白兎の兄が規格外なのは間違っているだろうか 作:ディーノpc35
翌日。
シンは一人でヘファイストス・ファミリアの本拠地を訪れていた。
昨日とは違い、ベルの姿はない。
深層で負った傷そのものはシンが完全に治しているため、身体について心配する必要はない。今日はヘスティア・ファミリアの仲間達と過ごしている。
そしてシンにも、今日は別の用事があった。
昨日、ヘファイストスと交わした約束。
滅劫剣と絶劫刀以外にも、自分がこれまで作ってきた武具を見せる。
その約束を果たすためだった。
本拠地へ入ったシンが受付にいた団員へ名前を告げると、すぐに奥へ案内された。
どうやらヘファイストスから事前に話が通されていたらしい。
案内された先にいたのは、ヘファイストスと椿だった。
「来たわね」
ヘファイストスはシンの姿を見るなり立ち上がった。
その隣では椿も待ち構えている。
「待っておったぞ、シン」
「随分と楽しみにしていたようだな」
「当然でしょう?」
ヘファイストスは即答した。
「昨日あんなものを見せられて、他にも作った武器があるなんて言われたのよ。鍛冶師なら気にならない方がおかしいわ」
椿も大きく頷く。
「滅劫剣と絶劫刀だけでも一生研究できそうな代物じゃ。それを作った者が、他にも武具を作っているとなれば見たくなるのは当然じゃろう」
シンは特に否定しなかった。
「なら行くか」
「行く?」
ヘファイストスが首を傾げる。
「どこへ?」
「武器を保管している場所だ」
「ここへ持ってきたんじゃないの?」
「数が多い。持ってくるより、お前達を連れていった方が早い」
ヘファイストスと椿が顔を見合わせた。
「連れていくって……どこにあるの?」
「異空間」
一瞬、沈黙が落ちた。
椿が先に反応する。
「昨日言っておった時空間魔法か?」
「ああ」
シンは二人へ近づく。
「今から武器を保管している異空間へ転移する」
「転移……」
ヘファイストスは興味深そうにシンを見る。
「魔法陣とか詠唱は?」
「必要ない」
「そう」
昨日からシンの非常識にはある程度慣れ始めていたため、ヘファイストスはそれ以上追及しなかった。
椿も同様だった。
「何か準備は必要か?」
「ない。そのままでいい」
シンは二人の位置を確認する。
次の瞬間。
三人の姿が消えた。
◇ ◇ ◇
景色が変わった。
転移による衝撃も、浮遊感もない。
ヘファイストスと椿にとっては、瞬きをしただけだった。
しかし。
目を開けた時には、先ほどまでいたヘファイストス・ファミリアの本拠地はどこにもなかった。
「…………」
ヘファイストスが言葉を失う。
椿も無言で周囲を見回した。
広大な空間だった。
天井までの高さだけでも相当なものがある。
壁には無数の武器架が並び、その間を巨大な通路が走っている。
剣。
刀。
槍。
斧。
大剣。
短剣。
弓。
槌。
棍。
鎌。
二人が見たことのない形状の武器まである。
そして。
それらが数本や数十本という単位ではない。
「……ここ全部?」
ヘファイストスがようやく声を出した。
「ああ」
「全部武器?」
「武器以外もある」
シンは周囲を示す。
「ここは俺が作った武具を保管するために作った異空間だ」
「武具を保管するためだけに……異空間を?」
「ああ」
シンにとっては当たり前のことらしい。
椿が周囲を見回しながら笑う。
「これはまた……とんでもない場所じゃな」
武器庫という言葉では規模が合わない。
一つの巨大施設そのものだった。
しかも、空間の奥が見えない。
ヘファイストスは少し歩きながら周囲の武器を観察する。
だが、触れようとはしなかった。
昨日の滅劫剣で、シンが作った武器へ不用意に触れる危険性は十分理解している。
「シン」
「何だ?」
「ここにあるものは全部、あなたが作ったの?」
「ほとんどはな」
「ほとんど?」
「試作品もある。過去に使っていたものもある。作っただけで結局使わなかったものもある」
シンは少し先へ歩いていく。
「異世界で手に入れた素材の性質を調べるために作ったものも多い」
その言葉にヘファイストスが反応する。
「異世界の素材?」
「ああ」
シンは一本の剣の前で止まった。
「例えばこれだ」
武器架から剣を取る。
見た目だけなら比較的普通の長剣だった。
ただし、刃は僅かに青みを帯びている。
「氷属性を持つ金属で作った剣だ」
