白兎の兄が規格外なのは間違っているだろうか 作:ディーノpc35
ヘファイストスの案内で、シン達は本拠地のさらに奥へと移動した。
そこは普段から鍛冶師達が利用している工房ではなく、特殊な武具を扱うために設けられた隔離区画だった。
周囲には分厚い耐熱壁が巡らされ、床や壁には幾重もの術式が刻まれている。高位の魔剣や呪具、強力な神秘を宿した武器を扱う際に使用される場所らしく、多少の暴発や魔力の流出が起きても外部へ被害が及ばないように造られていた。
もっとも、シンから見れば十分な設備とは言い難い。
これから見せる二振りは、この世界の魔剣や呪具を基準に安全性を考えられるような代物ではないからだ。
それでも、ただ抜いて見せるだけならば問題はないだろう。
「ここならどう?」
ヘファイストスが尋ねる。
シンはすぐには答えず、周囲を一度見回した。
壁の厚さや術式の種類、結界の強度だけでなく、この区画を構成する素材や空間そのものの安定性まで確認する。
やがて問題ないと判断すると、小さく頷いた。
「見るだけなら問題ない」
「見るだけなら、か……」
ベルが少し不安そうに呟く。
椿は逆に興味を抑えられない様子で笑った。
「わざわざここまで慎重にならねばならん武器など、そうそう見られるものではないからのう。ますます興味が湧いてきたわ」
「興味を持つのは構わないが、勝手に触るなよ」
「分かっておる」
この時の椿は、シンの忠告を単純に武器の所有者としての注意だと思っていた。
ベルも同じだった。
だが、ヘファイストスだけは少し違った。
先ほどシンが語った滅劫剣と絶劫刀の性質を考えれば、単なる礼儀として言っているのではない可能性が高い。
そのため彼女はシンの言葉をしっかりと記憶した。
シンはまず背中へ手を伸ばし、長剣を覆っていた布の紐を解いていった。
幾重にも巻かれていた布が一枚ずつ取り払われていく。
やがて完全に布が外されると、暗い色の鞘へ収められた一振りの長剣が姿を現した。
外見だけならば、異様なほど派手な武器というわけではない。
むしろ余計な装飾はほとんど存在せず、実戦で使うことを最優先に考えた無駄のない造りをしている。
しかし、それを目にした瞬間、ヘファイストスの表情が変わった。
「……鞘だけで、この精度なの?」
鍛冶神だからこそ分かる。
剣そのものではない。
それを収めるための鞘ですら、異常な精度で作り込まれている。
椿も目を細めながら観察する。
「継ぎ目がほとんど分からん。いや……そもそも、これはどうやって加工したのじゃ?」
ベルには二人ほど専門的なことは分からなかった。
それでも、ヘファイストスと椿の反応を見るだけで、兄が持つ武器が普通のものではないことは理解できる。
シンは鞘を左手で持ち、右手を柄へ添えた。
その瞬間。
先ほどまで興味深そうに話していたヘファイストスと椿が黙った。
ベルも自然と口を閉じる。
まだ抜かれていない。
それにもかかわらず、これから何かが起こることを本能的に感じ取ったのだ。
「抜くぞ」
シンが一言だけ告げる。
三人が頷く。
シンは滅劫剣をゆっくりと鞘から引き抜いた。
最初に姿を現したのは、剣身のほんの一部だった。
黒とも銀とも言い切れない、見る角度によって色合いが変化しているように感じられる異質な刀身。
金属であることは分かる。
しかし、通常の金属とは明らかに違う。
表面には確かに光が反射しているにもかかわらず、その奥には光さえ呑み込んでしまいそうな深い暗黒が存在しているように見えた。
「……何なの、これ」
ヘファイストスが思わず呟く。
シンは答えない。
そのままゆっくりと滅劫剣を抜いていく。
半分。
さらにその先。
そして最後に切っ先が鞘から離れ、滅劫剣の全貌が三人の前へ現れた。
その瞬間、室内を包む雰囲気が完全に変わった。
実際に音が消えたわけではない。
外の工房からは、今も僅かに槌を振るう音が聞こえている。
