『ミレニアム治安維持局局長』、空崎ヒナ   作:無名のカヤ推し

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EPISODE28:RABBIT小隊騒動編① 『友との歓談と、アビドスへの提案』

 その日、ヒナは上機嫌だった。前日には十分な睡眠を取っているし、今日は非番の日である。コンディションは万全、そしてなにより休日に業務以外の何をしていようと自分の自由である。

 

 この日、彼女の姿はミレニアムにはない。もっとも、現在訪れている場所の前にはビークルモードのフェルを停めてあるし、武装ラックにはデストロイヤーと万全の状態ではあるが。

 

 ヒナが今日、それも朝から訪れていたのはD.U地区にあるとある建物。連邦捜査部シャーレの本部である。

 

 連絡が来たのはつい数日前だった。最早恒例になりつつある、『ヒナがちょっと暇になったから治安維持局の他の課を手伝おうとしたらつい熱が入ってしまって遅くまで業務をしてしまう』ということがあり、こちらも恒例のセンナやルーネ、セミナーなどへの連絡から強制帰宅ということが終わったあと。時間もあるし最近習っている料理でもやって夕食になにか作ろうかと考えていた時、彼女のスマホが振動した。

 

 それはシャーレの先生からのもので。内容は、手伝ってほしいことがあってできれば数日後にでも協力して欲しいというものだった。

 

 シャーレの業務に関わることのようで、ただ無理に頼むつもりはなくヒナがミレニアムの生徒として優先すべきことがあるならそちらを最優先にしてくれていいと添えられていたが、スケジュールを確認すれば指定された日は非番である。なので何の問題もなくヒナは了承。

 

 そして翌日、当日一緒に手伝ってもらう生徒がいると先生から連絡があった。誰だろうか、できればゲヘナの生徒はまだ色々整理がついていないから避けたいところだなどと思っていれば。

 

 そこに記されていたのは、『小鳥遊ホシノ』という文字だった。

 

 それはもうヒナの機嫌は最高潮だった。最近はアリスの件にゲーム開発部への協力、ミレニアムプライスでの警備関係の全体業務に、終了後の事後処理もあったりでそこそこに忙しかったこともあり、ホシノとはモモトークくらいでしかやり取りをしていなかった。

 

 友人であるホシノと久しぶりに会えるというのも嬉しいことだったが、個人的なこと以外でもホシノに用事があったのは事実。現在ヒナはまだ案件までは行っていないが、ある提案と相談をミレニアム上層部から頼まれていた。その対象が、アビドスである。

 

 なので今回、シャーレの手伝いとしてホシノと会えるのは個人的にも、そして自治区の立場的にも嬉しかった。

 

 そして。

 

「……ヒナちゃん」

 

「なに?」

 

「さっきからずっと嬉しそうだねぇ」

 

「……そう?」

 

「うん。すっごく」

 

 シャーレ本部、談話室。

 

 先生から指定された集合時間はまだ少し先だった。業務そのものは先生が来てから開始する予定らしく、先に到着した二人は談話室で待機している。

 

 窓際の席に腰を下ろしているのは、薄桃色の髪を長く伸ばした少女。いつものように少し眠たそうな表情を浮かべながら、それでも口元には僅かな笑みを浮かべている。

 

 その向かいに座っているのは、白い髪をポニーテールに纏めた少女――空崎ヒナ。

 こちらも、普段の彼女からすれば随分と分かりやすいほどに機嫌が良かった。

 

「……そんなに?」

 

「うん。おじさん、ヒナちゃんとは深い仲だからねぇ。普段のヒナちゃんがどんな顔してるかくらいは分かるよ」

 

「言い方がなんというかいやらしい、ホシノ」

 

「うへ~よいではないかよいではないか~」

 

 なんだかホシノも機嫌が良さそうだが気のせいだろうか。

 ヒナはそう思いながら、手元のカップに視線を落とす。

 

「……まあ、久しぶりだから」

 

「うん?」

 

「ホシノとこうして直接会うのは、結構久しぶりだし」

 

「そだねぇ」

 

 ヒナに否定するつもりはなかったらしい。

 むしろ、開き直ったようにヒナは頷いた。

 

「……少し、楽しみにしてた」

 

