FINAL FANTASY Ⅶ Revengers 作:オレンジⅩⅢ
タイニーブロンコ号の乗降口に立ち、最後にもう一度だけウータイの港を振り返った。
埠頭には、チェホフが硬い表情で一礼している。その傍らに立つゴドーは、何も言わず、ただ小さく手を挙げただけだった。言葉はもう十分に交わした後だ。それ以上のものを、互いに求めてはいない。
隣で、ユフィもまた小さく手を振っていた。父娘の間に、多くの言葉が交わされた様子はない。それでも、遠ざかっていく埠頭を見つめる横顔には、これまでになく晴れやかな色が浮かんでいる。
「行ってくる、って言えた。それだけで、十分」
誰へともなく零されたその一言に、頷き一つだけを返した。
「……行くぞ」
背後のユフィへ短く告げ、機体へ乗り込んだ。振り返ることは、もうしなかった。
機体全体を震わせるエンジン音の合間に、シドの悪態が響いた。
「ガタが来てやがるな、こいつは……無茶な飛ばし方はできねえぞ!」
操縦桿を握る背中には、苛立ちと同時に、この機体への情がにじんでいる。ウータイの港を離れてから、まだそれほど経ってはいない。眼下には、青一色の海原がどこまでも広がっている。
黒く塗られた新しい義手を乗せた膝へ視線を落としながら、左目を覆う黒い眼帯へ指先で軽く触れた。左半分の視界は、もう戻らない。窓の外を流れる雲も、遠くの島影も、右目だけが拾っている。かつてなら無意識に振り向けていた方向へ、今はわずかに遅れて首を巡らせる癖がついていた。慣れるまでには、まだ時間がかかりそうだった。
隣の座席では、ユフィが妙にぴたりと肩を寄せて座っていた。心なしか顔色が優れず、時折こみ上げるものを堪えるように喉を鳴らしている。
「ねえ、あっちに島が見えるよ。ちっちゃいけど、綺麗な形してる」
気を紛らわせるためか、無理に明るい声を作っているのが分かった。窓の外を指差すでもなく、ただ思ったことを口にしているだけらしい。それでも、左側の死角をさりげなく埋めてくれる仕草だと気づかないふりをする。
「……そうか」
短く応じると、ユフィは満足そうに笑おうとして、途中で表情を歪めた。それ以上は口を開かず、また窓の外へ目をやる。目の端に映るその横顔を、しばらく見るともなしに見ていた。あの日、街の外れで交わした約束の重みが、今も静かにそこにある。
前方の座席では、クラウドが青白い顔で腕を組み、固く目を閉じていた。船や飛行機の類が苦手なことは、以前から知れ渡っている。その隣、バレットが分厚い腕でガンアームの手入れをしながら、通路を挟んだ向かいのティファと何か言葉を交わしていた。エアリスは膝の上で祈るように手を組み、窓の外を眺めている。最後尾の座席では、ヴィンセントが微動だにせず座り、ケット・シーだけがモーグリの人形の腹の中でぼんやりと機体の揺れに合わせて揺れていた。ナナキは通路に伏せ、耳だけをぴくりと動かしている。
「なあ、少し揺れるが、寝てて構わねえぜ」
操縦席から、シドの声が飛んでくる。
「起きていた方が性に合っている」
「相変わらず頑固だねえ、あんたは」
シドは苦笑しながら、計器へ視線を戻した。
「こいつも、ウータイの整備工に見てもらったはずなんだがな……戦争前で手が回ってなかったのかもしれねえ」
独り言めいた呟きに、返す言葉はなかった。軟禁状態にあった暫定政権の混乱を思えば、機体整備にまで人手が割かれていなかったとしても、不思議はない。
コスタ・デル・ソル近郊の上空に差し掛かった頃、機体がわずかに震えた。
計器の一つが赤く点滅し、続いて焦げたような臭いがコクピットから漂ってくる。
「おいおい、マジかよ……!」
シドの舌打ちと同時に、窓の外にどす黒い煙が尾を引き始めた。
「エンジン過熱だ! こいつは、まずいぞ……!」
操縦席の計器が次々と赤く染まっていく。機体が大きく傾ぎ、座席のベルトが体に食い込んだ。
「様子がおかしい」
エアリスが小さく呟き、窓の外へ視線を走らせる。何かを感じ取るように、片手をそっと窓ガラスへ当てていた。
「大きな声じゃ、言えないけど……このまま無事に着くとは思えない」
その声に応じるように、ティファがすかさず皆へ声をかけた。
