FINAL FANTASY Ⅶ Revengers   作:オレンジⅩⅢ

51 / 52
Chapter.50 半身 を 預ける

微睡みの底から浮かび上がる意識に、最初に触れたのは規則正しい寝息――ではなく、寝息を立てぬよう気を配る、誰かの静かな呼吸だった。

夢は、見なかった。強行治療から続く消耗は、思考にすら余力を残さないほど深く、意識はただ闇の底に沈み続けていただけだった。それでも、身体の奥に溜まった疲労が、少しだけ軽くなっている気がする。

瞼を持ち上げると、右目に映ったのは見慣れぬ天井と、隅の窓から漏れる橙と紫の光。太陽にしては、妙に色が多い。

壁際の椅子に腰掛けたまま身じろぎもせず座っていたヴィンセントと、視線が絡んだ。

 

「起きたか」

 

静けさを壊さぬ程度の低い声が落ちる。

 

「……どれくらい経った」

 

身体を起こそうとすると、左肩から胸にかけて鈍い痛みが走った。慣れない義手とともに横になっていた感触が、腕の重みとして残っている。

 

「そう長くはない。お前が思っているより、まともに眠れているはずだ」

 

端的な返答だった。ヴィンセントらしい、と思う。

 

「一度、目を覚ましかけていたぞ。うなされているようだったが、記憶にはないか」

「……ない」

 

短く答える。夢は見なかった、と自分では認識していたが、無意識の底で何かがせめぎ合っていたのかもしれない。ヴィンセントは、それ以上は追及せず、ただ静かに視線を戻した。

窓の外から、遠く賑やかな音楽と、人々のざわめきが絶え間なく流れ込んでくる。眠りに落ちる前に見た光景――極彩色の光の塔と観覧車、パレードのような喧騒――が、まだ現実のものだったと教えてくれる音だった。

 

視界の右側だけで見渡す室内は、左側の情報が欠落している分、常に半分だけを覗き見ているような落ち着かなさが付きまとう。首を巡らせて確かめる癖は、ここ数日でようやく身体に馴染み始めていた。

 

「他の皆んなは?」

「探索に出ている。……まだ戻らん」

 

短いやり取りのあと、しばらく沈黙が落ちた。気まずさはない。ただ、互いに言葉を必要としない類の静けさだった。

ノックが響いたのは、身体を起こしきったころだった。

 

「起きてる? 入るよー」

 

返事を待たず、勢いよく扉が開く。

 

「よかった、ちゃんと起きてる。寝坊助になっちゃったかと思った」

 

開口一番の軽口に、苦笑を返す代わりに視線だけで応じる。ユフィの後ろに、他の面々の姿はなかった。

 

「ユフィだけか。他の連中は?」

「バレットとナナキは腹減ったってご飯食べに行った、ケット・シーはなんか用事あるみたいで別行動。ヴィンセントも――」

 

「先に休ませてもらう。この街の喧騒は、性に合わん」

 

椅子から立ち上がりながら、ヴィンセントが短く告げた。

 

「傷は塞がっている。あとは、お前たちで何とかしろ」

 

言い残し、静かに部屋を出ていく背中を、視線で見送った。足音ひとつ響かせない歩き方は、相変わらずだった。

 

扉が閉まると、部屋にはユフィと二人きりになる。

ベッドから足を下ろし、寝間着代わりの上着の襟元を整えながら、義手の接続部を軽く確かめた。指先を握り込むと、いつもと変わらぬ重みと感触が返ってくる。ここ数日の疲労で乱れていた信号のズレも、今は落ち着いているようだった。

 

ベッドの端に無造作に腰を下ろしたユフィが、待ちきれないと言わんばかりに切り出した。

 

「で、報告! ディオ園長との交渉、上手くいったよ」

「聞かせてくれ」

「クラウドがさ、ディオ園長の代わりに、明日のスペシャルマッチに出るって約束してきたの! 前衛クラウド、遊撃と回復にティファ、後衛バレットって布陣で」

「代わりに、とは」

「コルネオって奴の一派が、ゴールドソーサーに難癖つけて、キーストーンごと奪おうとしてるんだって。ディオも興行主としての意地があるから、無理やり退けるつもりみたいで――その代理戦士として、クラウドが名乗り出たってわけ」