「少し?」

 

「……かなり」

 

「ふふっ」

 

「笑わないで」

 

「いやぁ、だって。あのヒナちゃんが『かなり楽しみだった』なんて言うんだもん」

 

「……私だって楽しみにすることくらいあるわ」

 

「知ってるよぉ。最近は色々楽しそうにしてるってモモトークでも聞いてたし」

 

「……誰に聞いたの?」

 

「センナちゃん」

 

「帰ったら詳しく聞く必要がありそうね。私のプライバシーどうなってるのとか」

 

 一瞬脳内にサムズアップする副官が見えたような気がした。帰ったら覚悟しろと思う。

 

「センナちゃんからも聞いたけど、それだけじゃないよ。ネルちゃんやルーネちゃんからも色々聞いたし……ゲーム開発部の子達の話もね」

 

「ああ……」

 

 それを聞いて、ヒナは小さく笑った。

 

 アビドスの騒動の際、現地でカイザーの掃討戦を指揮を行ったのはセンナとネル、そしてセンナの指揮下には機動課も居たことからルーネも含まれる。騒動の後日の事後処理の際、その面々はアビドスを訪れており、その際に対策委員会とも交友を持っていた。その際にモモトークも交換している。

 

 

 

「最近は、少し忙しかったけど……悪くなかったわ」

 

「ほうほう?」

 

「ゲーム開発部の手伝いをしたり、ちょっと新しい案件がリオから出たからそれに対応するためにエンジニア部と打ち合わせしたり。治安維持局の方でも色々とあったし」

 

 ホシノから見れば、少し安心していた。ヒナが自分で抱え込んで無理をしやすいのは知っている。だから最近も忙しいからと無理をしているのではないのかと少し思っていたが、杞憂だったようだ。

 

 顔や今の雰囲気を見ればわかる。暫く会っていいなかったが、ミレニアムで充実した日々を送っているようだ。

 

「大変そうだねえ。お仕事以外でちゃんと遊んでる?」

 

「……その質問、センナ達にもよくされるのだけど」

 

「そりゃそうでしょ」

 

「最近はちゃんと休んでいる」

 

「『最近は』なんだ」

 

「……」

 

「図星?」

 

「……否定はしない」

 

「やっぱりかぁ」

 

 ホシノがくすくす笑い、ヒナは少しだけ頬を膨らませる。

 ただ穏やかな、友人同士の時間が流れていく。

 

「センナもルーネも、私が仕事をしすぎると本気で止めに来るし。昨日なんて、機動課の整備を少し手伝おうとしたらルーネに見つかって、そのままセンナまで呼ばれて……」

 

「ははは、自業自得だねぇ」

 

「笑い事じゃないわ」

 

「ごめんごめん。いやぁ……なんていうか、ちょっと安心しただけ」

 

 まったくもう、というようにヒナはため息を付くが口元には笑みが浮かんでいた

 しばらくして、ヒナはカップを両手で包みながら、少しだけ表情を真面目なものへと戻した。

 

「私もホシノに聞きたいことがあったの」

 

「ん?」

 

「最近のアビドス。どう?」

 

 その問いに、ホシノは一瞬だけ目を細めた。

 やはり来たか、とでも言うように。

 

「ふむふむ。なるほどなるほど。そういう話がしたかったんだねぇ」

 

「……仕事の話も、というだけよ。むしろ、会えて嬉しいほうが私としては強いし」

 

「うへー……おじさん流石に照れちゃうなあ。まあ、あれだね。個人的な話のついで?」

 

「……まあ、そうね」

 

「ヒナちゃんはほんと真面目だなぁ」

 

 からかうように言いながらも、ホシノの表情は少しだけ変わった。先ほどまでの休日の友人同士の気楽な笑顔から、アビドス高等学校の対策委員会、その委員長としての顔へ。

 

「そうだねぇ……」

 

 ホシノは窓の外へ視線を向ける。

 

「前より、ずっと良くなってるよ」

 

「具体的には?」

 

「まず、借金。半分が帳消しになった。……うん。それだけでも相当大きいよ」

 

 ホシノは指を一本立てる。

 

