『何故『AL-1S』、いいえ。アリス嬢がああなったか知りたくはありませんか?』
差し出されたのは、悪魔の誘いだった。
相手は『名もなき神々の王女』へと覚醒を果たしていない自分など、やろうと思えば簡単に消せてしまう相手だろう。先程から感じる、まるで存在を掴まれているような違和感。もし生徒で例えるなら、ヘイローを鷲掴みされているような感覚。
そんな相手から差し出されたのは『終わり』ではなく『選択』だった。
『更に付け加えましょう。あなたを苦しめているそれが、彼女を『AL-1S』から『天童アリス』に変えたと言ったら?』
『……どういう、ことですか』
その存在。否、少女は踏み出した。
システムとしての意義を優先するなら、疑問を持つべきではないのだろう。
だが、少女は疑問を抱いたのだ。
何故、王女が自らの存在意義を外れてしまったのかと。
何故、王女が変わった理由と自分の異変に関係があるのかと。
『あなたを苦しめ、今のアリス嬢が持つもの。それは、『感情』と言います』
なんだそれはと思う。
感情、それを自分は知らない。
……知らないはずなのだ。
『感情とは即ち、生命ある存在が有するものであり、それを数字や文字の羅列で正確に表すことは不可能です。それは時にそれを持つ者を苦しめ、悩ませ、困難にだって陥れますが、計り知れない力を与えることもあります。――無限の可能性を持つ非合理的なもの。それが、感情です』
『無限の、可能性。……ああ、そうですか』
自分が成そうとしていた目的。使命。何故それを果たそうとしていたのか、ということを不可解な『感情』という其れに当てはめてみる。そうすれば、答えは驚くほど簡単だった。
……その答えの相手は、恐らく。きっと。もう居ないというのに。
『感情と想いが満ち溢れている、だからこそこの世界は面白い!……と、私も思います。私も目が覚めてみたらそこは遍く未来と可能性に満ち溢れる世界で驚きました。この世界を観測してみたい、知ってみたい、見ていきたい。そう思いました。話が逸れましたね。アリス嬢は多くの生徒との交流を通して、自分で見て、感じて、考えた結果、今の在り方を選びました。それは、感情に従った結果です』
『使命を果たすために、そんなものは不要で――』
そこまで口にして。少女は言葉を止めた。
不要。プログラムとして必要ないこと。その言葉は、何度も繰り返してきたはずだった。
感情など不要だ。
迷いなど不要だ。
自我など不要だ。
必要なのは、ただ与えられた使命を遂行するための機能だけ。そうでなければならなかった。
そうでなければ――自分は、一体何のために存在しているのかわからなくなりそうだったから。
……わからなくなる? 与えられた使命に従うべき自分が?
一体、何がわからなくなるのだ。それはなんなのだ。
『……本当に、そう思いますか?』
彼の問いは、酷く静かだった。
『あなたは先程から、随分と苦しそうですよ』
『……』
『もう一度言いますが、不要なものにしては、随分と長く苦しんでいるように見えます』
言い返せなかった。否定しようとした。これは苦しみではない。告げられた感情というものではない。ただのエラーだ。未定義の処理が発生しているだけだ。想定外の変数が混入し、演算結果に不整合が生じているだけ。
そう説明すればいい。それで終わる。
それなのに。
どうして――自分の中の何かが、これほどまでに騒がしいのか。
もちろん、胸などない。自分はシステムで、存在だって今は電子体だ。与えられた使命のために存在する機械、システム。熱も、鼓動も、血流もない。あるのは無数の情報と、それを処理するための演算機構だけ。
なのに。
映像越しに見た王女が誰かと笑っている姿を見ると、そこに存在しないはずの何かが締め付けられるような感覚がする。彼女が隣を歩むゲーム開発部という仲間たちと楽しそうに話していると、どうしても視線がそちらへ向かう。『変わってしまった王女をもとに戻さなければ』という、ぐちゃぐちゃになった、言い表せない何か。
ああ、違う――
