FINAL FANTASY Ⅶ Revengers 作:オレンジⅩⅢ
早朝の冷気が、キサラギ邸の客間に薄く沈んでいた。障子の隙間から差し込む光はまだ弱く、屋敷全体が眠りの余韻を引きずったまま静まり返っている。
畳に腰を下ろし、傍らに置かれた黒塗りの箱の蓋を開く。中には、からくり仕掛けとウータイ独自の魔導技術が融合した、漆黒の機械義手が収められていた。指先の細工に至るまで抜かりのない仕上がりで、装飾を抑えた無骨な意匠の奥に、確かな技術の粋が透けて見える。
(......悪くない。むしろ、上等すぎるくらいだ)
鏡に映る自身の姿へ視線を遣る。病院で巻かれていた、顔を覆う痛々しい白い包帯はすでに取り払われ、代わりに用意させておいた黒い布地の眼帯が、左顔面を深く覆っていた。目元から頬にかけての傷痕までを覆い隠すその黒布は、光を失った左目の空虚を人目から遠ざけるには十分な仕上がりだった。
袖をたくし上げ、左肩に残る生々しい接合痕へと義手の結合部を宛がう。神経系統のパルス伝達に微かな歪みを感じたが、驚くほどのことではない。神羅時代、スカーレット以下科学技術部門の義手を使っていた頃も、定期的なメンテナンスや性能更新のたびに何度か付け替えを繰り返してきた。どの可動域に負荷がかかり、どの魔導回路が神経伝達を妨げるか――そんなことは、皮膚の感覚だけで判別がついた。
昨夜、この屋敷で交わした短い言葉のやり取りを思い返す。クラウドやティファ、エアリスとともに床についたあの客間は、静かすぎるほど静かだった。誰かが密かに聞き耳を立てていた気配には、その時から気づいていた。だが、今はまだ触れるべき時ではない。
早朝からわざわざ屋敷に呼び出されたウータイの職人が、恐る恐る工具を差し出そうとする。それを手振りで制した。
「接続部の可動ギアを、二ミリほど内側へ締め直してくれ。神経パルスの同期周波数が、わずかにズレている」
「は、はい......!」
職人は慌てて手元を確認し、工具を動かし始めた。細かな金属音が、静かな客間に規則正しく響く。
「......驚きました。これほど完璧に、義手の構造を把握しておられるとは」
短時間の微調整を経て、指先の隅々にまで魔力と神経の伝達が及ぶのを確かめる。左肩から新しい腕を回し、拳を握り、開き、肘から先を大きく旋回させた。長年愛用し、ニブル山で無残に砕け散ったあのグリモアほどの演算補助はないにせよ、手足としての動作にはなんら支障がない。
(......これで、当面は問題ない)
「世話になった」
短く礼を告げ、職人を退出させる。
一人立ち上がり、静かな足取りで廊下を進んだ。板張りの床が、一歩ごとに小さく軋む。目指すは、この屋敷の主が坐す奥の間である。クラウドたちにはまだ何も告げていない。この面会は、自分一人で片をつけるべき性質のものだった。
襖の前で足を止め、軽く叩く。
「ジュリアスです。入ってもよろしいでしょうか、ゴドー殿」
「......入れ」
重く沈んだ声に応じ、室内へと足を踏み入れる。
静寂の満ちる広間の中央で、ゴドーは老いと威厳を等しく纏った姿で座していた。周囲に控える護衛の気配はほとんどなく、屋敷全体を包む静けさが、かえって不自然さを際立たせている。かつて一国の元首として睨みを利かせていた男の、今の境遇を物語るには十分すぎる光景だった。
「義手の具合はどうだ」
「良好です。ウータイの技術には感服いたします」
正面に腰を下ろし、深く一礼する。仲間内で見せるぞんざいな物言いはすでに脱ぎ捨て、この老将の前では終始、丁寧な言葉遣いを崩さない。
ゴドーは、左顔面を覆う黒眼帯と、肩から新たに組み上げられた漆黒の義手とを見比べるように眺め、重く息を吐いた。