「カイザーとの一件で、アビドスを取り巻いてた事情が大きく動いたからね。もちろん、なくなったわけじゃないし、残ってるものもある。でも――」

 

 一度言葉を切る。

 

「『このままだと学校そのものがなくなる』っていう状態からは、少しだけ遠ざかった」

 

「……そう」

 

 ヒナは頷いた。その事実自体は、既にミレニアム側からも報告を受けている。ただし、書類の上に並ぶ数字として知るのと、実際にそこに住んでいる生徒の口から聞くのでは、重みが違う。

 

「それとね」

 

「うん」

 

「土地も戻ってきてる」

 

「担保になっていた土地の?」

 

「そう。全部じゃないけど、かなりね」

 

「それは大きいわね」

 

 ヒナが即座に反応する。カイザーは今まで、アビドスの借金の担保として大半の土地の権利を手にしてきた。だが、それもつい先日までのこと。現在では、カイザーが保有する土地は大半がアビドスの砂漠地帯だけとなっている。

 

 特にカイザーとしてたまったものではなかったのがアビドスの一件でカイザーにかけられた嫌疑だった。『生徒に対する脅迫、監禁』『それを利用した自治区への干渉及び攻撃』『ミレニアムで非合法に製造された物資の秘密裏なアビドスへの輸入』。他にもあるが、どれもが致命的で、ミレニアムからの言及を回避できず。逃げることも簡単ではなく。結局、カイザー自身がPMCを切って捨ててのそこに加えての示談しかなかったのだ。

 

「今までアビドスは学校そのものの維持だけじゃなくて、土地を維持することも難しかったでしょう」

 

「うん。何しろ、もともとのアビドス自治区って結構広いからねぇ」

 

 ホシノが苦笑する。

 

「学校は砂塵被害がひどい場所だし、ちょっと行けば周りは延々と砂と瓦礫。人がいなくなって、管理する意味もなくなって、使われない土地がどんどん増えていった」

 

「……それでも、土地そのものが消えたわけじゃない」

 

「権利だけが他者に渡っていた。だから戻ってきた分については、今ならアビドスが使い道を考えられる」

 

 ヒナはそこで一度黙った。

 ホシノは、その沈黙が何を意味するのか察したらしい。

 

「なるほど。 ……ミレニアム、アビドスの土地を欲しがってる?」

 

「正確には――」

 

 ヒナはゆっくりと言葉を選んだ。

 

「興味を持っている」

 

「ほぉ」

 

「かなり強く」

 

「なるほどねぇ」

 

 ホシノはソファの背にもたれた。

 

「やっぱり、そうなんだ。ミレニアムから何人か来てたからね。ちゃんとうちの学校にまで許可申請書と挨拶にまで来てたから。ご丁寧に菓子折りと最高級品の『純度100%の葉っぱのお茶』まで持ってね。お菓子もお茶もおいしかったなあ」

 

「ああ、調査班ね」

 

「うん。最初は事後調査かなって思ってたんだけど」

 

 ホシノは苦笑する。

 

「途中から、なんか妙に砂を見てるんだよねぇ」

 

「砂?」

 

「砂。地面。廃墟。昔の採掘跡。あと、ガラス工場の跡地とか」

 

「……そこまで見ていたのね。流石、リオがお墨付きを与えた調査班の生徒だけある」

 

「まあ、そんなことにすごく関心持ってたらそりゃ私も気になるよ」

 

 ホシノは肩をすくめた。

 

「『アビドスは砂漠だから困ってる』ってずっと思ってたのに、その砂漠を珍しそうに調べる人達が来たらさ。何してるんだろうって」

 

「それは、今回の話に繋がってるわ」

 

「やっぱり?」

 

 ヒナは頷いた。

 

「ミレニアムは今、アビドスの環境そのものに研究価値を見出している」

 

「研究価値?」

 

「ええ」

 

 ヒナは背筋を少し伸ばした。

 それでも声は穏やかだった。

 

「アビドスの環境は、ミレニアムにとって都合がいいの」

 

「どういう意味?」

 

「砂漠という、極端な環境そのものよ」

 

 ヒナは指先でカップの縁をなぞりながら、説明する。

 

「高温。低湿度。昼夜の寒暖差。砂塵。強い日射。視界不良。通信条件の変化。地盤の不安定さ。都市部では再現しにくい条件が、一つの自治区にまとめて存在している」

 