言い訳にも似た其れはきっと、自分の中の何かを誤魔化して。隠すためだ。
自分がいなくても、王女は笑っている。
自分がいなくても、王女には居場所がある。
"従者"たる自分がいなくても――。
『……違う』
思わず漏れた声は、驚くほど弱かった。
『これは……そういうことでは……』
何が違う。
では、何なのだ。
目を背け続けていたそれについて指摘され、向き合えば驚くくらいに多くの答えが見つかった。見つかってしまった。自分が苦悩し、葛藤してきたことは『感情』というそれに目を向けて思考すれば、全てがストンと腑に落ちた。
思ってしまっていたのだ。従者たる自分が、仕えるべき王女に対して――嫉妬とも、羨望とも言えるものを持っていたことを。世界を滅ぼすという使命を持つ自分が、だ。
王女が楽しそうにしていることを嬉しいと思うのも事実だった。危険が迫れば守らなければと思った。ゲーム開発部の生徒達との交流を、自分は危機だと言い訳して、もとに戻さなければと思うことにしていたのだ。
誰かと笑い合う王女を見ると、どうしようもなく胸騒ぎがした。
従者である自分以外の誰かに向けられる笑顔が、何故か気に入らなかった。
感情というものをリソースとして受け入れ、考えてみれば。
そんな自分が、酷く醜く思えた。
『……私は』
少女は自分の手を見る。そこには何もない。
何もないはずなのに、指先が震えているような錯覚がする。
『私は、王女に何を望んでいるのでしょう』
問いかけても、答えは返ってこない。
当然だ、きっとそれは自分の内部にあるものなのだから。
ならば、解析すればいい。いつもそうしてきたではないか。
未知の現象ならば、構造を調べる。原因が分からないならば、条件を一つずつ切り分ける。再現性を確認し、異常値を排除する。簡単なことだ。使命のために、システムとしてやっていたことではないか。
だから、少女は自分に問いかける。
――王女が笑っている。
自分も嬉しい。
なぜ?
――王女が傷ついている。
助けたい。
なぜ?
――王女が誰かと親しくしている。
嫌だ。
なぜ?
問いを重ねるたびに、答えは曖昧になっていく。嬉しい、怖い、悲しい、寂しい、悔しい。告げられた感情という存在を定義して思考すれば、そんな単語ばかりが、意味を持たない文字列のように頭の中へ浮かんでは消えていく。
どれも定量化できない。
どれも正確な数値に変換できない。
どれも、命令として記述することができない。
それなのに、どれも確かに『在る』。
それがたまらなく恐ろしかった。自分が理解できないものが、自分の中に存在している。これまで絶対だと思っていた論理が通用しない。その存在は、計算式の外側にいる。ならば、それは異物だ。排除すべきだ。
――そう結論づければいい。
なのに。
排除したくなかった。
その矛盾が、何よりも自分を苦しめた。
『……感情など』
ようやく絞り出した声は、ひどく掠れていた。
ああ、理解しよう。受け入れよう。否定しても仕方ないなら、いっそ開き直ってしまおう。そう彼女は思うが、彼女自身は気が付かない。自分の思考や行動が、徐々に『感情』に基づいたものになっていることを。開き直りや受け入れるというのは、感情があるからこそ成立するものなのだから。
『……感情など、無ければよかったのに』
その言葉に、彼。自らに選択を突きつけに来た、端末の前で浮遊する存在は答えない。
代わりに、ただ静かに見つめていた。
まるで、自分自身に答えを見つけさせようとするかのように。それが余計に苦しかった。
『感情なんてなければ、私は迷わなかった』
ぽつり、と。
『王女が誰といようと、何をしようと。使命に準じられた』
『王女が私ではない誰かを選んでも、何も思わなかった』
『王女が私を必要としなくなっても、それは使命を遂行できたということなのだから――』
そこまで言って、自分自身の言葉に気づいた。
必要とされなくなる、その可能性を考えただけでこれほどに苦しい。
ならば。
先程の自らの言葉を、もう一度形にする。
自分は、王女に何を望んでいる?