「勝ち抜けば、キーストーンはこちらのものになる、か」

「そう! さすが、話が早い」

 

得意げに笑う顔を見ながら、頭の中で情報を整理していく。

かつて会ったディオは、派手好きで、しかし興行主としての面子には人一倍うるさい。約束を反故にする性質ではない、という点だけが救いだった。コルネオ一派が絡んでいるという話も、腑に落ちる。あの手の小悪党は、金目のものと女性を見れば見境なく手を伸ばす。

 

「バレットは腕を鳴らして張り切ってたよ。ナナキは『無理はするな』ってクラウドに釘刺してたし、ケット・シーは何かあったのかそわそわしてた。クラウドとティファとエアリスは、コルネオって聞いてから嫌な顔してた。」

 

その中で、ケット・シーの様子だけが引っかかった。何かに焦っているような、それでいて取り繕おうとする素振り――以前にも、似た違和感を覚えたことがある。今は口に出さず、記憶の片隅に留めておくだけにした。

 

「交渉自体は、揉めなかったのか」

「うん、意外とあっさり。ディオって派手好きだけど、話は分かる人みたい。むしろクラウドが引き受けたときの方がびっくりしてた」

 

軽い調子で語るユフィの様子から見て、大きな懸念材料はなさそうだった。もっとも、興行の裏に何かしらの計算が働いている可能性は、頭の片隅に留めておく必要がある。

 

「明日か」

「今日はもう遅いし、ディオ側も準備がいるんだって。だから今夜と、明日の午前中は自由行動!」

 

明日の戦いに備え、頭の中では既に幾つかの懸念が浮かび上がっていた。ディオという男の性質、バトルスクエアの規定、想定される対戦相手の情報――集められる限りの材料は、今夜のうちに整理しておく必要がある。もっとも、それを今この場でユフィに語る気にはならなかった。

 

言いながら、ユフィが差し入れの包みをベッドの上に広げる。屋台で買ってきたらしい、湯気の立つ軽食だった。

 

「ほら、食べて。倒れられたら困るし」

「……もらおう」

 

椅子代わりのベッドの縁に並んで座り、しばらく無言で食事を口に運ぶ。強行治療の反動が抜けきらない身体には、味の濃い屋台飯が思いのほか染み渡った。

 

食べ終えたところで、ユフィが立ち上がる。

 

「よし。んじゃ、行こっか」

「行くとは?」 

「決まってるでしょ、外! ずっとベッドにいたら参っちゃうでしょ、あたしが気晴らしに付き合ってあげる!」

 

腕を引かれる勢いに、身体はまだ休息を求めていると告げようとしたが、その前にユフィの目に浮かんだ確信の色を見て、言葉を飲み込んだ。

 

――無理をするな、と誰かに気遣われるのを、まだ心のどこかで拒んでいた頃とは違う。

 

今は、差し出された手を取ることの方が、たやすい。

 

「……分かった。だが、あまり無理をさせてくれるなよ」

「上等」

 

満足げに笑うユフィに連れられ、部屋を出た。

 

 

 

廊下を抜け、パークへと足を踏み入れた瞬間、視界が一気に色を増した。

高く伸びる光の塔、絶え間なく回り続ける観覧車、通路を彩る無数の電飾。喧騒と音楽が幾重にも重なり、耳を素通りしていく。

右目だけで捉える光景は、左側の情報が欠けている分だけ、常に何かを見落としているような落ち着かなさを伴う。それでも――この街の煌びやかさは、片目でも十分すぎるほど眩しかった。

 

チョコボレースの呼び込みが遠くで響き、屋台の焼ける匂いが風に乗って流れてくる。子供が甲高い声で笑い、恋人らしき二人が腕を組んで通り過ぎていく。戦火とも、神羅とも、無縁の光景がそこにはあった。

 

