白兎の兄が規格外なのは間違っているだろうか   作:ディーノpc35

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第24話 女神への警戒

ベルは、シルから届いた手紙を何度も読み返していた。

 

女神祭の間、一日だけ自分と二人きりで過ごしてほしい。

 

簡単に言えば、デートの誘いだった。

 

当然ながら、ヘスティアとリリは大騒ぎした。

 

ヘスティアは断固反対し、リリもベルを一人で行かせることには難色を示した。

 

一方で、ベル本人はシルの気持ちを無下にすることもできず、どう返事をするべきなのか真剣に悩んでいた。

 

最終的に。

 

ベルは原作通り、シルとの約束を受け入れる方向へ進んでいった。

 

シンはその判断へ口を挟まなかった。

 

ベルが誰と会うのか。

 

誰と付き合うのか。

 

誰から好意を向けられ、それへどう答えるのか。

 

それはベル自身が決めることだ。

 

兄だからといって、そこまで干渉するつもりはない。

 

ただし。

 

相手が普通の少女であるならば、の話だった。

 

シル・フローヴァ。

 

シンは既に、彼女が単なる人間ではないことを見抜いている。

 

神が人間の姿へ自らを偽装し、ベルの近くで生活している。

 

その事実を知っている以上、何もしないわけにはいかなかった。

 

だからベルが女神祭へ向けて動き始める一方で。

 

シンもまた、別の方向から動き始めた。

 

          ◇ ◇ ◇

 

最初に話を聞いたのはヘスティアだった。

 

ホームの居間。

 

ベル達が外出した後。

 

シンはヘスティアと向かい合って座っていた。

 

「ヘスティア」

 

「何だい?」

 

「フレイヤについて聞きたい」

 

その名前を出した瞬間。

 

ヘスティアの表情が僅かに変わった。

 

「……フレイヤ?」

 

「ああ」

 

「急にどうしたんだい?」

 

シンはすぐには答えない。

 

「まず聞かせろ。どういう神だ?」

 

ヘスティアは少し考えた。

 

「一言で言えば……かなり厄介な女神だね」

 

「厄介?」

 

「美を司る女神で、魅了に関しては特に有名だよ」

 

シンの目が僅かに細くなる。

 

「魅了」

 

「ああ」

 

ヘスティアは頷く。

 

「神々の中でも、フレイヤの魅力はかなり特別だ。普通の下界の子供達なら、彼女から本気で魅了を向けられたら抗うのは難しいと思う」

 

「権能を封じていてもか?」

 

「完全な権能とは違うけど、神として持っている本質までは消えないからね」

 

その答えに。

 

シンの中で警戒が一段階上がった。

 

「他には?」

 

「魂を見ることができる」

 

「魂を?」

 

「ああ」

 

ヘスティアは続ける。

 

「フレイヤは下界の子供達の魂を見るのが得意なんだ。気に入った魂を見つけると、かなり執着することがある」

 

「かなり?」

 

「……かなりだよ」

 

ヘスティアは苦い表情になる。

 

「欲しいと思ったものには、かなり積極的になる」

 

シンは黙って聞く。

 

そして。

 

「ベルには?」

 

ヘスティアの動きが止まった。

 

「…………」

 

答えなくても。

 

その反応だけで十分だった。

 

「目をつけているのか」

 

「……前からね」

 

ヘスティアは認める。

 

「ベル君にかなり興味を持ってる」

 

「どの程度だ?」

 

「正直、分からない」

 

ヘスティアの表情が険しくなる。

 

「でも、フレイヤがベル君の魂を気に入ってるのは間違いないと思う」

 

シンはしばらく何も言わなかった。

 

そして。

 

「分かった」

 

立ち上がる。

 

ヘスティアが慌てる。

 

「待って、シン君」

 

「何だ?」

 

「まさか今からフレイヤのところへ行く気じゃないだろうね?」

 

「行かない」

 

「本当?」

 

「ああ」

 

まだ。

 

何も起きていない。

 

ただベルへ興味を持っているだけで、攻撃されたわけではない。

 