それでもベル達には、周囲から音が消えてしまったかのように感じられた。
それほどまでに、三人の意識が目の前の一振りへ集中していた。
「…………」
ベルは息をすることさえ忘れたように滅劫剣を見つめていた。
美しい。
最初に浮かんだのは、そんな単純な感想だった。
だが、それだけでは表現できない。
宝石を大量に埋め込んだような華美な美しさではなく、武器として一切の無駄を排除し、斬るという目的のためだけに極限まで完成された結果として生まれた美しさだった。
剣について専門的な知識を持っていないベルでさえ、それだけは直感的に理解できた。
一方、椿が見ていたものはベルとは違った。
第一級冒険者であると同時に、最高峰の鍛冶師でもある椿は、本来ならば武器を見れば真っ先にその構造を観察する。
刃の厚みや幅、剣身の長さ、重心の位置、鍔や柄との接続部分、素材の性質。
鍛冶師として確認したいことはいくらでもあった。
ところが今は、そのどれにも意識を向けられなかった。
ただ滅劫剣そのものから目を離すことができない。
「これは……」
椿が何かを言おうとしたが、その先の言葉が出てこなかった。
ヘファイストスも驚いていた。
しかし彼女はシンから先ほど受けた忠告を覚えていたため、意識して一定の距離を保っている。
そんな三人の前で、シンだけが普段と変わらない様子で滅劫剣を持っていた。
そして、ベルと椿に起きている変化へいち早く気づいた。
二人の視線が剣身へ固定されている。
ただ見惚れているだけならば問題はない。
だが、呼吸が徐々に浅くなり、周囲への意識まで薄れ始めていた。
――魅入られ始めたか。
シンは心の中で呟く。
滅劫剣は、相手を魅了する目的で作った武器ではない。
精神操作や魅了の能力を持っているわけでもない。
それでも、この剣が積み重ねてきたものがあまりにも大きすぎる。
神々を喰らい続けた龍の牙と血肉から鍛え上げられ、完成してからも数え切れないほどの戦いを経験してきた。
神を斬った。
龍を斬った。
不死を斬った。
世界そのものを滅ぼそうとした怪物を斬ったこともある。
シンが敵と定めた存在へ終焉を与え続け、そのたびに数え切れないほどの血と力を浴びてきた。
その積み重ねによって、滅劫剣は完成当初からさらに変質している。
今では単なる武器というより、『滅び』や『終焉』という概念を宿す存在に近かった。
それを何の対策もなく真正面から見続ければ、見る者の精神が剣の本質へ引き込まれることがある。
ベルの赤い瞳に、滅劫剣の剣身が映る。
「……綺麗だ」
無意識に言葉が漏れた。
自分が声を出したことさえ、ベル本人は気づいていない。
ただ剣を見ている。
いや。
本人は剣を見ているつもりだった。
だが、いつしかその意識は剣身のさらに奥へと引き込まれていた。
ベルの視界が揺らぐ。
そして一瞬、まったく知らない光景が脳裏を過った。
崩れていく大地。
砕け散る星々。
神と呼ばれた存在が光となって消滅し、天を覆うほど巨大な龍が斬り裂かれていく。
それだけではない。
数え切れないほどの生命が生まれ、そして必ず終わっていく。
それら全てが、恐ろしいほど静かに滅劫剣の奥へ沈んでいくように感じられた。
「…………」
ベルの呼吸がさらに浅くなる。
怖いはずだった。
目を逸らすべきだと、本能のどこかでは分かっている。
それなのに、もっと見たいと思ってしまう。
剣の奥に何があるのか。
兄はこの剣で何を見てきたのか。
どれほどの存在を斬ったのか。
そして、この剣へ触れたら何を感じるのか。
そんな考えが自然と浮かんできた。
気づけばベルの右手が僅かに持ち上がっていた。
シンが目を細める。
だが、まだ声はかけない。
ベル自身が気づくかを見ていた。
しかしベルの手は止まらなかった。
ゆっくりと一歩前へ出る。
「……触ってみたい」
