白兎の兄が規格外なのは間違っているだろうか 作:ディーノpc35
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シンとアリアが次に姿を現したのは、オラリオから少し離れた街道だった。
都市の内部へ直接転移することは避けた。
遠目に確認しただけでも、オラリオは巨大な城壁に囲まれ、その内側には数え切れないほどの人間や亜人が暮らしている。さらに、その中には明らかに人とは異なる気配――神々の存在まで感じ取ることができた。
何も知らないまま都市の中心へ転移するより、まず外側から情報を集めるべきだ。
そう判断したためだった。
「ここがオラリオよ」
隣を歩くアリアが言う。
「世界最大の迷宮都市。地下にはダンジョンがあって、世界中から冒険者が集まってくるわ」
「神の気配も随分多いな」
「ええ。オラリオには下界へ降りた神々も多く暮らしているもの」
シンの目が僅かに細くなる。
「神々が人間と同じ都市で暮らしているのか?」
「今の時代では珍しくないわ」
「俺がいなくなってから随分変わったらしいな」
約十億年を異世界で過ごしたシンにとって、この世界の九年程度は僅かな時間でしかない。
しかし、その九年間に何が起きたのかについてはほとんど何も知らない。
アリアも黒竜を封じることに長く力を費やしていたため、現在のオラリオ事情を細部まで把握しているわけではなかった。
だからこそ、シンは自分で調べることにした。
街道を歩いていると、何台もの馬車とすれ違う。
大量の商品を積んだ商人や、その護衛と思われる武装した者達。各地を巡っているらしい旅人に、これからオラリオへ向かおうとしている若者達の姿もある。
行き交う者達の種族も様々だった。
人間だけではない。
長い耳を持つエルフや、小柄な身体のパルゥム、獣の耳や尾を持つ獣人達も当たり前のように街道を歩いている。
もっとも、シンにとって異種族そのものは珍しくなかった。
数え切れないほどの異世界を渡り歩いてきた彼は、エルフや獣人はもちろん、龍人、魔族、精霊種、巨人族など、この世界では存在しているかどうかさえ分からない種族とも何度も接触している。
アリアもまた、様々な種族が行き交う光景そのものには特に驚いた様子を見せなかった。
むしろシンが興味を向けたのは、すれ違う者達の会話だった。
「今度こそファミリアに入れるといいな」
「冒険者になるなら、やっぱりオラリオだろ」
「でも有名なところは入団試験も厳しいらしいぞ?」
「最悪、小さなファミリアでもいいさ。恩恵さえ貰えれば、正式に冒険者としてダンジョンへ潜れるんだから」
その会話を耳にしたシンの歩みが、ほんの僅かに遅くなった。
ファミリア。
恩恵。
冒険者。
言葉そのものを知らないわけではない。
だが、彼らが使っている意味は、シンの知識にあるものとは明らかに違っている。
特に気になるのは『恩恵』だった。
「アリア」
「何?」
「今の『恩恵』というのは何だ?」
アリアは少し意外そうにシンを見る。
「知らないの?」
「俺がこの世界を離れたのは五歳だぞ」
「ああ……そうだったわね」
アリアは納得したように頷いた。
「下界へ降りた神が、自分の眷属へ与える力よ。神の血を使って背中に恩恵を刻むことで、その人が積み上げた経験や可能性を能力として引き出せるようになるの」
「神が人間に力を与えるのか」
「正確には、その人自身が積み上げたものを成長として反映させやすくする力ね」
シンは少し考える。
少なくとも、単純に神が一方的に力を与えて支配する仕組みではないらしい。
「その恩恵を受けた者達がファミリアか?」
「神を中心に集まった眷属達の集団がファミリアよ」
「なるほど」
シンはそれ以上尋ねず、再び周囲の会話へ意識を向けた。
情報収集に焦るなら、下手に目立つ必要はない。
幸いなことに、オラリオへ向かう者は多かった。
周囲の会話へ耳を傾けているだけでも、この世界に関する情報は少しずつ集まっていく。
