とある無頼漢のアウトロー   作:リーチャー

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1話「五人の死者と、六発の銃弾」

 

 

東京都西部に位置する、総人口二百三十万人の巨大な実験場――学園都市。

 

その第七学区・駅前広場は、茹だるような熱気と、科学都市特有の喧騒に包まれていた。

 

上空をゆったりと回遊する飛行船(ブリンプ)

 

その側面の巨大モニターには、降水確率〇パーセントの完璧な天気予報が映し出されている。

 

足元では、ドラム缶のような清掃ロボットが、ウィーンと駆動音を響かせながら、誰かが落としたアイスの空きカップを回収していた。

 

噴水の周りでは子供たちがはしゃぎ、ベンチでは老夫婦が仲睦まじく弁当を広げている。

 

いつもと変わらない、平和な昼下がりだった。

 

――パンッ。

 

乾いた音が一つ。

 

ベンチで端末を操作していた研究員の男が、カクン、と不自然に身体を折った。

 

手から滑り落ちたタブレットが硬い音を立てる。その足元では、タイルの目地に沿って鮮烈な赤が広がり始めていた。

 

「――え?」

 

近くにいた女子学生が足を止め、その赤を見つめた。

 

それが、崩れ落ちた男の頭部から流れ出したものだと理解するまでに、数秒を要した。

 

一拍遅れて、喉を切り裂くような悲鳴が広場に爆発した。

 

パンッ。

 

二発目。

 

逃げ惑う群衆の中、女性教師の背中に赤い花が咲いた。

 

提げていたスーパーの袋が破れ、夕食の材料だったらしい林檎が、血溜まりの中を転がっていく。

 

彼女の指先は、最後まで隣を歩いていた教え子の手を掴もうとして、虚しく空を掻いた。

 

「ひ……きゃぁぁぁぁぁぁッ!?」

 

「血……血がぁッ! 嫌だ、死んでるぅッ!!」

 

パンッ。

 

逃げようとして足をもつれさせた男子学生の背中が弾けた。

 

パンッ。

 

倒れた学生を助け起こそうとした青年が、胸を押さえて崩れ落ちる。

 

平和だった広場は、瞬きする間に阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄へと変貌した。

 

だが、見えない射手(スナイパー)は、機械のように冷徹だった。

 

どこから撃たれているのか。誰が狙われているのか。

 

それすらわからないまま、スコープの中に捉えられた命だけが、淡々と処理されていく。

 

パンッ。

 

五人目が崩れ落ちたとき、広場は完全なパニックに陥っていた。

 

さっきまで笑い合っていた恋人たちは、互いを置き去りにして遮蔽物へ這いずり回る。

 

地面には持ち主を失った片方の靴や、ひしゃげた眼鏡、誰かが買い与えたばかりのぬいぐるみが、血に汚れて転がっていた。

 

――ガギィンッ!

 

六発目。

 

銃弾は逃げ惑う人々から大きく逸れ、無機質な清掃ロボットの給水タンクを粉砕した。

 

プシューッ、と白い水煙が噴き上がる。

 

銃声が途絶えた広場に、噴き出す水の音だけが場違いなほど大きく響いた。

 

壊れたロボットから流れ出した水が、タイルの上の赤を薄く押し広げていく。

 

その中を、傷ついた林檎がゆっくりと流れていった。

 

被弾した五人に、生存者はいなかった。

 

全員が身体の中心線上にある急所を寸分違わず撃ち抜かれ、ほぼ即死していた。

 

 

 

 

     ◇ ◇ ◇

 

 

 

事件発生から二時間後。

 

第七学区の片隅にある、日当たりの悪い安アパートの一室。

 

爆音とともに、玄関のドアが蝶番ごと吹き飛んだ。

 

「確保ォッ!! 動くなッ!!」

 

舞い上がる粉塵の中、黒いプロテクターに身を包んだ警備員(アンチスキル)の特殊部隊が、雪崩のように室内へ突入する。

 

狭いワンルームには、酸っぱい異臭と、饐えた生活臭が充満していた。

 

「……あ?」

 

ベッドの上で泥のように眠っていた男――阿形勇(あがた・いさむ)が、騒ぎに気づいて緩慢な動作で身を起こした。

 

