FINAL FANTASY Ⅶ Revengers 作:オレンジⅩⅢ
Side クラウド
ジュリアスと別れ、ティファと2人、七番街へと向かう。
プレートの下に広がる道は、上層部とは比べ物にならないほど薄暗い。錆びた配管が剥き出しになった路地や、雑然と並ぶ露店の跡地を横目に、2人は無言で歩き続けた。
しばらくして、夜道を歩きながら、ティファが、思い出したように口を開いた。
「ねぇ、クラウド。さっきの人と、どういう関係なの?」
「どういうって……」
「なんか、距離が近いっていうか。耳元で喋ってたし。美人だったし……」
言われて、ようやく気がつく。先程、ジュリアスに何を勘違いしているのか聞いた際、はぐらかされたことを。
(あぁ、そういうことか)
思わず、苦笑がこぼれる。
「勘違いしてるだろうけど、あれは女じゃない。男だ」
「……え?」
ティファが、足を止め、目を丸くする。
「あいつは、俺の訓練兵時代の同期だ。名前はジュリアス・キングスレイ。今は神羅を辞めて、今の活動をしているって言ってた。あの格好は、変装らしい。潜入活動には、女装が効果的だそうだ」
「じょ、女装……?」
にわかには信じがたい、といった表情で、ティファがこちらを見る。
ジュリアスについては、ティファには申し訳ないが、嘘をついた。そのほうが、ティファにとって良いと判断したからだ。
「本当、なの?」
「ああ。俺も初めて見た時は驚いた」
「そう、なんだ……」
まだ半信半疑といった様子ながらも、ティファは、それ以上追及してこなかった。ただ、頬が心なしか赤い気がするのは、気のせいだろうか。
「なんていうか…… 初対面のインパクトが強すぎて、色々混乱してる」
「気持ちは分かる」
苦笑しながら頷く。自分も、初めて女装したジュリアスを見た時は、しばらく声も出なかったのだから。
「でも、正直、悪い奴じゃないと思う。口は悪いし、何考えてるか分かりにくいけど……。俺を助けてくれた、恩人だ」
「そう、なんだ。感謝しないとだね」
「ああ」
ティファと2人だけの、なんでもないように会話ができている。そのことに、少しだけ、口元が緩む。
そのまま、二人は再び歩き出す。街灯の少ない路地を抜け、少しずつ、人の気配が増えていく。
七番街の中心部に近づくにつれ、明かりの数が増えていった。屋台の匂い、遠くから聞こえる誰かの笑い声。プレートの上とは違う、雑多だが確かな生活の気配が、そこにはあった。
「ここが、私のお店」
ティファに案内されたのは、少し奥まった場所にある、木造りの、立派な店だった。看板には「セブンスヘブン」と刻まれている。
“close”と立て札の掛けられた扉を開けると、カウンターと、いくつかのテーブル席が目に入った。閉店後の店内には、静かな時間が流れている。
「ようこそ、セブンスヘブンへ! 今日は定休日だから、他のお客さんは来ないよ」
少し誇らしげに、ティファが店内を見渡す。壁際に並べられた酒瓶や、丁寧に磨かれたカウンターからは、彼女がこの店に注いできた手間が、なんとなく伝わってきた。
「良い店じゃないか」
「でしょ? 前の店主さんから受け継いで、スラムの憩いの場なんて言われてね。愛着あるんだ」
少し照れくさそうに笑うと、ティファは奥へと引っ込み、厨房の明かりを点けた。
「適当に座ってて。今、夕飯用意するから」
「悪いな、世話になる」
「いいって。ほら、座って座って」
促されるまま、カウンター席に腰を下ろす。ティファは、慣れた手つきで厨房に立ち、鍋を火にかけた。トントンと、包丁がまな板を叩く軽やかな音が、店内に響く。
しばらくして、湯気の立つスープと、簡単な野菜炒めが差し出された。
「ごめんね、簡単なものしか作れなくて」
「いや、十分だ」
一口食べて、思わずそう漏らす。決して手の込んだ料理ではないはずなのに、なぜか、腹の底に染み渡るような美味さがあった。ここ数日、インスタントばかりでまともな食事を取っていなかったせいもあるだろう。温かいものが喉を通るたび、強張っていた身体が、少しずつ緩んでいくのが分かった。
「口に合ったなら良かった。あ、これも飲む?」
差し出されたのは、見慣れない色をしたカクテルだった。琥珀色の液体の中で、小さな氷が控えめに揺れている。
「店で出してるやつ。ちょっとだけね」
言われるまま口をつければ、ほのかな甘さと、その奥に苦味が広がる。悪くない味だった。
「……美味いな」
「でしょ?」
得意げに笑うティファを見て、少しだけ、肩の力が抜ける。
だが、いつまでも、この穏やかな時間に浸っているわけにはいかない。
(言わなきゃ、いけないことがある)
ここまで、ティファには黙ったまま、平静を装ってきた。だが、これから先、彼女と共に歩んでいくつもりなら、隠したままでいいはずがない。
