FINAL FANTASY Ⅶ Revengers 作:オレンジⅩⅢ
会議室を出た後も、フロア中の空気は、どこか浮足立ったままだった。
無理もない。テロを止めるどころか、利用する――そんな上層部の思惑を知らされて、平静でいられる人間の方が、少ないだろう。
とはいえ、自分にとっては、好都合な情報でもある。
(神羅が、次のテロを泳がせる、か)
デスクに戻り、溜まった雑務を片付けるふりをしながら、頭の中では、既に別の算段が動き出していた。
徹夜明けの疲労も、この際は好都合だった。誰も、こちらの様子を不審には思わないだろう。むしろ、いつもより口数が少ないのも、寝不足のせいだと片付けられる。
周囲を見渡せば、同僚達も、それぞれの持ち場で、昨夜の情報を整理し続けている。誰も彼も、一様に疲れた顔をしていた。その中に紛れていれば、多少不自然な行動をとっても、目立つことはない。
(今日中に、動いておきたいところだが)
内偵の目がある以上、迂闊な行動は取れない。だが、伝えるべき情報は、鮮度が命だ。時間が経てば経つほど、価値は薄れていく。
(夜まで、我慢するしかないか)
平静を装いながら、通常業務をこなす。表向きは、いつも通りのタークス職員として。
その夜、自宅へと戻り、私物の――システムをクラッキングして足取りを掴ませないよう工作した――端末を起動する。
“スペンサー”とは別に、もう一枚、隠している顔がある。
“ゼロ”。
アバランチ本流との直接のやり取りにのみ使う、最も秘匿性の高い偽名だ。分流を経由した“スペンサー”とは違い、この名前で繋がっている相手は限られている。だからこそ、迂闊には使えない。
この名を得るまでに、どれだけの時間と根回しを費やしたか。数年かけて、少しずつ信用を積み上げ、本流の中枢に近い人間とだけ繋がる回線を確保した。誰にも――ザックスにも、クラウドにも、明かしていない自分だけの武器だ。
今回は、その“ゼロ”の名で、動く必要があった。
暗号化されたチャットを開き、本流の連絡員へと文字を打ち込む。
『神羅上層部は、次のテロを、事前に阻止する意思がない。むしろ、被害の規模次第で、対外プロパガンダに転用するつもりだ。ウータイとの関与を仄めかし、戦意高揚に使う算段らしい』
短く、しかし核心だけを突いた文面を送る。
余計な感情や憶測は挟まない。事実だけを、淡々と。それが、この手の情報のやり取りにおける、鉄則だ。
憶測混じりの情報は、時に、真実よりも厄介だ。受け取った側が、勝手に解釈を広げ、判断を誤る原因になる。だからこそ、伝える情報は、常に最小限、かつ検証可能な事実だけに絞る。これまで、そうやって、細々と繋いできた関係だった。
(分流にも伝わるといいが……。まぁ、伝わったところで、止まるとは思えんな)
大義名分を重視する連中だ。危険を承知の上で、計画を推し進める可能性の方が高い。
(それならそれで、構わない)
正直なところ、分流がどうなろうと、大局には影響しない。神羅にとって都合の良い駒として使い潰されるか、勝手に自滅するか――どちらに転んでも、こちらの計画には、さしたる痛手にはならない。
伝えたのは、良心からではない。あくまで、駒としての寿命を、少しでも延ばしておいた方が、こちらの得になるという、それだけの理由だ。使える間は使い、使えなくなれば、それまでのこと。
一通り送信を終えたところで、別の通知が目に入る。
“スペンサー”宛の問い合わせだった。
差出人は、恐らく、分流のジェシーだろう。内容までは確認していないが、この状況で寄越されるということは、次の計画絡みの相談か、あるいは補給の要請か。
未読の通知が、画面の端で、静かに点滅している。
(……無視だな)
指が、送信ボタンではなく、既読無視のまま画面を閉じる方へと動く。
内偵の話が出た今、“スペンサー”という名前は、既に神羅の手元に渡っている可能性がある。これ以上、この線で動くのは危険が大きすぎる。
分流がどう思おうと、知ったことではない。使い勝手のいい情報源として、都合よく利用してきただけの関係だ。当面は、接触を絶つ。それが、自分にとって、最も安全な選択だ。
(ジェシーも、いずれ自分の頭で状況を察するだろう)
これまで、律儀に情報のやり取りを続けてきた相手ではある。だが、それだけだ。情に絆されて、危険を冒す理由にはならない。
使えるうちは使い、リスクが利益を上回れば、切り捨てる。それだけの、単純な計算だった。
そう…….自分に言い聞かせて。
一通りの処理を終え、最後に、もう一つの端末を取り出す。
ザックスに渡したものとは別回線、クラウドにだけ繋がる番号だ。
コール音が、数回鳴る。
『――もしもし?』
出てきた声に、僅かに、肩の力が抜ける。
「俺だ」
『ジュリアス……? こんな時間に、どうした』
「無事を確認したかっただけだ。壱番魔晄炉の件、聞いているか」
『……ああ』
一拍、間が空く。声色に、微かな緊張が滲んでいるのが分かった。
「お前は、関わっていないだろうな?」
『……悪い。関わった』
低い声で、クラウドが答える。
(やはり、か)