目は充血し、焦点が定まっていない。

 

状況を理解できていないのか、踏み込んできた銃口の群れを前にしても、ただ呆けたように口を半開きにしているだけだった。

 

「阿形勇」

 

隊員に続いて踏み込んだ黄泉川愛穂が、無防備な阿形の腕をひねり上げ、低い声で告げた。

 

「駅前広場で起きた無差別狙撃事件……その容疑者として、署まで来てもらうじゃんよ」

 

「……は、あ……? そげ、き……?」

 

阿形は床に顔を押しつけられたまま、掠れた声を漏らした。

 

抵抗はない。されるがままだ。

 

だが、黄泉川の鋭い視線は、阿形本人ではなく、そのすぐ横に釘付けになっていた。

 

ベッドの脇。

 

そこに、硝煙の臭いをわずかに残したスナイパーライフルが、あまりにも無造作に転がっていた。

 

 

 

 

     ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

マジックミラーを隔てた向こう側で、阿形は数時間にわたって無言を貫いていた。

 

かつて、銃器メーカー『ベル・システム』のテストシューターとして名を馳せた男。

 

その腕前は裏の世界にまで知れ渡り、「学園都市の精密機械」とまで称されていた。

 

だが、その指先は今や見る影もなく震えている。

 

阿形は膝の上で、自分の肉を爪で掻きむしり続けていた。

 

黄泉川は、その様子をマジックミラー越しに観察している。

 

室内には、換気扇の回る虚しい音と、重苦しい沈黙だけが漂っていた。

 

「……鑑識の結果が出たじゃんね。ライフルからは阿形の指紋。本人の手と衣服からは硝煙反応。照準器の設定も、現役時代の記録と一致。極めつけは、上着のポケットに入っていた現場駐車場の利用券だ」

 

黄泉川は、手にしていた資料の端を指先で叩いた。

 

「何から何まで、あんたが犯人ですよって御丁寧な署名付きじゃんよ。言い逃れの余地なんて、原子一個分も残っちゃいない」

 

「ですが黄泉川先生、どうしても腑に落ちません。……四年前、彼が薬物問題でベル・システムを解雇される前の全盛期ならいざ知らず、今の阿形にあんな『神業』が可能でしょうか。五人全員、完全なセンター狙撃ですよ」

 

部下の言葉に、黄泉川は眉間の皺を深くした。

 

「……だから気持ち悪いって言ってんの。証拠が揃いすぎてんだよ。まるで誰かが、馬鹿でもわかるように答えを書き込んだ答案用紙を差し出してきたみたいにさ」

 

黄泉川は、資料にある阿形の近影――頬がこけ、生気のない目をした男の顔写真――を忌々しげに指先で弾いた。

 

「私は、全盛期のこいつがベル・システムの試験場で、百メートル先のコインを正確に撃ち抜くのを見たことがある。……だが、今のこいつは飯を食う箸さえ満足に握れねえようなジャンキーじゃんよ」

 

写真から目を上げ、マジックミラーの向こうを睨む。

 

「それが、あの距離から五人を一度も外さず、全弾センター抜き? もし本当にこいつがやったとしても、こんな綺麗に証拠を残すとは思えない。……こいつは、もっとずっと『だらしねえ』奴じゃんね」

 

黄泉川は、取調室内へ繋がるスピーカーのスイッチを叩くように入れた。

 

「……おい、阿形! 聞こえてんのか。いつまでそうやって、自分の脚に爪で絵を描いてるつもりじゃんよ! 薬のせいで耳まで腐ったのか!」

 

黄泉川の怒声がスピーカーから響く。

 

だが、阿形は反応しない。

 

何かに怯えるように視線を泳がせ、虚空にいる「見えない何か」を指差しては、逃げるように身体を縮こまらせている。

 

だが――。

 

不意に、阿形の動きが止まった。

 

何かに突き動かされるように、震える手で机の上のペンをひったくる。

 

ガリガリガリッ!!

 

静かな取調室に、紙を削るような音が響いた。

 

インクが紙を突き破らんばかりの筆圧で、阿形は死に物狂いに文字を刻み込んでいく。

 

そして。

 

バンッ!!

