『ミレニアム治安維持局局長』、空崎ヒナ   作:無名のカヤ推し

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EPISODE29:RABBIT小隊騒動編② 『彼女達を知るために』

「今回のもうひとつの依頼は少し複雑なんだ」

 

 先生の声が、静かに部屋の中へ落ちた。

 

「……複雑?」

 

 ホシノが首を傾げる。

 ヒナも先生へ視線を向けた。

 

 先生の表情が、いつもより少しだけ違う。柔らかな笑顔。けれどその奥には、これから何かを頼もうとしている人間特有の、僅かな躊躇があった。

 

「実は、二人に協力してほしいことがある」

 

 ヒナの眉が僅かに動いた。最初から先生の依頼を引き受けるつもりで来ている。だから、仕事を頼まれること自体には何の不満もない。

 

 

 ただ――。

 

 

 この時点で、ヒナは僅かな違和感を覚えていた。先生がここまで言葉を選んでいる。簡単な依頼ではないということは、なんとなくではあるが感づくことが出来た。

 

 先生が躊躇する時、それは、単純に危険だからというだけではない。誰かの人生に関わる時。何かを守るために、別の何かを切り捨てなければならないかもしれない時。そういう時、先生はいつも慎重になる。

 

 

「……連邦生徒会関係?」

 

「うん。正確には、連邦生徒会からシャーレに来た依頼に関係している」

 

「なるほどねぇ」

 

 ホシノが椅子の背にもたれながら呟いた。

 

「連邦生徒会からの依頼ってことは……それなりに面倒そうだねぇ」

 

「まあ、そうだね」

 

 ヒナは手元のカップへ視線を落とした。どうやら、ホシノとの穏やかな話の時間はここまでらしい。頭を切り替える。普段の『空崎ヒナ』から治安維持局局長としての自分へと。

 

「聞かせて」

 

「うん」

 

 先生は二人を交互に見た。

 

「まず、前提から話すね」

 

 その声から、先ほどまでの雑談めいた柔らかさが消える。

 

「今、連邦生徒会では――SRT特殊学園の閉鎖問題が大きな懸案になっている」

 

「……SRT」

 

 ホシノの表情が少しだけ変わった。

 ヒナも黙って聞いている。

 

 SRT特殊学園。キヴォトスにおいて、特殊作戦を専門とする極めて特殊な学校。通常の学校とは大きく異なり、連邦生徒会長の直接的な権限によって運用される、特殊部隊に近い性質を持った組織だった。

 

 だからこそその頂点に立つ連邦生徒会長が失踪したことは、単なる学校ひとつの問題には留まらなかった。

 

「連邦生徒会長の失踪後、SRT特殊学園は実質的に機能を停止した」

 

 先生が説明する。

 

「そして、連邦生徒会での協議の末に閉鎖が決定された」

 

 そこについては、ヒナもホシノも知っている。

 SRT特殊学園の閉鎖。それはキヴォトスでも広く知られた出来事だった。

 

「当然、SRTに所属していた全員が、その決定を受け入れたわけじゃない」

 

「それはそうでしょうね」

 

 ヒナが答えた。

 

「自分達がこれまで何のために訓練してきたのか、という話にもなる」

 

「その通り」

 

 先生は少しだけ顔を曇らせた。

 

「そして、閉鎖に強く反対している生徒達がいる」

 

 ヒナは、何となくその先に続く言葉が分かった。

 

「……なるほど。ミレニアムの外のことだけど、聞いたことくらいはある」

 

「うん。おじさんも、なんか聞いた話だなあと思ったよ」

 

 ホシノが反応する。

 

「SRTの子達でしょ? デモ活動をしているSRTの生徒ってことで、一時期はクロノスにも報道されてた」

 

「うん。その子達なんだ」

 

 先生は答えた。

 

「部隊名はRABBIT小隊。一年生四人で構成された小隊。隊長は月雪ミヤコ。メンバーは空井サキ、風倉モエ、霞沢ミユ」

 

「RABBIT小隊……」

 

 ヒナがその名前を反芻する。資料にも、その部隊名が大きく記されていた。

 

 四人。たった四人。しかも全員一年生。それなのに、今こうして連邦生徒会を悩ませる規模の問題になっている。それだけを考えても、彼女達がどれほど頑固に、そして必死に抵抗しているのかが分かった。

 

「その四人が、今――子ウサギ公園を占拠している。テントを張って、野営地にしているんだ」

 

 ホシノの顔から笑みが消える。

 

「……本気だねぇ」

 

「そうなんだ。これを見て欲しい」

 