想定していた通りではあった。あの日、クラウドが分流に合流したタイミングと、爆破予告のタイミング。符合するには、十分すぎるほどだった。それでも、本人の口から直接聞かされると、また別の重みがある。
「怪我は?」
『無い。……思ったより、あっさり終わった。爆発物を仕掛けて、逃げるだけの役目だったから』
淡々とした返答に、内心で、小さく息を吐く。
(少なくとも、無事ではあるか)
安堵する一方で、頭の片隅に引っかかっていたことを、思い出す。
「その爆発物についてだが―― 量は、どれくらいだった?」
『え? いや、俺は仕掛けただけで、配合とか威力の計算までは分からない。……なんでだ?』
「爆発の規模が、想定より大きすぎる。中継された映像で確認した限りでは、な」
電話越しに、一瞬、沈黙が流れる。
『……そういえば』
「何か、心当たりがあるのか」
『爆弾を用意したのは、ジェシーって女なんだが。あいつも、同じようなことを言っていた。計算通りの威力より、明らかに強かったって。誰かが手を加えたんじゃないかって、首を捻ってた』
(やはりか)
内心で、独りごちる。
昨夜、ツォンから聞かされた話が、頭を過ぎる。次のテロを、事前に阻止する意思はない。むしろ、被害の規模次第で、対外プロパガンダに転用する――そのために、意図的に爆発の規模を大きくしていたのだとすれば、辻褄が合う。
「……恐らく、神羅が絡んでいる」
『は? どういうことだ』
「詳しくは話せない。だが、上層部は、今回の――いや、これから先の分流の動きすら、利用するつもりでいる。爆発が大きければ大きいほど、都合がいいと考えている連中がいる、ということだ」
『それって…… 俺達の計画に、最初から神羅が一枚噛んでたってことか?』
「そこまでは分からん。だが、少なくとも、今回の爆発規模に、何者かの作為が働いていた可能性は高い」
告げながら、内心で、苦く笑う。
(皮肉なものだ。俺自身も、その“利用する側”の片棒を担いでいるというのに)
自分が“ゼロ”として送った警告と、目の前でクラウドが語る現実。二つが繋がっていく感覚に、僅かな居心地の悪さを覚える。誰かを利用する側に立ちながら、同時に、誰かを案じている。矛盾していると分かっていても、両方とも、紛れもない本心だった。
「ジェシーにも伝えておけ。次があるなら、火薬の管理には、今まで以上に気をつけろとな。下手したら、奴ら自爆まがいの行動をして、破壊活動を派手に見せた可能性まである。」
『……分かった。伝えておく』
クラウドの声のトーンが、僅かに硬くなる。冗談を言い合っていた空気は、既に消えていた。
「今のところ、確証がある話じゃない。だが、頭の片隅には置いておけ。神羅は、お前達が思っている以上に、腹の底が読めない相手だ」
『……ああ、肝に銘じておく』
短いやり取りの後、少し空気を変えるように、クラウドが声のトーンを戻す。
『それより、「次からは、もう少し早く連絡が取れるようにしておけ。何かあってからでは遅い」――って、俺が言われる場面じゃないか?』
自分の言葉を予想しての物言いに、思わず、鼻を鳴らす。
「お前も、俺と同じことを考えていたわけだ」
『まぁな。……心配してくれてるのか?』
からかうような声色に、僅かに、口の端が緩む。
「勘違いするな。お前が下手に動けば、こちらの計画にも支障が出る。それだけだ」
『はいはい、素直じゃないな。……でも、ありがとう。無事を気にしてくれて』
存外に素直な礼の言葉に、一瞬、言葉に詰まる。
誤魔化すように、軽く咳払いをする。
「……とにかく、無事なら良かった」
『分かった。ティファのところで、何でも屋をやることになったから。落ち着いたら、また連絡する』
「そうか」
短くそれだけ返し、通話を切る。
(……心配していない、と言えば、嘘になるがな)
短い通話だったが、目的は果たせた。クラウドの安否確認と、最低限の牽制、そして、爆発物にまつわる違和感の共有。
それに――もう一つ、別の思惑もある。
神羅が、壱番魔晄炉という戦力を失ったことは、それだけで大きな損失だ。復旧には時間も金もかかる。加えて、上層部がこの一件をウータイとの関与に結びつけようとしている以上、対立は、これまで以上に深まるだろう。
(神羅とウータイ、両方が消耗すればするほど、こちらにとっては都合がいい)
クラウドを案じる気持ちも、本物だ。だが、同時に、この状況を利用しない手はない。矛盾しているようで、両方とも、自分の中では、確かな感情だった。
(さて――)
端末をしまい、ベッドに背を預ける。今日一日で得た情報を、頭の中で、もう一度整理し直す。神羅の思惑、爆発物の異常、そしてクラウドの現状。どれも、単体では確定的な材料にはならないが、組み合わせれば、何かが見えてきそうな予感がある。
(明日も、忙しくなりそうだ)
疲労は溜まっている。だが、思考だけは、妙に冴えていた。
翌朝。
出勤前、身支度を整えながら、私物の端末を確認する。本流からの返信が届いていた。
『情報提供に感謝する。ところで――“究極マテリア”について、何か知っていることはないか』
想定していなかった問いに、思わず、眉を寄せる。
(究極マテリア……?)