「……ああ」

 

「しかもアビドスは広い」

 

「うん」

 

「そして今まで人の手が入らなかった地域も多い」

 

 ホシノは黙って聞いていた。

 

「工学系なら、砂塵環境下での機器耐久試験ができる。通信関連なら長距離通信や障害環境での実験ができる。車両なら砂上走行。エネルギー系なら太陽光や熱環境の研究。素材研究なら、砂そのものだけじゃない」

 

「ガラス?」

 

「ええ」

 

 ヒナの目がわずかに細くなる。

 

「アビドス周辺の砂や鉱物資源をはじめとした自治区特有の資源は素材として見れば面白い可能性がある。もちろん、実際に有用かどうかはこれから調べる必要があるけれど」

 

「へぇ……」

 

「かつて最盛期の頃に使われていたガラス素材、その製造設備、廃棄された研究施設。何が残っているかを調べる価値もある」

 

「つまり」

 

 ホシノが言葉を引き取る。

 

「今までアビドスにとって邪魔だったものが、ミレニアムからすると『実験場』とか『研究資産』に見えるってこと?」

 

 ヒナは頷いた。

 

「少し言い方は悪いけれど、そういうこと」

 

「うへ~」

 

 ホシノは天井を見上げる。

 

「砂漠が研究資産ねぇ」

 

「ミレニアムらしいでしょう?」

 

「らしいねぇ」

 

 二人とも、少しだけ笑った。だが、その笑いが落ち着いたところで、ヒナは表情を変えた。

 

「そして」

 

「ん?」

 

「ここからが本題」

 

 ホシノの顔にも、少しだけ緊張が走る。

 

「ミレニアムは、アビドスにある提案をしたいと考えているの」

 

「提案?」

 

「ええ」

 

 ヒナはホシノの目を見る。

 

「戻ってきた土地の一部を、ミレニアムとの共同利用区域として提供してもらえないか、と」

 

 ホシノは数秒、黙っていた。

 

「……貸してほしい、ってこと?」

 

「基本的には」

 

「売ってほしい、じゃなくて?」

 

「そう。売買を前提にはしていない」

 

 ヒナは即答した。

 

「権利はアビドス側に残す。ミレニアムは一定の範囲について使用権を得る。その代わりに、研究施設や設備を整備する」

 

「ほうほう」

 

「もちろん、研究内容によってはアビドスの生徒にも利用可能な形にする」

 

「……具体的には?」

 

「例えば気象観測設備」

 

 ヒナは一本指を立てる。

 

「砂嵐や気温、地盤、地下水脈などの観測を行うための施設」

 

 もう一本。

 

「災害対策設備。砂嵐や高温環境を想定したシェルター、通信中継、非常用電源」

 

 そして三本目。

 

「輸送・物流設備」

 

「物流?」

 

「アビドスは長距離輸送そのものが問題になる。なら、ミレニアムが研究と実証を兼ねて輸送網を整える」

 

「なるほどねぇ」

 

「さらに、希望があれば、アビドスの学校、つまりあなた達対策委員会に研究設備を開放する」

 

 ホシノは腕を組んで考える。

 

「じゃあ……アビドスに研究所ができる?」

 

「一部はね」

 

「道路も?」

 

「整備対象に入る可能性が高い」

 

「砂漠地帯に寄れば寄るほど不安定になる電気とか通信も?」

 

「そこも」

 

「それ、結構すごくない?」

 

「だから提案になっているのよ」

 

 ヒナは淡々と答えた。

 だが、その声にはどこか自信があった。

 

「ミレニアム側にも利益がある」

 

「……研究成果に設備の実験データ」

 

「その通り」

 

「アビドス側にはインフラが残る、土地そのものは売らなくて済む」

 

「それも大きい」

 

「……うーん」

 

 ホシノが唸る。

 

「これだけでも結構お得な話に聞こえるんだけど」

 

「もう一つある」

 

「まだあるの?大盤振る舞いだねぇ」

 

「ええ。というか、これが一番大きいと私は思ってる」

 

 ヒナは一瞬だけ言葉を止めた。

 

