FINAL FANTASY Ⅶ Revengers 作:オレンジⅩⅢ
SIDE クラウド
プロペラの重い駆動音が絶え間なく響く、タイニーブロンコ号の機内。
振動が伝わる床に片膝をつき、クラウド、ティファ、バレットの三人は、横たわるジュリアスの手当てに追われていた。
「おい、血が全然止まらねえぞ! 包帯、もっとねえのか!?」
バレットの怒鳴り声が、狭い機内に響き渡る。
「もう使い切っちゃった……! でも、傷が深すぎて、押さえるだけじゃ全然……!」
ティファの声が震えていた。
じっとりと汗ばんだ手で止血布を押し当てながら、クラウドは半ば意識を失ったジュリアスの顔を見下ろす。
土気色に近い肌、乾きかけた血の筋、浅く途切れがちな呼吸。
それでも、確かに胸は上下していた。
――生きている。
それだけを支えに、クラウドは手を動かし続けた。
肘の上で無残に断たれた義手の断面、切り裂かれた左顔面。
直視するだけで胸が締め付けられる傷を前に、それでも手を止めるわけにはいかなかった。
一瞬、ジュリアスの喉から掠れた呻きが漏れる。
「……っ、う……」
瞼が僅かに震えたが、目は開かない。
熱に浮かされたような譫言が、途切れ途切れにこぼれ落ちる。
「……リーシャ……いや……」
聞き取れたのはそれだけだった。
誰のことか、クラウドには分からない。
だが、その一言に込められた痛みの深さだけは、なぜか伝わってきた。
機体後方に目をやると、ナナキが落ち着かない様子で床に爪を立てていた。
「……おいら、なんで気づけなかったんだろ。あのキーパーが起き上がる気配、もっと早く分かってれば……」
独り言のような呟きに、傍らのケット・シーが力なく首を振る。
「……坊、それを言うんならボクかて同じですわ。情報を扱う立場の癖に、あの化け物の再生能力、見抜けんかったんやから」
二人の声には、隠しきれない自責の色が滲んでいた。
バレットが包帯を巻く手を止めずに、低く唸る。
「今さら誰が悪いなんて話してる場合じゃねえだろうが。生きて帰す、それだけ考えろ」
その一言に、二人はそれ以上何も言わなくなった。
けれど、ケット・シーの丸い目に浮かんだ陰りは、簡単には消えなかった。
ナナキも、尾の先をじっと見つめたまま、口を噤んでいる。
ふと、機体前方の薄暗いスペースに視線が吸い寄せられる。
そこでは、ユフィがヴィンセントと並んで膝をついていた。
ヴィンセントは長年手慣れた仕草で無線機のダイヤルを操作し、周波数を細かく調整している。
その隣で、ユフィは神羅製らしき通信機のマイクを両手で握りしめ、低く早口に何かを語りかけていた。
「……聞こえる!? アタシだ、ユフィだ……! コード、ゼロ……重傷……至急、医療班を……!……こちら、着陸予定時刻は……! 場所は西の滑走路跡、分かるわね……!」
エンジンの轟音に遮られ、クラウドの耳には断片的な言葉しか届かない。
(間に合ってくれ……)
声の切迫した響きだけが、はっきりと伝わってくる。
それ以上を考える余裕もなく、視線は再びジュリアスの蒼白な顔へと戻る。
やがて、通信機を置いたユフィが、青ざめた顔のままこちらへ駆け戻ってきた。
「……繋がった。あとは、着くまで持ってくれるのを祈るだけ」
声は、いつもの威勢の良さが嘘のように小さい。
ヴィンセントは何も言わず、ただ静かにユフィの肩に手を置いた。
それだけで、ユフィは小さく頷き返す。
「……ヴィンセントも、こういう時は人を励ますんだね」
「……言葉より、静かな方がいい時もある」
低く短いその答えに、ユフィは無理に口角を上げてみせた。
それきり、二人とも何も言わず、機体の振動に身を任せていた。
高度が落ち始める。