聞き覚えのない単語だ。本流が、何を指してそう呼んでいるのかは分からないが、少なくとも、神羅が秘匿している何らかの兵器、あるいは資源を指している可能性は高い。本流が、わざわざこちらに探りを入れてくるということは、それ相応の理由があるはずだ。
(後で調べる必要があるな)
すぐに答えは出せない。だが、この手の情報は、本流との今後の関係を繋ぎ止める上でも、価値がある。
(何かしらの手がかりを、掴んでおきたいところだ)
端末をしまい、身支度を終えて、家を出る。頭の片隅に、新たな課題を一つ、抱えたままで。
出勤して早々、デスクの端末に、社内メッセージが届く。
差出人は、兵器開発部門統括――スカーレット。
『義手の定期整備をする。夕方、地下の開発室まで来なさい』
見慣れた文面に、内心で、小さく息を吐く。
(今日は、開発室の方か)
スカーレットは、自分に与えた最新鋭の義手とグリモアの調整を、定期的に行っている。表向きは、性能維持のための整備という体裁だ。呼び出し先が開発室の場合は、まだ、業務としての範疇に収まる。
(問題は、その後、だな)
経験上、開発室での整備だけで終わったことは、ほとんどない。今日も、そうなる可能性は高いだろう。
気は進まないが、拒否すれば、義手の性能に響く。それに、兵器開発部門のトップという立場上、彼女が握っている情報は少なくない。
(利用できるものは、利用しないとな)
自分にそう言い聞かせ、支給品の端末を立ち上げる。先の爆破事件の解析データの後処理をしなければ。
……スカーレットから、自分の時間をもらう旨の連絡が入っているのだろう。ツォンがこちらを見て合掌している。後で愚痴の一つでも聞いてもらおう。
兵器開発部門の開発室は、無機質な機材と工具が整然と並ぶ、いかにも作業場らしい空間だった。数人の技術者が、忙しなく動き回っている。
「あら、時間通りね。座って」
出迎えたスカーレットの指示に従い、作業台の椅子に腰を下ろす。左腕を差し出せば、見慣れた作業員の慣れた手つきで、義手のカバーが外されていく。
周囲には、部下の技術者達がいる分、この場でのやり取りは、あくまで業務的だ。多少の軽口はあっても、それ以上に踏み込んでくることはない。
「動作ログを見る限り、左肘の関節部に、僅かな遅延が出てるわね。使い過ぎよ」
「仕事柄、仕方がありません。それだけ、頼りにさせていただいているということです」
丁寧な物言いを崩さず、応じる。彼女に対しては、常に、この距離感を保つよう心掛けている。馴れ馴れしさは、彼女の機嫌を損ねかねない。かといって、事務的すぎても、それはそれで気分を害される。塩梅が、難しい相手だった。
「まぁ、それがあんたの価値でもあるんだけど」
満更でもなさそうに、スカーレットが口の端を上げる。
技術者の一人が、義手の外殻を開き、内部の配線を調整していく。義手を通してグリモアと接続する自分にとって、この整備は、単なる修理以上の意味を持つ。演算速度、魔力の伝導効率、どれも、日々の任務に直結する。だからこそ、多少の不快感には目を瞑ってでも、この関係を維持する価値があった。
作業を進める技術者達の手元を眺めながら、それとなく雑談に混じる。この手の場では、案外、有用な情報が転がっていることも多い。
「そういえば、最近、社内で妙な噂を耳にしまして」
「噂?」
「マテリアを利用した兵器を、こちらの部門で開発している――そんな話です。真偽のほどは分かりませんが」
さりげなく切り出した問いに、スカーレットは、片眉を上げる。
「あら、耳が早いのね。まぁ、あんたには話してもいいけど――ここでは、ちょっとね」
意味深に笑うスカーレットの視線が、周囲の技術者達を一瞥する。
(迂闊なことは、人前では話さない、か)
商売人としての線引きは、やはりしっかりしている。少なくとも、機密に関わる話を、部下の前で軽々しく口にするほど、間抜けではない
。
数時間後、義手の調整は完了する。動作は、以前よりも滑らかになっていた。技術力だけは、本物だ。