 先生は資料を二人へ差し出した。

 

「最初は単純な抗議活動だった」

 

 資料には、子ウサギ公園の簡単な地図と、いくつかの写真が載っていた。

 

 公園。それだけなら、ただの都市公園にしか見えない。だが写真をよく見れば、テントの配置。簡易バリケード。物資の保管場所。見張り位置。そして、ところどころに置かれた不自然な箱や機材。

 

「……これ」

 

 ヒナが写真を指差した。

 

「罠ね」

 

「うん」

 

 先生が答える。

 

「侵入者を警戒して、簡易的な迎撃設備まで作っている」

 

「随分と物騒だねぇ」

 

 ホシノが苦笑する。

 

「でも、SRTの子達なんでしょう?」

 

「そう。だからこそ、普通のデモ隊とはわけが違う」

 

 その言葉に、ヒナは改めて資料を見た。

 

 公園の入口。樹木。遊具。視界を遮る構造物。簡易的な陣地。遮蔽物。動線。侵入者の接近を監視するための位置。

 

 恐らく、あの四人はこの公園全体を、一つの小さな作戦区域として見ている。そこには恐らく、彼女達が学んだものがそのまま現れているのだ。

 

 地形を利用する。

 役割を分担する。

 少ない戦力を効率よく動かす。

 守るべき地点を決める。

 退路を確保する。

 

 そういう、SRTとして叩き込まれた思考。

 

 だからこれは、ただの座り込みではない。

 ただの駄々でもない。

 四人は本気で、ここを守ろうとしている。

 

 

 しかし。

 

 

 ヒナには、その自分で思案した『ここ』という言葉が引っ掛かった。

 

 公園そのものを守りたいのだろうか。

 

 

 それとも――

 公園を守らなければならない理由が、別にあるのだろうか。

 そんな疑問が、静かに胸の奥へ浮かんだ。

 

「ヴァルキューレが対応しているのよね?」

 

 ヒナが尋ねた。

 

「うん、何度か退去を求めている」

 

「それで?」

 

「交渉は決裂」

 

「……やっぱり」

 

 ホシノが小さく呟いた。

 

「元SRTだもんねぇ」

 

 ヒナも同じことを考えていた。

 

 警察学校の生徒と、特殊作戦を専門に訓練していた生徒。単純な腕力や火力だけの問題ではない。追い出そうとすれば、その動きを予測される。封鎖すれば突破される。接近すれば罠がある。包囲すれば狙撃される。

 

 そして何より。

 

 相手は、戦闘慣れした生徒を想定した訓練を受けている。

 

「公園は公共施設だから、本来なら不法占拠として排除できる。でも、相手は元SRTの生徒達だ」

 

「……下手に強硬手段を取れば、政治的に面倒なことになりかねない」

 

 ヒナが続けた。

 

「しかも、SRTの閉鎖そのものに反対している」

 

「そう」

 

「ヴァルキューレが力づくで排除したら、抗議活動そのものがさらに別の生徒に広がって大きくなる可能性もある」

 

「その通り」

 

 ホシノは資料を眺めながら、静かに言った。

 

「単純に『公園を不法占拠してるから追い出す』では済まないんだね」

 

 先生は頷いた。

 

「何より――」

 

 そこで先生は、資料の一枚を裏返した。

 SRT特殊学園、閉鎖。

 その短い言葉が書かれている。

 

「今の状況で、この四人だけを無理やり引きずり出したら、それで終わりになるとは限らない」

 

「……むしろ」

 

 ヒナが言葉を引き取る。

 

「『連邦生徒会がSRTの生徒達を力で黙らせた』という象徴になりかねない」

 

「そういうことなんだ。だからシャーレに依頼が来た」

 

「シャーレなら、連邦生徒会やヴァルキューレのいざこざには直接的には関係ないし、関与するための権限も持っている。その権限において、生徒達に対して直接話をしに行ける」

 

 ヒナは再び資料を見る。

 

 

 月雪ミヤコ。

 空井サキ。

 風倉モエ。

 霞沢ミユ。

 

 四人の現場で撮影された顔写真。

 

 まだ幼い。一年生なのだから当然だ。それなのにその顔には、年齢に似合わない張り詰めたものがある。

 

 ヒナは、その表情から目を離せなかった。

 

 ――どうして。

 

 どうして、そこまでしているのだろう。

 

 単純に『学校のため』だけではない。

 

 それも理由の一つなのだろう。でも、それだけなら、もっと早く諦められるはずだった。

 

 転校する。

 別の学校へ行く。

 普通の生徒として生活する。

 

