FINAL FANTASY Ⅶ Revengers 作:オレンジⅩⅢ
クラウドをティファに預けた足で、セーフハウスへと戻る。
女装を解く時間はない。変声機だけをオフにして、そのままの姿でドアを開ける。夜風に晒された頬が、少し冷たい。
「おかえ――って、うわ、まだその格好だったのか」
簡易ベッドに横たわったまま、ザックスが片眉を上げる。熱はまだ引いていないのだろう、頬は赤く、額には汗が滲んでいた。
「着替える時間が惜しかっただけだ。それより、クラウドは無事に預けた。ティファって女が来ていたな」
「おお、そうか! 良かった……。って、ティファがいたのか!?」
「詳しくは、また今度話す。今はお前の話だ」
軽くあしらいながら、鞄を下ろす。
「そうか、ティファは生きてたんだな……。なぁ、俺も次は行くからな! 五番街! エアリスに会うんだ!」
「はぁ?」
唐突な大声に、思わず眉をひそめる。
「教会の花売りだよ! 俺の――大事な人! 早く会って、無事を伝えなきゃいけねぇんだ!」
熱で朦朧としているせいか、ザックスは簡易ベッドから身を起こそうとする。その勢いのまま、今にも飛び出しかねない様子だった。
「いい加減にしろ、この駄犬が! その熱でどこへ行くつもりだ!」
肩を掴み、無理やり寝かせつける。
「離せ! 俺はエアリスに――」
「落ち着け! その足取りじゃ、五番街どころか、この部屋の外にすら出られんだろう!」
なおも起き上がろうとするザックスを、両肩で押さえ込む。熱で消耗しているとは思えないほどの力だったが、それでも、正常な判断力を失っているのは明らかだった。
「放せ、ジュリアス! 俺は――」
「一度、冷静になれ。お前が今、何をしようとしているか、自分で分かっているのか?」
努めて、声のトーンを落とす。感情に呑まれた相手には、こちらまで熱くなっては逆効果だ。冷静さを、こちらの声色で伝える必要がある。
暴れるザックスを押さえつけながら、頭の中で、素早く情報を整理する。
(エアリス……教会の花売り……まさか)
思い当たる人物像に、内心で舌打ちをする。
「……教会の花売りで、エアリスという名前か」
「そうだ! 知ってるのか!?」
「知っているも何も」
一度、深く息を吐く。ここは、正確に伝えておいた方がいい。でなければ、こいつは本当に、熱を押して五番街まで走り出しかねない。
肩を押さえる手は緩めないまま、ザックスの目を、真っ直ぐに見据える。
「エアリス・ゲインズブールは、常にタークスの誰かが監視している。タークス主任も、彼女の元に定期的に通っているみたいだ」
「――は?」
ザックスの動きが、ぴたりと止まる。
「詳しい理由までは、俺にも明かされていない。ただ、上層部が目を光らせている対象であることは、間違いない」
「そんな……。なんで、エアリスが……」
信じられない、といった様子で、ザックスの声が掠れる。
本当は、理由は明かされている。
約束の地……永遠の繁栄をもたらすとされる場所への鍵。古代種たる彼女が、その道標と、神羅の上層部は考えているらしい。
全く信じてはいないが。少なくとも、この場では余計なことだし、話せばザックスは猪突猛進に飛び出すだろう。
「理由は知らん。だが、少なくとも、今のお前がのこのこ会いに行けば、確実に見つかる。しかも、ただの脱走兵として処理されるならまだしも――お前が生きて動いているという事実そのものが、監視対象の身辺に、余計な波紋を呼ぶことになる」
一度言葉を切り、更に畳み掛ける。
「今、お前が飛び出せば、真っ先に疑われるのは、お前ではなく彼女の方だ。監視対象の周囲に、死んだはずの元ソルジャーが現れる。それがどれだけ異常事態か、想像がつくだろう」
畳み掛けるように、もう一押しする。感情論より、具体的な想像をさせる方が、こういう手合いには効く。
案の定、ザックスの顔から、みるみる血の気が引いていく。
腕の力が、目に見えて緩んでいくのが分かった。
「……エアリスに、迷惑がかかるってことか」
「そういうことだ。お前が生きて動き回っているというだけで、神羅にとっては十分な火種になる。それが、大切な人間に飛び火するかもしれないんだ」
「……」
ザックスは、しばらくの間、口を噤んだままだった。荒かった呼吸も、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「クソ……! 分かった。分かったよ……」