「見て見て、あそこ! 射的やってる!」

「……やめておけ。ただのカモになるぞ」

「けち」

 

頬を膨らませながらも、ユフィの足取りは軽かった。普段の戦場での身のこなしとは違う、年相応の少女らしい歩き方に、思わず目を細める。

 

「……なんかジロジロ見てくる」

「気のせいだ」

 

素っ気なく返すと、ユフィが小さく笑った。

 

歩を進めるうち、光の塔を見上げられる開けた広場に出た。真下から仰ぐと、塔の頂は夜空へ溶け込むようにそびえ、点滅する光の粒が絶え間なく駆け上がっていく。

 

「うわあ…… 何度見ても、絶景だよね」

 

隣でユフィが呟いた言葉に、視線を向ける。

 

「今回で、二度目だろう」

「回数なんて関係ないの! 何回来たって、テンション上がるものは上がるんだから!」

 

弾む声に、思わず頬が緩んだ。理屈で測れるものではない、ということらしい。

広場を抜けた先で、けたたましい歓声が響いた。柵の向こうを、羽根を煌めかせたチョコボの群れが駆け抜けていく。

 

「わ、レースやってる!」

 

前のめりになったユフィの襟首を、反射的に掴む。

 

「観戦だけにしておけ。ユフィは賭け事には向いてなさそうだ」

「うぅ、運がない自覚があるだけに、否定できない。……ちょっとくらい、いいと思わない?」

 

じっとりとした視線に、あえて何も答えなかった。柵際でしばらくレースの行方を見届けたユフィは、結局手持ちの財布を開くことなく、満足げに離れていった。存外、聞き分けが良い。

途中、露店で見つけた串焼きを一本ずつ買い、歩きながら口に運ぶ。香ばしい匂いと甘辛い味付けに、ユフィが頬を緩めた。

 

「美味しい……! こういうの、久しぶり」

「道中や戦場では味わえないものだからな」

「そうそう。……たまには、こういうのも悪くないよね」

 

歩きながら交わす他愛のない会話が、これまでの張り詰めた旅路とは違う時間の流れを教えてくれる。

パークの中を当てもなく歩くうち、人だかりのできた一角に差し掛かった。

 

「あ、イベントスクエアだ。なんかやってるっぽいね」

 

覗き込んだ舞台の上に、見覚えのある二つの人影があった。

 

「……クラウド?」

 

見間違いようのない金色の髪。その隣には、戸惑いを隠しきれない表情のティファが立っている。二人とも、舞台衣装らしき装いに身を包んでいた。

 

「え、え、なんで!?」

 

周囲の観客に紛れながら聞こえてくる会話の断片から察するに、代役の役者が急病で舞台に立てなくなり、代わりが求められた末に、通りがかった二人が押し切られる形で駆り出されたらしい。

舞台の中央で、クラウドが台詞を発する。硬さの残る声色ではあったが、芯の通った響きがあった。ティファがそれに応じ、二人の視線が交わる瞬間、観客のざわめきがふと静まった。

 

――案外、様になっている。

 

内心でそう評しながら、舞台の上で交わされる言葉に耳を傾ける。使い古された恋物語の台詞回しであるにもかかわらず、二人が紡ぐと、そこに宿る温度が違って聞こえた。

 

物語の筋書きは単純だった。すれ違い、離れ、それでも互いを想い続けた末に再び巡り会う、という使い古された筋立て。台本通りの台詞のはずなのに、クラウドの声には迷いのない実感が滲み、ティファの返す言葉には堪えきれない震えが混じっていた。

舞台の袖に近い人垣の向こう、遠目に見覚えのある桃色の姿が見えた気がした。エアリスも、この観客の中にいるのかもしれない。確かめる間もなく、人波に紛れて視界から消えた。

 

演じているのは、他人の物語のはずだ。だが、交わされる台詞のひとつひとつが、これまで二人が実際に歩んできた道のりと、あまりに重なって聞こえた。

舞台照明を浴びるクラウドの横顔には、かつて見せていた強がりの色がない。台本の言葉を借りているだけのはずなのに、そこに滲む実感は本人自身のものだった。ティファもまた、迷いを振り切ったような澄んだ声で応じている。二人が積み重ねてきた時間の分だけ、演技は本物に近づいていくのかもしれない。