 

阿形は椅子を蹴って立ち上がると、書き殴ったメモを両手でマジックミラーに叩きつけた。

 

鏡の向こう側を、充血した目で睨みつける。

 

「…………!」

 

声にならない叫び。

 

それは弁明ではなかった。

 

追い詰められた人間が、たった一人の誰かに縋ろうとする、血を吐くような救援要請だった。

 

しわくちゃになった紙には、一人の男の名前が記されていた。

 

     ◇ ◇ ◇

 

同日、午後。

 

ドォンッ……!!

 

腹の底に響く重低音が、倉庫全体を揺らした。

 

天井から吊るされた特大サイズのサンドバッグ。

 

中身に砂鉄を詰めた百五十キロ超、プロのヘビー級ボクサーでも揺らすのが精一杯な特注品だ。

 

それが青年の放った右フックを受け、「く」の字に折れ曲がって跳ね上がった。

 

跳び箱に腰かけて漫画を読んでいた御坂美琴の手が、その振動でびくりと跳ねる。

 

「……相変わらず、えげつないパワーね」

 

美琴は漫画を閉じ、呆れたように青年――城ヶ崎礫(じょうがさき・れき)の背中を見つめた。

 

身長は百八十センチを超えている。

 

黒いタンクトップから剥き出しになった肩や上腕は、ただ筋肉で膨らんでいるのではない。鋼鉄のワイヤーを束ねて圧縮したような、異様な密度があった。

 

拳や首筋には、古い傷がいくつも残っている。

 

年齢に似合わない傷だった。

 

(……ほんと、何食べて育ったらこうなるわけ?)

 

演算と自分だけの現実(パーソナルリアリティ)によって生み出される、能力者の強さとは根本から違う。

 

ただそこに立っているだけで周囲を圧迫するような、原始的で、圧倒的な肉体の質量。

 

美琴には、礫が強迫観念という名の病気に取りつかれているようにしか見えなかった。

 

礫と知り合って以来、美琴は時折、この倉庫を訪れている。

 

彼は美琴を超電磁砲(レールガン)として持ち上げることも、腫れ物のように恐れることもなかった。

 

それが、美琴にはひどく楽だった。

 

「……学校はどうした。平日の昼間から、お嬢様がいていい場所じゃないぞ」

 

礫は一度動きを止め、首にかけたタオルで汗を拭いながら美琴を見た。

 

あれだけ激しく打ち込んだあとだというのに、呼吸一つ乱れていない。

 

「ふん。今日は午前授業なのよ。どこにいようが私の自由でしょ」

 

美琴はふいっと視線を逸らし、埃の舞う倉庫内を見渡した。

 

「たまにはお嬢様らしくない場所で、こうしてボーッとして、非生産的な時間を過ごしていたくなるのよ」

 

美琴は跳び箱の上にごろんと横たわり、天井を走る配管を見上げた。

 

ここは、第七学区の端に打ち捨てられた『旧・東和精密工業』の社屋だ。

 

本来ならとっくに解体されているはずの廃墟を、礫が半ば実力行使で拠点に変えた。

 

監視カメラの死角が多く、鉄と油の匂いが染みついた、礫の領域。

 

「しんどいか?」

 

あまりに単刀直入な問いに、美琴の思考が一瞬止まった。

 

「……なに?」

 

「レベル5、超電磁砲。その肩書きが背負わせるものなんて、俺には想像もつかないが――」

 

「あー、いいっ! いい! もういいから!」

 

美琴は遮るように手を振った。

 

「……学校の先生みたいなこと言わないでよ」

 

ここに来ているのは、その「特別扱い」から逃げるためだ。

 

腫れ物に触るような気遣いも、重苦しい期待もいらない。

 

この男の前では、能力の強さなんて関係ない、ただの女子学生でいたかった。

 

もっと雑で、適当で、どうしようもない馬鹿話だけをしていたいのだ。

 

「……悪かった。ここには教師も寮監もいない。こんな俺が説教するのも性に合わない」

 

礫はタオルを肩に掛け直した。

 

「まあ、気が済むまで休めばいいさ。広いだけの殺風景な場所だ。話し相手がいた方が、俺も退屈しないからな」

 

