白兎の兄が規格外なのは間違っているだろうか   作:ディーノpc35

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第39話 悪意はないその2

完全に激昂したフレイヤ・ファミリアが、再びベル達へ襲いかかろうとしていた。

オッタル達は先ほど受けた一撃のダメージはヘイズの治療魔法を受けても完全に治っていないがそれを押し殺しながら大剣を構え直し、アレンは全身から殺気を迸らせて槍を握る。ヘディンとヘグニも同様だった。

ガリバー兄弟に至っては、リリの言葉がよほど癇に障ったのか、先ほどまで以上に明確な怒気を纏っている。

その後方にいる団員達も同じだ。

ベル達が本気で力加減に困っているなどとは思っていない。

彼らの目には、自分達が絶対的な強者として敬ってきた団長や幹部達を圧倒したうえで、

「もっと力を抜かなければならない」

「武器を使うと危険だ」

「本気を出せば死なせてしまう」

などと話しているようにしか見えていなかった。

完全な侮辱。

そう受け取られていた。

一方。

その殺気を向けられているベル達は、未だに相手がここまで怒っている理由を理解できていない。

「……やっぱり怒ってるよね?」

ベルが困ったように周囲を見回す。

「見りゃ分かるだろ」

ヴェルフも眉を寄せた。

「でも、何であそこまで怒ってるんだ?」

「私にも分からいです……」

命も困惑している。

春姫は殺気を向けてくるヘディンを見ながら、狐耳を伏せていた。

「先ほど、全力で攻撃すると死んでしまうと言ったのが失礼だったのでしょうか……」

「いや、それは事実じゃないですか」

リリが即答した。

「リリ達だって殺したいわけじゃありません。戦争遊戯なんですから、戦闘不能にすれば十分です」

「それはそうなんだけど……」

ベルが何とも言えない表情になる。

だが。

問題は解決していない。

このままでは、また同じことになる。

ベル達がさらに力を落として攻撃する。

それでもフレイヤ・ファミリア側からすれば十分すぎる威力になり、さらに「手加減された」と受け取られる。

その光景を戦場の端から見ていたシンは、僅かに考えた。

そして。

「ああ、そうすればいいか」

小さく呟いた直後。

大きく息を吸った。

次の瞬間。

「ベル! ヴェルフ! リリ! 命! 春姫!」

シンの声が戦場全体へ響き渡った。

突然の大声に、ベル達だけでなくフレイヤ・ファミリアの団員達まで動きを止める。

「兄さん?」

ベルが振り返る。

シンは、わざわざ全員に聞こえるほどの声量で続けた。

「魔力による身体強化を全部解け!」

「え?」

ベル達五人が揃って固まった。

フレイヤ・ファミリア側も反応する。

魔力による身体強化。

先ほどまでベル達が使っていた、彼らにとって未知の技術。

それを、解けと。

シンはさらに言った。

「魔力を身体に一切流すな! 純粋な身体能力だけで戦え!」

戦場が静まり返った。

ベルが思わず聞き返す。

「兄さん、本当に?」

「ああ!」

シンは遠くから答える。

「今のお前達は力加減ができていない! だったら強化そのものを使わなければいい!」

「なるほど……」

ベルが納得したように頷いた。

ヴェルフも手を叩きそうな顔になる。

「そうか。その手があったな」

「確かに、それなら先ほどより遥かに弱くできます」

リリも納得する。

命も頷いた。

「魔力による補強を全て止めれば、少なくとも先ほどのように軽く触れただけで吹き飛ばすことは減るはずでござる」

春姫も少し安心した表情になる。

「それなら、怪我をさせすぎずに済むかもしれません」

その会話を。

フレイヤ・ファミリア側は。

全て聞いていた。

「…………」

「…………」

「…………」

オッタルが無言になる。

アレンの頬が引きつる。

ヘディンは眼鏡の奥からベル達を凝視し、ヘグニは完全に動きを止めていた。

ガリバー兄弟も同様だ。

その後方にいた団員達からも声が消えている。

先ほどまで。