 

物語が佳境に差し掛かり、すれ違っていた二人が、ようやく互いの想いを確かめ合う場面になった。舞台の中央で見つめ合うクラウドとティファの間合いが、じりじりと縮まっていく。

 

「……え、えっ」

 

隣で、ユフィが小さく声を漏らした。

次の瞬間、二人の唇が触れ合う……ように見えた。

 

「――ッ!!」

 

短い悲鳴のような声を上げたユフィが、両手で勢いよく顔を覆った。それでいて、指の隙間からはしっかりと視線を逃さず、舞台の上の二人を覗き見ている。

 

「……見なくていいのか」

「う、うるさいな……気になるだけだもん!」

 

耳まで赤くしながらも、指の隙間の視線だけは頑なに動かなかった。その様子に、張り詰めていた空気が僅かに緩む。

舞台袖で見守る座員たちの間からも、感嘆の息が漏れる。付け焼き刃の代役とは思えぬ完成度に、周囲のざわめきが徐々に熱を帯びていった。

 

「……ふふん、後でめちゃくちゃ冷やかしてやるんだから」

 

隣でユフィが、ぎこちなくにやにやと笑いながら呟く。照れ隠しなのが容易に分かる。

けれど、舞台が進むにつれ、その表情から次第に茶化す色が薄れていくのが分かった。物語の終盤、離れ離れになる二人の台詞に、観客の何人かが静かに目元を拭う。ユフィもまた、いつの間にか唇を引き結んで舞台を見つめていた。

 

拍手が湧き起こる中、ふと、ユフィが呟いた。

 

「……ねえ。旅が終わったあとさ」

 

その先を促すことなく、続く言葉を待つ。

 

「あの二人、ちゃんと結ばれると良いね」

 

呟きには、いつもの快活さとは違う、どこか祈るような響きがあった。

 

舞台の上のクラウドとティファを見やる。互いの過去を認め合い、それでも共に前を向くと決めた二人の姿は、これまで並走してきた道のりの中で、確かに何度も目にしてきたものだった。

 

「……ああ」

 

短く答え、それから付け加える。

 

「心から、そう願う」

 

素直な言葉だった。誰かを謀るためでも、状況を有利に運ぶためでもない、ただの本音。自分でも、少し意外だった。

これまで踏んできた道のりを思い返す。苦悩と死線の連続だった旅路の中で、それでも誰かを想い続けることをやめなかった二人がいる。その事実だけで、報われるものがあった気がした。

ユフィがこちらを一瞥し、それから何も言わずに笑んだ。

 

舞台の幕が下り、割れんばかりの拍手が湧き起こる。クラウドが気恥ずかしそうに頭を掻き、ティファが花を受け取りながら小さく頭を下げる光景を、人垣の中から見届けた。

 

「行こ。今のうちに冷やかしに――って、あー、もういいや」

 

腰を上げかけたユフィが、途中で言葉を止め、代わりに小さく息を吐いた。からかう気力すら失うほど、何かに満たされていたのだろう。

人混みを避けるように、二人でその場を離れる。背後で続く拍手の音が、次第に遠ざかっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

舞台の熱気が去ったあと、疲労が急速に押し寄せてくるのを感じた。確かに心的リフレッシュにはなっているが、いかんせん身体がついてこなかった。

 

「……そろそろ、部屋に戻る」

「んー、待って。あと一つだけ付き合って」

 

ユフィが指差した先には、夜空を巡るロープウェイのゴンドラ乗り場があった。

 

「無理を言うな。もう――」

「あと少しだけ。ね?」

 

有無を言わさぬ調子で腕を引かれる。抗う気力も、それを振り払う理由も、すでに残っていなかった。

案内された小さなゴンドラに乗り込むと、扉が閉まり、静かに地上から離れていく。眼下に広がるパークの光が、次第に小さな粒へと変わっていった。

視界の半分が失われた今の身体では、揺れるゴンドラの中で距離感を掴むのにも、以前より僅かに時間がかかる。手すりを軽く握り、身体を安定させながら、窓の外へ意識を向けた。

