白兎の兄が規格外なのは間違っているだろうか 作:ディーノpc35
戦場でガリバー兄弟の治療が始まる中、シンはベル達とオッタル達の戦いを改めて観察していた。
ベル達には既に魔力による身体強化を解除させている。
それでも、まだ差が大きすぎた。
ベルが四割ほどの力で放った拳は、オッタルが大剣で防いでも全身へ衝撃を通した。まともに身体へ受ければ致命傷になり得る。
ヴェルフ、命、春姫も同じだった。
そしてリリに至っては、苛立ちから全力を出した結果、ガリバー兄弟の武器を破壊しながら四人を死の寸前まで追い込んでしまった。
シンは治療を受けるガリバー兄弟へ視線を向け、それから残る最高幹部達を見る。
オッタル。
アレン。
ヘディン。
ヘグニ。
フレイヤ・ファミリアが誇る最高戦力。
その彼らですら、この状態のベル達の全力をまともに受ければ危険だった。
ましてや、それ以外の団員なら話にもならない。
シンの表情が僅かに険しくなった。
「……駄目だな」
近くにいた戦争遊戯の審判役が反応する。
「何がだ?」
「このまま続けたら死人が出る」
その言葉に、周囲のフレイヤ・ファミリア団員達が一瞬だけ顔を強張らせた。
先ほどまでなら侮辱と受け取っただろう。
だが、今は違う。
死にかけたガリバー兄弟という実例が、すぐ近くにある。
シンはベル達へ向き直った。
「ベル! ヴェルフ! リリ! 命! 春姫!」
再び戦場全体へ届く大声が響く。
ベル達が一斉に振り返った。
「兄さん?」
「一度戦闘を止めろ!」
ベル達はすぐに従った。
ベルはオッタルから距離を取り、ヴェルフ達もそれぞれアレン、ヘディン、ヘグニから離れる。
リリは既にガリバー兄弟との戦闘が終わっていたため、その場からシンを見る。
「今度は何ですか?」
「このままじゃまだ強すぎる」
「……え?」
ベル達が揃って固まった。
当然。
その言葉はフレイヤ・ファミリア側にも聞こえている。
オッタル達の表情が険しくなった。
シンは構わず続ける。
「身体強化を解かせても差がありすぎる。お前達の今の身体能力を、さらに半分程度まで落とす」
ベルが目を瞬かせる。
「半分?」
「ああ」
ヴェルフが自分の手を見る。
「身体強化なしの状態から、さらに半分か?」
「そうだ」
シンは即答した。
「今の状態で全力を出せば、オッタル達ですら直撃すれば死ぬ可能性がある」
オッタルの目が僅かに細くなった。
アレンも反論しようと口を開きかける。
しかし。
誰も何も言えなかった。
少し離れた場所では、治療班が死にかけたガリバー兄弟の処置を続けている。
あれを見せられた後では、「そんなことはない」とは言えない。
「特にリリ」
「……はい」
リリが小さくなる。
「お前は実際にやった」
「……すみません」
「怒るなとは言わない。ただ、自分と相手の差を考えろ」
「はい……」
先ほどまでガリバー兄弟へ向けていた怒りは、もう完全に消えていた。
シンはベル達へ歩み寄った。
「動くな。今から弱体化の呪いをかける」
「呪い?」
春姫が僅かに不安そうな表情を見せる。
「ああ。身体そのものを傷つけるものじゃない。お前達が出せる身体能力に制限をかけるだけだ」
シンが片手を上げる。
ベル達五人の身体へ、シンの力が作用した。
この世界の魔法とは異なる技術であるため、周囲の者達には何が起きているのか理解できない。
ベルは自分の手を握った。
「……あ」
明らかに違う。
身体が重くなったわけではない。
痛みもない。
だが、先ほどまで当然のように引き出せていた力へ、見えない蓋をされたような感覚がある。
軽く足を動かしてみる。
「本当だ……かなり落ちてる」
ヴェルフも拳を握る。
「こりゃ半分くらいだな」
命も身体を動かしながら確認する。
「身体強化を解除した状態から、さらに半分ほどまで抑えられているようです」
春姫は少し安心した。
「これなら先ほどより安全に戦えそうですね」
その会話を聞いたフレイヤ・ファミリアの団員達は、複雑な表情を浮かべるしかなかった。
先ほどまでなら、また侮辱だと怒っていた。
だが。
もう怒れない。
シンが弱体化を施した理由が、自分達を死なせないためだと理解してしまったからだ。
シンは全員の状態を確認すると、さらに指示を出した。
「それと、今から出力制限を変える」
ベル達がシンを見る。
「オッタル、アレン、ヘディン、ヘグニ。この四人を相手にする時だけは、その弱体化された状態で全力を出していい」
オッタル達の表情が変わる。
少なくとも自分達には全力を許可する。
しかし、シンの言葉には続きがあった。
「それ以外のフレイヤ・ファミリアの団員には、最大でも八割までだ」
「八割?」
ベルが確認する。
「ああ。今かけた弱体化で本来の身体能力を半分程度まで落としている。その状態からさらに八割までに抑えろ」
ヴェルフが少し考える。
「つまり、今までの身体能力と比べたら相当落ちるな」