「みんな、しっかり摑まって!」
「摑まってろ! 川に降ろす、揺れるぞ!」
怒鳴り声に応じて、皆が手近な取っ手やシートベルトを摑む。ユフィの手が、隣の袖口を強く握りしめてくるのが分かった。
水面が急速に迫り、機体は大きく傾ぎながら川面を叩いた。しぶきが窓を覆い尽くし、機体全体が激しく軋む。金属の悲鳴じみた音とともに、座席が大きく跳ねた。
何度か跳ねるように水面を滑り、ようやく速度が落ちて、タイニーブロンコ号は川の流れに身を任せるように静止した。
沈黙の後、まず口を開いたのはバレットだった。
「……全員、無事か!」
口々に応じる声が上がる中、ユフィが強張った手を、ばつが悪そうにそっと離した。
「……ごめん、力入りすぎた」
「構わん」
浸水こそ免れたものの、翼の一部が損傷し、飛行は不可能になっていた。
シドが操縦席から降りてきて、頭をがしがしと掻く。
「……すまんな、みんな。ここいらで乗り換えだ。コスタの近くまでは流れに乗って行けるが、そこから先は自分の足だぜ」
「別に、責めるつもりはない。むしろ、この状態でよく降ろしたと言うべきだろう」
「そう言ってもらえると、少しは救われるがな」
シドは苦笑して、機体の点検へ戻っていった。損傷した翼を軽く叩き、「もうしばらく踏ん張ってくれ、相棒」と、機体に向けて独りごちる姿が見えた。バレットが「機体はシドに任せて、俺達はコレルへ向かうしかねえな」と皆を促す。
浅瀬に乗り上げた機体から降り、一行は荒野を進み始めた。コレルへ続く街道は、まだ遠い。西へ傾き始めた陽が、一行の影を長く地面へ伸ばしていた。乾いた土と潮の匂いが入り混じった風が、頬を撫でていく。
「タイニーブロンコ、無事に直るといいけど」
歩き出してすぐ、ティファが振り返りながら呟く。
「シドのことだ。あの調子なら、じきに直す」
「そう言われると、確かにそんな気がしてくるから不思議よね」
ティファが小さく笑い、隊列の先頭へ視線を戻す。バレットが道の先を指差し、「とりあえずコレルまで歩くしかねえな、腹ごしらえは道中で済ませようぜ」と一同を促した。
街道を進み始めてしばらく経った頃、脇の茂みから唸り声とともに複数の魔獣が飛び出してきた。
毛皮を逆立てた獣の群れが、牙を剝いて突進してくる。数にして、優に十を超えていた。
ガアアアアッ――
バレットが真っ先に前へ出て、ガンアームを唸らせる。クラウドは剣を抜きざま、最も近い一体を斬り伏せた。ティファの拳が別の一体の顎を打ち抜き、ナナキが低い姿勢から飛びかかって喉笛を食い破る。ヴィンセントの銃声が、離れた場所で怯む個体を的確に沈黙させていった。
一体が横合いから、死角に当たる左側へ回り込もうとするのが分かった。気配だけを頼りに体を捻り、義手の腕で牙を受け止める。硬質な衝撃が肩まで響いた。
「大丈夫か!」
クラウドが駆け寄ろうとするのを、片手で制する。
「問題ない。それより、そちらを頼む」
向き直ると、体勢を崩した獣の首筋へ、腰の短剣を一閃させた。
その後方で、ライフルの銃床を肩に当て、片膝をついて狙いを定める。
銃身に沿って刻まれた術式が淡い光を帯び、スロットに嵌めたマテリアから吸い上げた魔力が、弾薬へと静かに流れ込んでいく。標的は、群れの奥に控えて他を煽り立てている一際大柄な個体だった。
引き金を絞ると同時に、乾いた砲声が響き渡った。
放たれた一弾は空気を灼きながら群れの中心を貫き、爆ぜるような魔力衝撃波が残った数体を纏めて吹き飛ばす。土煙と共に、悲鳴じみた咆哮が一つ、二つと途切れていった。
「おいおい……! 大筒に魔力弾ぶち込んで吹き飛ばしやがった!」
バレットが呆れたような、感心したような声を上げる。
「あんなでかい図体の魔獣を、一発でよ……!」
クラウドも剣を鞘へ収めながら、こちらへ一瞥をよこした。ケット・シーが「さっすがゼロや、頼りになるわ」と口笛混じりに囃し立てる。
賞賛の声をよそに、視界の隅で着弾点を確かめる。狙いが群れの中心からわずかにずれていたことを、内心では冷徹に把握していた。命中はしている。だが、本来狙っていた急所からは、拳一つ分ほど逸れている。
スコープを覗き込み、右目だけで距離と角度を測り直す感覚を確かめながら、低く呟く。