 

しばらくの間、どちらも口を開かなかった。窓の外を流れる光と、ゴンドラが軋む微かな音だけが、狭い空間を満たしていた。

遠くに、パーク全体を見下ろす夜景が広がっている。喧騒はここまで届かず、代わりに静寂だけが満ちていた。この数日――いや、この旅そのものが始まって以来、こうして立ち止まり、何も追われずに夜景を眺める時間など、一度もなかったように思う。

 

「……ウータイでさ」

 

やがて、ユフィが口火を切った。

 

「アンタと親父が話してるの、盗み聞きしちゃったんだ」

 

夜景を見つめたまま、視線だけをユフィに向ける。咎めるつもりはなかった。むしろ、いつかは訪れると分かっていたやり取りだった。

 

「やはりか。気配でいるとは分かっていたがな。全部聞いたのか?」

「全部ってわけじゃない、けど……アンタが、尋常じゃない事情を抱えてるってことくらいは」

 

膝の上で握られた手に、力がこもるのが見えた。

 

「アタシ達、戦場でお互いの半身を預け合ってるじゃん。だから知りたいんだ」

 

まっすぐな視線が、こちらを射抜く。

 

「ジュリアスが、なんで“ゼロ”になっちゃったのか。何を失ってきたのか……隠さずに教えてよ」

 

真正面からの問いだった。逃げ道を用意しない、ユフィらしい問い方だった。

窓の外の夜景に視線を戻す。答えを探しているわけではない。整理する時間が、少しだけ欲しかっただけだ。

 

これまで、誰にも語ったことのない過去だった。クラウド達に語ると約束したまま、幾度も先延ばしにしてきた話でもある。それでも今、この狭いゴンドラの中でなら、言葉にできる気がした。

 

「……昔、リーシャという先輩がいた」

 

静かに切り出す。

 

「タークスに所属してすぐの頃、レノと一緒になって俺の面倒を見てくれた人だ」

 

言葉を継ぐごとに、記憶の奥に沈めていた輪郭が、少しずつ形を取り戻していく。

 

「後ろめたい任務でも、平気な顔で切り替えられる人だった。……そのくせ、慣れないスパイ活動に疲弊していた俺のことは、弟分みたいに扱って、いつも気にかけてくれた。スパイとバレてはいなかっただろうが、何かある程度には察していただろう」

 

一度言葉を切り、深く息を吸う。

 

「タークスの中で、唯一心を許せる相手だった。……それだけなら、まだ良かったんだが」

 

自嘲めいた響きが、声に混じる。

 

「復讐のことしか考えていなかったはずの俺が、いつしかあの人のためなら、全部捨ててもいいとさえ思うようになっていた」

 

告白の重さに、ユフィが小さく息を呑む気配があった。

 

「三年前のことだ。……科学技術部門のスカーレットに、気に入られていてな。あの女に取り入るために、色々と……手段は選ばなかった」

 

多くは語らず、そこで一度言葉を止める。

 

「その見返りに、グリモアの試作機を手に入れた」

 

拳の内側に、爪が食い込む感覚があった。

 

「工作は遅々として進まず、自分の戦闘力の低さにも焦っていた。……渡りに船だと思って、試運転がてら敵対分子の掃討任務にまで、首を突っ込むようになった。

あの日の数日前、スカーレットから、高度な演算能力を持つ義手を開発中だと聞かされた。……あの女なりの、餌のつもりだったんだろう」

 

窓の外を流れる光を見つめながら、言葉を継ぐ。

 

「その掃討任務の日、敵の中に元ソルジャーがいた。厳しい戦闘になった」

 

記憶の底に沈めていた光景が、脳裏に蘇る。硝煙の匂い、耳を劈く銃声、背後で構えるリーシャの気配。

 