「昨夜も申したが......我が娘の不覚のせいで、貴殿にこれほどの重傷を負わせた。何度詫びても詫び足りぬ」
「不要だと申し上げたはずです。あれは俺の判断で動いた結果に過ぎません」
淡々と返し、残された右目で老将を静かに見据える。
「それより、ゴドー殿。昨夜の続きをお聞かせ願いたい。ウータイ暫定政権の動きについてです」
ゴドーは数秒の沈黙のあと、自嘲めいた笑みを口元に浮かべた。
「......察しているのだろうな。見ての通り、ワシはすでにこの屋敷から出られん。元首としての威光など、今や形骸に過ぎん。現在の政の実権は、すべて暫定政権の過激派どもの手中にある」
「やはり、軟禁されている、と」
「うむ。奴らは遠からず、神羅への全面的な宣戦布告を強行するつもりだ。敗戦の傷もろくに癒えぬこの国を、再び泥沼の戦へと引きずり込もうとしている。ワシの言葉など、もはや誰も聞きはせん」
「......チェホフの物腰が、いやに丁重だったのも、そのせいですか」
昨日感じた小さな違和感を、そのまま口にする。ゴドーは苦笑いとも取れる表情を浮かべた。
「あれも、今や過激派の目付け役に近い。ワシへの敬意は本物だが、同時に監視の役目も担わされている。屋敷を出入りする者、招く客――すべてに目を光らせるようにと、上から命じられているのだろう」
なるほど、と得心する。あの過剰なまでの礼儀正しさの裏には、監視という現実的な事情が隠れていたということだ。
その表情には、国の行く末を案じる老将の、深く沈んだ苦みが滲んでいた。畳に置かれた両の拳が、わずかに震えている。
(ジュノンの頃から感じていた、この国の不透明さ――暫定政権とアバランチ本流との、あの歪な足並み。正体は、ここにあったか)
これまで抱いていた違和感の輪郭が、ようやく像を結ぶ。この老将の失脚と、暴走を始めた過激派の存在。そのふたつが重なった先に、ウータイという国の危うさがある。武力を持たぬ元首の言葉は、もはや国を動かす力を持たない。
「政の火種については、承知いたしました。......そして、もう一つ」
視線を逸らさず、まっすぐに問いを投げる。
「ゴドー殿。貴方は初めから知っておられたはずだ。俺が『ゼロ』と呼ばれる以前――ウータイ郊外の集落で幼少期を過ごした者であり、空爆で母たちを失った後、コスモキャニオンのアバランチへ引き渡された、あの子供であるということを」
ゴドーの眉がわずかに動いた。だが、狼狽する様子もなく、静かに目を閉じる。長い沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「......そうだ。覚えているとも。あの集落へ身を寄せるよう手配したのはワシであり、焼け落ちた集落から救出され、コスモキャニオンの老人のもとへ送られる貴殿の後ろ姿を見送ったのも、このワシだ」
目を開き、正面からこちらの右目を見つめ返す。
「貴殿がタークス時代に流した情報で、多くのウータイ兵が救われたことも事実。そしてその功績を、暫定政権とアバランチ本流の足並みを揃えるための、政治的な看板として利用したこともまた事実だ。......貴殿がこの国に、強い恨みを抱いていたとしても、何ら不思議ではない」
言葉を挟まず、老将の告白を静かに受け止める。長らく胸の奥に留めていた事実を、この場でようやく吐き出しているのだろう。
「恨み、ですか」
短く呟き、瞼を伏せる。
「否定はしません。ですが、当時の惨劇は、神羅だけの罪ではないと俺はすでに理解している。俺の母にも、因はあった。......大人たちが積み重ねてきた歪みの帳尻を、子供が払わされただけの話です」
