラウド」
「ティファか」
隣に、ティファが静かに腰を下ろす。心配そうな瞳が、こちらを覗き込んでいた。
意外にも、クラウドの表情は取り乱してはいなかった。ただ、遠い星を見つめたまま、言葉を探しているようだった。
「……街は偽物で、俺たちの知ってるニブルヘイムは、もうどこにもない」
クラウドはぽつりと切り出す。
「暴かれた過去も、実験のことも……正直、胸が潰れそうだった。適性なんて関係なく、俺もザックスも、ただの材料として扱われてたんだって」
「クラウド……」
ティファは何も言わず、ただ静かに隣に寄り添う。
「でもな、ティファ」
空を指差し、少し間を置いてから続けた。
「この給水塔から見上げる星空は、あの日と何も変わらない。俺がここで過ごした時間も、ティファと交わした約束も……全部、本物だ」
声には、静かな、けれど確かな芯があった。
「街がどれだけ塗り替えられても、俺の中にある記憶までは、あいつらにも奪えない。俺の生きてきた道は、確かにここにある。だから……俺はもう、ブレない」
ティファは、その言葉にじっと目を見張った。
励ますつもりで追いかけてきたはずだった。それなのに、逆に背中を押されている。瞳に涙が滲み、それでもティファはゆっくりと微笑んだ。
「……うん。そうだね」
声が微かに震える。
「私たちの思い出も、約束も……神羅なんかに、消せやしないよ」
クラウドの手に、そっとティファの手が重なる。冷たい夜風の中で、その温もりだけが確かだった。
「ありがとう、ティファ」
「ううん。……こっちこそ、ありがとう。クラウドがそう言ってくれると、私も救われる」
しばらく二人は、言葉もなく星空を見上げ続けた。風の音だけが、静かに給水塔の上を流れていく。
「……ねえ、覚えてる? 昔、ここで交わした約束」
ティファがふと、懐かしむように呟いた。
「ああ。……忘れたことなんて、一度もない」
クラウドが静かに答える。その声には、迷いの色はもうなかった。
「明日から、また旅が始まるね」
「ああ。今度こそ、しっかり前を向いて行く」
「うん。私も」
二人は肩を寄せ合い、偽りの街を照らす本物の星空を、いつまでも見上げていた。
遠くで、義手の駆動音を軋ませながら眠り続ける影がある。明かされたばかりの真実の重さを抱えたまま、それでも旅は続いていく。過去の傷を受け入れ、前を向いた二人の絆は、明日からの旅路への、確かな光になろうとしていた。
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深夜、微かな物音で意識が浮上した。
扉が静かに開き、また閉まる気配。クラウドとティファが戻ってきたのだろう。重かったはずの空気が、心なしか和らいでいるのが分かった。言葉を交わすでもなく、ただその気配だけで察せられるものがある。
瞼を開ける気力はまだ戻らない。だが、意識の片隅で、小さな安堵が広がっていくのを感じていた。義手の奥で軋み続けていた駆動音も、いつの間にか静かになっている。
明日には、また長距離の旅が待っている
解き明かした真実の重さは、決して軽くはならない。それでも、抱えたまま前へ進むしかない――そう自分に言い聞かせながら、再び深い眠りの中へと沈んでいった。
「宝条の性格上、記録はないだろうから、これくらいの推理が限界かな?」と悩みつつ、だいたい確信に迫る主人公
そしてしれっといちゃつくクラティ
これが書きたかった(真顔)