白兎の兄が規格外なのは間違っているだろうか 作:ディーノpc35
絶劫刀が鞘へ戻された後も、ヘファイストスの視線はしばらくシンの腰元から離れなかった。
滅劫剣と絶劫刀。
二振りとも、彼女がこれまで見てきた武器とは根本から違っている。
素材。
鍛造方法。
力の定着。
そして完成後に積み重ねられた変質。
どれを取っても、自分の知識だけでは説明できない。
鍛冶神として長い時間を鍛冶へ費やしてきたヘファイストスにとって、それは衝撃であると同時に、無視できないほど魅力的な未知でもあった。
「シン」
「何だ?」
ヘファイストスが少し身を乗り出す。
「あなた、この二振り以外にも自分で作った武器を持ってる?」
「ある」
即答だった。
ヘファイストスの片目が僅かに見開かれる。
「どれくらい?」
シンは少し考えた。
「数えたことはない」
「……数えたことがない?」
「必要になるたびに作ったからな」
「必要になるたびって……」
ベルが嫌な予感を覚えたように兄を見る。
「兄さん、もしかしてすごい数あるの?」
「武器だけならかなりある」
「武器だけなら?」
椿がその言い方へ反応する。
シンは特に隠すつもりもなく答えた。
「防具、装飾具、術具、鍛冶道具、錬金用の器具、それ以外にも色々作った」
ヘファイストスの表情が完全に変わった。
「全部、自分で?」
「ああ」
「異世界の素材を使って?」
「それもある」
「神や龍の素材も?」
「ある」
「見せて」
間髪入れずに言われた。
シンが僅かに眉を上げる。
ヘファイストスは一歩近づいた。
「他に作ったものも見せてほしい」
「全部?」
「できれば全部」
ベルが思わずヘファイストスを見る。
「全部ですか?」
「無理なら一部でもいいわ」
そう言いながらも、表情は明らかに全部見たがっている。
椿も面白そうに笑った。
「ヘファイストス様、完全に鍛冶師として火がついておるな」
「当たり前でしょう」
ヘファイストスは即答した。
「滅劫剣と絶劫刀だけでも、私が知らない技術がどれだけ使われているか分からないのよ。それなのに他にもあるって聞いて、見ないでいられるわけないでしょう?」
「まあ、分からんでもないがのう」
椿も鍛冶師としては同じ気持ちだった。
滅劫剣と絶劫刀だけでも常識外れだった。
ならば、その製作者が他にどのような武具を作っているのか。
興味を持たない方が難しい。
ヘファイストスは続ける。
「武器だけじゃなくて、防具や鍛冶道具も見たいわ」
「鍛冶道具まで?」
ベルが驚く。
「当然でしょう。あの二振りを作った道具よ? 普通の槌や炉だけで作ったとは思えないもの」
シンは少しだけ考える。
「普通の道具でも作れなくはない」
「その言い方だと、普通じゃない道具もあるのね」
「ある」
「それも見せて」
「ヘファイストス様、食いつきすぎでは?」
ベルが苦笑する。
ヘファイストスは気にしない。
むしろシンへさらに質問を重ねた。
「異世界で使っていた炉もある?」
「ああ」
「持ってきてる?」
「異空間に入れてある」
「異空間?」
今度は椿が首を傾げた。
シンは右手を軽く上げる。
空間が僅かに揺らぐ。
「収納用の異空間だ。武器や素材は大体そこへ入れてある」
ヘファイストスが固まった。
「……ちょっと待って」
「何だ?」
「あなた、工房そのものを持ち歩いてるの?」
「必要な設備は入っている」
「炉も?」
「ああ」
「金床も?」
「ああ」
「素材庫も?」
「ある」
「鍛冶道具も?」
「当然だろ」
ヘファイストスはしばらく無言になった。
そして。
「見たい」
先ほどより強い声で言った。
ベルが思わず笑う。
「さっきより必死になってません?」
「だって工房ごと持ち歩いてるのよ!」
「兄さんなら普通にやりそうだけど……」
「ベル君、感覚が麻痺し始めてるわよ」
「僕もそんな気がします……」
シンはそんな二人を見ながら、少しだけ考え込んだ。
ヘファイストスが本気で見たがっていることは分かる。
鍛冶師としての純粋な興味だ。
シン自身も、自分が知らない製法や素材を目の前にすれば興味を持つ。
だから、見せること自体に強い抵抗はなかった。
ただし。
「今日は無理だ」
ヘファイストスの表情が止まる。
「……どうして?」
「用事がある」
「これより?」
「俺にとってはな」
シンがベルを見る。
そこでヘファイストスも思い出した。
そもそもシンがここへ来た理由。
椿へ礼を伝えるためだった。
ベルを深層から救い出すために力を貸した者達へ、一人ずつ会いに行っている途中だったのだ。
「そうだったわね」
ヘファイストスは少し残念そうに息を吐く。
シンが頷く。
「まだ会っていない奴がいる」
「兄さん、全員に会うつもりだから」