「そういうことだ」
シンは周囲のフレイヤ・ファミリア団員達を見る。
「それでも一般団員相手なら十分すぎる。下手に全力を当てるな」
フレイヤ・ファミリア側から声が消えた。
今度こそ。
完全に理解した。
ベル達は身体強化を解除した。
それでも危険だった。
だからシンはさらに弱体化の呪いをかけ、身体能力そのものを半分程度まで落とした。
そのうえで。
オッタル達最高幹部にだけ全力を許可し。
それ以外には八割という制限まで課した。
ここまでされて初めて。
シンは戦争遊戯を続けても死人が出ないと判断したのだ。
オッタルが静かにシンを見る。
「……そこまで差があると見るか」
シンもオッタルへ視線を返した。
「実際に見た結果だ」
「俺達には全力を許すのだな」
「ああ」
シンは即答する。
「今かけた弱体化込みなら、お前達最高幹部は全力を受けても一撃で死ぬ可能性は低い」
「…………」
オッタルの眉が僅かに動いた。
「一撃で、か」
「ただし、まともに何発も受けるな」
その一言で。
アレンの顔が引きつった。
「貴様……!」
シンは気にしない。
「今のベル達の全力なら、一発は耐えられても連続で直撃すれば危険だ。特に頭部や心臓付近への直撃は避けろ」
「何故敵である我々へ忠告している!」
アレンが怒鳴る。
シンは当然のように答えた。
「死なれたら困るからだ」
「……!」
「これは戦争遊戯だろう。殺し合いじゃない」
アレンが言葉に詰まった。
ベル達も頷いている。
戦争遊戯で勝つ。
フレイヤ・ファミリアを殺す。
この二つは全く違う。
だからこそ、シンはここまで細かく制限を加えている。
「リリ」
「はい」
「今度は分かっているな?」
リリは少し気まずそうに頷いた。
「はい。最高幹部以外には八割までです」
「それと頭部や急所への全力攻撃は禁止だ」
「分かりました」
「腹が立ってもだ」
「……分かってます!」
「ならいい」
リリは頬を膨らませたが、今度は素直に従った。
先ほどの結果を見た以上、自分でも反論できない。
「ベル達も同じだ」
シンは五人全員へ言う。
「今の弱体化された状態でも、自分達の基準で相手を判断するな。最高幹部には全力を出して構わないが、急所への直撃は避けろ。それ以外には最大八割。相手の状態を見ながらさらに落とせ」
「分かった」
ベルが真剣に頷く。
ヴェルフも頷いた。
「今度は死にかけさせねえように気をつける」
「私も承知しました」
「気をつけます」
春姫も答える。
リリだけは少し不満そうだった。
「リリだけ見ながら言わないでください……」
「実際に死にかけさせたのがお前だからだ」
「うっ……」
何も言い返せなかった。
やがて。
ベル達は再びそれぞれの相手へ向き直った。
ベルの前にはオッタル。
ヴェルフの前にはアレン。
命と春姫の前にはヘグニとヘディン。
ガリバー兄弟は治療を受けているため、リリは周囲に残るフレイヤ・ファミリアの団員達へ視線を向ける。
ベルは軽く身体を動かした。
身体強化は使っていない。
さらにシンの呪いによって、そこから身体能力を半分程度まで落とされている。
先ほどとはまるで違う。
オッタルの動きも、今度は明確に速く感じるだろう。
ベルは少しだけ嬉しそうに拳を握った。
「これなら、ちゃんと全力で戦えそうです」
オッタルが大剣を構える。
「その言葉、後悔するな」
「はい」
今度のベルには挑発の意図など一切ない。
ただ純粋に。
ようやく相手を殺す心配をせず、自分の力を出せる。
そう思っているだけだった。
そして、その様子は遠く離れたオラリオのバベルでも神鏡を通して見られていた。
観戦室では、ロキが完全に呆れた顔で神鏡を見つめていた。
「……身体強化を切らせた次は、さらに半分に弱体化かいな」
ヘファイストスも苦笑する。
「それでもオッタル達なら全力を受けられる、とシンは判断したみたいね」
タケミカヅチが訂正する。
「『一撃で死ぬ可能性は低い』だがな」
その言葉で室内が静かになった。
ガレスが髭を撫でながら唸る。
「随分と恐ろしい基準じゃのう」
リヴェリアは神鏡の中のベル達を注意深く見ていた。
「だが、これでようやく戦力差がある程度縮まったはずだ」
フィンが頷く。
「身体強化なしの状態から、さらに半分。そこまで落とせば、オッタル達にも十分勝機が――」
フィンはそこで言葉を止めた。
神鏡の中。
弱体化を受けたベルが。
オッタルの踏み込みを見て。
初めて。
はっきりと楽しそうな笑みを浮かべていた。
「……いや」
フィンは小さく訂正する。
「少なくとも、これでようやくベル達にとっても『戦闘』になる、というところかな」
リヴェリアも否定しなかった。
そして戦場では。
シンがベル達とオッタル達の距離を確認し、一歩下がった。
「続けろ!」
その声を合図に。
大幅な弱体化を受けたベル達と。
フレイヤ・ファミリア最高幹部達の戦闘が。
改めて始まった。