「ミレニアムとして、アビドスとの長期的な協力関係を結ぶ」

 

「協力関係?」

 

「共同研究や経済的な取引だけじゃない」

 

 その声は、今までより少しだけ重かった。

 

「自治区として、アビドスの後ろ盾になる」

 

 ホシノが瞬きをした。

 

「……後ろ盾」

 

「ええ」

 

 その言葉の意味を、ホシノも分かっていた。

 

 単なる研究契約なら、ミレニアムが設備を置いて、研究成果を持ち帰れば終わる。企業や研究機関がやる共同研究と、それほど変わらない。

 

 だが。

 

 自治区そのものが後ろ盾になるとなれば、話はまるで違う。

 

「……それ、本当にリオちゃんが言ったの?結構とんでもないことだよ」

 

「まだ正式決定じゃない」

 

 ヒナは首を横に振った。

 

「現段階では提案。上層部に提示されている案の一つ。けど、リオは乗り気」

 

「……意外だなぁ」

 

「そう?」

 

「だってリオちゃんって、まだ少ししか話したこと無いしモモトークでも会話頻度はそこまで高くないけどさ、すごく合理的でしょ?」

 

「だからこそよ」

 

 ヒナは穏やかに答えた。

 

「リオは今回のアビドスの騒動を、『一時的な事件』ではなく『状況が変化した転機』として見ている」

 

「転機?」

 

「そう」

 

 ヒナは机の上に視線を落とした。

 

「これまでミレニアムがアビドスに対して積極的な干渉をしてこなかったことには、理由があるの」

 

「自治区間の取り決め?」

 

「それもある」

 

「やっぱり」

 

「自治区には自治区間の協定がある。それぞれの自治権を尊重すること。内政に不用意に干渉しないこと。特に、相手側から要請がない限り、基本的には軍事的・政治的な介入は避ける」

 

「まあ、普通はそうだよね」

 

「ええ」

 

 ヒナは頷く。

 

「それに、アビドスは衰退してから、他の自治区との交流そのものをほとんど絶っていた」

 

「……そうだったね」

 

「だから、ミレニアム側から『干渉したい』と思っても、どうしようもなかった」

 

「アビドス側から拒絶されるなら、勝手に踏み込むわけにもいかない」

 

「そういうこと」

 

 ヒナの声が少し低くなる。

 

「聞く所によると、先代の生徒会長の何人かも、何度かアビドスに対する干渉を検討していたらしいけれど」

 

「けれど?」

 

「接触する理由がない。無理にしようとすれば、問題になって連邦生徒会に自治区に対しての介入を許すことになる」

 

 あまりに簡潔な答えだった。

 しかし、それこそが問題だった。

 

「アビドスは、自分達から助けを求めなかった。外部との交流を減らしていった。ミレニアム側も、自治区の主権を侵してまで介入する理由を持てなかった……そして時間だけが経った」

 

「……そうね」

 

 ヒナは小さく頷いた。

 

「結果として、アビドスは衰退を続けた」

 

 ホシノは何も言わなかった。

 自分達がその中にいたことを、改めて突きつけられる。

 

 もし。

 もっと早く誰かが手を差し伸べてくれていたら。

 そう考えてしまうのは、きっと自然なことだった。

 

 だが。仮にそうされたとして、あの時の自分はそれを受け入れただろうか。

 

 ……誰も信用できなくなって。できたとしても、今は居ない先輩と。そして、少しの間だけ身を寄せていた目の前に居る友人くらいだったのだから。

 

 

 

「でも、今回の件で変わった。カイザーとの問題が表面化したことで学校の土地や権利関係が大きく動いた。借金の一部が整理され、土地も戻ってきた。そして、何より」

 

 ヒナはホシノを見る。

 

「アビドスが再起に向けて動いている、ということが騒動によってキヴォトスに知れ渡った」

 

 ホシノはゆっくりと息を吐いた。

 

「つまり、ミレニアムは今回の事件で初めて『アビドスに干渉できる状況』ではなく『アビドスと正式に取引する理由』を得た」

 

「……なるほどねぇ」

 

 ホシノは小さく笑った。

 

「そういうことかぁ」

 

「もちろん、アビドス側が了承する必要はある」

 