深く踏み込まず、それでも察してくれた。

 

そのことに対する安堵が、美琴の張り詰めていた気を緩ませる。

 

だが、素直に礼を言うのは、なんとなく癪だった。

 

「……ふん。これ、今日の場所代。感謝しなさいよね」

 

美琴は顔を背け、跳び箱の脇に置いていた缶コーヒーを礫に押しつけた。

 

照れ隠しのせいで、動作が少し乱暴になる。

 

礫はそれを受け取り、一気に喉を鳴らした。

 

それから、ふと美琴の顔を覗き込む。

 

「……なあ、御坂。お前、ひょっとして」

 

「なによ?」

 

「俺に惚れてるのか?」

 

「………………はあぁっ!?」

 

思考回路が真っ白にショートし、美琴の髪から青白い火花が弾ける。

 

「な、な、な……っ! どの口が言ってるのよ!? 誰が、誰に、何に惚れるって!? 脳細胞まで筋肉でできてるんじゃないの!? この……バカッ!!」

 

バリバリバリッ、と激しい火花が倉庫の空気を焦がす。

 

美琴は顔を真っ赤にして、羞恥心を振り払うように勢いよく立ち上がった。

 

「な、なによ、その勘違い!」

 

だが、その動作があまりにも急だった。

 

ふわり、と。

 

翻った短いプリーツスカートが、重力に逆らって大きく舞い上がる。

 

「……冗談だ。元気になったのはいいが、足を閉じろ。丸見えだぞ」

 

 

礫は慣れた様子で、すっと視線を外す。

 

「はっ。ほら、これ履いてるんだから別にいいわよ、別に」

 

「いや、そういう問題じゃなくて……女の子としてどうなんだ、それは」

 

礫は呆れた顔のまま、今度は冗談の気配すらない声で続けた。

 

「黙っていれば美人なんだから。……勿体ない真似はしない方がいいぞ」

 

「っ…………!?」

 

不意打ちの称賛。

 

その一言は、美琴が用意していたどの防御壁もすり抜け、無防備な胸の奥へ直接突き刺さった。

 

思考が止まり、言葉を失う。

 

だが、礫はそこで会話を切るどころか、無言のまま美琴との距離を詰め始めた。

 

「……え、あ……ちょっ……?」

 

礫の身体が、美琴のパーソナルスペースへ容赦なく踏み込んでくる。

 

反射的に仰け反るが、美琴は跳び箱の端に腰を下ろしているため、逃げ場がない。

 

目の前に迫る分厚い胸板と、汗の匂い。

 

さっきの「美人なんだから」という言葉が、脳内で何度も反響していた。

 

(ち、近すぎだって……ッ! 嘘、こいつマジで……っ!?)

 

美琴がぎゅっと目を瞑り、身体を強張らせた、そのとき。

 

すっ、と頬の横を礫の腕が通り過ぎた。

 

「……?」

 

恐る恐る目を開ける。

 

礫は、美琴の背後にある壁のフックから、自分のシャツを掴み取っただけだった。

 

「……ん? なんだ、その顔」

 

礫は至近距離で、不思議そうに小首を傾げた。

 

「シャツだ。……取っちゃ何か悪かったか?」

 

「……………………は?」

 

美琴の思考が空白に染まる。

 

礫は悪びれもせず、悠々とシャツに袖を通し始めた。

 

あまりに自然なその動作と、自分の自意識過剰な反応。

 

その落差を理解した瞬間、美琴の顔から一気に火が噴き出した。

 

「あ、あ、あんたぁぁぁーーーーーーッ!!!」

 

美琴が羞恥心のまま拳を振り上げ、電撃がバチバチと音を立てた――その刹那だった。

 

「――静かに」

 

礫の手が、美琴の口を塞いだ。

 

「むぐっ!?」

 

「……囲まれたな」

 

礫の声から、感情が消えていた。

 

美琴がはっとして外へ目を向ける。

 

開いた窓からは、夏の熱気と、けたたましい蝉の声が流れ込んでくるだけだ。

 

「……何言ってんのよ。誰も……」

 

「四十二人分の心音。安全装置を解除する金属音。……警備員(アンチスキル)の完全武装部隊だ」

 