呟いたベルの声には、普段の彼らしい感情がほとんどなかった。
そして異変が起きているのはベルだけではない。
椿もまた、滅劫剣へ完全に意識を奪われていた。
鍛冶師として構造を調べたいという好奇心は、既に別のものへ変わっている。
手に取ってみたい。
自分で握ってみたい。
この剣がどれほどの重さなのか。
振るった時にどのような感覚が伝わってくるのか。
そして、この剣を使って何かを斬った時、一体何が起こるのか。
そんな衝動が次々と湧き上がってくる。
「わしも……一度……」
椿の右手が滅劫剣へ向かって伸びる。
ヘファイストスがその異変に気づいた。
「椿?」
返事がない。
「椿!」
少し強く呼んでも反応しなかった。
ベルも同じだった。
二人の目には、既に滅劫剣しか映っていない。
シンは小さく息を吐いた。
これ以上は危険だった。
「ベル、椿。そこまでだ」
普段より低い声で呼びかける。
しかし二人の動きは止まらない。
ベルの指先が滅劫剣へ近づいていく。
椿も同じように手を伸ばしていた。
シンは僅かに眉を寄せた。
「……思ったより深く引かれたか」
次の瞬間。
シンは声へ真気を乗せた。
それは攻撃ではない。
滅劫剣へ引き込まれている二人の意識を、強制的に現実へ引き戻すためのものだった。
「ベル、椿。目を覚ませ」
声が室内へ響いた瞬間、空気が僅かに震える。
「っ!?」
ベルの身体が大きく震えた。
「ぬっ……!?」
椿も同時に我へ返り、反射的に一歩後ろへ下がる。
二人は数度瞬きをした。
それから、自分達が置かれている状況を理解しようと周囲を見る。
最初に異変へ気づいたのはベルだった。
自分の右手が、滅劫剣へ向かって伸ばされている。
「……え?」
ベルは慌てて手を引っ込めた。
「僕……何してたの?」
「滅劫剣に触ろうとしていた」
シンが淡々と答える。
「僕が?」
「ああ」
ベルの顔色が変わる。
「全然覚えてない……」
完全に記憶が失われているわけではない。
剣を見ていたことは覚えている。
美しいと思ったことも覚えていた。
しかし、自分から近づき、手を伸ばしたという認識が曖昧だった。
椿も自分の右手を見ながら険しい表情を浮かべる。
「わしもじゃ。途中までは鍛冶師として見ていたはずなのだが……いつから手に取りたいと思い始めたのか分からん」
「二人とも、剣に意識を引かれていたのよ」
ヘファイストスが説明する。
「私が呼んでも反応しなかったわ」
椿の表情から完全に笑みが消えた。
第一級冒険者である自分が、敵から精神系の攻撃を受けたわけでもないのに、武器を見ただけで周囲の声すら聞こえなくなった。
それがどれほど異常なことなのか、本人が一番理解している。
シンは二人の状態が正常へ戻ったことを確認すると、滅劫剣の剣身を僅かに下へ向けた。
「魅了されたと思っているなら、それとは少し違う」
ヘファイストスがシンを見る。
「魅了じゃないの?」
「ああ。この剣には、他人を操ったり魅了したりする力は付与していない」
「だったら、今の二人は何だったの?」
「滅劫剣そのものが持つ本質に意識を引かれた」
シンは手にしている長剣へ視線を落とす。
「この剣は、最初からこうだったわけじゃない。元々は神々を喰らい続けた龍の牙と血肉を材料として、俺自身が使うために鍛えた武器だ」
ベル達は黙って聞く。
「それが俺と一緒に数え切れないほどの戦いを経験した。神や龍を斬り、その血を浴び、様々な力へ触れ続けた結果、少しずつ性質が変わっていった」
ヘファイストスが滅劫剣へ視線を向ける。
今度は先ほどまでのように無防備に見つめず、意識して一定の距離を置いていた。
「その結果が、『終焉』なの?」
「ああ。今の滅劫剣は、俺が敵と定めて振るえば、斬った存在へ終焉を与える。その性質が強くなりすぎているから、精神的な耐性が足りない状態で深く見ようとすると、意識まで引き込まれることがある」