彼らはベル達の態度を挑発だと思っていた。

それでも、まだこう考える余地はあった。

ベル達が何らかの未知の強化を使っている。

その強化が非常に強力だからこそ、自分達が一方的に吹き飛ばされたのだ、と。

ならば。

その強化を使わなければ。

まだ戦える。

そう考えることもできた。

しかし。

シンは戦場全体へ聞こえる大声で言った。

――強化を全部解け。

――純粋な身体能力だけで戦え。

しかも。

その理由が。

――相手を傷つけすぎるから。

だった。

アレンのこめかみに血管が浮かぶ。

「……貴様ら」

ベルが振り返る。

「え?」

「どこまで我々を愚弄するつもりだァッ!!」

「ええっ!?」

ベルが本気で驚いた。

「何で!?」

「何でだと!?」

アレンの怒声が響く。

「散々手加減したと言った挙句、今度はその得体の知れない強化まで捨てて戦うだと!?」

「だ、だって兄さんがそうしろって……」

「それが舐めていると言っている!!」

ベルは困った。

「でも、このままだと危ないし……」

「誰が危ないと言った!」

「アレンさん達が」

「貴様ァァァッ!!」

ベルには本当に悪意がなかった。

だからこそ救いがない。

          ◇

ヴェルフも困惑していた。

「いや、何で怒るんだよ」

目の前ではアレンがベルへ怒鳴っている。

ヴェルフは理解できないという顔で首を傾げた。

「こっちはちゃんと同じ条件に近づけようとしてんだぞ?」

近くにいたフレイヤ・ファミリアの団員が叫ぶ。

「同じ条件だと!?」

「そうだよ」

「強化を捨てて我々と同じ条件だと言いたいのか!」

「いや、そういう意味じゃ……」

ヴェルフは途中で止まった。

少し考える。

「……でも、まあ、結果的にはそんな感じになるのか?」

「ヴェルフ様!」

春姫が慌てる。

「今のは言わない方がよかったと思います!」

「何でだよ!?」

「分かりませんが、絶対に怒らせます!」

実際。

周囲の殺気がさらに強くなっていた。

「ほら!」

「本当だな……」

「感心してる場合じゃありません!」

          ◇

その一方。

ベル達はシンに言われた通り、魔力による身体強化を解除し始めた。

ベルが体内を循環させていた魔力を止める。

ヴェルフも同じように魔力を通常の状態へ戻した。

リリ、命、春姫も続く。

この世界の者達には正確な魔力の流れを感知することはできないため、外見上は何も変わらない。

光が消えるわけでもない。

魔法の効果が解除されたような現象も起こらない。

ただ。

ベル達本人には明確に分かった。

身体を補強していた力が消えた。

ベルはその場で軽く拳を握る。

「……うん」

数回、開いて閉じる。

軽く足を動かして感覚を確認した。

「かなり落ちた」

その言葉に。

オッタルの眉が僅かに動いた。

ベルは気づかない。

ヴェルフも肩を回す。

「おお。久しぶりだな、この感覚」

「修行を始めた頃以来じゃないですか?」

リリが尋ねる。

「完全に強化を切って実戦するのは、かなり久しぶりだな」

「某も同じでござる」

命も身体の状態を確かめる。

春姫は少し不安そうだった。

「大丈夫でしょうか?」

リリが答える。

「むしろ今までより安全ですよ」

「相手が、ですよね?」

「当然です」

その会話を聞いていたフレイヤ・ファミリアの団員達の表情が、さらに険しくなった。

ベル達は自分達の安全を心配していない。

心配しているのは。

フレイヤ・ファミリア側の安全だった。

          ◇

オッタルは無言のままベルを見ていた。

怒りはある。

だが。

同時に。

先ほどとは異なる感情も生まれていた。

「ベル・クラネル」

「はい?」

ベルが向き直る。

「本当に、その強化とやらを解除したのか」

「はい」

ベルは素直に答えた。

「今は魔力を使って身体を強化していません」

「そうか」

オッタルは大剣を握り直した。

その動作を見て、ベルも構える。

しかし武器には手を伸ばさない。