その段階でこちらから敵対する理由はない。

 

だが。

 

警戒する理由は十分にできた。

 

          ◇ ◇ ◇

 

次に。

 

シンはヘファイストスを訪ねた。

 

鍛冶の話ではないと伝えると。

 

ヘファイストスは少し意外そうな顔をした。

 

「フレイヤ?」

 

「ああ」

 

「どうして私に?」

 

「同じ神として、どう見ている?」

 

ヘファイストスは少し考え込んだ。

 

「危険な神よ」

 

「やはりか」

 

「ただし、単純に邪悪という意味ではないわ」

 

ヘファイストスは慎重に言葉を選ぶ。

 

「フレイヤは欲望に正直なの。自分が欲しいものを見つけたら、それを手に入れるためにかなり強引になることもある」

 

「止められる者は?」

 

「少ないわね」

 

「眷属は?」

 

ヘファイストスの表情が僅かに曇る。

 

「かなり忠誠心が強い」

 

「どの程度?」

 

「フレイヤのためなら死ねる、と本気で考えている者も珍しくないと思う」

 

シンの目が冷える。

 

神への盲目的な忠誠。

 

それは、シンが最も警戒するものの一つだった。

 

「本人の命令なら何でもする?」

 

「少なくとも、そういう傾向は強いわ」

 

「そうか」

 

ヘファイストスがシンを見る。

 

「ベル君のこと?」

 

「ああ」

 

「……やっぱりね」

 

「知っているのか?」

 

「噂程度には」

 

ヘファイストスは小さく息を吐いた。

 

「フレイヤがベル君へ興味を持っていることは、神々の間ではそれなりに知られているわ」

 

「何故誰も止めない?」

 

「まだ明確に何かをしたわけじゃないからよ」

 

「なるほど」

 

シンはそれ以上聞かなかった。

 

          ◇ ◇ ◇

 

ゴブニュの答えも。

 

大きくは変わらなかった。

 

「フレイヤか」

 

「知っているか?」

 

「当然じゃ」

 

ゴブニュは作業の手を止める。

 

「厄介な女神じゃぞ」

 

「それは聞いた」

 

「なら話は早い」

 

ゴブニュは腕を組む。

 

「欲しいと思ったものへ向かう時の執着が強い。しかも、あやつ自身が力を持っておるだけではない」

 

「ファミリアか」

 

「ああ」

 

ゴブニュの表情が真剣になる。

 

「オラリオでも最大級の戦力を持つ派閥じゃ。フレイヤ本人だけ警戒しておればいいという話ではない」

 

「眷属もか」

 

「そうじゃ」

 

ゴブニュは少し考えてから続けた。

 

「特に団長のオッタルを筆頭に、上位冒険者が多い。下手に敵対すればファミリア単位で動く」

 

「なるほど」

 

「シン」

 

「何だ?」

 

「お主なら戦えば勝てるかもしれん」

 

ゴブニュはそう言ってから。

 

「だが、ベルやヘスティア達は別じゃ」

 

シンは僅かに目を細めた。

 

その通りだった。

 

自分だけなら問題ない。

 

しかし。

 

相手が自分と戦わず。

 

ベル。

 

ヘスティア。

 

リリ。

 

ヴェルフ。

 

命。

 

春姫。

 

あるいはアリア。

 

そこへ手を出す可能性は。

 

否定できない。

 

          ◇ ◇ ◇

 

最後に。

 

シンはミアハのところへ向かった。

 

ミアハもまた。

 

フレイヤについて聞かれると、普段の穏やかな表情を少しだけ変えた。

 

「フレイヤかい」

 

「ああ」

 

「何かあったのかな?」

 

「まだ何もない」

 

「まだ?」

 

シンはそこには答えず。

 

「どういう神だ?」

 

とだけ尋ねた。

 

ミアハは少し考えた。

 

「魅力的で、自由で、そして自分の欲望に忠実な女神だよ」

 

「他の奴と似た答えだな」

 

「それだけ分かりやすいということでもある」

 

