白兎の兄が規格外なのは間違っているだろうか 作:ディーノpc35
シンの工房を一通り見て回った後。
三人は一度、ヘファイストス・ファミリアの本拠地へ戻っていた。
理由は単純だった。
シンが求めた、この世界の鍛冶素材を用意するためだ。
「まずはこれね」
ヘファイストスが作業台の上へ一つの鉱石を置いた。
鈍い銀色の光沢を持つ鉱石だった。
シンは手を伸ばして持ち上げる。
「これは?」
「ミスリルよ」
「これがこの世界のミスリルか」
シンは手の中の鉱石を観察する。
見た目。
重量。
硬度。
魔力伝導性。
内部構造。
そして含まれている成分。
神龍魔気を使う必要すらない。
真気を極細の糸のように鉱石内部へ通せば、それだけで内部の状態は把握できた。
「……なるほど」
「どう?」
ヘファイストスが尋ねる。
シンは答える前に、もう一度ミスリルを見る。
「魔力との親和性が高いな」
「ええ。ミスリルの大きな特徴よ。魔力を通しやすいから、魔法剣士用の武器や魔力を利用する装備にはかなり向いてる」
「加工性も悪くない」
「そうね」
椿も頷く。
「通常の金属より扱いは難しいが、性質を理解しておれば非常に優秀な素材じゃ」
シンはミスリルを作業台へ戻した。
「ただ」
ヘファイストスがシンを見る。
「ただ?」
「純度が低い」
一瞬。
工房が静かになった。
ヘファイストスが瞬きをする。
「……何て?」
「純度が低いと言った」
シンはもう一度ミスリルを持ち上げた。
「不純物が多い」
「…………」
椿が横から鉱石を見る。
彼女自身、何度も扱ったことのある素材だ。
当然、このミスリルが粗悪品ではないことも知っている。
むしろ逆だった。
ヘファイストス・ファミリアが所有している素材だけあって、市場に流通するものの中ではかなり質がいい。
「シンよ」
「何だ?」
「それは十分に上質なミスリルじゃぞ?」
「この世界では、だろう?」
椿が黙る。
ヘファイストスが問い返した。
「あなたが知っているミスリルは違うの?」
「ああ」
「どれくらい?」
シンは少し考える。
「比較するか?」
「できるの?」
「持っている」
当然のように返ってきた。
ヘファイストスと椿が顔を見合わせる。
シンは二人に触れた。
「行くぞ」
次の瞬間。
三人の姿が消えた。
◇ ◇ ◇
再びシンの工房。
先ほどまでいた場所へ戻ってくると、シンは素材を保管している区画へ向かった。
ヘファイストスと椿も後を追う。
工房の奥には、無数の素材が分類されている。
その一角でシンが足を止めた。
「これだ」
棚から一つの金属塊を取り出す。
銀白色。
ヘファイストス達が持ってきたミスリルよりも明らかに色が均一だった。
何より。
「……魔力の通り方が違う」
ヘファイストスが触れる前から気づく。
金属内部を流れる力に淀みがない。
シンが差し出した。
「触っていい」
ヘファイストスが受け取る。
「……軽い」
見た目から想像する重量より明らかに軽い。
それでいて脆弱な印象はない。
ヘファイストスが慎重に魔力を流す。
直後。
目を見開いた。
「何これ……」
魔力が流れる。
ほとんど抵抗なく。
先ほど自分が見せたミスリルも魔力伝導性に優れた素材だ。
だが、これは比較にならない。
魔力を流した瞬間、そのまま金属全体へ均等に行き渡った。
「これもミスリルなの?」
「ああ」
「同じ名前なだけじゃなくて?」
「俺がいた世界の一つではミスリルと呼ばれていた」
椿も受け取る。
「……確かに、別物に近いのう」
「本来はもっと精錬して使う」
ヘファイストスが振り返る。
「これで?」
「ああ」
「これ、もう精錬済みじゃないの?」
「一次精錬は終わっている」
「一次……」
嫌な単語が聞こえた。
シンは気にせず説明する。
「武器に使うなら、ここからさらに不純物を除去する」