オラリオへ近づくほど街道の人通りは増え、それに比例して得られる情報も多くなった。
そして数時間後。
シンとアリアは、街道沿いにある宿場町の食堂へ入っていた。
シンは注文した料理を食べながら、周囲の会話へ静かに耳を傾ける。
一方のアリアは、久しぶりに人の生活圏へ戻ってきたこともあって、少し興味深そうに店内を見回していた。
「何を見ている?」
「久しぶりなのよ、こういう場所」
「そうか」
「もう少し感慨とかないの?」
「俺は似たような場所を何度も見た」
「十億年も旅をしていればそうでしょうね……」
アリアが呆れたところで、近くの席から冒険者達の笑い声が聞こえてきた。
酒が入った商人や冒険者達はよく喋る。
特に迷宮都市オラリオについては、話題が尽きないらしい。
どのファミリアが強いのか。
どの冒険者がレベルアップしたのか。
ダンジョンから珍しい素材が持ち帰られた。
有名な冒険者を見かけた。
どこかのファミリア同士で揉め事が起きた。
そんな話が次々と飛び交っている。
シンは必要な情報だけを拾い上げ、それらを頭の中で繋ぎ合わせていった。
アリアも時折補足を入れる。
「ガネーシャは昔から人との距離が近い神だったわね」
「知っているのか?」
「何柱かはね。ただ、今のファミリア事情までは知らないわ」
「なら情報源としては半分くらいだな」
「助けてもらってその言い方?」
「事実だろ」
「本当に遠慮がないわね」
そんなやり取りを挟みながら、シンはこの世界における神々の立場を理解していった。
現在、この世界では多くの神々が天界から下界へ降りている。
ただし、好き勝手に神としての力を振るっているわけではない。
下界で暮らすために、自ら権能――アルカナムを封じ、人間達とほぼ同じ条件で生活している。
そして気に入った下界の者を眷属として迎え、自らの神血によって『恩恵』を刻む。
恩恵を授かった者は、自らが積み上げた経験や偉業を糧として能力を成長させることができる。
神とその眷属によって形成される集団が『ファミリア』だった。
オラリオでは、そのファミリアを中心に社会が形成されている。
ダンジョン攻略を目的とする探索系だけではない。
商業、鍛冶、医療など、それぞれ異なる役割を担うファミリアが存在している。
中でもオラリオを象徴する存在が、都市の地下に広がる巨大迷宮――ダンジョンへ挑む冒険者達だった。
「神が自分から力を封じて下界へ降りてきた、か」
シンは少しだけ意外そうな表情を浮かべる。
少なくとも、過去に自分が遭遇してきた神々とは事情が違う。
人間達と同じ世界で暮らすために、わざわざ自分達の権能を封じる。
そんな神々は、シンにとっても珍しかった。
アリアがそんなシンを横目で見る。
「少し意外だった?」
「ああ。俺が会ってきた連中なら、わざわざ自分から力を捨てるような真似はほとんどしなかった」
「あなたが会ってきた神々って、本当に碌でもなさそうね」
「実際、碌でもない奴が多かった」
だからといって、それだけでこの世界の神々を信用するつもりもなかった。
重要なのは、なぜそんなことをしているのかという理由だ。
神々は何のために天界を離れたのか。
なぜ下界の者達へ恩恵を与えるのか。
何を目的としてファミリアという組織を作っているのか。
その答えは、意外なほど簡単に耳へ入ってきた。
「結局、神様達は娯楽を求めて下界に降りてきたんだろ?」
近くの席にいた商人が笑いながら話している。
「天界じゃ退屈だったらしいからな。下界の子供達と暮らして、泣いたり笑ったり、色々な出来事を楽しみたいんだとさ」
「神様ってのも変わってるよな」
「俺達からすれば、そのおかげで恩恵を貰えるんだから悪い話じゃないだろ」
周囲から笑い声が上がる。
しかし、シンだけは笑わなかった。
手にしていた杯を静かに机へ置く。
「……娯楽」
確認するように、その言葉を口にする。
アリアがシンを見る。