「俺は、自分の左腕を囮に使った。……計算ずくで、切り落とされるように仕向けたんだ」

 

淡々とした口調とは裏腹に、喉の奥が渇いていくのが分かった。

 

「だが、想定していた以上の激痛で、身動きが取れなくなった。……俺を狙う、別の銃口に気づくのが遅れた」

 

一拍、間を置く。

 

「その隙を、リーシャが庇った。……その傷が、致命傷になった」

 

言葉を切り、静寂が満ちる。ゴンドラの軋む音だけが、二人の間を漂っていた。

 

「後になって知った。あの日の反乱分子は、俺が流していた情報をもとに動いていたんだ。……俺の焦りと、スパイ活動そのものが、リーシャを殺した」

 

淡々とした声の底に、消えることのない苦さが滲んでいた。

 

「上の評価は、生き延びた俺を称えた。……皮肉なものだ。称賛されればされるほど、胸の奥が冷えていくのが分かった。あの日を境に、俺の中で何かが決定的に壊れた」

 

過去を語る声は、次第に低く、静かになっていく。

 

「悲しみも、罪悪感も、感じ続けることが耐えられなかった。だから、削ぎ落とした。感情を、迷いを、名前すら――全部、切り捨てた。

その頃だ。アバランチ本流のなかで、ゼロという記号だけが残った。それ以降の俺は、ただ最適な手を打ち続けるだけの機能になった。それが、一番楽だったんだ。

感情を殺せば、二度と同じ過ちで誰かを死なせずに済む。……そう思い込んでいた。実際には、ただ目を逸らしていただけだったんだろうがな」

 

自嘲に近い笑みが、僅かに口の端に浮かんで消えた。

 

「あの後、皮肉にも功績だけは積み上がっていった。……気づけば、部隊を任されるようになっていた。何も感じない指揮官ほど、都合のいい駒はない」

 

窓の外を流れる光を見つめながら、言葉を継ぐ。

 

「それでも、時折な。……誰もいない夜に、リーシャの声を聞いた気がすることがあった。今にして思えば、あれも彼女なりの叱咤だったのかもしれん。ライフストリームの中からの、な。

……誰にも、話したことはなかった。クラウドにさえ、まだ言えていない」

 

自嘲めいた声に、微かな軽さが混じる。

 

「なぜ、お前に話せたのかは――正直、自分でも分からん」

 

これが誰かに語れる話になるとは、これまで思ったこともなかった。それでも今、こうして言葉にできたことに、驚きよりも安堵の方が大きい気がした。

言葉を終え、静寂が満ちる。ゴンドラの軋む音だけが、二人の間を漂っていた。

ユフィは、何も言わなかった。ただ、隣に座ったまま、じっと耳を傾け続けていた。

 

「……そっか」

 

長い沈黙のあと、ようやく零れた声は、思いのほか柔らかかった。

 

「重かったね、それ。ずっと、一人で抱えてたんだ」

「同情はいらない」

「同情じゃないよ」

 

きっぱりと否定された。

 

「アタシは、知りたかっただけ。アンタの半分を預かるなら、その重さも一緒に、背負う覚悟がいるから」

 

窓の外に視線を戻したユフィの横顔には、迷いの色がなかった。

 

「それに……なんか、分かる気がする。誰かを助けられなかった時の、あの感じ」

 

言葉の端に滲んだ翳りに、視線を向ける。深追いはしなかった。今はまだ、それでいい。

 

「アンタはさ、ずっと一人で全部背負い込んで、切り捨てて、それで平気なフリしてたんでしょ。……もう、しなくていいから」

 

静かな声だった。断定するでも、慰めるでもなく、ただ事実として置かれた言葉。だからこそ、真っ直ぐに届いた。

 

「リーシャって人のこと、アタシは知らない。けど――アンタが今、ここにいてくれることだけは分かる。その事実だけで、十分だよ」

 

短い言葉だったが、そこに宿る確かさは、これまでの誰の慰めよりも、深く沁みた。

 

「……ねえ」

 

やや躊躇いがちな声で、ユフィが切り出す。

 