拳を握りしめ、悔しそうに俯くザックス。それでも、無理やり飛び出そうとする気配はなくなった。肩から手を離しても、もう暴れる様子はない。
(現金なものだ。だが、これでいい)
理性ではなく、大切な人への影響を理由にすれば、こいつは大人しくなる。それが分かっただけでも、今回の会話には意味があった。
しかし、このまま燻らせておくのも、精神衛生上よろしくない。何より、抑え込んだ衝動は、いつか別の形で爆発しかねない。今、多少のガス抜きをしておく方が、後々の面倒を減らせるはずだ。
「――手紙くらいなら、届けてやる」
「え?」
「お前の代わりに、俺が届けてやると言っている。会うことは出来なくても、無事は伝えられるだろう」
「……マジか!?」
ザックスの目に、みるみる光が戻る。先程までの落胆が嘘のように、表情が一変した。
「マジだ。ただし、内容には気をつけろ。俺が見ても、変な誤解を生まない程度にしておけ」
「わ、分かった! すぐ書く!」
勢いよく身体を起こそうとするザックスを、鞄を漁りながら制する。
「待て、慌てるな。……ほら、これを使え」
鞄から取り出した小さなノートと、携帯用のペンを、ザックスの手に押し付ける。仕事柄、常に持ち歩いている品だった。
「お前、そんなもんまで持ち歩いてんのか」
「情報分析要員の嗜みだ。何かを書き留める機会は、思ったより多い」
「ふーん…… まぁ、助かる」
ノートを受け取ったザックスは、その場でページを一枚破り取り、簡易ベッドの上に身を乗り出すようにして、ペンを走らせ始める。熱で朦朧としているとは思えないほどの速さだった。
その様子を、少し離れた場所から眺める。
(現金というより、単純というべきか)
だが、悪い気はしなかった。誰かを想うその純粋さは、自分には無いものだ。
……いや、燃えてしまったと言った方が正確か。
「……よし、書けた!」
満足げに顔を上げたザックスは、しかし、次の瞬間、糸が切れたように、そのままベッドへと倒れ込んだ。
「おい」
「……悪ぃ、ちょっと、力使いすぎた……」
荒い息を吐きながら、ザックスが力なく笑う。
手を伸ばし、額に触れれば、案の定、熱はさらに上がっているようだった。
(このままでは、まずいな)
素人目でも、悪化しているのは明らかだ。市販薬だけで、どうにかなるレベルではないだろう。
「――医者に診せる。心当たりがある」
「医者って…… 大丈夫なのか、そんなの」
「四番街に、知り合いの町医者がいる。神羅を辞めた同期の実家でな。訳ありの患者も、黙って診てくれる」
かつて、訓練兵として肩を並べた男の顔を思い出す。四番街スラムの片隅で、細々と家業の診療所を継ぐべく、医療を学んでいる。一般兵になって早々、負傷を理由に除隊してからだ。
彼の父親には、何度か世話になった。タークスの任務絡みで訳ありな患者も、分け隔てなく見てくれる。ザックスを預けるには、適する人間だろう。
「ザックス、悪いが、動けるか?」
「……多分、な」
覚束ない足取りながらも、ザックスは、なんとか身体を起こす。その肩を支え、書き上げたばかりの手紙を、丁寧に折りたたんで懐にしまう。
(この手紙は、必ず届けてやる)
それが、こいつを大人しくさせるための取引であり、同時に、多少なりとも、義理を果たすための行動でもあった。
数日後。
ザックスを預けた診療所からは、まだ回復には時間がかかるとの連絡が来ていた。無理を押して動いたツケが、思いのほか重く出ているらしい。
(あの調子だ、大人しく寝ていろというのも無理な話か)
内心で苦笑しつつ、今日もまた、通常任務としてのタークス業務をこなす。ザックスの見舞いに行きたい(監視しておきたい)気持ちはあったが、内偵の目がある以上、迂闊な行動は慎むべきだった。
今日の任務は、エアリスの監視だった。
定期的に回ってくるこの任務は、正直、気が進むものではない。理由も知らされずに、成人女性を見張るのだ、良い気分にはならない。
監視対象として関わり始めて、既に数ヶ月が経つ。遠目に見守るだけの日もあれば、他愛のない立ち話を交わす日もある。互いに、深い事情までは踏み込まない、程よい距離感の顔見知り――それが、彼女との関係だった。