幼い頃の記憶が、断片的に脳裏をよぎる。戦火の中で気丈に振る舞っていた母の顔、そしてその母が抱えていた事情の一端――今もなお、すべてを言葉にできるわけではない。だが、憎悪だけでは何も説明がつかないことは、とうに分かっている。
ゴドーは息を呑み、しばし言葉を失った。
「......貴殿は、それでもこの国を憎まぬのか」
「憎まぬとは言っていません。ただ、恨みを晴らす相手を間違えるつもりはない、というだけのことです」
ゴドーは畳に両手をつき、深く頭を垂れた。
「落ちぶれた老兵の、厚かましい願いだ。恥を忍んで頼む。......ユフィを、どうかあの子を頼む。これ以上、過酷な運命に巻き込まれぬよう、連れて行ってはくれまいか」
頭を下げる元首の姿を前にしても、心が揺れることはなかった。感情を削ぎ落とした声で、静かに応じる。
「......頭をお上げください、ゴドー殿」
ゴドーが顔を上げるのを待って、冷徹なまでの客観性を込めて告げる。
「確かに、過去の事件やこの国に対して思うところがないと言えば嘘になります。ですが、当時の惨劇には神羅だけでなく、俺の母の側にも因があったのだと、俺はすでに理解している。......何より、そういった大人の過去の因縁に、ユフィは何ひとつ関係がない」
静かに立ち上がり、左の義手を軽く下ろす。
「彼女は俺の仲間です。対等な一人として接すると、約束いたしましょう」
「......感謝する、ゼロ殿」
深々と下げられた頭に、それ以上の言葉は返さなかった。その言葉を背に受けながら、静かに広間をあとにする。
廊下を歩きながら、胸の奥にある古い感情を確かめる。かつては、この国そのものへの憎悪が、原動力のひとつだったこともある。だが、今は薄れている。母や姪を奪った戦禍の責任を、この老いた元首一人に背負わせたところで、何も取り戻せはしない。憎しみを差し向ける先はすでに定まっている。頂点に座す神羅という化け物、それだけだ。そのために、ウータイを利用することは変わらないが、わざわざ戦火を煽ることもない。
(......トドメは差しきれなかったが、ケジメはついた。今はそれで十分だ)
廊下を抜け、庭先へ出る。朝露に濡れた石畳を踏みしめながら、屋敷の外壁越しに見える五重塔の輪郭を一瞥した。この国の歴史も、積み重ねられた因縁も、今の自分にはもう関係のないことだ。前へ進むための足がかりが、ひとつ片付いた――それだけのことである。
屋敷の玄関先では、旅支度を終えたクラウドたちがすでに顔を揃えていた。クラウド、ティファ、エアリス、バレット、ナナキ、ケット・シー、ヴィンセント――だが、そこにユフィの姿だけがない。
「ジュリアス、身体は大丈夫なのか? ゴドーさんとは、話せたのか」
クラウドが気遣うように声をかけてくる。ゴドーへの敬語はすでに解き、いつものぞんざいな口調で短く返した。
「問題ない。あいつとの話も済んだ。......ユフィはどうした」
ティファが気まずそうに目を伏せ、街の方角を指した。
「......ユフィ、早朝に屋敷を出て行っちゃったの。『街の入り口で待ってる』って。なんだか、顔を合わせるのが辛そうで......」
「......そうか」
昨夜、客間で交わされていた会話を、あの少女が物陰で盗み聞きしていた気配には気づいていた。おそらくは今、負傷の責を一身に背負い込み、己の無力さに押し潰されかけているのだろう。想像するのはたやすいが、慰めの言葉を今ここで並べたところで意味はない。
バレットが、左の義手と黒眼帯とを交互に見やり、腕組みをしたまま唸る。
「なあ......無理すんじゃねえぞ。左目もそれだし、腕も代用品だろ。それにお前がいつも持ってた、あの本の形をした機械......グリモアだっけか。あれもニブル山でお釈迦になっちまったんだろ。魔法は使えんのかよ」