 それだけなら、道は残されている。

 残されているのに、彼女達はそれを選ばない。

 

 選ばず、SRTであることを掲げ続け。立ち去ることを拒んでいる。

 

 公園を占拠してまで。

 ヴァルキューレと対立してまで。

 自分達が危険な立場になると分かっていても。

 

 

 ――何を守ろうとしているのだろう。

 

 

 その疑問が、ヒナの中で大きくなっていく。

 

「……先生」

 

「ん?」

 

「この四人は、単純にSRTの存続だけを訴えているの?」

 

「そう見える?」

 

「資料にはそう書いてあるけれど」

 

 ヒナは写真へ視線を落とす。

 

「それだけじゃないように思う」

 

「……私もそう思ってる」

 

 先生が答えた。

 

「だから、直接話をしたい」

 

 その声には、確かな意思があった。

 

「SRT特殊学園を残したいのか」

 

 一つ。

 

「SRTという名前を残したいのか」

 

 二つ。

 

「それとも――」

 

 先生が少しだけ間を置く。

 

「自分達がSRTとして生きてきた意味そのものを、失いたくないのか」

 

 

 ヒナとホシノの二人は、しばらく言葉を失った。

 

 その三つは似ているようでいて、まったく違う。学校という建物なら、再建できるかもしれない。制度なら、別の形に作り直せるかもしれない。名前だって、いつかは復活できる。

 

 

 けれど。

 

 

 

 その場所で四人が過ごした時間。

 そこで得た仲間。

 そこで学んだこと。

 何のために自分は訓練してきたのか。

 何を守るために戦うのか。

 

 ……そんなものは、簡単には元へ戻せない。

 いや。一度失ってしまえば、戻すことは不可能だろう。

 

 学校を閉じる。たったそれだけの言葉で、全部を『過去』にされてしまう。それが、彼女達には耐えられないのかもしれない。

 

「……SRTって」

 

 ホシノがぽつりと呟いた。

 

「学校というより、もっと『自分達そのもの』に近いのかもねぇ」

 

 ヒナがホシノを見る。

 

「どういう意味?」

 

「おじさんも、ちょっと分かるんだよ」

 

 ホシノは資料を見つめたまま言った。

 その目には、哀愁と。少しばかりの懐かしさ、そして後悔が含まれていた。

 

「学校ってさ。普通なら、授業受けて、友達と遊んで、卒業して――そういう場所じゃん」

 

「ええ」

 

「でも、この子達は違うんじゃないかな」

 

 ホシノの声が、少しだけ低くなる。

 

「SRTで訓練して、任務のために鍛えて、いつか誰かを守るために動く。それが生活そのものになってるんだと思う」

 

 ヒナは黙って聞いていた。

 

「たぶん、毎日毎日、『自分はSRTの生徒だ』っていう前提で生きてきたんだよ。その矜持と、願いでね。目指すもののためにSRTであり続けるという意思で歩いてきたんだよ」

 

「……」

 

「だったら、学校がなくなるって」

 

 ホシノが少しだけ苦笑した。

 

「『学校がなくなる』だけじゃない」

 

 そこで、言葉が止まった。

 

「『あなた達が今までやってきたことには、もう意味がありません』って言われたように感じるんじゃないかな」

 

 ヒナは目を伏せた。

 

 それは思っていたよりずっと重い。学校の閉鎖ではない、存在そのものの否定。

 

 自分達の訓練。

 自分達の努力。

 自分達が守ろうとしてきたもの。

 

 それらをまとめて、『もう必要ない』と言われること。

 

「……それなら」

 

 ヒナが言う。

 

「抗議をやめられないのも分かる。だって、やめた瞬間――」

 

 ヒナの指先が、資料の端をなぞる。

 

「自分達で、自分達の存在を諦めることになるから」

 

「……そうだねぇ」

 

 ホシノは小さく頷いた。

 そして。

 

「それに、四人とも一年生だから」

 

「ええ」

 

「これからだったんだと思う」

 

 その言葉に、ヒナは黙る。

 

 まだ一年生。本来なら、これから何年もSRTで過ごすはずだった。先輩から学び。訓練を積み。自分達なりの役割を見つけ。後輩ができ。そして、いつかは自分達が誰かを導く側になる。

 

 

 その『これから』が、突然消えた。

 

 

 それなら納得できないのも当然だ。ましてや、四人でまとまってしまったのなら。

 互いに『まだ終わっていない』と言い合うことができる。

 

「……でも」

 

 ホシノが静かに続けた。

 

「おじさんが思うに、それだけじゃない気がするねえ。たぶん、もう一個あるんじゃないかな」

 

