その日、ミレニアム治安維持局に激震が奔った。
所属する生徒達はいつも通り、ミレニアムの規律と秩序に従い業務をこなしていくが、それはどこか集中しきれておらず。何かを気にしているようだった。
「局長、今日休みだってさ……どうしたのかな」
「あの局長がだもんね……体壊したりしたのかな、最近よく残業でセミナーに連行されてたし……」
「心配だけど、ある意味良かったかも。もっと局長には休んでほしいし……」
いつもよりざわつきながらも、治安維持局本部ではそんな会話をしている生徒達が居る。実際、このような会話はここだけではなくいろいろな場所で行われており、今朝告げられたある出来事がそれだけ大きな、問題ではないのだが驚くべきことでもあった。
――『連絡があってね、ヒナ局長は今日はお休みされるそうだ』
全体朝礼の際に副局長から短く告げられたのはそんな言葉で。告げられた直後はちょっとした混乱となった。
だがそれは、『局長が居ないならどうすればいいんだ』というようなものではなく。心配するものだった。ヒナの活躍は有名であり、度々の残業は日常茶飯時である。最初は即座にセミナーへと連行していたが、最近は最早多少の残業なら見逃すくらいの風潮は出来ている。といっても、そのミレニアム基準の多少がオーバーすれば容赦なくセミナー送りである。
アビドスでの騒動以降、緊急出動や取り締まりのための出動というのは少ないが時期がよくなかった。現在、ミレニアムは定期決算が近く、それにあたっての書類作成や、逆に治安維持局に提出される書類への対応がかなり多く局員の多くはそれに奔走していた。
そのため、業務後に残って少しだけ作業をしていく生徒はいつもより多い。大抵が遅くとも治安維持局内部に存在する食堂で夕食を食べた後帰宅していくが。ヒナとセンナもまた、最近はその一人であり特に二人は業務に加えてセミナー関係者との打ち合わせ、他自治区から来る連絡への対応、そうして最早業務というより息抜きだがゲーム開発部と件の少女。アリスに対しての監視という名目でのゲーム開発部への訪問と業務量が多い。
別に問題はないのだ。元々、ゲヘナで尋常ではない。それこそユウカやノアが聞いて顔をしかめ、リオが信じられないというように頭を抑え、ヒマリが『この超天才清楚系病弱美少女ハッカーにしてミレニアムにおける全知、完璧で可憐な私でもそれはちょっと……』と信じられないというようにするほどの業務を一人でこなしながら、現場対応や上層部との折衝、業務関係で思い当たることほぼ全てをやっていたヒナからすれば現在の業務量とはミレニアムらしくフローが最効率化されているし、局員も規律に従って動いていることからまったく負担にならない。
では。どうして今や楽しんでやっている節もあり業務が趣味にもなりつつあるヒナが突然業務を休んだのか。
局員たちにとってはそれが謎に包まれたままである。どう考えてもわからないため、きっと上層部から強制的に休みを入れられたか、もしくは体調不良だろうと結論づけていた。
しかし、真実を知るためにヒナの元を訪れる存在が現れる。
治安維持局副局長、出雲センナである。
◆ ◆ ◆
『これはセンナ嬢、ようこそ。すみません、マスターはまだ寝起きと、それから疲れが抜けていないようでして』
「ああ、いや。え?……その、フェルであっている、のだよね?」
『ああ!失礼しました、このボディをお見せするのは初めてでしたね。はい、私はフェル。マスターの従者にして武器です。このボティはビークル本体の方から遠隔操作しているのですが、流石エンジニア部の方々です。一切の遅延もなく動かすことが出来ます』
突然ヒナからの休むという連絡。しかも本人からの電話ではなく、モモトークでの連絡。ただ短く、簡潔に。『ごめん、休ませて』とだけ連絡が来た時はそれはもうセンナは動揺した。副局長としての頭に切り替え、朝礼で全体にヒナが休むことを通達し。そうして手早く処理しなければならない書類を片付けて、やることを終わらせていく。