グラスを置き、俯く。指先が、無意識にグラスの縁をなぞっていた。
「ティファ、聞いてほしいことがある」
その声色の変化に、ティファも表情を引き締めた。
「……何?」
少しの沈黙。何度も、言葉を探しては、飲み込む。それでも、逃げるわけにはいかなかった。
「話したいのは……5年前のことだ」
5年前が何を意味するのか……。
クラウドがちらりとティファを見れば、その表情が強張っているのが分かる。
そうだろう。ティファの中では、5年前、クラウドはニブルヘイムにいなかったのだから。
自分が、正体を隠し続けていたから。
「5年前、ニブルヘイムで事件があったとき……俺は、本当はあそこにいたんだ」
「――え?」
ティファの大きな目が、より一層大きく見開かれる。
「でも……クラウドは、ソルジャーになったんだよね? ジェシーからも、元ソルジャーが仲間になるって……」
ジェシーという名前は、ティファと再会した際に、ジュリアスーージュリエットとティファの会話に出た。本来は、そのジェシーが来る予定だったのだろうと、クラウドは思う。
自分が元ソルジャーというフェイク情報が、しっかりとティファにも伝えられていたのだろう。
「違う。俺は、本当はソルジャーになれなかった。訓練兵時代、適性が無いと言われて――結局、一般の警備兵になったんだ。あの日、俺は、ソルジャーとしてじゃなく、一般兵として、あの村にいた。
……ソルジャーになれなかったことが、恥ずかしくて。ティファと、顔を合わせたくない、合わせられないと思って、実はずっと避けてた」
淡々と、しかし、確かめるように、一言ずつ告げる。
「セフィロスが暴走した夜、俺もその場にいた。……ティファを、助けようとした」
ティファの表情が、みるみる強張っていく。
「でも、駄目だった。俺が辿り着いた時には、ティファは刺されてて。一緒に任務に来ていたザックスも、セフィロスにやられていた」
「え……え、ちょっと待って」
ティファが、混乱したように首を振る。両手が、無意識にカウンターの縁を強く握りしめていた。
「確かに、私は、セフィロスに刺された。けど、あの時は、パパが殺されてて……ザックスは、ニブルヘイムには来てたけど、あの時はいなかった……」
言葉を切り、ティファは、記憶を辿るように視線を宙へと彷徨わせる。
彼女もまた、あの地獄について、語れることは少ないのだろう。互いに、欠けたピースを抱えたまま、この5年間を過ごしてきたのだと、今更ながらに気づく。
「ザックスの剣を借りて、俺はセフィロスと相打ちになった。その後、俺は神羅に連れて行かれたらしい。科学部門の研究材料として、な。約4年間、人体実験を受けたようなんだ。ソルジャーの適性が無い人間に、ソルジャーになるための処置を施す実験だったらしい」
淡々と、事実だけを並べる。感情を込めれば、言葉に詰まってしまいそうだったから。
「その後遺症で、まともに自分を保てなくなってた。正気に戻ったのは、つい最近のことだ。……一緒に逃げていたザックスと、俺たちを助けに来てくれたジュリアスのおかげで、生き延びて、正気に戻れたんだ」
一息に語り終え、ティファの反応を窺う。
彼女は、両手で口元を覆い、言葉を失っていた。あまりに多くの情報を、一度に受け止めきれずにいるのだろう。カウンターの上のグラスに落ちる視線が、僅かに揺れている。
「ちょっと……待って。頭が、追いつかない」
「無理もない。急に、こんな話をされてもな」
「ソルジャーになれなかったことも、ニブルヘイムにいたことも……人体実験のことも。ちょっと、なにがなんだか……」
ティファは、額に手を当て、深く息を吐いた。それでも、視線を逸らさずに、こちらを見つめ続けている。逃げずに、受け止めようとしてくれているのが分かった。
その眼差しに、少しだけ、勇気をもらう。
自嘲気味に呟き、上着を捲るように手をかける。
「――これを、見てくれ」
胸元をはだけると、そこには、刺された後の抉れたような傷跡があった。セフィロスの剣によって貫かれた跡だ。夜の薄明かりの中でも、その傷の深さは、はっきりと見て取れた。
ティファが、息を呑む。
「これは……」
「あの夜、セフィロスに刺された跡だ。……ティファを助けようとして、失敗した証だ」
上着を直しながら、静かに続ける。
「あの日の約束、守れなかった。ずっと、謝りたかった。……5年前、ティファを守れなくて、ごめん」
深く、頭を下げる。カウンターに落ちた自分の影が、やけに小さく見えた。
長い沈黙が、店内に落ちた。厨房の奥で、鍋の湯気だけが、静かに立ち上り続けている。
「……信じる」
やがて、ティファがそう呟いた。顔を上げれば、彼女は、涙を堪えるような表情で、こちらを見つめていた。