「嫌い?」
「その言葉はな」
神が人間の人生を娯楽として見る。
その構図には、あまりにも覚えがある。
異世界を巡る中で、シンは何度も似たものを見てきた。
人間の争いを楽しむ神もいた。
自らが信仰されることを当然と考える神もいた。
人間の喜怒哀楽さえ、自分達を楽しませるために存在していると本気で考えている神もいた。
シンは、そのような存在を決して好まない。
「でも、この世界の神々があなたの知っている神と同じとは限らないわ」
アリアが静かに言う。
「ああ。だからまだ判断していない」
シンもその点は理解していた。
話を聞く限り、この世界の神々は人間を強制的に支配しているわけではない。
恩恵を受けるかどうかも本人の意思に委ねられている。
どの神の眷属になるかについても、基本的には本人が選択できる。
さらに神々自身も下界で定められた規則に従い、問題を起こせば処罰されることがあるという。
少なくとも、絶対的な支配者として人間達の上へ君臨しているわけではなかった。
「それでも、人間の人生を娯楽と言い切る考え方そのものは気に入らない」
「そこは変わらないのね」
「変える理由がない」
とはいえ、今の段階で結論を出すべきではない。
何より、ベルがこの社会の中で生きている。
ならば、まずは弟自身がどう考えているのかを知る必要がある。
シンはその後も情報収集を続けた。
やがて、オラリオに存在する有力ファミリアの名前も耳へ入ってくる。
ロキ・ファミリア。
フレイヤ・ファミリア。
ガネーシャ・ファミリア。
ヘファイストス・ファミリア。
それ以外にも多数の派閥が存在しており、中でもロキとフレイヤが率いる二大派閥は、オラリオでも突出した戦力を持っているらしい。
「ロキ……?」
シンがその名に反応する。
アリアも僅かに視線を向けた。
「知っているの?」
「別世界で同じ名前の神を見たことがあるだけだ」
「別人でしょう?」
「その可能性が高い」
長い異世界巡歴の中では、同じ名前を持つ神に出会うことも珍しくなかった。
神話体系そのものが酷似した世界すら存在したのだから、名前だけで判断することに意味はない。
それよりも、シンが本当に求めている情報は一つだった。
ベル・クラネル。
弟が今どこにいて、誰と暮らし、どのような生活を送っているのか。
当初は、もっと慎重に情報を集める必要があると思っていた。
だが、その必要はほとんどなかった。
「それにしても、『白兎の脚』はまたとんでもないことになったらしいな」
その言葉を聞いた瞬間。
シンの動きが止まった。
アリアもそれに気づく。
少し離れた席で酒を飲んでいた冒険者達が話している。
「ベル・クラネルだろ?」
その名前が耳へ入った。
シンの視線がゆっくりと彼らへ向く。
聞き間違えるはずがない。
ベル・クラネル。
名前も姓も完全に一致している。
「……ベル」
シンの声が僅かに低くなる。
アリアも表情を改めた。
「弟さん?」
「おそらくな」
シンは意識を集中し、彼らの会話へ耳を傾ける。
「ヘスティア・ファミリアの団長だよな」
「ああ。冒険者になってまだ半年程度だってのに、もうレベル4だろ?」
「最速記録を何回塗り替える気だよ」
「この間も仲間と遠征に出てたらしいぞ」
「聞いた。詳しいことはギルドがほとんど公表してないらしいけど、相当酷い目に遭ったって話だ」
シンの表情が変わった。
遠征。
そして、かなり危険な状況に陥った。
シンは目を閉じ、血の繋がりを辿るように意識を広げる。
これまでは距離があったため細かく確認していなかったが、今なら十分に届く。
そして。
見つけた。
「……いる」
アリアが反応する。
「ベルを?」
「ああ」
間違いない。
シンと非常に近い魂の波長。
幼い頃から覚えている、双子特有の繋がり。
その反応がオラリオから感じられる。
生きている。
それだけで、シンの中にあった緊張が僅かに緩んだ。
しかし同時に。
「弱っているな」
「怪我?」