「……チッ、まだ射線がわずかにズレるな。片目での空間捕捉と遠近感の欠落……義手側の軸伝達誤差も、馬鹿にできん」
呟きを拾ったらしいクラウドが、無言でこちらへ視線を向けた。何を言うでもなく、ただ頷いただけで再び歩き出す。
「実戦でのコンマ数ミリの狂いは、命取りだ」
独り言のように付け足し、手元でライフルの機構を微調整する。薬室の術式だけでなく、視界を補う演算補助の術式も弾薬側へ組み込むべきか――照準器の内側に小さな刻印を一つ加える余地はある。次にウェポンショップへ寄った時にでも試すべきだろう。
銃身に触れる指先から伝わる、まだ馴染みきらない義手の感覚を確かめる。神経接続そのものは申し分ない。だが、右目だけで測る距離感と、義手が返してくる反動の情報が、わずかに嚙み合わない瞬間がある。長年の実戦で染みついた感覚を、片目という前提で一から組み直す作業は、思っていたよりも骨が折れそうだった。思案は、歩きながらも途切れない。
「ジュリアスってば、戦ってる時までブツブツ言ってるの、相変わらずだね」
ユフィが横から覗き込んでくる。
「性分だ」
短く返すと、ユフィは肩をすくめて笑った。
「でもさ、さっきの一発、格好良かったよ。アタシ、ちょっと見惚れちゃった」
悪びれもせずそう言ってのける様子に、答える代わりに小さく息だけを吐き出した。
日が沈みきる前に、もう一度だけ小規模な群れと行き合った。今度は数も少なく、クラウドとバレットだけで難なく片付く。それでも、遠巻きに見守りながら、ライフルの銃身をそっと確かめずにはいられなかった。先ほどの誤差を、体が覚えている。
日が高くなる頃、一行は近くの野生のチョコボを何羽か捕らえ、コレルへ続く道をゆっくりと進み始めた。
黄色い羽毛の背に揺られながら、小さな岩陰で束の間の休憩を取ることになる。乾いた風が、土埃混じりに頬を撫でていった。
水筒を差し出しながら、クラウドが思い出したように口を開いた。
「……神羅の訓練兵の頃から、お前は狙撃や射撃データの修正にかけちゃ、異常に早かったな」
「懐かしい話だな」
水筒を受け取り、思わず口の端が緩む。
鬼のように苛烈だった教官の顔が、脳裏をよぎる。夜明け前の号令、泥まみれの演習場、規定を一秒でも過ぎれば容赦なく飛んでくる怒声。「弾は嘘をつかん、狙いの甘さはお前自身の甘さだ」――何百回と浴びせられたその一言は、今でも耳の奥にこびりついている。持久走の最中に倒れ込み、腕立て伏せの数を誤魔化そうとしては見抜かれ、罰として夜通し銃の分解と組み立てを命じられたこともあった。
戦術理論や射撃データの解析なら誰にも負けなかったが、体力面では常に後れを取っていた。逆にクラウドは、剣の型や持久力においては抜きん出ていたが、座学となると途端に苦手意識を露わにした。互いの弱点を、いつからか補い合うようになっていた。夜遅くまで数式と睨めっこするクラウドに演算のコツを教え、体力訓練でへばっている姿をクラウドが叱咤しながら引っ張り続けた。消灯後の暗い自室で交わした愚痴も、明日の課題への不安も、どれもが遠い記憶のはずなのに、妙な鮮明さを保っていた。
卒業間際、実戦さながらの模擬任務に二人一組で放り込まれたことがあった。組んだ相手はクラウドで、想定外の悪天候に見舞われ、帰還予定時刻を大幅に過ぎても本部からの救援は来なかった。互いに口数少なく、それでも肩を並べて歩き続けた夜のことは、今も鮮明に覚えている。
「あの時、お前が地図を読み間違えなければ、もっと早く戻れていたんだがな」
「……悪い。あれは今でも根に持ってるのか」
「持ってはいない。ただ、忘れてもいない」
淡々としたやり取りに、久しぶりに肩の力が抜けるような感覚があった。
「あの頃、同期の中には気の合う奴もいたな。……射撃の腕を競い合った奴とか」
何気なく零すと、クラウドがふと視線を上げる。
「アマンダのことか」
「よく覚えているな」
「あいつの手合わせは、今でも忘れられん。加減がなかった」
束の間、二人して短く笑う。だがすぐに、笑いは静かに沈んでいった。
「アマンダには、ニブルヘイムで世話になった。元気でやってれば良いけどな」