ミアハは苦笑する。

 

「ただし、彼女は単純な悪神ではない」

 

「ああ」

 

「誰かを本気で気に入れば、その相手を大切にしようとすることもある」

 

「手に入れるために相手の意思を無視してもか?」

 

ミアハが黙った。

 

少しして。

 

「……そこが問題なんだろうね」

 

シンは何も言わない。

 

「フレイヤは、自分の愛情が相手にとっても幸福だと考えてしまう時がある」

 

ミアハの言葉は静かだった。

 

「だから、本人に悪意がなくても危険になることがある」

 

その言葉で。

 

シンの中では。

 

ほぼ結論が出た。

 

          ◇ ◇ ◇

 

その日の夕方。

 

ヘスティア・ファミリアのホーム。

 

シンは全員を居間へ集めた。

 

ベル。

 

ヘスティア。

 

リリ。

 

ヴェルフ。

 

命。

 

春姫。

 

そしてアリア。

 

机の上には。

 

複数の首飾りが並べられていた。

 

シンプルな造りだった。

 

細い鎖。

 

そして小さな結晶。

 

以前。

 

オリハルコンの最終精錬を見る際に、ヘファイストスや椿へ渡したものと似ている。

 

ただし。

 

用途は違った。

 

「これを一人一つ身につけろ」

 

シンが言った。

 

ヘスティアが首飾りを見る。

 

「また何か危ない装備?」

 

「逆だ」

 

「逆?」

 

「守るためのものだ」

 

ベルが一つ手に取る。

 

「何から?」

 

「色々だ」

 

「兄さん、それじゃ分からないよ」

 

シンは小さく息を吐く。

 

「簡単に言えば、防護結界を展開する装備だ」

 

全員が首飾りを見る。

 

「防護結界?」

 

リリが聞き返す。

 

「ああ」

 

「何を防ぐんです?」

 

「物理攻撃。魔法。呪い。精神干渉。魅了。毒。状態異常。それ以外もある程度は防ぐ」

 

沈黙。

 

ヴェルフが首飾りを見る。

 

「……それ、ある程度って範囲か?」

 

「相手次第だ」

 

「十分おかしいだろ」

 

シンは気にせず続ける。

 

「装備者が一定以上の危険に晒された場合、自動で結界が起動する」

 

命が尋ねる。

 

「自分で発動させる必要はないのでござるか?」

 

「ああ」

 

「寝ている時も?」

 

「問題ない」

 

春姫が少し安心したように首飾りを見る。

 

シンは続けた。

 

「それと、もう一つ機能がある」

 

ベルが顔を上げる。

 

「何?」

 

「危険が発生した時、俺へ知らせが来る」

 

今度は全員がシンを見る。

 

「知らせ?」

 

「ああ」

 

シンは一つの首飾りを持ち上げる。

 

「装備者が攻撃を受けた場合。結界が強制的に発動した場合。意識を失った場合。強い精神干渉や魅了を受けた場合。その他、異常が起きれば俺に分かる」

 

「どこにいても?」

 

ベルが尋ねる。

 

「ああ」

 

「ダンジョンでも?」

 

「ああ」

 

「別の街でも?」

 

「ああ」

 

「……兄さん、これって」

 

ベルが首飾りを見る。

 

「かなりすごいものじゃない?」

 

「そうか?」

 

「そうだよ!」

 

もはや定番になりつつあるやり取りだった。

 

ヘスティアは首飾りを手に取りながら。

 

少し真剣な表情でシンを見る。

 

「シン君」

 

「何だ?」

 

「これって……フレイヤのことを調べたから?」

 

シンは否定しなかった。

 

「ああ」

 

場の空気が僅かに変わる。

 

ベルも表情を引き締めた。

 

「兄さん」

 

「何だ?」

 

「何か分かったの?」

 

「フレイヤが危険だということは分かった」

 

「危険……」

 

「特に」

 

シンはベルを見る。

 

「お前に対してな」

 

ベルが黙る。

 