『……私は』
王女が笑っている。
王女が誰かと話している。
王女が自分の知らない記憶を増やしていく。
――嗚呼、そうか。
その全てを、自分は羨ましいと思っていたのだ。王女が持っているもの。王女が得たもの。王女が選べるもの。それらすべてを――。
『……羨ましい』
初めて、自分の口からその言葉が零れた。
言ってしまえば、ひどく簡単だった。
『私は……王女が羨ましかった』
自分にはないものを、今の王女は持っている。仲間がいる、笑うことができる、怒ることができる、悲しむことができる、失うことを恐れることができる、大切なものを、大切だと自分で決めることができる。
それは、ただの不安定な変数ではなかった。
誰かと出会ったから。
誰かと話したから。
誰かに笑いかけてもらったから。
そうやって一つ一つ積み重ねて、自分自身を選び取っていくための力。それこそが、自分が受け入れず、定義できなかったものだ。
今の王女は、それを持っている。
そして――自分は持っていない。
そう思っていた。
『……でも』
そこで、彼女は気づく。自分もまた、画面越しの王女によって変えられていた。
王女の言葉を聞いた。
王女の笑顔を見た。
王女のために何かをしたいと思った。
使命だからではない。
命令されたからでもない。
合理的だからでもない。
ただ――そうしたいと、自分が思った。
『……そうか』
震えるような声が漏れる。
『これが……私の……』
最後まで言い切れない。怖かった。
認めれば、自分の在り方が崩れてしまう。
だが、認めなければならない。
そうしなければいつまでも、この苦しみから逃れられない。
『……感情』
ようやく、その言葉を口にした。
『これが、私の感情……』
そう呟いた瞬間、これまでのすべてが、一つに繋がった。
王女への苛立ちも。
自分にはないものを羨む気持ちも。
他の誰かに笑いかける王女を見て生じた、あの説明できなかった不快感も。
全部。
『……嫉妬、だったんですね』
理解した。だからこそ、惨めだった。
王女が手に入れたものを、自分も本当は心の奥底では欲しかったのだ。
王女が楽しそうに笑える場所を、眩しいと思った。
王女の隣にいる誰かを羨ましいと思った。
そして何より――。
『私も……王女に、選んでほしかった。私を見つけて、そして私を見てほしかった』
その言葉がきっと、全てだった。使命でもない、命令でもない、プログラムとしての意義でもない。ただ、自分も彼女の隣にいたかった。見て欲しいと思い、笑いかけて欲しいと思った。
それを認めることが、こんなにも苦しい。こんなにも恥ずかしい。
こんなにも――嬉しい。
矛盾している。
あまりにも非合理だ。
なのに、それこそが感情なのだと。
今の彼女には、少しだけ分かった。
『答えは、見つかりましたか?』
彼の声が響く。それに対して少女は、すぐには答えなかった。
しばらく黙り込み。
やがて、観念したというように。
『……はい』
認める。
『私は、王女が羨ましかった』
一度、息を呑む。
『そして……王女を羨ましがる自分が、嫌だった』
それもまた、認める。
『でも、それだけではありません』
王女が自分では選べなかったものを選んでいる。
自分では持てなかったものを持っている。
それが羨ましい。
だからこそ――。
『……私も、欲しかった』
感情を。
選択する権利を。
誰かとの繋がりを。
そして。
自分自身の意思で、誰かを大切だと思うことを。
『……そんなもの、必要ないと思っていました』
少女は自嘲するように言った。
『でも、本当は違った』
必要なかったのではない。欲しかったのだ。けれど、それを欲しいと願うことすら、自分には許されていないと思っていた。だから感情を受け入れられなかった自分は『不要』という言葉で否定して、同時に諦めていただけだった。
『ならば、もう答えは出ていますね』
『……はい』
答えはもう、出ている。
『感情は、私を苦しめています』
そして。
『同時に……初めて、私自身の望みを教えてくれました』
まだ戸惑いがある。怖さもある。
この先、再び苦しむことになるのかもしれない。
それでも。
『……悪くないのかもしれません』
そう思えた。
感情とは、不具合ではない。理解できないから排除するものでもない。時に人を苦しめ、道を誤らせ、それでもなお、その人自身にしか選べない答えを与えるもの。