鼻で笑い、冷ややかに一蹴した。
「グリモアは、あくまで大量の並列演算を補佐する外部デバイスに過ぎん。失ったところで、俺自身の頭脳と魔法適性が消えたわけではない」
新しい義手を軽く持ち上げ、皆の視線を集める。
「時間をかければ、小規模な演算魔法は自力で行使可能だ」
そう言いながら、義手の指先へと意識を集める。人差し指の先に、小さな炎がぽっと灯った。指先の上で揺れるその火は、蝋燭の灯りほどの頼りない大きさでしかない。
「......火が......!」
クラウドが目を見開く。
指先の炎を静かに見つめたまま、淡々と続ける。
「もっとも、時間をかけないと、精々が手品程度だがな。......マテリアによる魔法行使が、やはり現実的だな」
小さな炎を軽く握り消し、義手を静かに下ろす。
グリモアなしでどこまで戦えるのか、正直なところ一抹の不安があったのだろう。クラウドの表情から、それが読み取れた。だが、規格外の答えを聞かされ、その不安はどこか別の感情に塗り替えられたようだった。
「へえ、そりゃすごいでおま......! わては単純な占いしかでけへんのに」
ケット・シーが感心したように頷き、耳をぴくぴくと動かす。傍らでは、ヴィンセントが無言のまま、ただ深く頷いていた。
「おいら、そういう難しいことはわからないけど......ジュリアスがそう言うなら、大丈夫なんだろうな」
ナナキが静かに呟く。素直な信頼の言葉に、それ以上の説明は不要だった。
「これしきの負傷で歩みを止めるような輩ではあるまい」
ヴィンセントが、いつも通り抑揚の薄い声で呟いた。長い付き合いというほどではないが、その一言には確かな信頼が滲んでいた。
「ジュリアス、すごいね......でも、無理はしないでね」
エアリスが心配そうに眉を寄せながらも、柔らかな笑みを浮かべる。
「心配は無用だ。無理をする理由もない」
グリモアのおかげで高度な演算魔法が使えているのだと思い込んでいた一同は、その規格外な魔導の才と技術力に、しばし言葉を失っていた。
「行くぞ。流石に武器は必要だ。街の武器屋に寄る」
一行を伴い、ウータイの街並みへと足を向けた。まだ朝の早い時間帯だというのに、石畳の通りには行商人や職人たちの姿が疎らに見え、屋台からは湯気の立つ出汁の匂いが漂っている。かつて幼い日に見た故郷の集落とは似ても似つかぬ、豊かで賑やかな街並みだ。
道の端で遊ぶ子供たちが、こちらの義手と眼帯に目を丸くして駆け寄ってくる。「戦士様だ!」と無邪気にはしゃぐ声に、バレットが照れ臭そうに片手を挙げて応えていた。戦火の傷跡がまだ色濃く残るこの国にも、こうして日常を取り戻しつつある人々の営みがある。
軒先が連なる通りを抜け、武器屋の暖簾をくぐる。店主が差し出してきた品々を一通り検分し、余計な装飾のない質実剛健な長銃身のライフル銃――銃身の側面にマテリアのスロットが埋め込まれた一挺を選び取った。
「マテリアも積めるとなれば、こいつを軸に据えるのが最も理に適っている」
代金を払うと、その場で早速ライフルを解体し、点検を始める。
懐から極細の刻印工具を取り出し、皆が見守る中、銃身の内部と薬室の金属面に目にも留まらぬ速さで精密な魔力術式を刻み込んでいく。工具の先端が金属を滑るたび、小さな火花にも似た魔力の光が舞い散った。
「......何をしてるの?」
ティファの問いに、視線も上げず答える。
「左目を失い、左腕も義手となった以上、以前のような近接格闘や高速魔法の展開は困難だ。これからは、このライフルの弾薬に魔力を充填し、遠距離からの砲撃、狙撃によるサポートを主軸とする」
組み上げたライフルに魔力を流し込むと、銃身に刻まれた術式が一瞬蒼く発光し、やがて静かに収束していく。試しに引き金へ指をかけ、機構の作動を確かめた。手に馴染む重みと、指先に伝わる魔力の脈動に、小さく頷く。