「私にも、同じ傷があるんだ。セフィロスに刺された傷跡。だから、にわかには、信じられない話だけど……クラウドが、そんな嘘をつく人間じゃないって思う。そう信じたい」
「ティファ……」
「それに」
ティファが、目元を拭いながら、小さく笑う。
「ちゃんと、間に合ったよ。クラウド」
「――え?」
「私、生きてる。今、ここにいる。だから――クラウドは、約束、守ってくれたんだよ」
その言葉に、胸の奥が、じんわりと熱くなる。
正気を取り戻してから、自分を縛り続けていた後悔が、少しだけ、軽くなったような気がした。喉の奥が締め付けられるようで、うまく言葉が出てこない。
(ずっと、これだけを、聞きたかったのかもしれない)
守れなかった、という事実は、消えない。それでも、今、目の前にいるティファが、それを許してくれた。ただそれだけのことが、これほどまでに、胸を軽くするとは思わなかった。
「……ありがとう」
それだけ言うのが、精一杯だった。
その夜、クラウドは、セブンスヘブンの店内で、一晩を越すことになった。
残念ながら、クッションの効く椅子はなく、床の上で雑魚寝をする形になる。お世辞にも快適とは言えない寝床だったが、それでも、久しぶりに、安心して眠りにつくことができた。おそらく、心に重くのしかかっていたものが、軽くなったからだろう。閉店した店内は静かで、遠くから聞こえる七番街の喧騒も、どこか心地よい子守唄のようだった。
天井を見上げながら、今日一日の出来事を、ぼんやりと振り返る。ジュリアスとの再会、ザックスとの一時的な生活、そして、ティファへの告白。目まぐるしい日々だったが、不思議と、心は凪いでいた。
(明日から、どうなるんだろうな)
アバランチとの関わり、ザックスのこと、これからの生活。考えるべきことは山積みだったが、今はただ、この安堵感に身を委ねたかった。
そう思っているうちに、いつの間にか、深い眠りに落ちていた。
翌朝、ティファに揺り起こされる。
「クラウド、起きて」
「……ん、ぁ」
寝ぼけ眼をこすりながら、身体を起こす。窓の隙間から差し込む朝の光が、店内を薄っすらと照らしていた。
一般兵時代から、何か物音があれば起きられるように訓練をしていた。ソルジャーと同じ身体になってからは、それはより顕著になっていたはずだ。
正気を取り戻してからのザックスとのミッドガルへの逃亡生活では、すぐに臨戦体制になれるこの身体が便利だと感じていた。
それが、ここまでされなければ起きられないとは。
「おはようクラウド。少しは眠れた?」
「あ、あぁ。おはよう。おかげでグッスリ眠らせてもらった」
軽く伸びをして、目を覚ます。
その様子に、ティファは嬉しそうに微笑む。
「私の住んでるアパートなんだけど、一部屋確保できたから。とりあえず、そこに住めばいいよ」
「悪いな、世話になりっぱなしで」
「いいって。それより――」
ティファが、少し照れくさそうに、こちらを見る。
「クラウド、この街で、何でも屋やらない? スラムって常に人手、足りてないの」
「何でも屋……」
「うん。荷物運びとか、力仕事とか。クラウドなら、うってつけだと思うんだけど。
スラムだからお金を沢山稼ぐのは無理だと思うけど……。その分、寝る場所と、ご飯には困らせない。どう?」
冗談めかして付け加えるティファに、思わず、小さく笑ってしまう。
差し出された提案に、少しの間、考え込む。
これから、アバランチの活動に関わっていくとはいえ、生活の糧は必要だ。それに、表向きの顔があった方が、動きやすいというのも事実だろう。
行き場のない自分にとって、それは、悪くない話だった。
「……分かった。やらせてもらう」
「ほんと? 良かった!」
ティファが、嬉しそうに顔を綻ばせる。その笑顔を見て、昨夜の重い空気なんてなかったかのように思えた。
「早速だけど、朝ごはん食べたら、アパートまで案内するね。荷物、少ないだろうし、すぐ済むと思う」
「助かる」
小さく頷き、窓を見る。窓の外では、七番街の朝が、既に動き出していた。
軽い朝食を済ませ、ティファの案内で、彼女の住むアパートへと向かう。歩いて数分の距離にある、古びた集合住宅の一室。決して広くはないが、ベッドと最低限の家具は揃っており、寝床には困らなそうだった。
「狭いけど、我慢してね」
「十分だ。ありがとう」
窓から差し込む朝日を眺めながら、素直にそう返す。行き場のなかった自分にとって、屋根のある場所を得られただけで、十分すぎるほどだった。
クラウドもまた、小さく笑みを浮かべた。
七番街での、新しい生活が、静かに始まろうとしていた。
その先にあるのが、平穏とは無縁の、煉獄を歩む道であったとしても。
クラティって良いよね