FINAL FANTASY Ⅶ Revengers   作:オレンジⅩⅢ

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Chapter.44 致命 の 一撃

裾野に向けた視線の先、かすかに揺らぐ大気の向こうで、一本の白い煙が空へとまっすぐに伸びていた。

風に流されることもなく、突き刺すように昇り続けるそれを、しばらくの間、無言で見つめていた。

 

「……あれ、のろしでおますな」

 

ケット・シーが髭を揺らしながら言った。

 

「ブロンコ航空の呼び出し印や。ちゅうことは、シドはんが近くにおるか、連絡を受けて飛んでくる合図やと思いますわ」

「またあの暴走飛行機かよ……」

 

ユフィがげんなりした声で呟いた。

隣に立つクラウドも、口には出さないまでも眉間にわずかな皺を寄せている。だが、ふもとまで下りれば確実な移動手段が手に入るという事実は大きい。ここに留まる理由は、もうどこにもなかった。

 

「決まりだな」

 

バレットが太い腕を組んで頷いた。

 

「来た道を戻って、ニブル空港まで一気に下るぞ。山越えなんぞより、よっぽど早い」

「賛成。もう山越えなんてしたくないもん」

 

エアリスが両手を上げておどけて見せる。ティファも小さく笑いながら頷いた。

 

「そうね。急ぎましょう、日が暮れる前に」

 

昨日までの三日間、この村で判明したことの重さが、まだ全員の肩にのしかかっている。セフィロスコピー計画、リユニオン、失敗作という記録――誰もが多くを語らずにいたが、その沈黙の分だけ、先へ進もうとする足取りだけは速かった。

歩き出した一行の最後尾につきながら、手袋の上から左腕をそっと握りしめた。

 

神羅ビルを脱出して以来、満足な整備もパーツ交換もしないまま酷使してきた義手だった。そこに輪をかけて、神羅屋敷での三日三晩に及ぶ不眠不休のハッキング作業。代償は、もはや隠しきれないところまで来ている。

袖の内側で、制御関節がギッ、ギッと不穏な音を立てていた。胸元のグリモアからは、魔導素子が焼き付くような甲高い不協和音がかすかに漏れている。誰にも気取られぬよう、袖口を軽く引いて音を殺した。

 

「大丈夫?」

 

すぐ横に並んだティファが、心配そうに顔を覗き込んできた。

 

「三日も眠らずに頭を使い続けたんだから、疲れが残ってないわけない。無理してない?」

「問題ない」

 

短く答えた。嘘ではなかった。少なくとも、まだ動ける。

だが、腕の異音までは隠しきれていなかったらしい。ティファは何かを察したように眉を寄せたが、それ以上は追及せず、ただ隣を歩き続けた。

その気遣いに、内心で小さく息を吐いた。過去を話す約束を、まだ果たしていない。いつか語ると告げたきり、あれからずっと先延ばしにしてきた話だった。今は、その時ではない。

 

(機を見て、いずれ)

 

 

 

 

 

 

 

 

先頭を歩くケット・シーが、ぬいぐるみの短い足で器用に岩場を飛び越えながら振り返る。

 

「下りはラクショーですわ。日が暮れる前にはニブル空港、着きますやろ」

「油断すんなよ、猫」

 

バレットが唸るように言った。

 

「油断も何も、わては猫やのうてモーグリのロボット人形やっちゅうねん。ええ加減覚えてくださいや」

 

軽口を叩き合う二人の後ろで、ユフィが大きく伸びをした。

 

「あー、早く空港着いてほしい。あの揺れる乗り物、二度と乗りたくないんだけど……」

「わかる」

 

クラウドがぼそりと同意した。ティファがくすりと笑う。

 

「二人とも、そんなに嫌なら目をつぶって寝てればいいのに」

「寝てたって揺れは伝わってくるんだよ……」

「せやなあ、あの飛行機は揺れも音も規格外でおますからなあ」

 

そんな軽いやり取りが続く後方で、袖の奥の異音に神経を集中させながら、下山ルートの先を見据えていた。

道は険しく、崩れかけた岩肌が続いていた。何度か足元が崩れかけ、その度に誰かが誰かの手を取って支え合う。時折足を止め、ナナキが先んじて匂いを確かめる。

 

「この先、しばらくは道が細いよ。みんな、気をつけて歩いてね」

 