朝にニブルヘイムの村を発ってから、既に長い時間が経っていた。
窓の外、茜色に染まり始めた海の彼方に、灰色がかった島影が見え始めていた。
陽はもう大きく傾き、水平線の近くまで低くなっている。
クラウドにとっては初めて目にする、異国の輪郭だった。
段々畑のような緑の丘、その合間に点在する瓦屋根の集落。
朱色に塗られた鳥居のようなものが、遠目にも点々と見て取れる。
(ここが……ウータイ)
幼い頃、ジュリアスがこの国の郊外の集落で暮らし、戦禍で母と姪を喪った土地でもある。
その事実を思うと、クラウドの胸に鈍い痛みが走った。
やがて機体は着陸態勢に入り、ウータイ郊外の使われなくなった滑走路跡へと滑り込んだ。
車輪が地面を捉える衝撃と共に、機内の空気が僅かに緩む。
機体が完全に停止するより早く、外に人の動きがあるのが見えた。
白衣の医療班と、担架を抱えた数名の男たちが、既にその場で待ち構えている。
その後ろには、武装した数名の見張りらしき姿もあった。
「……早すぎるだろ」
クラウドは思わず呟いた。
通信からここまで、それほど長い時間があったわけではない。
それでも、これだけの態勢が既に整えられていた。
タラップが下りるや否や、医療班はジュリアスの身体を手際よく担架へ移し、迷いのない足取りで駆け出していく。
バイタルを確認する声、無線で何かを報告する声が飛び交い、その動きの一つひとつに、無駄がなかった。
中には、担架に付き添いながら「ゼロ、ゼロ……」と繰り返し口の中で呟いている若い隊員の姿もあった。
滑走路の先には、迎えの車両が既にエンジンをかけたまま待機している。
遠目にも分かるほど、統率の取れた動きだった。
呆然とその様子を見送るクラウドの隣で、ユフィが青ざめた顔のまま呟く。
「……ゼロが重傷だって言ったら、すぐに動いてくれただけ」
短い答えだった。
それ以上は何も語らず、ユフィは担架を追って駆け出していく。
残された一同の間に、しばしの沈黙が落ちた。
それを破ったのは、ケット・シーの低い声だった。
「……ウータイの裏の組織にとって、『ゼロ』いう名前は、それだけの重みを持っとるいうことですな」
その言葉に、誰も何も返せなかった。
ヴィンセントだけが、無言のまま遠くへ走り去る担架の背を見つめていた。
その横顔には、何かを思い出すような、静かな色が浮かんでいた。
病院の廊下、硬い長椅子に座り込んだ一行は、ただ黙って手術室の扉を見つめ続けていた。
時間の感覚は、とうに失われている。
バレットは腕を組んだまま微動だにせず、ナナキは尻尾を丸めて床に伏せていた。
壁に掛けられた古い時計の針が、やけにゆっくりと動いているように感じられる。
「……なあ、大丈夫だよな。あいつなら」
バレットがぽつりと零した言葉に、誰も答えなかった。
問いかけというより、自分自身に言い聞かせているような響きだった。
クラウドは長椅子の背もたれに体を預け、天井を見上げた。
脳裏に浮かぶのは、ニブルヘイムでの解析の日々、疲れた顔をしながらも決して弱音を吐かなかったジュリアスの横顔だった。
一人で単独行動を取ることについて聞いた時、あいつはいつもこう答えていた。
「ただの情報収集だ。いつものな」と。
飄々としたその言葉の裏に、どれだけのものを抱えていたのか。
今になって、少しだけ分かる気がした。
「……あいつ、無茶ばっかりだよな」
クラウドが呟くと、隣でナナキが小さく耳を動かした。
「……うん。でも、あの無茶のおかげで、おいらたち何度も助けられてる」
それは誰への言葉でもなく、ただの事実として口からこぼれたものだった。
窓の外の光が、やがて完全に落ちて夜になった。
それでも扉は開かない。
交代で仮眠を取る者、無言で座り続ける者。