ベルが補足する。
「深層まで僕達を探しに来てくれた人達だけじゃなくて、その前後で助けてくれた人にも、できるだけ直接お礼を言いたいって」
椿がシンを見る。
「本当に全員回るつもりなのじゃな」
「ああ」
「律儀というか、頑固というか」
「助けてもらった事実は人数が増えても変わらない」
シンにとってはそれだけだった。
相手が一人でも十人でも同じ。
ベルの命を繋ぐために力を貸してくれたのなら、直接会える相手には自分の言葉で礼を伝える。
その優先順位は、未知の鍛冶技術を見せることより高かった。
ヘファイストスも、その理由なら無理に引き止めるつもりはない。
「分かったわ」
少し残念そうではあったが、素直に頷いた。
「今日は諦める」
「そうしてくれ」
「でも」
ヘファイストスがすぐに続ける。
「後日なら見せてくれる?」
シンは少し考えた。
「時間が取れればな」
「約束よ」
「別に構わない」
「本当に?」
「ああ」
ヘファイストスの表情が一気に明るくなった。
椿が笑う。
「随分嬉しそうですな、ヘファイストス様」
「当たり前でしょう」
「神というより、珍しい玩具を見つけた子供みたいじゃぞ」
「椿」
「はっはっはっ!」
ヘファイストスは椿を睨んだものの、否定はしなかった。
それほど楽しみなのだろう。
「できれば工房も見せて」
「工房までか?」
「もちろん」
「武器を見るだけじゃなかったのか?」
「話を聞いたら増えたのよ」
「そうか」
「それと素材も」
「まだ増えるのか?」
ベルが思わず口を挟む。
ヘファイストスは当然のように頷いた。
「神や龍の素材なんて、この世界ではまず手に入らないもの。それをどう加工しているのかも見たいわ」
「素材によって処理は違う」
「だから見たいのよ」
「なるほどな」
シンは意外にも納得したように頷いた。
鍛冶師として考えれば、確かに完成品だけでは足りない。
素材。
加工前の状態。
炉。
鍛造道具。
工程。
そこまで見て初めて、技術の全体像を理解できる。
「なら、時間を作る」
「決まりね」
ヘファイストスが満足そうに笑う。
ベルはそんな二人を見ながら小さく呟いた。
「なんか、兄さんとヘファイストス様、鍛冶の話になると似てるかも……」
二人の視線が同時にベルへ向く。
「どこが?」
「どこが?」
声まで重なった。
ベルが一瞬固まる。
椿が腹を抱えて笑い始めた。
「はっはっはっ! 確かに似ておる!」
「似てないわよ!」
「似ていない」
またほぼ同時だった。
ベルは苦笑する。
「やっぱり似てるよ……」
「ベル君?」
「ベル?」
「何でもないです!」
すぐに話を終わらせた。
◇ ◇ ◇
それから少しして。
シンとベルはヘファイストス・ファミリアの本拠地を出る準備を整えた。
滅劫剣は再び布で厳重に包まれ、背中へ戻されている。
絶劫刀も腰の鞘に収まっていた。
椿が二人を見送るために入口まで同行する。
「次は誰のところへ行くのじゃ?」
ベルが考える。
「まだ救助隊に来てくれた人達がいますから、そこを回ろうと思います」
「そうか」
椿はシンを見る。
「改めて言うが、手前への礼はもう十分じゃぞ」
「ああ」
「ベルを助けたのは、手前だけではないからの」
「分かっている。だから他にも会いに行く」
「本当に律儀な奴じゃ」
椿は笑った。
一方、ヘファイストスは最後まで別のことを気にしていた。
「シン」
「何だ?」
「後日、本当に来なさいよ」
「分かっている」
「忘れないでよ?」
「忘れない」
「工房もよ?」
「ああ」
「他の武器も」
「ああ」
「素材も」
「分かった」
「鍛冶道具も――」
「ヘファイストス様」
椿が止める。
「これ以上言うと逃げられますぞ」
ヘファイストスが黙る。
シンは少しだけ眉を上げた。
「逃げる理由はない」
「ならよかったわ」
ヘファイストスは満足そうに笑った。
「楽しみにしてる」
「ああ」
短く返事をして、シンはベルと共に歩き出す。
その背中を見送りながら。
ヘファイストスの頭の中では、既に次にシンが持ってくる武具や素材のことが巡っていた。
滅劫剣と絶劫刀だけで、鍛冶に対する自分の常識は大きく揺さぶられた。
もし他にも同等、あるいはまったく異なる思想で作られた武具があるのなら。
それを見ることで、自分がどれほど知らないのかをさらに思い知らされるかもしれない。
だが。
だからこそ楽しみだった。
一方のシンは。
そんなヘファイストスの期待を背中に受けながらも、既に次の目的へ意識を向けていた。
自分の鍛冶を披露することは後でもできる。
今はまだ。
自分がいなかった間に、ベルを守り、支え、生還へ繋いでくれた者達が残っている。
ならば。
まずはそちらが先だった。