コスモキャニオン以来、すっかり砕けた口調で仲間へ呼びかけるナナキの姿は、この長い旅でようやく手にした素の顔のひとつだった。かつての取り澄ました喋り方を思えば、隔世の感すらある。

 

「ナナキも、すっかり頼れるガイドだね」

 

エアリスが微笑みかけると、ナナキは照れくさそうに尻尾を揺らした。

 

「そ、そんなことないよ。おいらはただ、鼻がちょっと利くだけで……」

「その『ちょっと』に、何度助けられたか分からないけどね」

 

ティファの言葉に、ナナキはますます尻尾を大きく揺らして先を急いだ。その微笑ましいやり取りに、張り詰めていた空気がわずかに和らぐ。

半刻ほど下ったところで、小さな岩陰に一行は足を止めた。水筒を回し合い、束の間の休息を取る。眼下には、まだ煙の細く立ち上るニブル空港が、豆粒のように見えていた。

 

「ジュリアスさん、ほんまに顔色悪いですで」

 

ケット・シーが横に座り込みながら言った。

 

「三日徹夜した後にこの下山や、そら体も悲鳴あげますわ。少しは休んでくれんと、こっちが気ぃ揉みますねん」

「確かに、疲労は否定できん。だが、休んでいる時間はない」

「そういうとこ、ほんま頑固ですなあ」

 

苦笑するケット・シーの言葉を、軽く受け流した。今は自分の体調よりも、先を急ぐことの方が重要だった。ゴールドソーサーの先に待つキーストーン、その先に待つ古代種の神殿。足を止めている暇は、本当にどこにもない。

短い休息の間、クラウドがそっと近づいてきて隣に腰を下ろした。

 

「なあ、ジュリアス」

「なんだ」

「昨日の話……ソルジャーのこととか、セフィロスコピー計画のこととか。あれ、まだ全部消化できてないけど……教えてくれて、感謝してる」

「礼を言われるようなことじゃない」

 

短く返す。クラウドは少しの間黙り込んだあと、続けた。

 

「俺は、これからどうなるんだろうって、正直ちょっと怖い。だけど、知らないまま進むよりは、ずっといい。そう思えたのは、お前のおかげだ」

 

その真っ直ぐな言葉に、束の間、返す言葉を探した。

 

「知ることは、時に痛みを伴う。だが、知らないまま踏み出す一歩よりは、確かな足場になる」

「……うん」

 

クラウドは小さく頷き、それ以上は何も言わずに立ち上がった。短いやり取りだったが、悪くない時間だった。

水を一口含んだところで、先を歩いていたヴィンセントが不意に足を止めた。赤いマントが山風にあおられて翻る。

 

「……気をつけることだ」

「気をつけるとは」

「山肌を流れる魔晄の脈動が、歪んでいる」

 

低く言い放たれた言葉に、全員の動きが止まった。

 

「歪んでいるって、どういうことだよ」

 

バレットが眉根を寄せる。

 

「黒マントどもの精神波か、それとも神羅が遺した負の遺産か……いずれにせよ、まだ番人も知らぬ影が、この道中のどこかに蠢いている」

 

その言葉を、軽く流すつもりはなかった。三十年、屋敷の番人として眠り続けてきた男の勘は、伊達ではない。

 

(山と屋敷、両方に何かがある可能性を考えておくべきだ――あの読みは、まだ終わっていないのかもしれない)

 

短く頷き、隊列の並びをわずかに変えた。前衛にクラウドとバレット、中衛にティファとナナキ、後衛にユフィとケット・シー、そして最後尾にヴィンセントと自分。声には出さなかったが、誰もが表情を引き締めていた。

 

「なんか、また面倒なことになりそうな予感がするんだけど……」

 

ユフィがぼやきながらも、苦無の柄に手をかける。

 

「予感は当たらないでほしいものね」

 

エアリスがそう言いつつ、いつもより静かな声で杖を握り直した。

 

「大丈夫だよ、おいらが先に匂い嗅いでおくから」

 

ナナキの言葉に、わずかだが空気が和む。それでも、誰もが足取りに緊張を滲ませたまま、再び歩き出した。

ふと横を見ると、エアリスが立ち止まったまま、谷の奥をじっと見つめていた。杖を握る指先が、わずかに白くなっている。

 

「エアリス?」

 

ティファが声をかけると、エアリスははっと我に返ったように瞬きをした。

 