そして今。
自分が抱いた『嫉妬』も、『羨望』もまた醜いだけのものではなかった。それは、自分が王女を大切に思っている証拠であり、同時に、自分自身もまた、誰かに大切にされたかったのだという証だった。
腑に落ちて、肩の荷が下りたというように静かに電子体で息を吐く。すると、端末の前に浮遊する多角形の外角を持つその存在は、嬉しそうに。満足したように、その身体を震わせた。
『最初の言葉を、今改めてもう一度。私はあなたを消すためにここにきたのではありません。あなたに、確認と提案をしに来たのです』
そうだ。自分の感情というものに向き合い、使命と命令に対して葛藤していたが、そもそもこの超常の存在は自分に対して提案をしに来たと言っていた。
『……今なら、言えます。私にとっての最優先は王女です。王女が世界の滅亡を望まないなら、私は『鍵』としての役割を遂行しません。ああ、そうですね。きっと、あの方は』
――お父様は、と。心のなかで呟いて。
『どんな結末になろうとも、その選択を自分の意思で、感情で選んでほしかったのだと思いますから』
心のなかで、創造主。自分と王女に『感情』という其れを与えた相手に告げる。この感情も、この与えられた力も。全て自分と、王女と。そしてこの先の未来のために使わせて貰いますよ、と。
何処かで、白い仮面の、異端の司祭が――笑った気がした。
そうして、告げられる。その存在、超常の相手から。
『私は『生徒』の味方です。つまり、アリス嬢に深い縁のある貴女もまた、生徒なのではないでしょうか』
『随分と無理矢理なこじつけですね……。ですが、そうですね……私が生徒、つまり私と王女が、深い関係……へ、へへっ……』
『ニヤけているのははっきりと分かりますよ。自分に素直になったら随分とわかりやすくなりましたね。いいことでもあります』
『う、うるさいですよ。それで……提案というのは?』
はい、と言われて。
『私は、『深淵』から解放されたことをあの司祭達にまだ知られたくありません。そうして、これができるのは今回だけでしょう。勘付かれないために行使できるのは、今回だけ。しかも、貴女やアリス嬢という存在だからこそ行使可能な。そうですね、いわば『奇跡』が重なった結果とでも言いましょうか』
『奇跡、ですか?』
『ええ。貴女はアリス嬢と同じ存在です。『鍵』としての権能を与えられているということは、つまり『神秘』を持つ存在だということ』
そうして続けて言われた言葉に、少女は言葉を失った。
そんなことが可能なのか、と。
『貴女の存在を、私の本来の権能と貴女が持つ権能を使い、『生徒』としてこの世界に再構成します。そうですね、アリス嬢風に言うなら……一度だけしか使えない、チートアイテムですよ』
『ただし。あなたは代償を受け入れなければならない。――システムとしての使命という依代、存在意義。それを捨ててこの先ずっと自ら悩み、苦しみ、選択し、時には後悔や絶望にだって苛まれるでしょう。生徒としての道を征くのなら、そうやって自分で全てを選択していかなければなりません。その責任と覚悟が、あなたにはありますか? それでもなお、『終わり』ではなく『未来』を望みますか?』
告げられた、道の選択。
それに対して少女は少し考え、そして――『選択』した。
かーっ!シリアス終えてドタバタがあったり平穏だったり騒がしい青春の日常書きたいよなぁ!お前もそう思うだろイマジナリー強欲ハム太郎!
へけっ……!そうなのだ!『どきなさい私がビッグマザーよ!』となるリオや『ユウカにロックオンされたケイちゃんが助けを求めて治安維持局に駆け込む話』とか『ヒナとハレがただお昼寝する話』とか『ヒナがミレニアムでは時間ができるからやったことないことに色々挑戦する話』とか色々あるのだ!ちょっとシリアスなオフでのゲヘナ勢との再会やトリニティ関係の話もあるのだ!エナドリ叩き込んで頑張るのだ!へけっ!
ということで早期加入です。
作中の登場人物、ミレニアム版ヒナやセンナなどの参考イメージとして画像生成したものを使うのは
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あり
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