白兎の兄が規格外なのは間違っているだろうか 作:ディーノpc35
フレイヤ・ファミリアによる襲撃から、一日が経った。
その間、ヘスティア・ファミリアの本拠地では、戦争遊戯を受けるかどうかについて何度も話し合いが行われていた。
シンは、その話し合いへ必要以上に口を挟まなかった。
自分の考えは既に伝えてある。
本来ならば、ベル達を襲わせた時点でフレイヤを消滅させる。それがシンにとって最も確実で、後腐れのない解決方法だった。
しかし、ヘスティアから指摘された。
フレイヤがベル本人の意思を無視して自分のものにしようとしたことに怒っているのなら、シン自身もベル達の意思を無視して勝手に全てを終わらせるべきではない、と。
その言葉に納得したからこそ、シンは待っていた。
ベル達が自分達で答えを出すまで。
ベル達も簡単には決められなかった。
フレイヤがしたことを許せるわけではない。
ベルだけではなく、リリ、ヴェルフ、命、春姫まで同時に襲わせた。
もしシンから事前に渡されていた首飾りがなければ。
もし防護結界がなければ。
もしシン本人と分身がすぐに駆けつけていなければ。
誰かが重傷を負っていた可能性は十分にある。
それどころか、フレイヤ・ファミリアの団長と最高幹部達が本気で動いていた以上、抵抗の仕方によっては命を落としていた可能性さえ否定できない。
だからこそ、何もなかったことにはできなかった。
しかし一方で、フレイヤを存在そのものから消滅させるというシンの方法を、そのまま受け入れることもできなかった。
ベルが最も悩んでいた。
自分が原因だという思いがあったからだ。
フレイヤが欲しがっているのは自分だった。
リリ達が襲われたのも、自分の周囲にいる者達を排除しようとしたからだ。
頭ではフレイヤが悪いと分かっている。
それでも、自分がいなければ仲間達が襲われることもなかったのではないかという考えが、どうしても浮かんでしまう。
その度に、リリ達から否定された。
「ベル様が悪いわけないじゃないですか」
リリは何度目か分からないほど、そう言った。
「フレイヤ様が勝手にベル様を欲しがって、勝手にリリ達を襲わせたんです。そこでベル様が自分を責めるのはおかしいです」
「そうだぞ、ベル」
ヴェルフも同意した。
「お前があの女神に頼んだわけじゃねえだろ。だったら、お前が責任を感じる必要はねえ」
命も静かに頷いた。
「某も同意見でござる。ベル殿が責任を背負う理由はござらん」
「ベル様は悪くありません」
春姫も強く言った。
「悪いのは、ベル様のお気持ちを無視した方です」
そう言われても、ベルの中から迷いが完全に消えたわけではなかった。
だからこそ。
一晩を使った。
誰も急かさなかった。
ヘスティアも。
アリアも。
そしてシンも。
ベル達が自分達で考え、自分達で答えを出すまで待った。
◇ ◇ ◇
翌朝。
全員が再び居間へ集まった。
ベル、リリ、ヴェルフ、命、春姫。
その向かいにはヘスティアが座っている。
アリアも少し離れた場所にいた。
シンは壁際に立ち、腕を組んでいた。
最初に口を開いたのはヘスティアだった。
「決まったかい?」
ベルはすぐには答えなかった。
一度、隣にいる仲間達を見る。
リリ。
ヴェルフ。
命。
春姫。
全員がベルを見返した。
昨日までの迷いは、まだ完全には消えていない。
だが。
答えは同じだった。
ベルはヘスティアへ向き直る。
「はい」
そして、はっきりと言った。
「戦争遊戯をします」
ヘスティアは何も言わず、ベルの続きを待った。
「フレイヤ様を消してほしいとは思いません」
ベルはシンを見た。
シンは何も言わない。
「でも、今回のことをなかったことにもしたくありません」
自分だけなら。
ベルは、まだ迷ったかもしれない。
しかし。
今回は仲間達まで襲われた。
その事実だけは、曖昧にしてはいけない。
「僕達はフレイヤ・ファミリアと戦います」
ベルの声に、先ほどまでの迷いはなかった。
「それで、僕達自身で決着をつけたいです」
ヘスティアがリリ達を見る。
「みんなも同じ?」