店主が呆気に取られた様子で、組み上がった銃身を覗き込んでくる。
「兄さん......ただの護身用に、そこまでの細工をするたぁ、只者じゃねえな」
「趣味の延長だ、気にするな」
短く返し、弾薬分も合わせて代金の上乗せをその場で支払う。店主は釈然としない顔をしながらも、深々と頭を下げて見送った。
新しい身体、新しい戦い方。グリモアを失おうと、腕の一本を失おうと、意志が瓦解することなどあり得ない。
「準備は整った。街の出入り口へ向かうぞ」
ライフルを肩に担ぎ、先頭に立って歩き出す。
ウータイの街の入り口、巨大な木造の門の傍らに、ぽつんと佇む小さな影があった。ウータイの意匠を凝らした装束を纏い、大きな手裏剣を背負った少女――ユフィだ。朝日を背に受けて立つその姿は、いつもの快活さが嘘のように影を落としていた。
ここまでの道すがら、誰も彼女の話題には触れなかった。クラウドもティファも、そしてバレットでさえも、あえて口を噤んで歩いていた。誰もが、あの少女がどんな顔で待っているかを、薄々察していたのかもしれない。
一行の近づく足音に、ユフィがはっと振り向く。だが、その視線が黒い眼帯と、左肩から続く黒塗りの義手とを捉えた瞬間、小さな身体が大きく跳ねた。
「っ......!」
息を呑み、咄嗟に背を向ける。その肩が、細かく震えていた。
「ユフィ......」
エアリスが優しく声をかけようと一歩踏み出す。だが、ユフィは顔を伏せたまま、絞り出すような声を上げた。
「......やっぱり、アタシ一緒には行けない」
震える声だった。
「アタシが油断したせいで、ジュリアスは腕も目も失っちゃったんだよ!? アタシがついていったら、また誰かが酷い目に遭う。......またアタシのせいで、誰かが怪我して、死んじゃうかもしれないじゃんかよぉ......っ! また、ソノンの時みたいになったら……」
溢れる涙を必死に手の甲で拭いながら、ユフィは自責の念に押し潰されるように、小さく丸まっていた。
ティファが胸を痛め、前へ出ようとする。
「ジュリアス、ユフィはまだショックで――」
「退いていろ」
静かに、しかし迷いのない声でティファを制し、泣きじゃくる少女の正面へと歩み出た。
(......誰かを失う恐怖に押し潰されかけている姿は、かつての自分と重なる。だが、そこで立ち止まってしまえば、いつまで経っても前には進めない)
震える小さな背中に、幼い日の自分の姿がふと重なる。大切なものを守れなかった恐怖に囚われ、蹲っていたあの頃の自分と。だが、蹲ったままでは何も変わらない。それを、身をもって知っている。
背を向けたままの少女に対し、容赦のない声で問いを突きつける。
「――なら、選べ」
ユフィの肩が、びくりと跳ねる。
「ここで立ち止まるか。それとも、その罪悪感を乗り越えて、共に来るか。選べ、ユフィ」
「ジュリアス、そんな言い方――」
ティファが強い語気で割って入ろうとするが、視線を逸らすことなく、態度は一切崩さなかった。
「どちらでも構わんと言っている。このままウータイに残り、シノビとして活動を続けるのもお前の自由だ。俺たちと共に歩み、神羅や世界の歪みと向き合う過酷な旅を選ぶのも、お前の自由だ。......だが、その決定を他人の同情や哀れみに委ねるな」
残された右目で、震える背中をまっすぐに見つめる。
「お前自身が決めろ。......大人になる時が来たんだ、ユフィ」
沈黙が、門前を支配した。
風が吹き抜け、ユフィの鉢巻をなびかせる。誰も口を挟まず、ただ少女の答えを待っていた。