「……そうだな」
それだけを返すと、胸の奥に小さな安堵が灯った。生きて再会できる同期など、もう数えるほどしか残っていない。
「あの頃の同期、今どれだけ残ってるんだろうな」
クラウドが独り言のように零す。
「優秀な奴から先に、過酷な任務へ回された。……生き残った方が、半端者だったのかもな」
自嘲するでもなく、ただ事実を述べるような声だった。
名前も刻まれぬまま消えていった同期たちの顔が、記憶の底から幾つも浮かんでは沈んでいく。誰もが、あの頃は等しく未来を語っていたはずだった。特別任務に選ばれたと喜んでいた顔、次の休暇の予定を語っていた声。それらのほとんどが、二度と戻らなかった。
「生き残ったことを、負い目に思う必要はない」
静かに返すと、クラウドは少し驚いたような顔をして、それから小さく頷いた。
「……お前がそれを言うのか」
「言えるようになった、というだけだ」
それ以上は続けず、水筒の蓋を閉める音だけが、しばらく岩陰に響いていた。
話もひと段落しチョコボにのろうとした拍子に、ふっと息が漏れた。足元が大きく揺らぐ。
ウータイでの強行治療――神経と筋繊維を無理やり縫い合わせただけの処置の反動が、左肩から胸にかけて刃物じみた引き攣りとなって走る。奥歯を嚙み締め、崩れかけた体勢をどうにか立て直した。額に滲んだ汗が、頬を伝って落ちる。視界の端がわずかに白く霞んだ。
これまでなら、素っ気なく誤魔化していただろう。だが今は、深く息を吐き出し、静かにクラウドへ目を向ける。
「……すまん、クラウド。少し肩を貸してくれ。ウータイでの無理が、思っていた以上に響いている」
驚いたように目を見開いたクラウドだったが、すぐに頷いて肩を差し出した。
「……ああ。最初からそう言えばいい」
ユフィが慌てて駆け寄ってくる。
「ジュリアス、アタシが荷物持つよ! 無理禁止!」
勢い込んで荷を引き受けようとする様子に、小さく笑いが零れた。
「……頼む」
素直に礼を口にすると、ユフィは一瞬きょとんとした後、照れくさそうに頬を緩めた。
離れたところで様子を見ていたヴィンセントが、静かに口を挟む。
「無理を重ねて倒れられるより、よほどいい」
その一言だけで、また元の無口へ戻っていった。ケット・シーが「せやせや、頼れる時は頼っとかな」と軽い調子で頷き、ナナキも「おいら達がいるんだから、当たり前だろ」と尻尾を振る。エアリスとティファも顔を見合わせ、どちらからともなく小さく微笑んだ。
周囲の面々は、ことさら騒ぎ立てることなく、ただ穏やかにその変化を受け止めているようだった。バレットだけが「らしくねえこと言うようになったな」と豪快に笑い、肩を軽く小突いてくる。その振動にわずかに顔をしかめると、慌てて「わ、悪い悪い!」と手を引っ込めた。
再びチョコボの背に揺られながら、傾き始めた陽の光を右目だけで追う。誰かに委ねるという感覚は、まだどこかぎこちない。それでも、拒む気持ちはもう湧いてこなかった。
コレル村に着く頃には、陽もすっかり傾いていた。かつて炭鉱で栄えたという村には、今も採掘の傷跡を残す岩肌と、それに寄り添うように並ぶ質素な家々が見える。行き交う村人たちの何人かが、頭上を貫くロープウェイの支柱を見上げていた。夜の帳が下りる前に、目的の「キーストーン」を求め、一行はそのロープウェイで山頂のゴールドソーサーへ向かうことになる。
ゴンドラの座席に腰を下ろすと、自然とバレットやクラウドへ体を預ける形になった。窓の外に流れていく夜景を眺める余裕もなく、規則的な揺れに身を任せる。
「がんばれー! もうすぐだからね!」
ユフィの明るい声に、小さく頷きだけを返す。
「無理に元気出さんでええよ。着いたら起こしたるから」
ケット・シーの言葉に、目を閉じたまま小さく息を吐いた。ゴンドラが緩やかに揺れるたび、体を預けた肩の温もりだけが確かに感じられる。
ロープウェイを降りた瞬間、眩いイルミネーションと賑やかな音楽が一気に押し寄せてきた。塔のように聳える建造物の合間を、色とりどりの光の帯が絶え間なく巡っている。歓声、コインの弾ける音、遠くのアトラクションから漏れる合成音声のアナウンス。戦火の気配など微塵も感じさせない、作り物めいた煌びやかさが辺り一面を包んでいた。きらびやかな光の洪水の中、一行の足が思わず止まる。