「もうひとつ?」

 

「きっとさ、『必要とされたい』んだと思う」

 

 ヒナは、はっとした。

 

「……必要とされたい」

 

「うん」

 

 ホシノは窓の外を見た。

 

「だって、この子達って、そもそも極端な言い方をすれば『戦うための学校』にいたんでしょ?」

 

「そうね」

 

「それがなくなったら、自分達が何をすればいいのか分からなくなる」

 

 その言葉には、妙な重みがあった。

 

「もし学校がなくなって、自分達が普通の学校に行ったらさ。受け入れられるかな。全く違う授業に環境、なにもわからないゼロからのスタート。全部、全部否定されて取り上げられた結果がそれならさ」

 

 ホシノが続ける。

 

「じゃあ、自分達って何なんだろうって思うかもしれない」

 

 

 守れる場所があって。

 役割があって。

 必要としてくれる誰かがいて。

 

 それで初めて、自分の力に意味を見出せる。

 

「……ホシノ」

 

「ん?」

 

「あなた、RABBIT小隊のこと……かなり分かってるんじゃない?」

 

「うへ~?」

 

 ホシノはいつもの調子で笑った。

 

「おじさん、似たようなことを経験してるからねぇ。つい最近もだし、それに――ヒナちゃんと出会った頃もさ。そうだったじゃん」

 

「……そうね」

 

 アビドス。

 そこにもまた、学校が消えかけた生徒達がいた。

 

 何もなくなって借金だけが残って。

 

 それでも『学校を守る』という一点だけは手放さなかった。それを思えばRABBIT小隊の姿は、どこか対策委員会にも似ている。

 

 ただし。

 

 アビドスには、まだ学校があった、対策委員会の面々がいた。過去から続く場所があった。

 

 ――RABBIT小隊には、もしなくしてしまえばそれすら残されない。

 

 そこが、決定的に違う。

 

「……この子達が守ろうとしているのは」

 

 ヒナがゆっくりと言った。

 

「SRTという学校そのものだけじゃない」

 

「うん」

 

「自分達がそこにいたという事実、四人で過ごした時間、これからも四人で任務に就けるという未来。そして――」

 

 ヒナは資料の写真を見る。

 四人が同じ場所に立っている。

 

「自分達はまだ、誰かを守れるという覚悟そのもの」

 

 ホシノは黙っていた。

 それから。

 

「……それだと思う」

 

 静かな声だった。

 

「たぶん、その全部」

 

 だからあの公園を離れられないのだ。公園が大切だからではない。公園にテントを張ること自体が目的なのでもない。あそこにいる限り四人はまだ『RABBIT小隊』でいられる。四人でいられる。SRTの生徒だと名乗れる。

 

 

 自分達には守るべき場所があると言える。

 

 

 そして――。

 

 

 誰かが自分達を退去させようとする限り、まだ『戦う理由』がある。

 

 つまり彼女達にとって抗議活動をやめることは、ただ公園を明け渡すことではない。最後に残った自分達の居場所まで、自分達の手で捨てることになる。だから続けている。

 

 だから、ヴァルキューレが来ても退かない。

 だから、罠まで作る。

 だから、四人で公園に残る。

 

 ――ここを出たら、本当に終わってしまう。

 

 そんな恐怖が、彼女達をあの場所へ縛りつけているのかもしれない。

 そう思った。

 

「もし、最初から『出て行け』と言ったら」

 

 ヒナは首を横に振った。

 

「たぶん、この子達は死に物狂いで抵抗する」

 

「……うん」

 

「それは、戦術の問題じゃない」

 

 ヒナの瞳が鋭くなる。

 

「……心の問題よ」

 

 自分達が守りたいものを奪われる。

 そう思った人間は。合理的な判断だけでは動かなくなる。

 

 むしろ合理性を捨ててでも、最後の一線を守ろうとする。

 

「だから、先生」

 

「うん」

 

「この子達が何を恐れているのか、聞いてほしい」

 

「――勿論。私も、彼女たちのことを知りたいと。歩み寄りたいと思う」

 

 そして。

 

「でも。最悪の事態は想定しないといけない。もし、決裂した場合は?」

 

 先生が尋ねる。

 ヒナは一瞬、言葉を失った。

 

「……その時は」

 

 自分で答えを選ばなければならない。

 

「……制圧する。でも」

 

 ヒナは続ける。

 

「それは『敵対者だから倒す』わけではない」

 

 ホシノが横から口を挟んだ。

 

「『あの子達が壊れちゃわないように止める』ため、でしょ?」

 

 ヒナはホシノを見た。

 