礫は、天気の話でもするように淡々と告げた。

 

その耳は、コンクリートの壁越しに展開する者たちを、レーダーのように捉えていた。

 

「随分と大げさな歓迎だな……」

 

直後、空気が破裂するような音が室内を叩いた。

 

美琴を背に庇い、礫と向き合う位置。

 

そこに、誰もいなかったはずの空間を埋めるように、白井黒子(しらい・くろこ)が出現していた。

 

「――相手が貴方なら、戦車を持ってきても足りないくらいですわ」

 

黒子が手にした金属矢の切っ先は、礫の頸動脈へ寸分違わず突きつけられている。

 

出現と同時、最速の制圧。

 

「なっ……黒子!?」

 

「動きませんように。……部隊が突入して貴方が暴れれば、この廃ビルなど簡単に崩壊しますもの」

 

「ちょっと待って、黒子!」

 

美琴が慌てて声を上げた。

 

いきなりアンチスキルの特殊部隊に包囲され、後輩が礫に武器を突きつけている。

 

状況がまるで飲み込めない。

 

「あんた、いきなりなんなのよ! こいつが何したっていうの!?」

 

「駅前広場で発生した無差別狙撃事件……その重要参考人ですの」

 

「……は?」

 

美琴の思考が停止した。

 

駅前広場の狙撃事件。

 

ここへ来る途中、街頭の大型ビジョンで流れていた臨時ニュースが脳裏をよぎる。

 

規制線。ブルーシート。そして、運ばれていく動かない袋。

 

あの凄惨な――。

 

「まっ、待ちなさいよ! それって殺人事件じゃない! なら警備員(アンチスキル)の管轄でしょ!? なんで風紀委員(ジャッジメント)のあんたが首突っ込んでんのよ」

 

もっともな疑問だった。

 

学生のボランティアである風紀委員に、凶悪事件の捜査権限はない。

 

「特例ですの」

 

黒子は視線を礫から外さずに答えた。

 

「警備員から正式な応援要請が出ています。わたくしの役目は、お姉様の保護と、突入前の先行接触ですわ」

 

黒子の持つ金属矢が、礫の首筋へわずかに近づく。

 

「相手はレベル4の大能力者。加えて、貴方の異常な身体能力と戦闘経験(スキル)を考慮すれば、通常の突入では警備員側に甚大な被害が出る恐れがある。……だからこそ、黄泉川先生は壁も扉も越えられるわたくしを先に送り込んだんですの」

 

「なるほど。盾で押し潰すより、空間移動(テレポート)で四肢を床に縫いつける方が早いって判断か」

 

「ご明察の通り」

 

ヒリつくような緊張が、室内を満たしていく。

 

黒子の警戒は本物だ。

 

少しでも礫が動けば、金属矢がその肉体を床へ縫い止める。

 

「……何かした覚えは、まったくないんだけどな」

 

礫は動じずに言った。

 

「事実の真偽を、ここで問うているのではありませんの」

 

黒子は淡々と告げた。

 

そこに私情はない。

 

あるのはただ、職務を遂行する者の冷たさだけだった。

 

「城ヶ崎礫さん。駅前で確保された狙撃事件の容疑者が、取調室で貴方との『面会』を要求していますの」

 

一拍の沈黙。

 

礫は眉をひそめ、不審そうに低く息を吐いた。

 

「……なに?」

 

黒子は視線を逸らさない。

 

その反応すら、想定済みだと言わんばかりに。

 

「黙秘を続ける彼が、取調室のメモ用紙に唯一書き殴った言葉ですわ」

 

そう言うと、黒子は証拠保全用に複写された一枚の紙を、礫の目前へ突きつけた。

 

礫が視線を落とす。

 

その緊迫した空気に呑まれ、横にいた美琴も思わず身を乗り出した。

 

礫の腕越しに覗き込んだ紙には、ミミズがのたうち回ったような、ひどく乱れた筆跡が刻まれていた。

 

滲んだインク。

 

紙面にまで染み込んだ脂汗。

 

狂気すら感じさせるその走り書きを、二人は示し合わせたように無言で覗き込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

『城ヶ崎礫を呼べ』

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