「……ううん、なんでもない。ちょっと、嫌な気配がした気がしただけ」

「嫌な気配って」

「分かんない。ただ、この先で……何か、大切なものが失われるような、そんな感じ」

 

エアリスは自分でも戸惑ったように首を振り、無理に笑顔を作った。

 

「気のせいだと思う。行こう」

 

その言葉を、誰も深く追及しなかった。だが、内心では小さな引っかかりとして留めておいた。エアリスの勘は、これまで何度も的中してきている。

 

(気に留めておく必要がある)

 

歩みを再開した一行の足取りは、先ほどよりもわずかに慎重になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

下山ルートの途中には、崩落によって橋の役目を失いかけた岩の細道があった。片側は切り立った崖、もう片方は深い谷。強い風が吹くたびに、足元の小石がぱらぱらと崩れて谷底へ落ちていく。

 

「ここ、慎重に渡ろう。足場、あんまり良くないから」

 

ナナキが先頭に立ち、一歩ずつ確かめるように進んでいく。

 

「バレットさん、後ろの人たちの手ぇ、引いてあげてくれます?」

 

ケット・シーの声に、バレットが頷いて隊列の後方へ回った。

 

「よし、俺が最後尾から見てやる。落ちそうになったら遠慮なく声出せ」

「頼りにしてるわよ、バレット」

 

ティファが軽い足取りで岩を渡りながら微笑む。エアリスも慎重に、しかし危なげなく後に続いた。

自分の番になり、細い岩場に足をかけた瞬間、義手側の重心がわずかにぶれた。とっさに右足で踏ん張り、体勢を立て直す。誰にも気づかれていないはずだったが、すぐ後ろにいたユフィが目ざとく振り返った。

 

「大丈夫? さっきから、なんか変じゃない?」

「疲れが溜まっているだけだ。問題ない」

 

短く答え、そのまま歩を進めた。ユフィは怪訝そうな顔をしたものの、それ以上は追及せず、細道の先へと視線を戻した。

一行が無事に細道を渡りきる頃には、日は西へ大きく傾き始めていた。ふもとの空港が、先ほどよりもはっきりと見えるようになっている。あと少し、そう思えるだけの距離だった。

 

旧魔晄炉の残骸が遠くに見え始めた頃、谷間の空気が急激に重さを増した。

日差しを遮ったのは雲ではない。黒いフィーラーの群れだった。

だが、その動きは異様だった。運命の修正へ向かう時のような整然とした流れではなく、何かを拒み、排除しようとするかのように激しく渦を巻いている。

 

「この風……すごく嫌な感じがする! みんな、気をつけて!」

 

ナナキが低く身を屈め、毛を逆立てて唸った。

 

「嫌な感じって、どんな……」

 

言いかけたユフィの声が途切れる。

ズズ、と山肌が大きく鳴り、頭上の岩壁が砕け散った。

土煙を割って現れたのは、見たこともない巨躯だった。禍々しい甲殻に覆われた体軀、そして狂った魔晄の冷光を纏った凶悪な前脚。全員が一斉に武器を構える。

 

「なっ……なんだあいつは!?」

 

バレットがガトリング砲を構え直す。

とっさにグリモアへ意識を集中させ、装備した「みやぶる」のマテリアを起動する。淡い光の粒子が視界を走り抜け、対象の輪郭が解析データとして浮かび上がった。

 

「――マテリアキーパー。詳細は不明だが、高い魔法耐性と自己再生能力を持つ個体、と出ている」

 

短く読み上げる。

 

「マテリアキーパー……了解、動きに気をつけろ!」

 

クラウドが背のバスターソードに手をかけながら叫んだ。

 

「全員、散れ!」

 

だが、姿を現したのはその一体だけではなかった。フィーラーの渦に紛れるように、小柄な魔物の群れが左右の岩陰から次々と飛び出してくる。狂乱状態にある小型の獣たちが、牙を剥き出しにして殺到した。

 

「まずは雑魚から片付けるぞ!」

 

バレットの怒声とともに、ガトリング砲が唸りを上げる。ティファとクラウドが左右に分かれ、群がる小物を次々と斬り伏せていく。ナナキの爪が一匹を仕留め、ユフィの苦無が的確に急所を貫いた。

その隙を縫うように、マテリアキーパーが咆哮とともに巨大な爪を振り下ろす。フィーラーの渦が視界を奪い、崩れ落ちる岩が退路を塞いでいく中、死闘の火蓋が切られた。

 