「……ええ」

 

「うへ」

 

 ホシノが少し笑う。

 

「それなら、おじさんも同じだねぇ」

 

 先生は二人を見て、少しだけ安心したように息を吐いた。

 

「ありがとう」

 

 願わくば、交渉だけで終わってほしい。

 ヒナは本気でそう思っていた。

 

 けれど同時に自分が制圧することになる可能性も、かなり高いだろうと感じていた。

 

 守るべきものがある。

 失いたくないものがある。

 そして、それを失うことが『自分自身を失うこと』と同じだと思っているなら。

 

 簡単には引けない。

 だからこそ。

 

 その時になったら、ただ四人を倒すのではなく四人が何を失いたくないのかを見極めた上で止めなければならない。

 

 できるならその後にも、何かを残せる形で。

 そう考えながら、ヒナはもう一度資料へ視線を落とした。

 

 RABBIT小隊。

 

 四人。

 

 一年生。

 

 ――まだ一年生なのだ。

 

 この先はいくらでもあるはずだった。

 別の学校へ行く道も。

 別の組織に所属する道も。

 新しい友人を作る道も。

 SRTで培った技能を別の形で生かす道も。

 

 本来なら、そんな選択肢を持てるはずなのだ。

 

 だからこそその選択肢を、自分達で閉ざしてしまわないでほしい。

 

 けれど、そのためには、まず彼女達自身に。『まだ終わっていない』と思ってもらわなければならない。

 

 自分達は必要とされている。

 四人でいてもいい。

 SRTで培ったものにも意味がある。

 

 そう思える何かを今のヒナには、まだ具体的な答えはなかった。

 

 ただ。

 

 考えるための準備は、できる。

 もしそのときになったら、自分が提示できるものを準備することはできる。

 

 その準備のために、ヒナは『友人』を頼ろうと決めた。

 

「先生」

 

「どうしたの?」

 

「少し、電話をしてきてもいいかしら」

 

「構わないよ」

 

 先生は頷いた。

 

「じゃあ、ホシノと先に車庫に行っているね」

 

「ええ。ありがとう」

 

「じゃあ行こうか、ホシノ」

 

「はいはい」

 

 二人が談話室を去り静かになった後、ヒナはその場で数秒動かなかった。

 

 そしてスマホを取り出して連絡先を開くと名前を確認する。

 その相手は。

 

 

 

 ――リオ。

 

 

 

 

 呼び出し音が一度。

 

 二度。

 

 そして。

 

『ヒナ? あなた、今日は非番のはずじゃ……』

 

「ごめんなさい、リオ」

 

 ヒナは小さく息を吐いた。

 

「少し手短にしか説明できないけど、お願いがあるの」

 

『……また何かしてるわね?』

 

「……否定はしないわ」

 

『まったく』

 

 呆れたような声。

 それでも、ヒナには分かる。

 リオはもう、こちらの要件を聞く準備をしている。

 

 ヒナは概要だけを手早くリオに伝え終えると。

 

「詳しい話は改めてする。今は、可能な範囲で根回しと準備だけお願いしたいの」

 

『てっきり無茶ぶりが飛んでくると思ったのだけど。……それだけでいいのかしら?』

 

「ええ」

 

 ヒナは一度だけ、公園の写真を思い出した。

 

 テント。

 四人。

 SRT。

 

 そして、彼女達が絶対に手放したくないと思っているもの。

 

「まだ、確定した話ではないから」

 

『……分かったわ』

 

「ありがとう」

 

『その代わり、後でちゃんと説明してもらうわ』

 

「ええ。必ずする」

 

『非番に何をやっていたのかというのも含めてね』

 

「……ミレニアムの規定では問題ないはずよ。これはその、アルバイトだから」

 

『はぁ……まあいいわ。今のあなたなら、無理の限度は弁えているだろうし。ちゃんと休むのよ』

 

「……ありがとう、リオ」

 

 思わず、ヒナの口元に小さな笑みが浮かんだ。

 

「じゃあ、切るわ。申し訳ないけど、お願い」

 

『ええ』

 

 通話終了。

 画面が暗くなる。

 

 ヒナはしばらく、その黒い画面を見つめていた。

 

 準備はした。けれどまだ何も決まっていない。

 そもそも、必要になるかどうかすら分からない。

 

 ならば、それでいい。必要にならなければそれでもいいのだ。

 

 今はまず四人を見ること。

 話を聞くこと。

 

 

 そして――。

 

 

 彼女達が、何を守ろうとしているのか。

 それを自分の目で確かめること。

 それが先だと思うから。

 

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