ヘファイストスが目を細める。
「属性を持つ金属……」
「触っていい」
許可を得てから、ヘファイストスが受け取った。
その瞬間。
「冷たい……?」
単純に金属が冷えているわけではない。
剣そのものから、常に冷気に近い力が発生している。
「魔法を付与したの?」
「していない。素材自体の性質だ」
「これが?」
「ああ」
ヘファイストスの目が完全に鍛冶師のものへ変わった。
剣を様々な角度から確認する。
刃。
峰。
柄。
鍔。
重心。
加工痕。
椿も隣から覗き込む。
「見たことのない金属じゃな」
「当然だろう。この世界の素材じゃない」
シンは別の武器を取り出す。
今度は黒い短剣だった。
「これは魔力を吸収する性質を持つ鉱石を混ぜてある」
「魔力を吸収?」
「攻撃魔法を受けた時、その一部を吸収して刃へ蓄積する」
椿の目が輝く。
「蓄積した魔力はどうなる?」
「使い手が任意で解放できる」
「ほう!」
ヘファイストスは先ほどの剣を返し、今度は短剣を見る。
「これもあなたが考えたの?」
「素材の性質を利用しただけだ」
「それを武器として成立させるのが鍛冶でしょうが」
シンは特に答えなかった。
三人は武器庫の奥へ進んでいく。
進めば進むほど、ヘファイストスと椿の表情は変化していった。
単純に優れた武器が並んでいるのではない。
異なる世界。
異なる文明。
異なる法則。
それぞれの世界で手に入れた素材と技術を、シンが自分の鍛冶へ取り込んだ痕跡がそこにはあった。
魔力を通しやすい剣。
逆に魔力を遮断する盾。
使用者の真気を通すことを前提として作られた刀。
魂へ直接干渉する攻撃を防ぐ防具。
高熱そのものを吸収する金属。
破損しても周囲の魔力を吸収して自己修復する武器。
空間そのものへ干渉し、通常の防御を無視する刃。
中にはヘファイストスですら原理を理解できないものもある。
そして何より。
「……技術体系が一つじゃない」
ヘファイストスが呟いた。
シンが振り返る。
「気づいたか」
「当たり前よ」
ヘファイストスは周囲を見る。
「同じ人間が作ったとは思えないくらい、製法が違うものがある」
椿も頷く。
「こちらの刀と、先ほどの剣では鍛え方そのものが違う。金属への考え方すら別物じゃ」
「異世界ごとに鍛冶技術が違ったからな」
シンは当然のように説明する。
「優れたものは覚えた」
「全部?」
「必要だと思ったものは」
「それで最後には?」
ヘファイストスが尋ねる。
シンは少しだけ考える。
「組み合わせた」
その一言で、ヘファイストスは理解した。
滅劫剣と絶劫刀。
昨日見た二振りが、なぜ自分の知る鍛冶の常識から完全に外れていたのか。
単純だった。
シンの鍛冶は、この世界の鍛冶技術だけを基準にしていない。
一つの世界の技術ですらない。
無数の異世界で学んだ鍛冶。
錬金。
魔術。
素材加工。
さらに真気や神気を扱う技術。
それら全てを一人の鍛冶師が統合した結果なのだ。
「……反則ね」
ヘファイストスが小さく呟いた。
「何がだ?」
「こっちの話よ」
椿が豪快に笑った。
◇ ◇ ◇
それからしばらく。
ヘファイストスと椿は、シンの説明を聞きながら武器庫を見て回った。
当然ながら、全てを見ることなどできなかった。
あまりにも数が多い。
一つの武器を見るだけでも、鍛冶師である二人には気になる部分がいくつもある。
「シン」
「何だ?」
「一つ聞きたいんだけど」
ヘファイストスが一本の刀を見ながら尋ねる。
「こういう武器を実際にどこで作っていたの?」
「工房」
「それは分かってるわよ」
ヘファイストスが呆れたように言う。
「あなたの工房を見たいの」
シンがヘファイストスを見る。
「工房を?」
「ええ」
椿も即座に頷いた。
「わしも見たい」
武器だけでもこれほど異常なのだ。
それを作った工房がどのような場所なのか。
鍛冶師として興味を持たないはずがない。
「構わない」
シンはあっさり了承した。
「ただし、ここにはない」
ヘファイストスが首を傾げる。
「別の場所?」
「別の異空間だ」
「…………」
ヘファイストスは数秒ほど黙る。
「武器庫とは別に?」
「ああ」
「工房専用?」
「そうだ」
椿が額へ手を当てながら笑う。
「本当に何でも異空間へ作っておるな」
「便利だからな」
「便利という規模ではないと思うぞ」