時折、看護師が慌ただしく出入りするたび、全員の視線が扉に吸い寄せられたが、そのたびに何も告げられないまま扉は閉じていく。
いつしか、東の窓が白み始めていた。
夜通し続いた手術は、まだ終わらない。
――一体、どれだけの時間、あいつは切り刻まれ続けているんだ。
込み上げる不安を押し殺し、クラウドはただ待ち続けた。
陽が高く昇り、廊下に差し込む光の角度が変わっても、まだ扉は開かなかった。
丸一日近くに及ぼうとする手術の長さに、誰もが言葉を失っていた。
どれほど経った頃だろうか。
昼を幾らか過ぎた頃、灯っていた手術灯の明かりが消え、重い扉が開いた。
疲弊しきった様子の執刀医が姿を現すと、詰めていた全員が一斉に立ち上がる。
「先生! ジュリアスは……!? 助かったの……!?」
ユフィが医師の白衣にすがりつくようにして叫んだ。
医師はゆっくりと頷いたが、その表情は晴れなかった。
「……一筋縄ではいかない手術でした。ですが、胸元にあった頑丈な魔導媒体――『グリモア』でしたか。あれが刃の直撃を受け止めて壊れたおかげで、胴体の致命的な損傷は奇跡的に免れています」
「本当に……!? よかった……よかったぁ……!」
ユフィの表情に、束の間の安堵が浮かぶ。
しかし、医師の言葉には続きがあった。
「……ですが、喜ぶのはまだ早い」
一拍置いて、医師は静かに続けた。
「左顔面の切創が、あまりにも深すぎました。左目の眼球組織は不可逆的に破壊されており……現代の医療をもってしても、視力の回復は不可能です。今後、彼の左目が光を捉えることは、二度とありません」
「……っ」
廊下が、凍りついたような沈黙に包まれる。
既に肘上から失われていた左腕。
そこへ今度は、左目の光までもが奪われた。
その事実の重さに、誰も言葉を発せなかった。
医師はなおも言葉を続けた。
「幸い、命に関わる状態は脱しています。今は麻酔で眠っていますが、じきに意識も戻るでしょう。傷そのものの処置は最善を尽くしましたし、体力さえ戻れば、日常の動作に大きな支障は出ないはずです」
言葉を選びながら、医師は一つ息をつく。
「……ただ、目を覚ました時のことを考えると。失われたものの大きさは、本人にしか分からない」
「面会は……できますか」
ティファが控えめに尋ねると、医師は頷いた。
「もう少し容体が落ち着いてからになります。今日一日は、ひとまず休ませてあげてください」
そこで言葉を締めくくり、医師は静かに一礼して去っていった。
バレットが拳を握りしめ、低く呻く。
「くそ……くそったれが……。あんだけ戦ってきて、まだ持っていかれんのかよ……」
ナナキは何も言わず、ただ静かに目を伏せていた。
ヴィンセントは腕を組んだまま、壁に寄りかかって目を閉じていた。
やがて、ユフィが自らの両手を見つめる。
血の気の引いた顔で、唇が小さく震えた。
「そんな……アタシの……アタシのせいで……っ!」
叫ぶように言うと、ユフィはその場から駆け出していった。
誰も、その背を呼び止めることができなかった。
呆然とする一同の中、エアリスが静かに前へ出る。
「……わたし、ここに残るね。ジュリアスが目を覚ました時、誰もいないのは寂しいから」
穏やかな声だった。
それだけを告げると、エアリスは扉の脇の椅子に、そっと腰を下ろす。
クラウドは頷き、残る面々に目をやった。
「……ユフィを探しに行こう。手分けした方が早い」
バレットとナナキが北の通りへ、ヴィンセントが単独で東の高台へ向かうことになり、クラウドはケット・シーと共に西の市場沿いを、ティファは南の路地を当たると決まった。
散り散りに駆け出す仲間たちの足音が、静かな廊下に響いて消えていく。
歩き出す間際、クラウドは振り返った。
