『先生という大人がキヴォトスにやってきた』
その噂はキヴォトス中にたちまちのうちに広がり、交友関係に乏しい私の耳にも入って来た。キヴォトスを治める連邦生徒会直轄の超法規的な独立捜査機関、連邦捜査部シャーレ。先生はこの部活を運営する顧問である。
キヴォトスは4桁を超える学園で構成された学園都市であり、各学園ごとに自治区を持ち、学園の生徒がその自治区を運営する。シャーレがどの程度の権力を持つのかは定かではないが、おおよそ普通の組織とは比べるべくもない権力を扱えるのだろう。
問題とするべきはシャーレがどう、ではなく先生がどのような存在か、という点だろう。力がある事は結果に対する可能性でしかなく、力を扱う意思こそが結果を導くのだから。先生の思想によって、そのシャーレの力がどのように使われるかが変わってくるのだ。
先生の噂を聞いてから、私はすぐに先生の情報を集め始めた。直接のコンタクトはまだ早い。先生がどのような存在であるかを見極めてから交流の方針を決めるべきだ。
先生がキヴォトスに来てからひと月ほどが経った。先生の情報はかなりの数が集まった。時の人という事もあってか、支離滅裂で頓珍漢な噂もあったが、一応先生に関する情報として全てまとめておいてある。まずは確定した情報から整理するとしよう。
シャーレの先生。ひと月前にキヴォトスにやって来た、ヘイローを持たない外の大人。故にキヴォトス人に比べて非力かつ脆弱であり、銃弾1発でも死にかねない貧弱な存在。しかしかといって、無力なわけでもない。超人と謳われた連邦生徒会長の手駒なのだから当たり前か。
最も大きな功績はアビドス高等学校の一件。アビドス高等学校は、砂漠化による衰退から生徒数も少なく火の車の財政から自治区の権利すらも手放しているような弱小校。シャーレの任務として、先生が最初に訪れた学園。
借金の額は9億円。借金の債権者はカイザーグループ。キヴォトス屈指の大企業であり、裏社会とも繋がっている野心的な組織。アビドス自治区の地権の大半もカイザーグループが持っていて、何かを探しているんだったか。いや、カイザーグループそのものはどうでもいい。
先生の活躍により、アビドスを追い詰めていた相手がカイザーグループであるとわかったものの、何を思ってかカイザーグループを襲撃して返り討ちに遭い、借金の金利をバカみたいな利率に引き上げられた。そしてキヴォトス最高の神秘であり、アビドスの代表である小鳥遊ホシノがその直後に誘拐された。
この横暴に危機感を持ったトリニティとゲヘナという3大校のうちの2校が、先生とアビドスに協力して見事にカイザーグループの陰謀を打ち破った。
秘密裏にとはいえ、犬猿の仲であるトリニティとゲヘナに同時に、そして外交問題になりかねない学園外の作戦に協力させられたのは、偏に先生という存在の力があってこそだろう。カイザーグループという巨大なハイエナを前にしてこれだけの成果を出せたのもその有用さを示しているわけだ。
その後の百鬼夜行連合学園でも何やら事件を解決したようだし、先生が優秀であり、強大な敵を相手に戦い勝利する事ができる力を持っている事は疑うまでもない。
であれば、人格や人となりという面で見るとどうなるだろうか。ネットなどの情報を調べる限り、おおよそ頼りになる人という印象を持たれているようだ。先生は件のアビドスや百鬼夜行以外にも足を運んでいて、生徒の悩みを聞いて解決に動いている。どれだけ些細な事でもくだらない私事でも、先生は親身になって寄り添ってくれると。
しかし、親身になってくれる頼りになる大人とは全く結びつかない噂も存在するのだ。生徒にストーカーをしたとか、生徒の足を舐めたとか、生徒と主従プレイをしているだとか、生徒の髪の匂いを嗅いだとか。多分先生の評判を落とすためのデマだろうが、それにしても多すぎるし妙に生々しい噂も多かった。
まさか、いや、流石にないか。これでは先生ではなく犯罪者だ。もし本当なら生徒をどこに導こうとしているのかわかったものじゃない。
私の先生への印象は、優秀であり頼りになる大人。先生に会ったという知り合いも先生の事を大絶賛していたし、この評価は概ね間違っていないだろう。少し捻くれた所はあるが、嘘を言う人ではないし。
一度先生に会ってみよう。そして、私の求める人であるかを見極めよう。ただ、今のところ先生を呼ぶ口実は思い浮かばない。先生の事が気になるってだけでも大丈夫かな。でもそれでシャーレまでわざわざ出向くのも………。
「ねぇ、見た? 先生がさっきミレニアムに来てたんだよ」
「え、本当!? 挨拶しに行こうかな。でもなんでミレニアムに?」
「ゲーム開発部の子たちと一緒に居たけど、なんでかはわからないな」
寮の外から話し声が聞こえてきた。先生、ミレニアムに来てるのか。それなら先生を探して、話しかけてみようか。