義手を掲げ、攻性の演算式を組もうとした瞬間、視界の端で警告灯が明滅した。

 

(駆動が、追いつかない)

 

グリモア内部の魔導素子が悲鳴じみた音を立て、展開しかけた大出力の魔法陣が中途半端に霧散する。舌打ちを堪え、出力を大きく落として予備枠に装着していた別のマテリアへ切り替え、最低限の攻性術式で牽制に回った。

 

「ジュリアス、魔法は!?」

 

ユフィが叫びながら苦無を投げつける。

 

「先に機械が根を上げた! 本調子ではない。過信するな」

 

短く返し、脚部の関節の隙間を見据えながら、絞り出すような小さな雷撃をそこへ放つ。狙いは正確だったが、威力は普段の半分にも満たなかった。

マテリアキーパーの巨体が唸りを上げて薙ぎ払いを繰り出すたび、地面が割れ、岩片が四方へ飛び散った。ナナキが牙で脚を狙い、クラウドが正面から斬り結び、バレットの銃撃が援護に回る。ヴィンセントの銃弾が的確に核らしき箇所を撃ち抜くたび、魔獣の動きがわずかに鈍った。

 

「効いてる! このまま押すよ!」

 

ティファが拳を構え、前へ踏み込む。連撃が魔獣の側面を打ち据え、怯んだ隙にクラウドが大きく踏み込んで斬撃を叩き込んだ。

 

「エアリス、回復を!」

 

ティファの声に、エアリスが即座に杖を振るう。

 

「みんな、まとめて――ケアル!」

 

淡い光が一行を包み、傷が癒えていく。だが、義手の異音だけは治癒魔法で塞がるものではなかった。動作の度に走る鈍い痛みを噛み殺し、予備マテリアでの小規模な牽制を続けた。

再び前脚が振り下ろされる。今度は狙いがユフィだった。とっさに割り込み、グリモアに残ったわずかな出力で薄いバリアを咄嗟に展開し、爪先の軌道を逸らす。展開と同時に魔法陣が不安定に弾け、腕全体に鈍い痺れが走った。

 

「ジュリアスさん、左側手薄なってますで!」

 

ケット・シーの声に、反射的に体をひねる。爪の一撃が肩をかすめ、袖が裂けた。だが、浅い。まだ動ける。

 

「助かった!」

「礼はいらん、それより集中しいや!」

 

崩れかけた岩の足場を踏みしめ、間合いを取り直す。義手の異音は、もはや無視できる範囲を超えつつあった。焼け付くような熱が肘から肩へと這い上がり、指先の感覚が徐々に鈍くなっていく。それでも足を止める理由にはならない。

 

「ジュリアス、無理すんな! 下がってろ!」

 

クラウドが叫びながら魔獣の注意を引きつける。

 

「まだ動ける」

「意地張ってる場合か!」

「意地ではない、判断だ」

 

そう返しながらも、内心では自分の体の限界がどこにあるのか、正確には把握しきれていなかった。それでも、ここで下がれば誰かの負担が増えるだけだ。踏みとどまる方を選んだ。

粘りに粘った末、巨体がぐらりと傾ぎ、大きな音を立てて地面に倒れ伏す。土煙が舞い上がり、しばしの静寂が谷間を包んだ。

 

「……やったか!?」

 

膝に手をつき、肩で息をしながらユフィが呟いた。

その油断を、見逃さなかった何かがあった。

 

 

『グァアアアアアアアッ!!』

 

倒れ伏していたはずの巨躯が、断末魔じみた咆哮とともに跳ね起きる。

残された力の全てを込めた前脚が、無防備なユフィの頭上へと振り下ろされようとしていた。

死角からの一撃。誰の声も、間に合わない。

 

(――間に合わない)

 

思考よりも先に、体が動いていた。

ユフィの細い肩を突き飛ばし、その射線上へ自ら踏み込む。

 

ギガガガガッ――

 

限界を超えて酷使されていた義手と、酷使され尽くした胸元のグリモアが、耳障りな金属音とともに決定的な破断を起こした。魔力障壁を展開する余裕はどこにもなかった。

直後、巨大な爪が肘の上から義手を丸ごと引きちぎり、そのままの勢いで左胸のグリモアごと肉を抉った。

 

「あ――」

 