「うん」

 

「だから私は、今日ここでホシノに意見を聞いておきたかった」

 

「おじさんに?」

 

「あなたは対策委員会の委員長でしょう」

 

「そうだけど」

 

「それに」

 

 ヒナは少しだけ笑った。

 

「――友達だから」

 

「……うへ」

 

 ホシノが照れたように笑う。

 

「そういうことを真顔で言うの、ずるいよねぇ」

 

「事実でしょう?」

 

「まあねぇ」

 

 しばらく、二人とも笑っていた。

 やがてホシノは、もう一度窓の外を見る。

 

「……私(・)は、いいと思うよ」

 

「本当に?」

 

「うん」

 

 今度の声には迷いがなかった。

 

「だって、アビドスはずっと『何もない』って言われてきたから」

 

「……」

 

「土地も、砂も、壊れた施設も、全部価値がないって」

 

 ホシノが自嘲気味に笑う。

 

「でもさ」

 

 指先でテーブルを軽く叩く。

 

「ミレニアムがそこに価値を見つけてくれるなら。それって、アビドスがもう一回、自分の土地を使えるってことじゃない?」

 

「……ええ」

 

「学校を守るだけじゃなくてさ」

 

 ホシノは少しだけ嬉しそうに笑った。

 

「学校の外に、もう一回何かを作れるかもしれない」

 

「そうね」

 

「研究所でも、観測所でも、物流拠点でも何でもいい」

 

「……」

 

「人が戻ってきて、土地を使って、何かを作る理由ができるなら」

 

 ホシノは肩をすくめた。

 

「私は、かなり好きだよ。そういう話」

 

 ヒナはしばらく何も言わなかった。

 

 ただ、目の前に座っている友人を静かに見ている。

 

「……良かった」

 

「ん?」

 

「いや」

 

 ヒナはカップに口を付けた。

 

「ミレニアムとしても、アビドスに一方的な支援をするつもりはないの」

 

「うん」

 

「それでは長続きしないから」

 

「だから取引にする、でしょ?」

 

「そう」

 

 ヒナは頷く。

 

「お互いに利益がある形にする。その方が、アビドスが自分の足で立つきっかけにもなる」

 

「ヒナちゃんらしいねぇ」

 

「そう?」

 

「うん」

 

 ホシノは笑った。

 

「『助けてあげる』じゃなくて、『一緒にやろう』なんだもん」

 

 その言葉に、ヒナは少しだけ目を見開いた。

 

 そして。

 

「……その方がいいでしょう」

 

「うん」

 

「アビドスは、守られるだけの学校じゃない」

 

「うん」

 

「ちゃんと、自分達で何かを作っていける学校よ」

 

 それは、ヒナ自身の考えでもあった。

 誰かを守るということはただ危険から遠ざけるだけではない。

 

 その人達自身が立ち上がれる場所を作ることも、きっと守るということなのだ。

 

「……あ」

 

 ホシノが突然、小さく声を漏らした。

 

「そういえば」

 

「何?」

 

「ミレニアムがそこまで乗り気なら、アビドス側にとって困ることはないの?」

 

「当然あるでしょうね」

 

「即答だ」

 

「自治区同士の関係になる以上、条件交渉は必要よ」

 

「だよねぇ」

 

「例えば研究区域の立ち入り範囲。情報の公開範囲。設備の所有権。研究成果の帰属。安全基準。環境保全」

 

「……結構あるなぁ」

 

「それに、アビドスにはアビドスの都合がある」

 

「うん」

 

「だから、全部こちらの条件で進めるつもりはない」

 

「……そこは安心した」

 

 ホシノは胸を撫で下ろす。

 

 

 二人で笑う。

 

 

 その時。談話室の外から、足音が聞こえてきた。

 ヒナとホシノが同時にそちらを見る。どうやら、自分達を呼んだ張本人が来たようだ。

 

「先生かな?」

 

「たぶん」

 

 ドアが開いた。

 

「ごめん、待たせたね――」

 

 いつもの先生が姿を現す。

 そして二人の前に置かれたカップを見て。

 

「……随分楽しそうだったみたいだね」

 

「おじさん達、久しぶりに会えたからねぇ。後は、アビドスの未来についての話を少しかな?」

 