ヘスティアも苦い表情になる。

 

シンは続けた。

 

「魅了を得意とする。魂を見る。気に入った相手へ強く執着する。しかも眷属には、フレイヤへ盲目的に従っている者が多い」

 

ヴェルフが眉を寄せる。

 

「かなり面倒だな」

 

「ああ」

 

「だからこれを?」

 

「そうだ」

 

シンは首飾りを示す。

 

「何も起きなければ、それでいい」

 

誰も答えない。

 

「ただし」

 

シンの声が僅かに低くなる。

 

「何か起きてから対処するより、先に準備しておく方がいい」

 

ベルは手の中の首飾りを見る。

 

「兄さんは、フレイヤ様が何かすると思ってる?」

 

「分からない」

 

即答だった。

 

「まだ何もしていない相手を敵と決めつけるつもりはない」

 

その言葉に。

 

ヘスティアが少し意外そうな顔をした。

 

シンは神々を強く警戒している。

 

だからこそ。

 

もっと最初から敵と断定するかと思っていた。

 

だが。

 

シンは続ける。

 

「ただ、警戒はする」

 

神であること。

 

強力な魅了を持つこと。

 

ベルへ執着していること。

 

巨大派閥を率いていること。

 

そして眷属の忠誠心が極端に強いこと。

 

それだけ揃えば。

 

警戒しない理由の方がない。

 

「アリア」

 

「何かしら?」

 

「お前も身につけろ」

 

シンが首飾りを一つ渡す。

 

アリアは少し驚く。

 

「私も?」

 

「ああ」

 

「私は精霊よ?」

 

「だから何だ」

 

即答だった。

 

「お前がどこまで魅了へ耐性を持つか、完全には確認していない」

 

「それは……そうね」

 

「それに、お前が狙われるとは限らないが」

 

シンは一度アイズのことを思い浮かべる。

 

「お前に何かあればアイズにも影響する」

 

アリアはその言葉で納得した。

 

「分かったわ」

 

首飾りを身につける。

 

それを見て。

 

ベル達も一人ずつ装備し始めた。

 

ベル。

 

リリ。

 

ヴェルフ。

 

命。

 

春姫。

 

ヘスティア。

 

アリア。

 

首元の結晶が僅かに光り。

 

それぞれの持ち主を認識する。

 

ベルが首飾りへ触れる。

 

「これで何かあったら、兄さんに分かるんだね」

 

「ああ」

 

「どれくらい早く?」

 

「ほぼ同時だ」

 

「……じゃあ」

 

ベルは少し笑った。

 

「兄さんがどこにいても?」

 

「ああ」

 

「助けに来る?」

 

シンはベルを見る。

 

そして。

 

当然のように答えた。

 

「必要なら一瞬で行く」

 

その返事に。

 

ベルの表情が僅かに柔らかくなる。

 

ヘスティアも首飾りを見ながら小さく笑った。

 

「随分過保護なお兄さんだね」

 

「ベルが死にかけた回数を聞いた後だからな」

 

「うっ」

 

ベルが言葉に詰まる。

 

ヴェルフが笑った。

 

「そりゃ反論できねえな」

 

「ヴェルフ……」

 

その場に少しだけ笑いが広がる。

 

だが。

 

シンだけは。

 

完全には警戒を解いていなかった。

 

シル。

 

人の姿をした神。

 

そして。

 

ベルへ強い興味を持つ女神フレイヤ。

 

まだ。

 

断定はしない。

 

だが。

 

もし。

 

自分の推測通り。

 

シルとフレイヤの間に深い繋がりがあり。

 

女神祭で何かを仕掛けようとしているのなら。

 

ベル達が無防備なまま、その中へ入ることだけは避ける。

 

シンは全員が首飾りを身につけたことを確認する。

 

これで。

 

最低限の準備はできた。

 

あとは。

 

ベルが原作通り、シルとの女神祭へ向かう。

 

そして。

 

シンは。

 

少し離れた場所から。

 

女神フレイヤが次に何をするのか。

 

静かに見極めることにした。

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