病室の扉の前、エアリスが一人、丸椅子に腰掛けている。
膝の上で手を組み、まだ麻酔の抜けきらないジュリアスの寝顔を、じっと見つめていた。
「……何かあったら、すぐ呼んでくれ」
「うん。大丈夫、ここにいるから」
穏やかな笑みを返され、クラウドはそれ以上何も言わずに背を向けた。
静まり返った病室には、規則正しい機械音と、浅い寝息だけが響いている。
エアリスはしばらくその音に耳を澄ませた後、小さな声で呟いた。
「……早く目を覚まして。まだ、話したいことがたくさんあるんだから」
返事はない。
それでも、エアリスはそっと微笑んで、寝顔を見守り続けた。
陽の高い、昼下がりのウータイの街並み。
白い光が石畳を照らし、瓦屋根の連なりの向こうに、五重塔の影がくっきりと見える。
石畳の通りには威勢のいい掛け声が飛び交い、油で何かを揚げる匂いと、線香に似た甘い香りが入り混じっていた。
ユフィを探す道すがら、クラウドの隣をケット・シーがちょこまかと歩いている。
「ユフィの奴、どこに行ったんだ……」
「まあまあ、ここはあの子の庭みたいなもんですからな。とはいえ、心配なのは分かりますわ」
通りには子供たちが駆け回り、提灯に火が入り始めた市場の喧騒が、路地の奥まで満ちている。
クラウドは足を止め、その光景をぼんやりと見渡した。
「……休戦中とはいえ、神羅と激しい戦争をしていた国には、とても見えないな」
「ははは。表面上は、綺麗に復興しとるように見えますがな」
ケット・シーの声から、僅かに笑みの温度が消える。
「……裏に回れば、神羅への怨嗟も、暫定政府と反乱分子の派閥争いも、ドロドロに渦巻いとるんですわ。兵士たちの目つき一つ見れば、大体分かりますやろ」
その言い方には、単なる噂話とは違う手触りがあった。
クラウドはケット・シーの横顔をちらりと見る。
「……随分、詳しいんだな」
「そら、情報を扱う仕事しとったらな。あちこちの噂話が、自然と耳に入ってくるもんですわ」
さらりと返され、それ以上は追及しづらい空気があった。
クラウドはそれ以上聞かず、視線を通りの先へと戻す。
「……せやけど、ユフィの奴も難儀な性分ですな。あの子ぐらいの歳の頃から、責任感の強さだけは一人前や。自分のせいだと思い込んだら、誰の言葉も耳に入らんようになる」
ケット・シーがしみじみとした口調で言う。
「そういう時ほど、無理に理屈で説き伏せようとしたらあきません。そばにおる、それだけで十分な時もあるんですわ」
その言葉には、単なる観察以上の、どこか実感のこもった響きがあった。
クラウドは何も言わず、小さく頷いた。
ケット・シーはいつもの軽い調子に戻り、先を歩き始めた。
「さあて、次の通りも見て回りましょか」
そう言って歩き出すケット・シーの背を、クラウドは黙って追った。
子供を呼ぶ母親の声、店じまいを急ぐ商人の掛け声、遠くから聞こえる太鼓の音。
どれもクラウドにとっては馴染みのない、けれど確かに生きている街の音だった。
だが、目当ての小さな背中は、どこにも見当たらなかった。
一方、北の通りを歩いていたバレットとナナキも、成果は芳しくなかった。
道行く人々に声をかけても、皆一様に首を振るばかりだ。
「……ちくしょう、どこに隠れてやがる」
バレットが苛立たしげに髪をかき上げる隣で、ナナキは鼻先を地面に近づけ、慎重に匂いを辿っていた。
「……バレット、ユフィのこと、そんなに心配なんだ」
「あん? 当たり前だろうが。あいつだって、俺たちの大事な仲間だ」
ぶっきらぼうな返事に、ナナキは小さく目を細める。
「……うん。おいらも、同じ気持ちだよ。
……こっちじゃない。もっと、静かな方だと思う」
低く呟くと、ナナキは来た道を戻り始めた。