「まだ取れるの?」
「ああ」
ヘファイストスは手の中のミスリルを見た。
自分には既に十分すぎるほど均質な金属に見える。
だが、シンにとってはまだ途中らしい。
「あなたがさっき、私達のミスリルを見て純度が低いって言った理由……少し分かったわ」
「素材そのものが悪いわけじゃない」
シンはヘファイストス達が持ってきたミスリルを手に取る。
「むしろ原石として見れば悪くない」
「原石として?」
「ああ。ただ、混ざっているものが多すぎる」
シンは鉱石の一部分を指した。
「ここには鉄に近い成分が多い。その周囲には別の鉱物が混ざっている。魔力を通した時に僅かな滞留が起きるのも、そのせいだ」
ヘファイストスが目を細める。
自分でも注意深く観察する。
しかし。
シンが指摘したものを完全には判別できない。
「……どうやって分かるの?」
「真気を通した」
「それだけ?」
「ああ」
「便利すぎない?」
「そうか?」
ヘファイストスは何とも言えない表情になった。
椿が苦笑する。
「シンにとっては普通なのじゃろう」
「普通の基準が違いすぎるのよ」
もっとも、シンが指摘した問題は理解できる。
不純物が多ければ、当然素材本来の性能を完全には引き出せない。
問題は。
それをどこまで取り除けるかだ。
「次はこっち」
ヘファイストスが持参した別の素材を取り出した。
今度は先ほどのミスリルとは明らかに違う。
シンも視線を向ける。
「これは?」
「オリハルコン」
その名前を聞いた瞬間。
シンの目が僅かに変わった。
「これが?」
「ええ」
オリハルコン。
オラリオにおいて最高峰に位置する超硬金属。
極めて希少であり、加工することすら容易ではない。
高級武具の素材として使われるだけでなく、その圧倒的な強度ゆえに特別な用途にも用いられる。
シンはオリハルコンを受け取った。
重量を確かめる。
指で表面をなぞる。
軽く叩く。
音を聞く。
そして最後に真気を流した。
「…………」
沈黙。
ヘファイストスがシンを見る。
「どう?」
シンはオリハルコンを見たまま答える。
「硬いな」
ヘファイストスが僅かに笑う。
「でしょう?」
「この世界で最高硬度の金属の一つじゃ」
椿も説明する。
「まともに加工できる鍛冶師そのものが少ない。武器へ使えば相当な強度を持たせられるぞ」
シンは頷いた。
「素材としては面白い」
今度はヘファイストスも少し安心した。
少なくともミスリルの時より評価が高い。
しかし。
「ただし、これも不純物が多い」
安心は数秒しか続かなかった。
「……これも?」
「ああ」
シンは即答する。
ヘファイストスの顔が引きつる。
「これ、かなり質のいいオリハルコンなんだけど」
「そうなのか?」
「そうなのよ!」
「なら、この世界で流通しているオリハルコンは基本的にこの程度の純度ということか」
「この程度って……」
鍛冶神としては聞き捨てならない評価だった。
しかしシンに悪意はない。
本当に素材として評価しているだけだ。
シンは再び内部へ真気を通す。
「ミスリルほどではないが、かなり混ざっている」
「何が?」
「いくつかある。普通の鉱物もあるが、魔力を帯びた別成分も多い」
椿が尋ねる。
「それを取り除けばどうなる?」
「強度は上がる」
「さらに?」
「ああ」
今度は椿も真剣な顔になる。
オリハルコンは既に異常な強度を持つ。
それをさらに上げられるという。
「加工性は?」
ヘファイストスが尋ねる。
「悪くなる可能性が高い」
「やっぱりそうなるわよね」
「純度を上げれば素材本来の性質が強く出る。元々硬いなら、当然加工も難しくなる」
「それでも加工できる?」
シンはヘファイストスを見る。
「俺なら問題ない」
迷いすらなかった。