「はい」
最初に答えたのはリリだった。
「リリも戦います」
ヴェルフも頷く。
「俺もだ。ここで何もせず終わらせる方が気分悪い」
命も続ける。
「私も異論はございません」
春姫も緊張した表情ながら、しっかりと頷いた。
「わたくしも戦います」
ヘスティアはしばらく五人を見ていた。
やがて。
「分かった」
静かに頷いた。
「それが君達の答えなら、ボクは団長と団員達の意思を尊重する」
そしてシンを見る。
「シン君もいいね?」
「ああ」
即答だった。
「ベル達がそう決めたなら、俺から言うことはない」
ベルが少し意外そうに兄を見る。
もっと何か言われると思っていたらしい。
シンはそんなベルへ視線を向けた。
「ただし、一つだけ確認する」
「何?」
「本当に自分で決めたんだな?」
ベルは迷わなかった。
「うん」
「ならいい」
それだけだった。
シンにとって重要なのは、ベル達自身が選んだという一点だった。
戦争遊戯をするなら、それでいい。
別の決着を望んだなら、それでもよかった。
本人達が納得しているのであれば、シンが勝手に覆す理由はない。
もっとも。
ベル達が戦争遊戯で決着をつけると決めた以上。
今度は、その戦争遊戯をどのように行うのかという問題が生まれる。
ヘスティアも同じことを考えていた。
「それじゃあ、次は神会だね」
「神会?」
ベルが尋ねる。
「ああ。戦争遊戯を正式にやるなら、条件を決めないといけない」
ヘスティアは腕を組む。
戦争遊戯は、単に二つのファミリアが勝手に殴り合えば成立するものではない。
形式。
開催日時。
参加者。
勝敗条件。
勝者が敗者へ要求するもの。
それらを決める必要がある。
今回の相手はフレイヤ・ファミリア。
オラリオ最大派閥の一つだ。
しかも発端となった事件の規模を考えれば、他の神々も無関心ではいられない。
正式な神会を開き、そこで条件を決める必要があった。
「問題は、神会をどうやって開いてもらうかなんだけど……」
ヘスティアが考え込んだ時。
本拠地の扉が叩かれた。
シンが気配を確認する。
「アイズだ」
アリアがすぐに顔を上げた。
少しして扉が開き、アイズが中へ入ってくる。
「おはよう」
「アイズ!」
アリアの表情が明るくなる。
「おはよう、母さん」
昨日、ロキ・ファミリアへの報告を終えたアイズは、一度黄昏の館で休んでから再びアリアに会いに来たのだった。
ベルもアイズへ挨拶する。
「おはようございます、アイズさん」
「おはよう、ベル」
アイズはそこで、部屋の空気が昨日とは少し違うことに気づいた。
「……決まった?」
ベルが頷いた。
「はい」
「戦争遊戯をすることにしました」
アイズは少しだけベルを見つめた。
「ベルが決めたの?」
「僕だけじゃありません。みんなで決めました」
アイズはリリ達を見る。
誰も否定しない。
「そう」
短く答えた後、アイズはシンを見る。
シンも特に反対している様子はない。
ならば。
本当にベル達自身が出した答えなのだろう。
「アイズ」
ヘスティアが呼ぶ。
「何?」
「ちょうどよかった。頼みたいことがあるんだ」
アイズがヘスティアを見る。
「ロキに伝えてほしい」
「ロキに?」
「ああ」
ヘスティアは頷いた。
「神会を開くように動いてほしいって」
アイズが僅かに首を傾げる。
「神会?」
「今回の戦争遊戯について正式に話し合うための神会だよ」
ヘスティアは説明を続ける。
「ボク達はフレイヤ・ファミリアとの戦争遊戯を受けることにした。でも、まだルールも日時も何も決まってない」
「うん」
「だから神会を開いて、そこで正式に条件を決めたい」
アイズは理解したように頷いた。
「分かった。伝える」
「頼めるかい?」
「うん」
だが。
そこでシンが口を開いた。
「ヘスティア」
「何だい?」
「何故ロキに頼む?」
純粋に分からなかったらしい。
ヘスティアは少し考えてから答える。
「ボクが直接動くより、ロキから神会開催を呼びかけてもらった方が話が早いからだよ」
「そうなのか?」
「あいつは腐ってもオラリオ最大派閥の主神だからね」