素手のままだ。

オッタルの目が鋭くなる。

「武器も使わぬのか」

「……すみません」

ベルは申し訳なさそうに答えた。

「兄さんから武器まで使えとは言われてないので」

「…………」

「まずは、この状態で戦ってみます」

オッタルの握力がさらに強くなる。

大剣の柄が軋んだ。

「そうか」

短い言葉だった。

だが。

そこに込められた圧力は、先ほどまでとは比較にならない。

ベルは困ったように頬を掻いた。

「……やっぱり怒ってます?」

「当然だ」

「何でだろう……」

「本当に分かっていないのか」

「はい」

即答だった。

オッタルは初めて。

目の前の少年が自分を挑発しているのではない可能性を考え始めた。

あまりにも自然なのだ。

侮蔑もない。

嘲笑もない。

勝ち誇ってもいない。

本当に。

ただ単純に。

自分を傷つけすぎない方法を考えている。

それを理解した瞬間。

オッタルの中に別の意味で強烈な感情が湧いた。

挑発ならば、まだいい。

相手が自分を怒らせるために意図的に言っているのならば。

だが。

ベルは本気で。

今の自分なら強化を捨ててもオッタルと戦える。

そう判断している。

「……ベル・クラネル」

「はい」

「来い」

オッタルが大剣を構える。

「その状態で、どこまで戦えるのか見せてみろ」

ベルの表情が変わった。

相手が本気で戦うことを求めている。

ならば。

こちらも失礼のないように戦う。

ただし。

殺さない。

ベルは素手のまま腰を落とした。

「分かりました」

          ◇

神鏡越しにその様子を見ていた観戦席では。

ロキが頭を抱えていた。

「シン」

戦場にいるシンが顔を上げる。

『何だ?』

「お前、絶対わざとやろ」

『何がだ?』

「何でフレイヤんとこの連中にも聞こえる声で『身体強化解け』とか言うたんや!」

『聞こえないと意味がないだろう』

「何でや!」

シンは当然のように答えた。

『ベル達が強化を解除したことを相手が知らなければ、また同じ勘違いをするかもしれない』

ロキは言葉を失った。

「……お前、ベル達と同じや」

『何がだ?』

「悪意ゼロで一番腹立つこと言うとる」

ヘファイストスは苦笑しながら神鏡を見る。

「でも、これで一つ分かるわね」

「何がや?」

「魔力による身体強化を全部解除した状態で、ベル達がどれだけ強いのか」

その言葉で。

フィン、リヴェリア、ガレス達の表情も変わった。

確かに。

先ほどまではベル達が使う未知の技術があった。

魔力による身体強化。

この世界には存在しない技術。

だからこそ。

彼らが異常な強さを見せても、

――未知の強化技術が強力だから。

そう考える余地があった。

だが。

今。

ベル達はそれを捨てた。

魔法も使わない。

魔力による身体強化も使わない。

武器すら使わない。

五年間で鍛え上げた。

純粋な肉体。

純粋な身体操作。

純粋な戦闘技術。

それだけで。

オラリオ最高峰の冒険者達と戦おうとしている。

リヴェリアは神鏡を凝視した。

「これで、あの五年間にどれほど肉体そのものが鍛えられたのか分かるということか」

フィンが静かに頷く。

「ああ」

ガレスは腕を組みながら笑った。

「わしとしては、むしろこっちの方が興味深いのう」

ベートも神鏡から目を離さない。

「未知の技術を全部取っ払ったんだ。これでまだ圧倒するなら……」

そこで言葉を切った。

誰も続きを言わなかった。

神鏡の中。

オッタルが地面を蹴った。

魔力による身体強化を完全に解除したベルへ向かって、オラリオ最強と呼ばれる猛者が今度こそ、一切の油断なく大剣を振り下ろす。

 

対するベルは、その攻撃を真正面から見ながら先ほどまでとは違い、少しだけ安心していた。

――これなら、さっきより力加減しやすそうだ。

その考えをオッタルが知れば。おそらく、さらに怒っただろう。

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