「なるほど」

 

 先生は二人の向かい側へ座る。

 

「じゃあ、ちょうどいい」

 

「何が?」

 

「今日お願いしたいことのひとつも、その話と少し関係がある」

 

「うへ……やっぱり?」

 

 ホシノが目を細める。

 

「なんとなくそんな気はしてたんだよねぇ」

 

 ヒナは黙って先生を見る。

 先生は二人を交互に見てから、静かに口を開いた。

 

「アビドスをめぐって、いくつかの自治区が動き始めてる」

 

「……そう」

 

 ヒナは小さく頷いた。

 やはり今回の騒動はカイザーとの戦いが終わっただけではない。

 

 長い間、閉ざされていたアビドスという自治区が、もう一度キヴォトスの中へ姿を現した。

 その事実そのものが、周囲の人間の目を変えている。ホシノもそれを感じ取っているのだろう。

 

「先生」

 

「うん?」

 

「今日の仕事って」

 

「まずは、それぞれの立場から話を聞きたい」

 

「……なるほどねぇ」

 

 ホシノが椅子に深くもたれた。

 

 ヒナも小さく息を吐く。

 

「わかった」

 

 さっきまでの休日の穏やかな気分は、少しだけ薄れていた。

 

 それでも嫌ではなかった。

 むしろ、奇妙なほど自然だった。

 

 ホシノと並んで、アビドスについて考える。友人の学校がこれからどうなるのか。そのために自分が何をできるのか。それを考える時間もまた大切なものなのだ。

 

 ヒナは隣のホシノを見る。

 ホシノもこちらを見ていた。

 

「ヒナちゃん」

 

「なに?」

 

「さっきの話」

 

「うん」

 

「ミレニアムの後ろ盾ってやつ」

 

「ええ、言ったわね」

 

「もし本当にそうなるならさ」

 

 ホシノは、少しだけ笑う。

 

「アビドスも、ちゃんと頑張らないとね」

 

「……そうね」

 

「ただ助けてもらうんじゃなくてこっちからも『アビドスってこんなことできます』って言えるようにしないと」

 

 その言葉を聞いて。

 ヒナは、ごく僅かに笑った。

 

「その意見リオに伝えたら、きっと喜ぶと思う」

 

「うへへ~……そっか……」

 

「ええ」

 

「じゃあ、おじさん頑張ろうかなぁ」

 

「私も協力するわ」

 

「頼りになるねぇ、ヒナちゃん」

 

「友達でしょう」

 

「……うん」

 

 ホシノは笑った。

 その笑顔は、以前より少しだけ明るく見えた。

 

 砂漠に広がる何もない土地。

 借金。廃墟。乾いた風。

 

 かつては衰退の象徴だったもの。だが見方を変えれば、それはまだ残っている資産でもある。そして今そこに価値を見出す者達が現れ始めている。アビドス自身がその価値を信じられるようになれば砂漠は、ただの砂漠ではなくなる。

 

 

 その可能性を。これからのアビドスの未来をヒナは少しだけ、楽しみに思っていた。

 

 

 




 RABBIT小隊編開幕です。大体5話前後の予定。RABBIT小隊編というものの、所々に今後の布石を置いてあります。

 さておき。

 ホシノと久しぶりに会えて超ご機嫌なミレニアムの校章入りスーツ着たポニテヒナちゃんかわいいよなぁ!お前もそう思うだろイマジナリー強欲ハム太郎!

 へけっ……!そうなのだ!ホシノとヒナがマブダチでヒナがデッレデレなのは最高なのだ!ところでこの2人が投入されたら無理ゲーなのだ!しかも2人揃ってツヤツヤでコンディション万全なのだ!後僕は強欲だから、色んな生徒がミレニアムの制服やスーツ着てるのを考えるのも好きなのだ!スーツ着たケイちゃんとかホシノとか最高なのだ!

  ……作者の趣味がうすほそに寄ってるって?
 気の所為なのだ!作者の癖生徒の一部はヒナ、ホシノ、ミヤコ、ケイなのだ!癖ッ!
 
 近い内に立ち絵は上げる予定。
 全員癖にきましたが一番作者の癖にきたのはルーネちゃんでした。



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