「その可能性が高い」
生命そのものが危険な状態ではない。
だが、かなり大きく消耗している。
先ほど聞こえてきた遠征の話と無関係とは考えにくかった。
「ヘスティア・ファミリア……」
シンはその名前を記憶する。
ヘスティア。
当然ながら神の名だ。
つまりベルは神の眷属になっている。
しかも、そのファミリアの団長を務めている。
シンはしばらく無言になった。
これまでの経験だけで判断するなら、今すぐベルのもとへ向かって状況を確認したくなる。
しかし、それでは意味がない。
ベルが自分の意思でヘスティアを選んだ可能性が高いからだ。
少なくとも聞いた限り、この世界のファミリアへの所属は基本的に本人の意思で決まる。
ならば。
ベルがなぜヘスティアを選んだのか。
そしてヘスティアがベルをどう扱っているのか。
それを先に確認しておく必要がある。
「もう少し調べる」
アリアはシンの判断に少し意外そうな顔をした。
「すぐ会いに行かないの?」
「行きたい」
その返答は即座だった。
「だが、何も知らずに飛び込む必要もない」
「意外と慎重なのね」
「十億年も生きれば嫌でもそうなる」
シンは情報収集を続けた。
すると、予想以上に簡単にベルの話が集まってきた。
ベル・クラネル。
ヘスティア・ファミリア団長。
二つ名は『白兎の脚』――ラビット・フット。
冒険者になってから異常な速度で成長を続け、史上最速で何度もレベルアップを果たしている少年。
ミノタウロスとの一騎打ち。
階層主ゴライアスとの戦い。
戦争遊戯。
歓楽街での騒動。
異端児を巡る事件。
そして、直近では仲間達と共に遠征へ出ていた。
話を聞けば聞くほど、シンの眉間の皺が深くなっていった。
「……あいつ」
「どうしたの?」
「何回死にかけているんだ?」
アリアが少し困ったような顔をする。
情報を集めただけでも、明らかに命の危険へ飛び込んでいる回数が多すぎる。
しかも周囲の評判を聞く限り、ベルは自分が危険になるほど他人を助けようとする傾向があるらしい。
「昔からそうだったの?」
「優しかったのは昔からだ」
シンは少し考える。
「ただ、ここまで自分を後回しにする性格だったか?」
そして。
一人の老人を思い出した。
「……爺さんか?」
「お爺さん?」
「俺とベルを育てた爺さんだ。昔からベルに英雄譚ばかり聞かせていた」
シンも一緒に聞いていた。
だが、ベルほど素直に英雄へ憧れてはいなかった。
「あの爺さん……ベルに何を教え込んだんだ」
十億年近い年月を経て、まさか祖父の教育方針に頭を抱えるとは思っていなかった。
アリアは小さく笑った。
「でも、悪い子には育っていないみたいね」
「ああ。それは分かる」
そして。
ベル以上にシンが慎重に調べた相手がいた。
主神ヘスティア。
ベルを眷属にした神。
情報を集めてみたものの、意外なほど悪い話が出てこなかった。
元々は眷属がベル一人しかいない零細ファミリアだった。
大きな借金を抱えている。
ベルを非常に大切にしている。
他の女性がベルへ近づけば分かりやすく嫉妬する。
生活のため自ら働いていた時期も長い。
そして、ベルが危険に陥れば自分のことなど後回しにして動く。
聞こえてくる話は、そんなものばかりだった。
「……随分、大切にされているみたいだな」
シンの警戒心が僅かに薄れる。
完全に信用したわけではない。
実際に本人へ会わなければ分からないことも多い。
だが、少なくともベルを道具として扱っている神ではなさそうだった。
「安心した?」
アリアが尋ねる。
「少しはな」
「あなた、ベルのことになると分かりやすいわね」
「そうか?」
「ええ」
シンは特に否定しなかった。
さらに情報を集める。
ヘスティア・ファミリアの構成員についても分かった。
リリルカ・アーデ。
ヴェルフ・クロッゾ。
ヤマト・命。
サンジョウノ・春姫。
そして団長であるベル・クラネル。
人数は少ない。
しかし、ベルを中心として非常に結束の強いファミリアだという評判だった。