ベルは先ほど自分が見た光景を思い出す。
「僕……剣の中に何か見えた気がする」
「何を見た?」
「世界みたいなものが崩れて……神様みたいな人達が消えて、ものすごく大きな龍も斬られてた。それから、色々なものが終わっていくような……」
シンは僅かに頷いた。
「おそらく、滅劫剣が実際に斬ってきたものの一部だ」
ベルの表情が固まる。
「実際に?」
「ああ」
「じゃあ、あの龍も?」
「どの龍かは知らないが、似たものを何体も斬っているから、そのどれかだろう」
あまりにも平然と答えられ、ベルはそれ以上尋ねることができなかった。
一方、椿は別の部分を気にしていた。
「シンよ。先ほどわしらが、そのまま剣へ触れていたらどうなっていた?」
その問いを聞き、ベルもシンを見る。
シンは少し考えてから答えた。
「俺が触れることを許可していれば問題はない。多少の影響は受けるだろうが、滅劫剣が直接お前達を傷つけることはない」
「許可していなかった場合は?」
「拒絶される」
椿が眉を寄せる。
「具体的には?」
「滅劫剣の力に耐えられなければ、触れた部分から消滅する」
ベルの顔が引きつった。
椿も自分が先ほど伸ばしていた右手を見る。
数瞬前まで、その手で滅劫剣へ触れようとしていたのだ。
ヘファイストスは額へ手を当てた。
「それを先に言いなさい!」
「勝手に触るなとは言った」
「そういう意味だなんて分かるわけないでしょう!」
「だから触る前に止めた」
「そういう問題じゃないわよ!」
ヘファイストスの声が隔離区画へ響いた。
ベルも珍しく全面的にヘファイストスへ同意した。
「兄さん、僕もそれは先に詳しく説明してほしかった……」
「次からは説明する」
「次がある前提なの?」
ベルが思わず聞き返す。
それを聞いた椿が笑い出した。
「はっはっはっ! いや、危うく右手を失うどころか消されるところだったのだから笑い事ではないのじゃが……ここまで規格外だと、逆に笑うしかないのう!」
豪快に笑いながらも、椿はもう滅劫剣へ不用意に近づこうとはしなかった。
興味が失われたわけではない。
むしろ鍛冶師としての興味は、先ほどより遥かに強くなっている。
ただし、その興味と同じだけの警戒心が生まれていた。
「ヘファイストス様」
「何?」
「これは本当に『武器』と呼んでよいものなのでしょうか?」
椿の問いに、ヘファイストスはすぐには答えなかった。
彼女は今度こそ細心の注意を払いながら滅劫剣を見る。
剣身だけを凝視しない。
意識を一点へ集中させず、全体の構造を鍛冶師として観察する。
しばらくして、ヘファイストスは静かに口を開いた。
「武器ではあるわ」
「ではある?」
「少なくとも、これは剣として鍛えられている。形も構造も、使い手が敵を斬るという目的も明確よ。だから武器であること自体は間違いない」
そこで一度言葉を切る。
「でも、もう単純な武器という枠には収まっていない」
シンがヘファイストスを見る。
「どういう意味だ?」
「あなたが今説明した通りよ。この剣には、素材そのものが持っていた力だけじゃなく、完成してから積み重ねてきたものが多すぎる」
ヘファイストスは滅劫剣から感じ取れるものを、自分なりの言葉へ置き換えていく。
「斬ったもの、浴びた血、取り込んだ力、そして何より使い手であるあなた自身の力。それらが長い時間をかけて剣そのものへ染みつき、最初に鍛えた時とは別の領域まで変質させている」
鍛冶神の表情には、先ほどまでの興奮とは違う真剣さが浮かんでいた。
「今のこれは、剣という形を取った『何か』よ。あなたが言う終焉という性質が武器へ付与されているというより、剣そのものが終焉という概念へ近づいているように感じる」
椿が息を呑む。
ベルは改めて兄が手にしている剣を見るが、先ほどのことを思い出し、すぐに視線を少し逸らした。
「兄さん……そんなものをずっと背負ってたの?」
「ああ」