東の高台へ向かったヴィンセントもまた、無言のまま石段を上っていた。
眼下に広がる街並みを見渡しても、目当ての姿は見つからない。
ただ、西日に染まり始めた五重塔の方角を見た時、ヴィンセントの足が僅かに止まった。
(……守れなかった者への償いが、次の誰かを守る力に変わることもある)
自らの過去、機内で漏らした言葉が、ふと脳裏をよぎる。
あの少女が今、何を抱えて逃げているのか。
想像するのは難しくなかった。
それ以上は何も言わず、ヴィンセントは再び歩き出す。
気づけば、探し始めてからもう六時間近くが経とうとしていた。
陽は西へ大きく傾き、路地に落ちる影も随分と長くなっている。
不意に、通りの向こうから小走りに駆けてくるティファの姿が見えた。
「クラウド! そっちは……」
「まだだ。そっちも?」
ティファは首を横に振り、それから五重塔のある方角へ目をやる。
「……そうなると、あとはあっちのほうかな?」
確信めいた口調ではなかったが、クラウドはその言葉に頷いた。
「行ってみよう」
歩き出しながら、ティファがぽつりと呟く。
「……母と妹みたいな姪を亡くしたのが、この国だったのよね」
「ああ。あいつが目を覚ましたら、どんな気持ちでここにいるのか……考えるだけで、胸が痛むよ」
それ以上、二人は何も話さなかった。
今はただ、ユフィを見つけることだけを考えたかった。
夕闇が迫る頃、クラウドとティファは五重塔の麓、重厚な門構えの屋敷の前へとたどり着いた。
その階段の隅、小さく膝を抱えて座り込む人影がある。
「……ユフィ」
ティファが静かに声をかけた。
ユフィは顔を上げない。
抱えた膝に顔をうずめたまま、震える声を絞り出した。
「……アタシの油断のせいだ。アタシがバカみたいに隙を見せたから、ジュリアスが庇って……。腕だけじゃなくて、目まで奪われちゃった……っ」
涙が、石畳にぽたぽたと落ちていく。
「また……またアタシのせいで、大切なものが壊れていく。ウータイを救う英雄になるんだって、あんなに息巻いてたのに……結局、誰も守れなくて……。もう、みんなと一緒にいる資格なんてないよ……っ!」
その声には、単なる今日の出来事だけでなく、もっと古い何かへの悔いも滲んでいるように、クラウドには聞こえた。
この国で、この子が過去に何を失ってきたのか。
詳しくは知らない。
それでも、震える背中の小ささが、そのことを雄弁に語っていた。
ティファがそっと膝をつき、泣きじゃくるユフィの肩を優しく、しかし強く抱き寄せる。
「ユフィのせいじゃないわ。ジュリアスは、あなたを守りたくて自分から動いたのよ。あなたがそうやって自分を責めて逃げ出したら……ジュリアスの覚悟が、無駄になっちゃう」
「でも……でも、アタシが強かったら、あんなことにはならなかったんだよ……! アタシがもっと、ちゃんと気を張ってたら……!」
ユフィの声が、また大きく震える。
ティファは何も否定せず、ただ強く、その小さな体を抱きしめ続けた。
「……分かるよ。自分を責めたくなる気持ち。でもね、ユフィ。今あなたが逃げてしまったら、ジュリアスは目を覚ました時、誰よりも自分を責める人が一人足りないことに気づくと思うの。それがどれだけ寂しいことか」
ユフィが小さく息を呑んだ。
クラウドが一歩前に出て、まっすぐにユフィを見下ろす。
「あいつは倒れてない。まだ生きてる。……怪我をさせたことを悔やむなら、逃げるな。あいつの顔をちゃんと見て、そばにいてやれ」
「う……うあぁぁんっ……!」
堰を切ったように、ユフィは子供のように声を上げて泣いた。
夕闇に沈む屋敷の階段に、しゃくり上げる声だけが響く。
ティファはただ黙って、その背中をゆっくりと撫で続けた。