「仲間もできたのか」
シンはほんの僅かに笑った。
五歳の頃のベルは泣き虫だった。
優しいが、その分だけ傷つきやすく、何かあればシンの後ろについてくることも多かった。
そんな弟が、自分の知らない九年間を生き、仲間を作り、今では一つのファミリアの団長になっている。
嬉しくないはずがない。
同時に。
ほんの少しだけ。
寂しさもあった。
その成長を何一つ見ることができなかった。
兄として隣にいることができなかった。
だが、それはもうどうしようもない。
何より重要なのは。
ベルが生きていることだった。
「さて」
必要最低限の情報は手に入った。
シンは代金を置いて立ち上がる。
アリアも続いた。
外へ出ると、既に夕刻になっていた。
遠くに見えるオラリオの城壁が夕日に照らされ、その中心には白亜の巨塔バベルが聳えている。
ベルの反応も、あの方向から感じる。
「行くのね?」
「ああ」
「今度こそ?」
「十分調べた」
シンはオラリオへ向かって歩き始めた。
転移は使わない。
急げば一瞬で到着できるが、あえて普通に門から入ることにした。
この世界へ帰ってきた以上、今後しばらく滞在する可能性が高い。
ならば、この世界の規則に従って入った方が後々面倒が少ない。
やがて巨大な城壁が近づいてくる。
多くの旅人や商人が列を作っていた。
シンとアリアも、その最後尾へ並ぶ。
少しずつ列が進み。
やがて二人の番になった。
門番がシンを見る。
「身分証は?」
「ない」
「初めてのオラリオか?」
「そうなる」
門番が今度はアリアを見る。
アリアは精霊としての力を抑え、人と大きく変わらない姿で立っていた。
「そちらは?」
「同行者だ」
アリアが横からシンを睨む。
「もう少し言い方があるでしょう?」
「間違っていないだろ」
門番が少し困ったように二人を見る。
「……入市目的は?」
シンは少し考えた。
情報収集や神々についての調査まで正直に言う必要はない。
だから最も簡単な答えを選んだ。
「人を探している」
「名前は?」
「ベル・クラネル」
門番の表情が変わった。
「ベル・クラネル?」
「ああ」
「『白兎の脚』の?」
その二つ名を聞き、シンは僅かに眉を動かす。
「たぶん、それだ」
「知り合いか?」
問いかけられ。
シンは一瞬だけ黙った。
知り合いという言葉では足りない。
「弟だ」
門番が固まった。
「…………弟?」
「ああ」
「ベル・クラネルが?」
「俺の双子の弟だ」
今度こそ門番は完全に言葉を失った。
隣にいた別の門番まで振り返る。
アリアも、少し面白そうにその反応を見ている。
「双子って……そんな話、聞いたことないぞ」
「五歳の時に生き別れた。それ以来、一度も会っていない」
嘘ではない。
ただし、その間に数え切れない異世界を巡り、神や龍を相手に戦い、約十億年もの時間を生きてきたことまでは説明しなかった。
門番は困惑しながらも、入市の手続きを進めた。
そして。
シン・クラネルとアリアは、オラリオの門を潜った。
巨大な都市が目の前に広がる。
多種多様な種族が行き交い、冒険者達が武器を携え、商人達が声を張り上げていた。
遠くには巨大なバベルが見える。
その地下には、この世界最大級の未知であるダンジョンが存在する。
だが。
今のシンにとって、そんなものはどうでもよかった。
「近いな」
ベルの気配が、先ほどまでとは比べものにならないほど鮮明に感じられる。
生命力は安定している。
今すぐ命を失うような状態ではない。
誰かから攻撃を受けている様子もない。
それを確認して、シンは僅かに安心した。
アリアもその横顔を見る。
「分かるの?」
「ああ。かなり近い」
「なら、もう迷わないわね」
「ああ」
シンは雑踏の向こうに聳えるバベルを見上げた。
五歳の時に生き別れた双子の弟。
ベルにとっては九年。
シンにとっては約十億年。
あまりにも長く隔てられていた兄弟が。
ようやく。
同じ街へ辿り着いた。