シンは二人の反応を気にすることなく、転移の準備をする。
「行くぞ」
「ええ」
「頼む」
次の瞬間。
三人の姿が武器庫から消えた。
◇ ◇ ◇
再び景色が変わる。
そして。
ヘファイストスと椿は、今度こそ完全に言葉を失った。
そこは巨大な工房だった。
中央には巨大な炉。
しかし、それだけではない。
大小様々な炉が複数存在する。
普通の火を使うもの。
青白い炎を灯しているもの。
黒い炎を宿すもの。
炎ではなく、何らかの光を内部へ閉じ込めているもの。
冷気を発しているにもかかわらず、金属を加工するための設備らしきものまで存在する。
金床も一つではない。
材質の異なるものが用途別に並べられている。
工具も同様だった。
槌。
鑿。
鋏。
砥石。
鋳型。
その他。
椿ですら用途を判断できない道具が大量にある。
さらに奥には、素材を加工するための設備らしきもの。
魔法陣が刻まれた台。
液体の入った巨大な容器。
金属を浮遊させたまま加工する装置。
そして壁際には、膨大な量の素材が分類されて保管されていた。
鉱石。
金属。
魔物の牙。
骨。
角。
鱗。
結晶。
中には明らかに神気を宿しているものまである。
「…………」
ヘファイストスは入口から動けなかった。
椿も同様だ。
武器庫を見た時以上の衝撃だった。
完成品を見るだけなら、まだ結果しか分からない。
しかし工房には。
その結果を生み出すための過程が存在する。
「ここが俺の工房だ」
シンの声で、ようやくヘファイストスが我に返る。
「……一つ聞いていい?」
「ああ」
「炉、何個あるの?」
「数えたことはない」
「どうして数えてないのよ!」
「素材によって必要な炉が違う。必要になるたび作ったからな」
「必要になるたびって……」
ヘファイストスは最も近くにある炉を見る。
内部では、赤ではなく白銀の炎が静かに燃えている。
「この火は?」
「神火の一種だ」
ヘファイストスの動きが止まる。
「……神火?」
「ああ」
「何でそんなものが炉に入ってるの?」
「神性を持つ素材を溶かすためだ」
「…………」
ヘファイストスはゆっくりと隣の炉を見る。
黒い炎。
「じゃあ、あれは?」
「龍炎」
「その隣は?」
「魔界の獄炎」
「青いのは?」
「霊火」
「……あっちの冷気が出てるものは?」
「炎で溶かすと性質が壊れる素材用だ。極低温状態で加工する」
ヘファイストスは黙った。
椿も黙った。
数秒後。
椿が口を開く。
「ヘファイストス様」
「何?」
「今日中に帰れると思いますか?」
「無理ね」
即答だった。
シンが二人を見る。
「帰ろうと思えばいつでも戻せるが」
「そういう意味じゃないわよ!」
ヘファイストスが勢いよく振り返る。
その目は完全に鍛冶神のものだった。
「シン」
「何だ?」
「一つ作って」
「何を?」
「何でもいい」
ヘファイストスは工房を見回す。
完成品だけでは足りない。
知りたい。
これだけの設備。
これだけの素材。
これだけ異なる技術体系。
それらをシンが実際にどう扱うのか。
「あなたが武器を作るところを見せて」
椿もシンを見る。
その表情から普段の豪快な笑みは消えていた。
一人の鍛冶師として。
真剣に。
「わしからも頼む」
シンは二人を見た後、少し考える。
「構わない」
ヘファイストスの目が輝く。
「ただし」
シンは工房の奥へ視線を向けた。
「せっかく作るなら、この世界の素材を使ってみたい」
「オラリオの素材?」
「ああ」
この世界へ戻ってきてから、まだ本格的に鍛冶をしていない。
ダンジョンから採れる鉱石。
この世界の魔物から得られる素材。
神々の恩恵を受けた鍛冶師達が扱う金属。
シンにとっても、それらは未知の素材だった。
「俺もこの世界の鍛冶素材には興味がある」
シンはヘファイストスを見る。
「お前達が普段使っている素材を見せてくれ」
ヘファイストスは一瞬だけ目を丸くした。
やがて。
鍛冶神らしい笑みを浮かべる。
「いいわ」
椿も笑った。
「面白くなってきたのう」
異世界を巡り続けた鍛冶師。
迷宮都市最大の鍛冶派閥を率いる鍛冶神。
そして、その最高峰に立つ鍛冶師。
三人の視線が、巨大な工房の中央にある金床へ向けられる。
完成した武器を見るだけだったはずの約束は。
いつの間にか。
シン・クラネルの鍛冶そのものを、鍛冶神ヘファイストスと椿が目の当たりにする機会へと変わっていた。