「腐ってもは余計」
アイズが小さく言った。
ヘスティアが一瞬固まる。
ベルが口元を押さえた。
ヴェルフは耐えきれず少し笑った。
「アイズさん、そこ拾うんですね……」
「ロキが怒るから」
「本人いないけどな」
ヴェルフが言う。
少しだけ空気が和らぐ。
ヘスティアは咳払いすると話を戻した。
「とにかく、ロキ・ファミリアはオラリオでも最大級の派閥だ。ロキ本人も神会ではかなり発言力がある」
今回の問題は、ヘスティア・ファミリアとフレイヤ・ファミリアだけで秘密裏に処理できる規模ではない。
既にオラリオ全体がシンの殺意による異変を経験している。
フレイヤ・ファミリアの最高幹部達が一斉に動いたことも、いずれ知られる。
何より。
戦争遊戯を正式に開催するなら、神々への周知は避けられない。
「それに」
ヘスティアの表情が少し真剣になる。
「ロキなら、フレイヤがやったことを聞いてる」
アイズが昨日、全て説明した。
少なくとも。
フレイヤがベル達を襲わせたこと。
それにシンが介入したこと。
シンがフレイヤを消滅させようとしたこと。
そして戦争遊戯という落としどころが提示されたこと。
そこまではロキも把握している。
「事情を知らない神から神会開催を求めてもらうより、最初から状況を知ってるロキに頼む方が早い」
シンは少し考える。
「なるほど」
納得したらしい。
アイズがヘスティアへ尋ねる。
「いつ?」
「できるだけ早く」
ヘスティアは答えた。
「フレイヤが何をするか分からない以上、時間を空けすぎたくない」
その言葉に。
シンの目が僅かに細くなった。
「次はない」
静かな声だった。
だが。
その場にいた全員が意味を理解した。
「戦争遊戯で決着をつけるというベル達の意思は尊重する」
シンは淡々と続ける。
「だが、それまでにフレイヤがもう一度ベル達へ手を出した場合は別だ」
ベルが兄を見る。
「兄さん……」
「その場合、戦争遊戯の約束を守る理由はない」
シンの言葉に迷いはなかった。
「今度こそ消す」
アイズは無言でシンを見る。
昨日感じた殺意を思い出した。
あれをもう一度オラリオへ撒き散らされては困る。
ヘスティアも同じことを考えたらしい。
「だからこそ早く神会を開くんだよ」
「そうだな」
珍しく意見が完全に一致した。
アイズは二人を見ると、小さく頷いた。
「すぐ戻って伝える」
アリアが娘を見る。
「もう行くの?」
声に少しだけ寂しさが混じる。
アイズが僅かに困った顔をする。
「伝えたら、また来る」
「本当?」
「うん」
アリアはすぐに笑顔になった。
「なら待っているわ」
その様子を見ていたシンが小さく息を吐く。
昨日まで千年単位で離れていた親子とは思えないほど、アリアの態度が既に娘へ甘くなっている。
もっとも。
約千年ぶりに再会した娘なのだから無理もない。
アイズは玄関へ向かう。
その途中でベルの前を通った時、足を止めた。
「ベル」
「はい?」
「戦争遊戯」
アイズはベルを見る。
「無茶しないで」
ベルは一瞬だけ驚いた後、笑った。
「はい」
それから少し考え。
「でも、必要なら無茶するかもしれません」
「駄目」
即答だった。
「えっ」
「無茶は駄目」
「アイズさん……」
ベルが困ったように笑う。
シンが横から口を挟む。
「その点についてはアイズに同意する」
「兄さんまで!?」
「死ぬような無茶をする必要はない」
「戦争遊戯なんだけど……」
「だから何だ?」
ベルは黙った。
相手はフレイヤ・ファミリア。
普通なら命懸けの戦いになる。
だが。
シンにとっては。
ベルが命を懸けなければならない理由そのものが理解できないのだろう。
アイズはそんな兄弟のやり取りを少しだけ見つめた後、黄昏の館へ戻るため本拠地を出た。
ロキへ神会の開催を頼むために。
そして。
ベル達が丸一日悩んだ末に出した答えを。
正式な形にするために。
ヘスティア・ファミリアとフレイヤ・ファミリア。
二つの派閥による戦争遊戯。
その開催へ向けて。
オラリオの神々が動き始めようとしていた。