「リーシャって人のこと――好きだった、の?」

 

夜景を見つめたまま、しばらく答えを探す。誤魔化す理由は、もはやなかった。

 

「……ああ。好きだった」

 

素直に認める言葉に、ユフィが小さく息を呑む気配があった。

 

「けど、それは過去の話だ。彼女を失った悲しみも、自分を責め続けた時間も、もう消化できると思う。……今は、ちゃんと過去のものとして、胸の中にしまえているつもりだ」

「引きずってるわけじゃない、ってこと?」

「ああ。今の俺を動かしているのは、リーシャへの未練じゃない」

 

きっぱりとした声に、迷いはなかった。

ユフィは、しばらく黙ったまま、その言葉を噛みしめるように受け止めていた。

 

「……そっか。なら、良かった」

 

短い呟きに、安堵の色が滲んでいた。

ふと、ユフィの表情に影が差した。

 

「……アタシもさ。似たようなこと、あるんだ。ミッドガルで一緒に任務に着いた時、ソノンって仲間がいたんだけど……」

 

続く言葉を待ったが、ユフィは小さく首を振った。

 

「今はまだ、いいや。……いつか、ちゃんと話す」

 

無理に聞き出すつもりはなかった。誰にでも、語る準備が整うまで胸の内に留めておきたい記憶がある。それを誰よりも、今しがた思い知ったばかりだった。

 

「待つさ。いくらでも」

 

短い返答に、ユフィが目を丸くし、それから照れ隠しのように鼻を鳴らした。

 

「……なにそれ。似合わない台詞ばっかり言うんだから。……ありがとう」

「その台詞の方こそ、似合わないな」

「うっさい」

 

軽口の応酬に、張り詰めていた何かが、静かにほどけていくのを感じた。

ゴンドラは、光の海を眼下に見下ろしながら、ゆっくりと軌道を巡り続けている。二人の間に流れる沈黙は、もう気まずさとは無縁の、ただ穏やかなものだった。

窓の外を流れる無数の光を眺めながら、瞼が重くなっていくのを自覚する。今日一日で使い果たした体力が、限界を超えて訴えかけてきていた。

 

「……眠っても、いいか」

「うん。着いたら起こしてあげる」

 

肩に伝わる硬い座席の感触も、もはや気にならなかった。意識が緩やかに沈んでいく中、最後に耳へ届いたのは、隣で小さく笑うユフィの気配だった。

 

 

 

どれほどの時間が経ったのか、遠くで響く扉の開閉音に意識が引き戻された。

 

「……着いたよ、ほら」

 

肩を軽く叩かれ、瞼を開ける。ゴンドラは、いつの間にか出発した駅へと戻っていた。

 

「悪い。……眠るつもりはなかったんだが」

「いいって。すっごい熟睡してたし」

 

立ち上がろうとして、僅かに体勢が崩れる。とっさに支えた手のひらの温もりに、片方の視界が欠けていることも、今だけは気にならなかった。

 

「……ほら。左側、危ないんでしょ」

「――ああ」

 

差し出された肩に体重を預けながら、夜のパークを歩き出す。喧騒はまだ遠くで続いていたが、隣を歩く足音だけが、今は一番はっきりと聞こえていた。

長らく誰にも明かさなかった過去を、たった一晩で二つも手放した。身体は限界を訴えているはずなのに、胸の内側だけは、不思議なほど軽くなっている。

 

明日には、バトルスクエアでの戦いが待っている。今宵語った過去も、これから先の戦いも、もう独りで抱え込む必要はない――そのことだけは、確かな実感として残っていた。

ホテルの明かりが見えてくるまで、二人はそれ以上、言葉を交わさなかった。それで十分だった。

 

 

 

 

 

 

ただ……

ホテルに着いてから、クラウドとティファが同じ部屋に入っていくのを目撃したユフィが、盛大にかつ静かに荒ぶる姿を見て、台無しだと思ったのは許して欲しい。




ユフィ「キャー!!!!! ミーチャッターミーチャッター!!」
ジュリアス「アシタハ赤飯ダナ」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。