クラウドもまた、何も言わずにそばに立ち、その時間が過ぎるのを待った。
しばらくそうして泣き続けた後、袖でごしごしと涙と鼻水を拭う。
真っ赤になった目で、ユフィは二人を交互に見つめた。
「……うん。逃げない。アタシ、ジュリアスのところに戻る……!」
立ち上がったユフィを挟み、三人は夕闇に沈み始めた街を、病院へと戻っていく。
石畳を踏む足取りは、来た時よりも確かだった。
隣を歩くティファの横顔を、クラウドはちらりと見た。
その表情には、優しさだけでなく、どこか身に覚えのある痛みも滲んでいるように見えた。
「……ティファも、昔ああいう風に、誰かのせいで自分を責めたこと、あるのか」
不意の問いに、ティファは小さく笑った。
「……あるよ。何度も。だから、あの子の気持ち、少しだけ分かる気がしたの」
それ以上は語らず、ティファは前を見て歩き続けた。
クラウドもまた、それ以上は聞かなかった。
途中、屋台の明かりに照らされたユフィの横顔を見ながら、クラウドは小さく息をついた。
(あいつが目を覚ました時、どんな顔をするんだろうな)
答えの出ない問いを胸にしまい、クラウドは前を向いて歩き続けた。
病院の灯りが、夜の街の向こうに見え始めていた。
その光を見つめるユフィの目には、もう迷いはなかった。
病室に戻ると、バレットもナナキも、既に先に着いていたのだろう、廊下の長椅子に並んで腰を下ろしていた。
ヴィンセントも壁際に立ち、静かに目を閉じている。
探し疲れた面々の視線が、一斉にユフィへと集まった。
「……ただいま」
小さな声で告げると、ユフィはそのまま病室の扉に手をかけようとした。
そこへ、扉がそっと開き、エアリスが顔を覗かせる。
「あ……おかえり、ユフィ」
声のトーンに、微かな翳りがあった。
「……何かあったのか?」
異変を察したクラウドが尋ねると、エアリスは小さく頷いた。
「実は……みんなが出て行ってすぐの頃、ジュリアス、目を覚ましたの」
「……えっ!?」
ユフィが目を見開く。
「ほんの少しの間だけだったんだけど……傷の状態を聞いた後、『悠長に待ってる時間はない。今すぐ、強引にでも傷を塞いでくれ』って、お医者さんに詰め寄って」
エアリスは困ったように眉を下げた。
「止めたんだけど、聞いてくれなくて……。結局、強い回復魔法と外科処置で、無理やり傷を塞ぐことになったの。それで、また眠っちゃって」
「そんな……無茶な……」
ティファが息を呑む。
「今は、ぐっすり眠ってる。……でも、多分、また目を覚ましたら、すぐに動こうとすると思う」
エアリスの声には、安堵と、拭いきれない不安が入り混じっていた。
一同は静かに病室へと足を踏み入れる。
ベッドに横たわるジュリアスの顔は、先ほどよりもさらに青白く、消耗の色が濃く滲んでいた。
それでも、その呼吸は確かに、規則正しく続いている。
ユフィがベッドの傍らに歩み寄り、包帯に覆われたジュリアスの手を、そっと自分の両手で包み込んだ。
「……アタシ、ここにいるから。次に目、覚ましたら、無茶しないでって、ちゃんと言うから」
声は震えていたが、もう逃げ出す色はなかった。
廊下から見守るクラウドは、静かに息を吐いた。
長い一日だった。
腕を失い、目を失い、それでも無理を通してでも前へ進もうとする男と、その傍らに戻ってきた少女。
廊下の長椅子に腰を下ろしながら、クラウドはふと思う。
――こんな時まで、あいつらしいな。
失ったものの重さを、どんな顔で受け止めるのだろう。
答えの出ない問いを胸に抱えたまま、クラウドは静かに目を閉じた。
窓の外では、ウータイの夜がゆっくりと更けていく。
遠くから、祭りの太鼓に似た音が、低く途切れ途切れに聞こえていた。