そも、彼女はタークスの面々と馴染んでいる。彼女の図太いというか、逞しい性格によるものなのか、基本的に物怖じしない節がある。
自分のことも、服装から推理したのだろう、タークスであることはバレている。他の人間も同様だ。
一般人から見ても、タークスという存在は、様々な噂から忌避すべき存在と思われている。にも関わらず、彼女は自分たちを恐れ、避けるようなことはしない。
孤児院からの帰路につくエアリスを、少し離れた場所から追う。花かごを提げ、穏やかな足取りで歩く彼女の背中を見ながら、懐に忍ばせた手紙の存在を、意識する。
(今日中に、渡しておくか)
人通りの少ない路地に差し掛かったタイミングを見計らい、歩幅を合わせるように近づく。
「――エアリス」
「あ、ジュリアス。今日も見回り?」
振り返ったエアリスは、警戒する様子もなく、軽く手を振ってみせる。何度か言葉を交わしたことのある相手だと、すぐに分かったのだろう。
「まぁ、そんなところだ」
適当に相槌を打ちながら、周囲に人目がないことを確認する。
「――少し、いいか」
「うん? 何、改まって」
懐から手紙を取り出し、彼女へと差し出す。
「これを、預かってきた」
「え、これは……」
戸惑いながらも、エアリスは、手紙を受け取る。
差出人不明の封筒を、エアリスは訝しむように見つめる。
「ツォンには内緒だ。家に帰ってから読むように。これが誰からのもので、なぜ俺が持っているかも、聞かないこと」
「あの……」
「聞かないこと、と言ったはずだ」
有無を言わさぬ口調で、念を押す。
彼女の瞳に、僅かな戸惑いと、それでも隠しきれない期待のようなものが浮かんだのを、視界の端で捉える。
「……はいはーい。分かりましたよー」
小さく頷くエアリスを確認し、それ以上何も言わずに、その場を立ち去る。
(あとは、あいつがどう受け取るかだな)
背後から聞こえる、封筒を開く音と微かな息を呑む音を無視して、路地の奥へと足を進めた。
わざわざ帰宅してから見るように言ったのに、早速無視して手紙を読んでいることは、見て見ぬふりをした。
その日の夜。
デスクで報告書を整理していると、けたたましいアラートが、フロア中に鳴り響いた。
「――壱番魔晄炉で、爆発?」
飛び込んできた一報に、思わず、手が止まる。
タークスのオフィス内が、瞬く間に慌ただしくなる。同僚達が、次々と装備を整え、飛び出していく足音が響いた。
(アバランチか……。いや、まさか、こんなに早く動くとは)
爆破ということは、クラウドを預けた分流のテロだろう。予定より早い展開に、内心で舌打ちをする。分流の動きは把握していたはずだが、これほど早く実行に移すとは、読み切れていなかった。
おそらく、クラウドという戦力を確保したことで、予定を前倒ししたのだろう。
すなわち、クラウドがこの事件に直接関与した可能性が高い、ということだ。
これから、神羅は、この爆破事件を口実に、より一層の締め付けを強めてくるだろう。内偵も、より苛烈になるはずだ。ザックスとクラウド、そしてエアリスへの手紙のことも、今まで以上に、慎重に扱わねばならない。
(覚悟していたとはいえ、面倒なことになった……)
険しくなりそうな表情を、努めて平静に保ちながら、鳴り止まないアラートの中、間もなく、全所属員への招集命令が下った。
『明朝7時、全員本社会議室に集合せよ』
素っ気ない一文だけの通達に、フロア中の空気が、一段と張り詰める。
爆破の規模、被害状況、そして首謀者――集めるべき情報は、山のようにあった。
情報処理能力に長けた人員が、次々とデスクに呼び集められる。当然、自分もその中に含まれた。
「悪いが、今夜は付き合ってもらう」
「予想はしていました」
デスクに積み上がる資料と、次々と更新される現地からの報告を前に、内心で小さく息を吐く。
(さて、長い夜になりそうだ)
魔晄炉の構造データ、周辺の防犯カメラの映像記録、現場に残された痕跡の分析結果……その他諸々の情報が、まるで濁流のように流れてくる。
それらを、片端から処理していく。左の義手でデスク左側の端末のキーボードを叩きながら、右手でも右側の端末のキーボードを操作する。両手で異なる作業を同時にこなす姿は、傍から見れば異様に映るだろう。