他の幹部よりも若く、統括にまで上り詰めているのは、その技術力の高さと知見の深さによるものだろう。
その分、人間性は破綻しているが。天は二物を与えないとは、よく言ったものだ。
「はい、終わり。……皆、下がっていいわよ。私はもう少し、確認することがあるから」
スカーレットの一声に、技術者達が、次々と道具を片付け、部屋を出ていく。
その後ろ姿を見送りながら、内心で、小さく息を吐く。
(来たか)
がらんとした開発室に、二人だけが残される。
「さて――」
スカーレットが、値踏みするような視線を、こちらへと向ける。
「続きは、私の部屋で。義手の“最終確認”、付き合ってもらうわよ。……ああ、それと、さっきの質問の答えも、そこで聞かせてあげる」
拒否権は、最初から与えられていない。
「かしこまりました」
(仕事のうちだ、と割り切るしかない)
表情には出さないよう、細心の注意を払いながら、彼女の後に続き、開発室を後にした。
悪辣女帝の如く、スカーレットの毒牙に、今日も苦しめられる。
地位の高さを利用した、自己満足。これに巻き込まれ、壊された者もいるとかいないとか……。
それでも、目的のためならば、毒すら受け入れよう。
数時間後。
痛めつけられた身体を引き摺りながら、廊下を歩く。表情には出さないよう、細心の注意を払いながら。
(今日のところは、これで十分だ)
もっとも、収穫はあった。機嫌が良くなったスカーレットは、寝物語のように、色々なことを語ってくれた。
『マテリアを利用した兵器、ねぇ。まぁ、否定はしないわ。魔晄炉で精製したマテリアを、より効率的に――そうね、殺傷力や制圧力に転用する研究、というべきかしら』
『魔晄炉から?』
『そうよ。今のミッドガル周辺の魔晄炉じゃ、精製できる段階ではないの。だから――』
そこで一度言葉を切り、スカーレットは、悪戯っぽく笑ってみせた。
『近々、外部の魔晄炉を、いくつか調査する予定があるのよ。もっと“質のいい”ものが取れるところがないか、ってね』
外部の魔晄炉。
ジュノン、コレル、そして、かつてのニブルヘイム――ミッドガル以外にも魔晄炉が点在していることは、周知の事実だ。
だが、わざわざスカーレットの口から、外部調査の話が出てきたことには、意味がある。
(魔晄炉という高濃度の魔晄と、長い時間を要するということは、より強大なマテリアを欲しているということか。……それは究極マテリアと言えるものなのか?)
これまでの情報を、頭の中で繋ぎ合わせる。マテリア兵器の開発。ミッドガル周辺の魔晄炉の限界。そして、外部の魔晄炉調査。
本流が探っている“究極マテリア”が、仮に、魔晄炉から精製される特別なマテリアを指すのだとすれば。
(ミッドガル周辺には、無い、ということか)
もし、ミッドガル内の魔晄炉だけで事足りるなら、わざわざ外部を調査する必要は無いはずだ。少なくとも、目当てのものは、ミッドガルの外にある可能性の方が高い。
にわかには、断定できない。だが、この情報は、本流が探っている“究極マテリア”とやらと、無関係ではない気がした。
(宝条、科学部門、マテリア兵器、外部の魔晄炉調査……)
得た手がかりを、頭の中で整理する。断片的ではあるが、線として繋がりつつある。
(本流に対して、どれだけの餌を与えるか……)
生半可な情報を流せば、かえって不信を招きかねない。もう少し、確度を上げてからの方がいいか。それとも、真偽不明とした上で、本流を動かす餌を与えるべきか。
本流には、自分以外のスパイやパイプもあるだろうから、あくまで自分の情報は1ピースにすぎない。匙加減について、悩ましいところだ。
疲労の滲む頭で、静かに、次の一手を考え始めた。
(それにしても――今日だけで、随分と手札が増えたな)
“ゼロ”としての本流への警告、クラウドの安否確認、爆発物の異常、そして、マテリア兵器と外部魔晄炉調査という新たな糸口。
一日で得たものとしては、悪くない収穫だった。もっとも、その代償に見合うかは、また別の話だが。
スカーレットって、気に入った人間には色々しそうですよね。
気に入られた側は、たまったものではないでしょうが。