手早く書類の処理をしたものの、時刻は10時前。ある程度仕事を片付けたのだし、少し心配なヒナの様子を見に行こう。そう思い自分の愛車、『ヴァナルガンド』に乗るとヒナが現在住むセミナー管理のマンションへと向かった。
マンション前の警備員に声をかけ、相手がセンナだとわかった警備員はそのままシャッター付きの駐車場の進入路を解放し通してくれる。厳重な警備つきのその駐車場を坂を下って内部へと降りていけば、その一角にはヒナのいつも乗っている愛車、フェルニルが存在した。つまり休んで何処かに出かけているというわけではないのだろう。その隣に自分も停めると、マンション中央エレベーター前でセキュリティ認証を通し、エレベーターに乗り込む。
そうしてヒナの住む部屋へと到着して、ノックとひと声かけて渡されている合鍵。もとい、セキュリティキーで鍵を開けて入ってみれば驚くべき光景が広がっていた。
自分を出迎えたのは、何と形容すればいいのかわからない存在だった。見た目は全身を黒くした雪だるまのようであり、そのふくよかな身体はふわふわもちもちとしていそうな見た目である。手は長いが足が短くその丸い頭部には眼だけが存在しており、その眼もサングラスを掛けたような見た目のものになっている。
『ビークルのボディでは流石にマスターのお世話をするのは難しいですから。ですから、エンジニア部の皆様に頼んでミレニアムプライズ出展用のマルチサポートロボットを専用に1台チューンしてもらったのです。彼女達も稼働データが欲しい、とのことでしたので』
「またエンジニア部か……。変な機能はついていないのだよね?彼女達、腕は良いんだけどよく余計なものをつけるから……」
『大丈夫です、ちゃんと私も監修しましたから』
色々と驚いたし、ツッコミどころ満載なのだがまずはメインの目的である。先ほど、彼はヒナは寝起きだと言っていた。現在は10時半前、目覚めて起きるにはかなり遅い時間である。それに、普段のヒナであればこの時間に起床というのはまずない。
何かあったのか、そう確認しようとした時だ。
「んん……フェルぅ、どこぉ……?……ねむい……」
ただですら情報過多の状況のセンナに対して追撃。それも、特大の追撃が訪れる。ふらふら、と。おぼつかない足取りでゆっくりと玄関先へ繋がる通路へと現れたのは心配していた相手。ヒナである。
強いて言うならば、寝間着姿であり髪の毛はボサボサ。目はぼんやりとしており、言葉もあまり呂律が回っていない。完全に寝起きで頭が回っていません、という状態のヒナが現れたのだ。
「んなっ……きょ、局長!?くっ、危なかった、致命傷で済んだよ……!」
『それは『莫迦め、それは本体だ!』というくらい駄目なやつでは?』
そうとも言うがと思う。事実として、今のヒナは破壊力抜群でありそれこそこの写真をSNSに上げれば犠牲者が出かねないというほどのものなのだ。センナ基準ではあるが。
「センナぁ……?えへへ、センナだぁ……おはよぉ」
「くぁwせdrftgyふじこlp!?」
更に追撃が起こる。寝起きで寝ぼけており、ぽわぽわとしている状態のヒナがセンナへと気がついてふらりふらりと歩いてくると、そのまま彼女に抱きついて、そこそこの大きさがある女性の母性の象徴とも言うべきそれに顔を埋めてきたのだ。
ヒナの悪癖と言ってもいいのか。本人は寝ぼけている時の記憶が基本的にないのだが、今のような状態でよくやるのが顔見知り。かつ信頼している相手を見つけるとそのまま抱きついてこのように甘える癖があるのだ。既にセミナーではほぼ全員が被害にあっており、特にリオなどは困ったようにしつつも嫌ではないというようにして母性を全開にしていた。それが通称、『ビッグシスターマザー化事件』である。
「……我が生涯に、一片の悔いなし」
『何言ってるんですかセンナ嬢。満足気にマスター抱きしめながら片腕振り上げないで下さい。そうだ、折角来て頂いたのならマスターをお願いしてもいいでしょうか?私は食事を作らなければならないので』