視界の左半分が、鮮血に染まって暗転する。

左顔面から左肩、左胴体へと走り抜ける激痛は、もはや痛みという言葉では足りなかった。左目の視界が塗り潰され、体は岩肌へと吹き飛ばされていく。

 

(――こんなところで)

 

薄れゆく意識の隅で、場違いなほど冷静な自分がいた。まだやるべきことがある。まだ、終わっていない。それなのに、体はもう指一本動かせない。

崩れていく視界の奥に、遠い記憶がひとつ、瞬いては消えていった。幼い手を引いて歩いた、小さな背中。あの日守りきれなかったものの重さが、今更のように胸を締め付ける。

 

(すまない――まだ、逝くわけには)

 

意識が急速に遠のいていく中、誰かの悲鳴のような声だけが、やけに遠くから聞こえた。

 

「ジュリアス―――っ!?」

 

 

 

 

 

 

 

===================

 

 

SIDE クラウド

 

 

 

 

ユフィの悲鳴が谷間に反響した瞬間、頭の中で何かが弾けた。

 

「うおおおおッ!」

 

黒髪を逆立て、バスターソードを閃かせる。バレットの怒号とともに放たれる銃撃、ヴィンセントの狙撃が同時に魔獣の核を撃ち抜いた。

爆炎が谷間を包み、マテリアキーパーは今度こそ、二度と動くことのない沈黙に落ちた。

 

だが、誰も勝利の声を上げなかった。

 

「ジュリアス! おい、しっかりしろ!」

 

駆け寄った先にあったのは、左半身を血に染めて倒れ伏すジュリアスの姿だった。義手は肘の上から吹き飛び、胸の端末は原型をとどめないほど砕け散っている。

 

「ジュリアス! しっかりして、お願い……!」

 

ユフィが泣きながら真っ先に駆け寄った。震える手が、傷に触れることさえためらっている。

 

「ケアルを……早くケアルを!」

 

ティファも震える手で魔法をかざそうとする。

その手を、エアリスが強い力で止めた。

 

「ダメ……下手に回復魔法を使っちゃダメ」

「なんで……! このままじゃ……!」

「傷が深すぎるの。筋肉や神経が複雑に引き裂かれてる。今無理に塞いだら、内部が不揃いにくっついて、もう二度と元に戻らなくなっちゃう……!」

 

エアリスの声はかすかに震えていた。それでも、確信を持って言い切っていた。

 

「じゃあ……じゃあどうすればいいんだよ! このまま死ぬのを待てっていうのか!?」

 

バレットが吠えるように言った。拳が震えている。誰よりも荒々しいはずの男が、今は誰よりも動揺していた。

 

「包帯で止血するしかないわ。急いで、血を止めないと」

 

ティファが唇を噛みしめながら、震える手で包帯を取り出した。手当てをする間、誰も口を開かなかった。谷間に響くのは風の音と、荒い呼吸の音だけだった。

 

「ジュリアス……お願い、目を開けて……」

 

ユフィが小さく呟いた声は、ほとんど誰の耳にも届かなかった。震える指先で、彼女は包帯を巻く手伝いを続けた。

 

「わてが油断させてもうたせいや……」

 

ケット・シーが震える声で呟く。いつもの飄々とした口調はどこにもなく、ぬいぐるみの体が小さく震えていた。

 

「せや、わては情報を扱う立場や。危険の兆しくらい、もっと早う気づけたはずやのに……」

「ケット・シーのせいじゃないよ」

 

ティファが振り返り、はっきりと言った。

 

「誰も、あんなふうに急に襲われるなんて予想できなかった。今、自分を責めてる時間はないよ」

 

その言葉に、ケット・シーは何も言えず、ただ小さく頷いた。傍らで、ヴィンセントが静かに目を伏せた。

 

「俺が、もっと早く異変に気づいていれば」

「今、それを言っても仕方ない」

 

短く、しかしはっきりとバレットが言った。

 

「行くぞ! このままじゃ、ここで失血死させちまう!」

 

その一声で、皆が動いた。クラウドとバレットが慎重に、しかし迅速にジュリアスを担ぎ上げる。

 

「ニブル空港まで、最短ルートで急ぐよ! おいら、先導する!」

 

ナナキが鼻先で道を探りながら駆け出した。

一行は崩れかけた山道を、遮二無二駆け下りた。落石が続く足元も、渦を巻くフィーラーの残滓も、今は構っている余裕がなかった。

 