「怖くないの?」
「何故、自分で作った武器を怖がる必要がある?」
「普通は自分で作ったとしても、触った人の手が消えるような剣なら少しくらい怖がると思うよ……」
ベルが疲れたように答える。
シンにはいまいち理解できないらしく、僅かに首を傾げた。
ヘファイストスはそんな兄弟のやり取りを聞きながら、改めてシンへ尋ねる。
「シン」
「何だ?」
「これ、本当にあなたが鍛えたの?」
「ああ」
「一人で?」
「そうだ」
「神の手を借りずに?」
「素材を手に入れるまでに神と関わったことはある。鍛冶技術について神から学んだこともあるが、この滅劫剣を実際に鍛えたのは俺一人だ」
ヘファイストスはしばらく何も言わなかった。
鍛冶神である自分が見ても、どのような工程を経ればこれほどの武器を作れるのか想像すらできない。
そもそも素材の時点から、この世界の常識では測れないものが使われている。
「……信じられないわね」
それはシンの言葉を疑っているという意味ではなかった。
鍛冶を司る神として長い時間を過ごしてきた自分の知識の外側に、これほどの武器を生み出せる技術体系が存在する。
その事実に対する、純粋な驚きだった。
シンは十分に見せたと判断し、滅劫剣を鞘へ戻そうとする。
するとヘファイストスが慌てて声を上げた。
「待って!」
シンの手が止まる。
「何だ?」
「もう少しだけ見せてくれない?」
「大丈夫なのか?」
「今度は気をつけるわ。剣身そのものへ意識を集中させないようにする」
椿はすぐに一歩下がった。
「わしは先ほどので十分危険性を理解した。今度は少し離れたところから見させてもらおう」
ベルも椿の隣まで下がる。
「僕もそうします。さっきみたいになるのは嫌なので……」
二人とも、先ほど滅劫剣へ意識を奪われた感覚が相当に恐ろしかったらしい。
シンはベルと椿が十分に距離を取ったことを確認すると、改めてヘファイストスを見る。
「見るだけだぞ」
「分かってるわ」
「触りたくなったら言え。勝手に手を伸ばすな」
「今度は絶対にそうする」
ヘファイストスは真剣に頷いた。
シンは滅劫剣を持ち直し、ヘファイストスが観察しやすい角度へ剣身を向ける。
今度は誰も不用意に近づかなかった。
ヘファイストスも先ほどの出来事を教訓に、滅劫剣の本質へ意識を引き込まれないよう注意しながら、純粋に鍛冶師として構造を見極めようとする。
しかし、見れば見るほど分からなくなっていく。
素材の組成も。
鍛え方も。
剣身へ力を定着させた方法も。
自分が知る鍛冶の技法へ当てはめようとするほど、矛盾が増えていく。
それでもヘファイストスの瞳から好奇心が消えることはなかった。
むしろ理解できないからこそ、もっと知りたいという欲求が強くなっている。
シンはそんな彼女の様子を黙って見ていた。
神であるというだけならば、ここまで自分の武器を見せることはなかっただろう。
しかし今のヘファイストスは、神として滅劫剣を見ているのではない。
未知の技術を前にした一人の鍛冶師として、必死に理解しようとしている。
その姿勢については、シンも嫌いではなかった。
そしてヘファイストスもまた、滅劫剣を観察することで少しずつ理解し始めていた。
自分が鍛冶神として知っている技術。
下界で数多の鍛冶師達へ教えてきた技法。
神々が天界で積み上げてきた知識。
それらは決して間違っているわけではない。
だが、それが鍛冶という技術の全てでもない。
目の前にいる黒髪の青年は、ヘファイストスの知らない世界を数え切れないほど渡り歩き、その一つ一つで異なる技術や知識を吸収し続けてきた。
そして途方もない年月を費やして、それらを自分だけの鍛冶技術へと昇華した。
その果てに生まれた一つの到達点が、今目の前にある滅劫剣だった。
鍛冶神ヘファイストスにとって。
それは生まれて初めて目にする、自分の常識の完全な外側に存在する剣だった。