「…………」ヘファイストスは手元のオリハルコンを見つめ、それからシンへ視線を移した。
昨日、彼女はシンが作り上げた滅劫剣と絶劫刀を目の当たりにした。
その二振りだけでも、自分がこれまで知っていた鍛冶の常識から大きく外れていた。
そして今日は、シンが異空間に保管している膨大な武器の数々を見せられ、さらに別の異空間に存在する巨大な工房へ連れていかれた。
そこには一つの世界では到底生まれ得ないほど多種多様な素材や設備が存在し、異なる世界で発展した複数の鍛冶技術が集積されていた。
その時点で、シンが自分達とは全く異なる鍛冶の知識と技術を持っていることは認めざるを得なかった。
さらに、自分達が最高級品として扱っているミスリルやオリハルコンを見せてみれば、シンはそれらを調べただけで純度の低さを指摘した。
素材そのものを低く評価しているわけではない。
原石としての質は認めている。
問題は、その内部に残されている大量の不純物だった。
「……面白いわね」
ヘファイストスが呟いた。
「何がだ?」
「決まってるでしょう」
ヘファイストスはオリハルコンを指した。
「それを精錬してみて」
「構わない」
シンはあっさり了承した。
しかし、ヘファイストスは続ける。
「ただし、あなたの工房じゃなくて、私達の工房でお願い」
シンが僅かに眉を上げた。
「お前達の工房で?」
「ええ。あなたの工房には私達が知らない設備が多すぎるもの」
ヘファイストスは周囲を見回した。
未知の炉。
見たことのない工具。
魔術や錬金術まで組み込まれていると思われる設備。
ここでシンがオリハルコンを精錬しても、どこまでがシン自身の技術で、どこからが特殊な設備によるものなのか判断しづらい。
「私達が普段使っている炉と道具だけで、あなたがどこまでできるのか見てみたいのよ」
「俺は構わない」
シンは少し考えてから答えた。
「このオリハルコンなら、特殊な設備がなくても精錬できる」
「本当に?」
「ああ。ただ――」
シンは一度言葉を切った。
「炉はかなり酷使することになる」
ヘファイストスが僅かに眉を寄せる。
「どのくらい?」
「実際に見ないと分からない。お前達の炉がどこまで耐えられるかにもよる」
その言葉に、椿が興味深そうに笑った。
「ならば尚更、わしらの工房で見てみたいのう」
「決まりね」
◇ ◇ ◇
三人はシンの時空間魔法によって、ヘファイストス・ファミリアの本拠地へ戻った。
向かったのは、ファミリアが所有する工房の中でも特に高級な素材を扱うための場所だった。
オリハルコンを扱う以上、並の炉を使うつもりはない。
工房へ入ったシンは、すぐに設備を確認して回った。
炉の構造。
炉壁の材質。
火力調整機構。
送風設備。
燃料。
耐熱限界。
一つずつ確認していき、やがて最も頑丈な炉の前で足を止める。
「これが一番耐熱性が高いか?」
「ええ」
ヘファイストスが答えた。
「うちでオリハルコンを扱う時にも使っている炉よ」
シンは炉壁へ手を当てた。
真気を薄く流し、内部の構造まで確認する。
「……これならいける」
「問題ない?」
「精錬そのものはな」
シンは炉から手を離した。
「ただ、一回で相当傷む」
「一回で?」
椿が聞き返す。
「ああ」
シンは炉を見ながら答える。
「俺が必要とする温度まで上げれば、この炉の耐熱限界にかなり近づく」
ヘファイストスの表情が変わった。
「待って。オリハルコンを精錬するだけでしょう?」
「ああ」
「私達もこの炉でオリハルコンを扱ってるわよ?」
「お前達は、どこまで温度を上げている?」
ヘファイストスが普段の工程を説明する。
シンは黙って聞いた後、首を横へ振った。
「それでは足りない」
「足りない?」
「不純物をある程度残したまま加工するなら、それでいい。だが俺がやろうとしているのは、オリハルコンそのものから不純物を可能な限り分離する精錬だ」