「うわあ……! 何度見ても絶景!!」
ユフィが歓声を上げるのが、右耳から聞こえてくる。普段なら、その空気に釣られて軽口の一つも叩いていたところだろう。だが今は、無理に歩を進めようとはせず、その場に立ち止まって皆へ向き直った。
「……不面目だが、肉体はもう限界に近い。キーストーンの探索とディオとの交渉は、しばらくお前たちに任せてもいいか。先にホテルへ入って、身体を休ませてもらう」
これまでの様子からは考えられないほど素直な頼みごとに、ティファとエアリスが顔を見合わせ、柔らかく笑った。
「もちろんよ。部屋は取っておくから、まずはゆっくり休んで」
ティファの言葉に続けて、エアリスも頷く。
「わたしたちに任せて。……ちゃんと甘えられるようになったんだね」
からかうでも咎めるでもない、優しい声だった。
クラウドが軽く肩をすくめる。
「探索くらい、俺達だけで十分だ」
バレットも太い腕を組んで頷いた。
「おうよ。ディオの野郎、キーストーン一つくらい、貰ってやるぜ」
ヴィンセントは何も言わず、ただ小さく頷いただけだった。ナナキが「おいら達に任せとけって」と鼻先で笑う。ケット・シーが「交渉なら任しとき、こう見えても口は達者やから」と自分の胸を叩いてみせた。
「無理はするな、とは言わない。それぞれ、思うようにやってくれ」
それだけ言うと、皆が短く頷き返す。任せることへの躊躇いは、もう不思議なほど薄かった。かつてなら、一つ一つの判断に己が目を通さねば気が済まなかったはずだ。今はただ、この面子ならばと、素直にそう思える。
「園長とやらとの交渉、揉めそうなら呼んでくれ。……とは言っても、今夜はもう動けそうにないがな」
自嘲気味に付け加えると、ティファが小さく吹き出した。
「その時は、戻ったらすぐ呼ぶから安心して」
「それは、あまり安心できる話ではないな」
軽口の応酬に、周囲から小さな笑い声が上がる。
ヴィンセントが、小さく息を吐いた。
「……この喧騒は、性に合わん」
低い声で零すと、視線だけをこちらへ向ける。
「休む間、傍にいる。探索の人数なら、他で足りるだろう」
思いがけない申し出に、束の間言葉を失った。ユフィが何か言いかけたが、結局は小さく頷いて口を噤む。
「……恩に着る」
短く返すと、ヴィンセントは小さく頷いただけだった。
宿の明かりが見え始めると、フロント前で軽く手を振るティファたちの声が背中越しに遠ざかっていく。半歩後ろに付き従うヴィンセントの気配だけを頼りに、崩れかけた足元をどうにか立て直しながら宿の廊下を進んだ。
廊下を抜け、案内された部屋の扉をヴィンセントが無言で押し開けると、控えめな明かりが灯った小さな寝室が現れた。
促されるまま、ベッドの端へ腰を下ろす。義手を乗せた左肩の重みを預けるように、そっと体を横たえた。
「……悪いな。付き合わせた」
「詫びる必要はない。俺が、そうしたかっただけだ」
抑揚のない声で返され、それ以上は続かなかった。
壁際の椅子に腰を下ろしたヴィンセントが、赤いマントを引き寄せながら目を伏せる。
「少し眠れ。長くはかからんだろう。……ユフィたちが戻る頃には、起こしてやる」
何と返すべきか迷ううちに、瞼の重さがすでに限界を訴えていた。
「……頼む」
それだけを返し、ゆっくりと目を閉じる。
賑わう光の中を進んできた道のりが、遠い記憶のように感じられるほど、瞼の重さはすでに限界だった。逆らわず、意識を沈めていく。
支えられることに、もう抵抗はなかった。
静かに座るヴィンセントの気配だけを傍らに感じながら、意識はゆっくりと沈んでいく。仮眠のはずが、思いのほか深く、体の芯まで疲労が染み渡っていた。
誰かに委ねること、誰かの傍にいてもらうこと。かつてなら考えもしなかったはずのそれらが、今はただ自然な流れとして体に馴染んでいた。左半分を預けると告げたあの日から、少しずつ、何かが変わり始めている。
意識の輪郭が緩やかに溶けていく中、遠くの喧騒だけが子守唄のように耳へ届き続けていた。ユフィたちが戻ってくるまで、しばしの静寂に身を任せる。