「なんというご褒……コホンっ!あ、ああ。わかったよ、色々聞きたいけれどまずは局長の目が覚めないといけないからね!」
『今ご褒美と言いかけませんでした?』
「さあ局長行きましょう!ああもう髪もこんなにボサボサで……まずは顔を洗って、服は……私服でいいですよね。今日休みですし」
「センナぁ、だっこぉ……。んぅ、わたしセンナのにおい好き……落ち着いて、ねむく……」
「保ってくれ、私の理性ッ……!」
もし、この状況をかつての副官が知れば血の涙を流して羨ましがっただろう。とにかく、センナとしては理性と戦いながらヒナをいつもの状態に戻し、事情を聞く必要があるのだ。
数十分後、そこには寝起きの時の記憶はないがまだぼんやりしつつも、いつも通りになったヒナが居た。そうしてセンナはといえば、疲労が見て取れる様子でやりきったというようにしていた。
◆ ◆ ◆
「いやはや、申し訳ないです局長。私まで食事をいただいてしまって……今日は朝急いでいて食べてなかったんですよ」
「私が言えたことじゃないけど、ちゃんと食べないと駄目よ。ところでセンナ、私寝ぼけてる時に何か変なことしたり言ってしまっていた……?もしそうならごめんなさい」
ちなみにだが。玄関先での光景についてはサポートロボットのボディに搭載されたカメラでフェルが撮影済みである。それをヒナに見せることはないのだが、こっそりとモモトークで『先程の写真と動画欲しいですか?高画質、高音質。切り取ってASMR音源化したものもあります』とセンナへと送れば即座に『何が望みだ』と返ってきていた。フェルの要求したのは、エンジニア部が独自に作っている超高級オイルを装備の備品扱いでヒナへと手配して欲しいというものだった。即座に彼女は了承した。
「大丈夫です、気にしないで下さい。ご……んんっ。ご無理でもされて疲れでも溜まっていたのでしょう。少しぼんやりとされていただけですよ」
「そう……?ならいいのだけど。まあ、そうね、無理といえば無理をしたかもしれないわね……」
「実はそれが気になって伺ったんですよ。残業とかしていても局長のコンディション管理は完璧なので、今日はどうしたのかなと。極端な無理でもされたのではないのかとも心配で」
「大袈裟ね。でもまあ、そうね。……昨日は少し疲れたわ。クリアして眠ったのも深夜過ぎくらいになってしまったし。自分でもやってしまったと思う」
一体何があったのか。そう思っていると。
衝撃的な事実を告げられて、センナは雷に打たれたような感覚に陥った。
「昨日ゲーム開発部に顔を出した時に話が弾んで。それで、ゲームを借りたのだけれど……なんというか、奇抜というかちょっと冷静さをなくしてしまうようなゲームで」
「夢中になってしまったと。なんと、そんなゲームが……。それで、そのゲームのタイトルは?」
そうして、告げられたのは。
「テイルズ・サガ・クロニクル……といったかしら」
フェルのお手伝いロボットボディは黒いサングラスかけたべ○マックス擬きです。朝が弱いヒナのお世話や食事作りなど生活のあらゆる面でのサポートをできる機能を備えている。エンジニア部の開発コンセプトは『揺りかごから墓場まで、あなたの人生をサポートします』。
流石のヒナもTSCには耐えきれませんでした。クリアはしたものの相当に疲れて翌日に影響が出るくらいのものだった模様。この日、ヒナの元から局に戻ったセンナは通常の三倍くらい気力に満ち溢れていたのだがその理由を知る局員は居なかった。
作中の登場人物、ミレニアム版ヒナやセンナなどの参考イメージとして画像生成したものを使うのは
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あり
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なし