シンは作業台のオリハルコンへ視線を向ける。
「もっと上げる必要がある」
ヘファイストスと椿が顔を見合わせた。
「どれくらいじゃ?」
「この炉の限界近くまで」
今度こそ椿の表情から笑みが消えた。
鍛冶師として炉を扱っているからこそ、その言葉の意味が分かる。
炉には当然、耐えられる温度の限界がある。
安全性や設備の寿命を考えれば、通常は限界よりかなり余裕を持った範囲で運用する。
限界温度付近を長時間維持するなど、炉を壊しにいくようなものだった。
「……本当にそこまで必要なの?」
ヘファイストスが尋ねる。
「ああ」
シンは迷わず答えた。
「嫌ならやめるが?」
「やるわ」
返答も早かった。
椿がヘファイストスを見る。
「よろしいので?」
「炉なら修理できるわ」
ヘファイストスはオリハルコンを見る。
「でも、この精錬方法を見られる機会は今しかないでしょう?」
椿は数秒ほど黙った後、豪快に笑った。
「それもそうですな!」
話は決まった。
◇ ◇ ◇
精錬の準備が始まった。
今回はヘファイストスの判断で、ファミリアの中でも特に鍛冶技術に優れた団員達が呼ばれた。
全員が炉から十分に距離を取っている。
シンはその中心でオリハルコンを確認していた。
「始めるぞ」
ヘファイストスが頷く。
「お願い」
シンはオリハルコンを炉へ入れた。
最初のうちは、普段の精錬と大きな違いはなかった。
火力が上がっていく。
炉の内部が赤く染まり、熱気が工房へ広がっていく。
だが。
「まだ上げる」
シンの言葉に従い、さらに火力が増した。
団員達の表情が変わる。
「まだ上げるのか?」
「もう普段の精錬温度を超えてるぞ……」
それでもシンは止めない。
「足りない」
さらに上げる。
炉の内部が赤から橙へ。
そして眩いほどの白へ近づいていく。
工房内の温度まで急激に上昇した。
「……熱っ」
後方にいる団員の一人が思わず腕で顔を覆う。
十分な距離を取っているにもかかわらず、肌を刺すような熱気が届いていた。
ヘファイストスと椿は炉から目を離さない。
「シン」
ヘファイストスが呼ぶ。
「何だ?」
「もうかなり上がってるわよ」
「ああ」
「まだ?」
「まだだ」
「…………」
さらに火力が上がった。
その瞬間。
炉から低い軋みが響いた。
――ミシッ。
鍛冶師達の顔色が変わる。
「おい……」
「今、炉が鳴ったぞ?」
椿が炉壁へ目を向けた。
普段ならあり得ないほどの熱を受け、外壁まで高温になっている。
「シン!」
「分かっている」
シンは冷静だった。
真気を炉全体へ薄く広げ、オリハルコンだけではなく炉そのものの状態まで把握している。
どこへ負荷が集中しているのか。
どの部分が最初に限界を迎えるのか。
それらを確認しながら、ぎりぎりの範囲で温度を上げていた。
「ここから先は俺が調整する」
シンは火力を細かく変化させる。
上げる。
僅かに落とす。
再び上げる。
一定の温度を維持するのではない。
オリハルコン内部の変化に合わせ、必要な温度帯を正確に通過させている。
だが、そのたびに炉へ凄まじい負荷がかかる。
「……冗談でしょう」
ヘファイストスが呟いた。
自分達が普段使っている炉だ。
その性能は誰より理解している。
だから分かる。
「これ……本当に限界ぎりぎりよ」
「じゃな」
椿も表情を引き締めている。
炉壁の一部が熱によって僅かに変色している。
接合部分も膨張している。
普段なら即座に火力を落とす状態だった。
しかし。
シンは止めない。
「あと少しだ」
炉の中では、オリハルコンそのものにも変化が起きていた。
内部に混在していた物質が、高温によって少しずつ分離している。
シンは真気を通じて、その変化を正確に捉えていた。
「今だ」
火力を落とす。