とはいえ、量が量だ。爆発規模、崩落した瓦礫の量、避難誘導の記録、そして怪我人の数。次々と更新されていく報告書に目を通しながら、必要な情報とそうでない情報を、機械的に振り分けていく。
夜が更けるにつれ、さすがに、目の奥に鈍い疲労が溜まっていくのを感じた。周囲のデスクでも、同僚達が、次々とエナジードリンクの空き缶を積み上げている。誰も彼も、一様に無言だった。
(クラウドが映っていないか、それだけは、確認しておかないとな)
表向きは、通常の情報処理として。だが、その実、密かに、爆破当日周辺の映像記録を洗い出す。
幸い、目当ての人物は、どの記録にも見当たらなかった。カメラの死角に位置していたか、あるいは、単に写り込むタイミングがなかったか。理由はどうあれ、好都合だ。
(……仕事の、続きに戻るか)
余計な安堵を振り払い、再び、目の前の資料に集中する。
その後も、届く情報の波は途切れることなく、処理しては次、処理しては次と、単調な作業が延々と続いた。途中、意識が飛びかけたのを、頬を軽く叩いて誤魔化す。
そうこうしているうちに、窓の外が、白み始めていた。
翌朝。
徹夜明けの身体に鞭を打ちながら、会議室へと向かう。フロアに集まった同僚達の顔も、一様に疲労の色を隠せていない。目の下の隈、覇気のない瞳、そして誰もが無言でコーヒーを啜っている光景は、さながら敗残兵の集会のようだった。
(義手のおかげで、多少はマシだが……。それでも、この疲労感は誤魔化しきれないな)
肉体的な負担の一部は、義手のサポートで軽減できる。だが、思考を酷使した疲労までは、どうにもならない。頭の芯が、鈍く痺れているような感覚が続いていた。
「おーっす、朝から辛気臭ぇ顔してんな、と」
聞き慣れた軽薄な声に、視線を向ける。ルードを伴ったレノが、こちらへと歩み寄ってくるところだった。
「外回り組は元気そうで何よりだ」
「そりゃそうだろ、俺らは現場で走り回ってただけだしな。デスクワーク組は大変そうだ、と」
ニヤニヤと笑いながら、レノが肩を小突いてくる。
「見りゃ分かるだろう、寝てない。それより、そっちの首尾は?」
「まぁまぁってとこだな。目撃情報はそこそこ集まった。あとは、上が何を言うかだ、と」
隣のルードが、無言で頷く。相変わらず、口数の少ない男だ。だが、その分、レノとのコンビネーションは、以心伝心と言えるほどに息が合っている。
「にしても、お前が徹夜組とはな。珍しいこともあるもんだ、と」
「珍しくもない。情報処理要員は、いつだって割を食う立場だ」
「そりゃそうだけどよ。……お、その隈、なかなか似合ってねぇぞ。お澄まし顔のジュリアス様も形無しだな、と」
揶揄うようなその口調に、思わず、片眉が動く。
普段であれば、この程度の軽口には付き合ってやる余裕がある。だが、今は違った。
一晩中、他の人員の処理しきれなかった分まで肩代わりし続けた身としては、正直、神経がすり減っていた。無能な仕事の尻拭いほど、腹立たしいものはない。
「レノ、次はもう少し情報の精度を上げてから持ってきてもらえるとありがたいんだが」
「あん?」
「昨夜、お前の班が上げてきた現場写真の半分は、解像度が低すぎて解析に使い物にならなかった。手ブレ、ピンボケ、おまけに肝心の角度が撮れていないものまであった。おかげで、こちらは元データを引っ張り直す手間が増えた」
淡々と、しかし刺々しく告げる。抑えていたはずの苛立ちが、思いのほか、声に滲んでしまったらしい。徹夜明けの頭には、余計なフィルターをかける余裕もなかったのだろう。
「お、おう…… 次からは気をつける、と」
いつもの飄々とした調子が鳴りを潜め、レノが、僅かに身を引く。冗談めかす余地もなく、その気迫に、小さく喉を鳴らしたのが分かった。
「ひっ…… なんだよ、今日はやけに殺気立ってるな、と」
「寝ていないと言っているだろう」
短く返し、それ以上の追及を封じる。
(少々、大人げなかったか)
内心で、僅かに反省する。だが、撤回する気にもなれない。事実、精度の低い情報のせいで、余計な作業時間を取られたのは間違いないのだから。
そうこうしているうちに、主任であるツォンが、会議室に姿を見せた。フロア中の空気が、一斉に引き締まる。
「揃っているな。手短に済ませる」