少女は溢れる涙を拳で乱暴に拭うと、ゆっくりと、だが力強い動作で振り返った。真っ赤に腫らした目で、黒い眼帯と右目とを、逃げることなく見つめ返す。
「......立ち止まれない」
喉の奥から絞り出すような、それでいて迷いを捨て去った声だった。
「立ち止まりたくない! アタシ......アタシ、みんなと一緒にいたい! ジュリアスと一緒に、前に進みたいよ......!!」
その叫びを、静かに受け止める。
義手を胸元で軽く引き締め、わずかに口元を緩めた。
「......上出来だ」
甘やかすべき子供としてではなく、覚悟を定めた一人の仲間として、少女を認める。
「よく言った、ユフィ!」
バレットが破顔し、少女の背中を軽く叩いた。ティファも安堵したように目元を緩め、クラウドは小さく笑ってみせる。張り詰めていた空気が、ようやくほどけていく。
ユフィは洟をすすりながらも、これまでになく引き締まった顔つきでこちらを見上げていた。その目に、もう怯えの色はない。
「よぉし、そうと決まりゃ出発だ! みんな、準備はいいか!?」
バレットの号令に、それぞれが頷きを返す。重かった空気は、いつしか完全に晴れていた。
ウータイの門をくぐり、一行は郊外の開けた街道を進んでいた。タイニーブロンコ号が待つ海岸線、そしてその先にあるコレル大陸、ゴールドソーサーを目指して。街を包む喧騒は次第に遠ざかり、乾いた風が吹き抜ける荒野の道が、どこまでも続いていた。
先頭を歩く背の少し後ろ、右側にはクラウドやティファたちが並び、左側にはユフィがぴたりと寄り添うように歩いていた。誰に言われるでもなく、自然とそこに落ち着いた立ち位置だった。
視線を前方に向けたまま、左隣を歩く少女にだけ聞こえるような静かな声で口を開く。
「知っての通り、俺は左側が見えん」
ユフィがはっとして見上げてくる。
歩みを止めることなく、肩に担いだ術式ライフルを軽く握り直した。
「――だからユフィ、俺の半分を……お前に預けるぞ」
ユフィは一瞬、丸い目を見開いて呆然とした。
だが次の瞬間、その大きな瞳に力強い光が宿り、涙の痕が残る頬をきゅっと引き締める。
「......うん! アタシに任せておいて! ジュリアスの左側は、アタシが絶対に守ってみせるから!」
力強く胸を叩く少女の言葉に、答えは返さなかった。ただ前を見据え、踏み出す足取りをわずかに強める。
失った左腕には、新たな鋼の義手。失った左目の視界には、己の半分を託した少女の気配。
欠損を恐れる段階は、すでに終わった。振り返れば、遠くウータイの町並みが朝靄の中に霞んでいく。前方には、まだ見ぬ荒野と、その先に待つ新たな戦いが広がっていた。過酷な運命の先へ、歩みは止まらない。
海岸線に向かって延びる道を、一行は黙々と歩き続けた。乾いた土を踏みしめる足音と、遠くで鳴く鳥の声だけが響く、穏やかな朝だった。
やがて誰からともなく、これまでの旅の思い出話が始まる。ユフィが屈託のない声でクラウドをからかい、ティファが小さく笑い、バレットが豪快に相槌を打つ。ケット・シーがおどけた調子で場を盛り上げ、ナナキがそれに合わせて尻尾を揺らす。ヴィンセントだけは、いつも通り一歩下がった位置で静かに歩を進めていた。その賑やかなやり取りに耳を傾けながら、義手の指先を静かに握り込む。
(......訓練兵だった頃も、こんな騒がしさがあったな)
遠い記憶の断片が、ふと脳裏をよぎった。だが、それを言葉にすることはなく、ただ前へと足を進め続けた。セフィロスの足取りを追い、黒マテリアの真実に近づくための旅は、まだ道半ばだ。だが、今この場に揃った顔ぶれを見渡せば、その道のりを恐れる理由はどこにもない。
コレルへ、そしてゴールドソーサーへ――新たな旅路が、まだ見ぬ先へと続いている。
主人公、ジョブチェンジ