直後。
シンは炉を開き、オリハルコンを取り出した。
凄まじい熱気が工房内へ吹き出す。
「下がれ」
シンの一言で、団員達がさらに後退する。
取り出されたオリハルコンは、普段彼らが加工している時とは明らかに違う状態になっていた。
シンはそれを金床へ置く。
そして槌を手に取った。
一打。
甲高い音が響いた。
二打。
三打。
打つたびに、内部で分離した不純物が少しずつ表面へ押し出されていく。
「……出てきた」
ヘファイストスが目を見開く。
オリハルコンの表面に、異なる色の物質が浮かび上がっている。
シンは槌を打つ位置と力を細かく変えながら、それらを外へ追い出していった。
椿が食い入るように見る。
「高温にしたのは、これを分離させるためか……」
「ああ」
シンは作業を続けながら答える。
「お前達の温度でも加工はできる。ただ、それではこの成分が内部に残る」
再び槌が落ちる。
「だから、先に熱で分離させた」
作業はさらに続いた。
そして、最後の不純物を取り除いたところで、シンはようやく槌を置いた。
「一回目は終わりだ」
誰もすぐには答えなかった。
視線が集まっているのは、精錬されたオリハルコン――ではない。
炉だった。
「…………」
ヘファイストスがゆっくり近づく。
炉の外壁は大きく変色している。
内部の耐火材にも劣化が見える。
接合部分は熱膨張による負荷を受け、ところどころに細かな亀裂まで生じていた。
壊れてはいない。
まだ使える。
しかし。
椿が確認し、頬を引きつらせた。
「……一度の精錬で、ここまで傷むか」
ヘファイストスも苦い顔になる。
「完全に限界寸前まで使ったわね」
シンが炉を見る。
「最初に言っただろう」
「言われたけど!」
ヘファイストスが振り返る。
「ここまでとは思わないでしょう!」
シンは炉の状態を改めて確認した。
「もう一度同じ精錬を続けて行うのはやめた方がいい」
「当たり前よ!」
「一度冷却して点検しろ。特に内壁と接合部分は交換した方がいい」
「あなた、完全に炉を消耗品みたいに使ったわね……」
「壊してはいない」
「壊れる寸前なのよ!」
椿が堪えきれず笑い出した。
「ははははっ! これは凄い! オリハルコン一つ精錬するたびに炉を大修理しておったら、素材より設備代の方が問題になりそうじゃ!」
周囲の鍛冶師達も何とも言えない表情になる。
だが。
ヘファイストスはすぐに笑うのをやめ、精錬されたオリハルコンへ視線を移した。
そこで表情が変わった。
炉を限界寸前まで酷使した代償。
その結果が目の前にある。
「……でも」
ヘファイストスがオリハルコンへ近づく。
先ほどまでの鉱石とは明らかに違う。
表面の色合いが均一になっている。
金属内部を流れていた魔力の淀みも減っていた。
何より、鍛冶神としての感覚が告げている。
素材そのものの質が変わっている。
「これ……どれくらい純度が上がったの?」
「まだ途中だ」
ヘファイストスが固まった。
椿の笑いも止まる。
「……途中?」
「ああ」
シンは精錬されたオリハルコンを確認しながら答えた。
「大きな不純物は取った。だが細かいものがまだ残っている」
ヘファイストスは無言で炉を見る。
限界寸前。
次にオリハルコンを見る。
まだ途中。
そして最後にシンを見る。
「……まさか」
嫌な予感しかしなかった。
「もう一度?」
「この炉では無理だ」
「そこは分かってるわよ!」
シンは当然のように続ける。
「次の精錬には、もっと高い温度が必要になる」
今度こそ。
工房にいたヘファイストス・ファミリアの鍛冶師達全員が沈黙した。
一度目の精錬だけで。
彼らが誇る高性能な炉は、限界寸前まで酷使された。
にもかかわらず。
シンにとってそれは、オリハルコンを本来の純度へ近づけるための最初の工程に過ぎなかった。