前置きもそこそこに、ツォンは、手元の資料に目を落とす。その表情からは、いつも通り、何を考えているのか読み取れない。ただ、声色にだけ、僅かな硬さが滲んでいるように感じられた。
「昨夜、壱番魔晄炉が爆破された件について。事前に、“アバランチ”を名乗る勢力から、爆破予告があった。そして、その予告通りに、事は実行された」
淡々とした口調に、フロア内が、僅かにざわめく。予告があった、という事実は、今初めて明かされたものだった。
(予告か…… 随分と、律儀なことだ)
内心で、皮肉げに呟く。もっとも、それだけ、大義名分を重視する連中だということでもあるのだろう。バレット率いる分流らしい、と言えば、らしいのかもしれない。
「上層部は、次のテロ行為も、遠からず実行されるものと見ている」
「――ッ」
思わず、僅かに息を詰める。表情には出さないよう、細心の注意を払いながら。
「加えて、現場周辺の映像記録及び目撃情報の照合により、今回の実行犯については、大方の身元が割れている」
ツォンの言葉に、内心で、素早く計算を巡らせる。
(クラウドは、映っていない。……ならば、割れているのは、本流の連中か、あるいはジェシー辺りか)
夜通しの解析結果を思い返しながら、リストアップされていた顔ぶれを頭の中で反芻する。幸い、見覚えのある同期の顔は、その中には無かったはずだ。
安堵と警戒が、同時に胸の内でせめぎ合う。喜んでいい話では、決してない。
「そして――これは、まだ上層部内の一部にしか共有されていない話だが」
ツォンが、一度言葉を切る。フロア中の視線が、彼へと集中した。
「次のテロが実行された際、上層部は、それを利用するつもりだ。アバランチの背後に、ウータイとの繋がりを示唆し、対外的な戦意高揚作戦へと転用する。……つまり、次のテロは、止めるためではなく、利用するために、泳がせる可能性が高いということだ」
その言葉に、フロア内の空気が、一段と重くなる。誰もが、言葉の意味を咀嚼するように、しばし沈黙した。
つまり、次に何が起ころうと、事前に防ぐ気は無いということだ。むしろ、被害が大きければ大きいほど、都合が良いとさえ言えるだろう。
おそらく、今回のテロが原因での決断ではないだろう。反神羅活動に楔を打つため、今回の予告について、共有されなかったと見た方がいい。
……敵対勢力は徹底して叩く。神羅の姿勢を、改めて感じさせられる。
「――は? それじゃ、次の被害者は、見殺しにするってことか、と?」
我慢ならない、といった様子で、レノが声を上げる。普段の軽薄な調子とは違う、刺々しい声色だった。
「レノ」
「いや、おかしいでしょう、それ。俺らの仕事は、被害を防ぐことじゃないんですか、と」
「口を慎め。これは、上層部の決定事項だ。我々は、その決定に従う立場でしかない」
ツォンの声が、僅かに低くなる。有無を言わさぬ、静かな圧力を伴った声色だった。
レノは、それでも納得のいかない様子で、唇を噛む。だが、それ以上、言葉を続けることはなかった。
その様子を、少し離れた場所から、静かに見つめる。
(レノらしい反応だ。……だが、正論だからといって、通る世界ではないんだよな、ここは)
タークスとしてのプライドと、正義感の間で揺れるレノの姿は、ある意味で、健全なものだと思う。だが、それが、この巨悪の組織の中で通用しないことも、また事実だった。
同時に、頭の中では、別の思考が、静かに動き出している。
(次のテロを、神羅が意図的に泳がせるということは……)
アバランチ分流の動きは、既に神羅の掌の上で踊っているようなものだ。その状態で、次の作戦を実行すれば、確実に、相応の被害と、報復が待っている。
(……終わりの始まり、か)
分流という組織そのものの寿命は、思っていたよりも、遥かに短いのかもしれない。
そして、その中には、まだ、正式に合流したばかりのクラウドがいる。
(あいつを、巻き込ませるわけには……)
冷静な計算とは裏腹に、胸の奥に、僅かな焦燥が滲むのを感じた。
分流が、次の一手を打つのが先か。それとも、自分が、彼らに何らかの手を打つのが先か。そもそも、手を打つことができるのか。
いずれにせよ、悠長に構えている時間は、そう長くは残されていないだろう。
会議室の空気は、依然として重苦しいままだった。
これから先、何をどう動かすべきか。疲労した頭を、無理やり働かせながら、静かに、次の一手を練り始めた。