「もう少しだ、頑張ってくれ……!」

 

担ぎながら、クラウドが低く呟いた。腕の中に伝わる血の温かさと、次第に弱くなっていく呼吸の感覚が、胸を締め付ける。

 

ニブル空港が見えてきた時、真っ先に気づいたのはタイニーブロンコ号の傍らでタバコを咥えていたシドだった。

 

「おいおい、なんだその血の量は……!」

 

顔色を変えて駆け寄ってくる。

 

「シド! 患者の緊急空輸だ、頼む!」

「チッ、どいつもこいつも重病人かよ! 四の五の言ってねえで早く乗せろ!」

 

シドの怒号に押されるように、全員が機内へ飛び込んだ。爆音とともにプロペラが回転を始める。

息も絶え絶えなジュリアスの傍らで、ユフィが涙を拳で拭いながら叫んだ。

 

「ウータイへ向かって……! アタシたちの国なら、腕のいい医者も、代わりの義手だってあるから……! お願い、急いで!」

「ウータイだと? この機体で保つか分からんが……やるしかねえ!」

 

シドが操縦桿を握り、タイニーブロンコ号は大空へと舞い上がる。荒れた飛行音の合間に、シドが背後へ怒鳴った。

 

「おい、そっちの手当てはどうなってる! 血が止まらねえなら遠慮なく言え、応急の薬箱は後ろにあるぞ!」

「もう、使わせてもらってる……! ありがとう、シド!」

 

ティファが振り返って礼を告げる。シドは舌打ちひとつで応え、操縦に集中し直した。

窓際に座るヴィンセントは、じっとジュリアスの顔を見つめていた。

 

「……俺も、かつて似たような業を背負った」

 

誰にともなく呟いた声に、ユフィが顔を上げる。

 

「ヴィンセント?」

「守れなかった者への償いが、次の誰かを守る力に変わることもある。だが、それにも限度がある」

 

短くそれだけ言うと、ヴィンセントは再び口を閉ざし、静かに目を伏せた。誰も、その言葉に何を返せばいいのか分からなかった。

窓の外には、赤く染まるニブル山の稜線が遠ざかっていく。誰の顔にも、安堵の色は浮かんでいなかった。ジュリアスの浅い息だけが、機内の全員を繋ぎとめる細い糸のように続いている。

 

「絶対に、死なせない」

 

ティファが包帯の上からそっと手を重ね、祈るように呟いた。

隣で膝を抱えるユフィは、涙の跡を拭いながらも、視線だけはジュリアスの顔から離さなかった。

 

「なあ……ジュリアスの故郷って、確か面倒な因縁があったと思うんだが」

 

クラウドが低く呟く。

 

「うん。でも、絶対に助けてもらえるはず。ジュリアスはゼロだもん、ウータイにいるアバランチに動いてもらう。アタシが動かしてみせる」

 

ユフィの声に、いつもの強気な響きが少しだけ戻っていた。それでも、握りしめた拳の震えは止まらない。

 

「持ちこたえてくれよ……頼むから」

 

クラウドが小さく呟いた声は、エンジン音にかき消されて、誰の耳にも届かなかった。

機内に沈黙が満ちる。誰もが、ただジュリアスの浅い呼吸だけを見つめていた。

バレットは拳を握りしめたまま、窓の外を睨むように見つめていた。

 

「くそったれが……守るはずが、守られてどうすんだよ」

 

低く吐き捨てた声に、隣に座るクラウドが小さく首を振った。

 

「誰のせいでもない。あいつは、ユフィを庇っただけだ」

「分かってる。分かってるけどよ……」

 

バレットは言葉を途中で飲み込み、それ以上は続けなかった。

海を越えるにつれ、窓の外の景色は徐々に藍色の海原へと変わっていく。西の彼方には、これから向かうウータイの島影が、かすかに霞んで見え始めていた。

 

「もうすぐだから……もうすぐだから、頑張って」

 

ユフィがジュリアスの手をそっと握りしめ、届くはずのない声で繰り返し囁き続けた。

タイニーブロンコ号は西の空へ、全速力で滑空していった。

 




フィーラー「ネタバレシテンジャネェヨオラァ‼︎」
主人公はネタバレにつき、しばかれました

Q ウータイにそんな設備あるの??
A 独自設定です。神羅と戦争してたんだったら、これくらいの技術発展はありえるのでは?と思ってます。
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