子ウサギ公園の雰囲気は、異質だった。
遊具の周囲には誰もいない。
公園の中央に張られたテント。
その周辺に置かれた簡易的なバリケード。
侵入者を警戒するための簡易センサー。
そして。
建物の陰や木々の向こうから、時折動く人影。
それがこの場所を、普通の公園ではなくしていた。
子ウサギ公園。
そこは今。
SRT特殊学園、RABBIT小隊の拠点だった。
◆ ◆ ◆
「……先生が来たみたいです」
ミユが双眼鏡を下ろす。
公園から少し離れた場所。
道路に一台のシャーレの車が止まった。
そこから降りてきたのは、先生だった。
「一人?」
モエが聞く。
「……本当に一人なの?」
「はい」
ミユが頷く。
サキはそれを聞いて、少しだけ眉を寄せた。
「護衛も?」
「見当たりません」
「……」
ミヤコは少し考えた後に、意を決して。
「会いましょう」
そう言った。
「先生は、話をしに来たんだと思います」
……それは願いにも近い言葉だった。
◆ ◆ ◆
公園中央、RABBIT小隊の拠点から少し離れたそこで先生が足を止めた。
その前にミヤコが立っている。
少し離れた場所にサキ、モエ、ミユ。
四人が揃って先生を見ていた。
「こんにちは」
先生が言う。
「こんにちは、先生」
ミヤコが答える。
いつも通りの挨拶。ただし、その声には少しだけ硬さがあった。
「今日も話をしに来た、私一人だよ」
「はい」
「……ありがとう」
先生は少し笑った。
その笑顔には無理があった。
「まだ、話す余地はあると思ってる」
ミヤコは先生を見る。
「私たちもです」
「そう言ってくれて助かるよ」
先生は息を吐いた。
「じゃあ、もう一度だけ。最初から話をさせてほしい」
「分かりました」
そこから長い話し合いが始まった。
先生は、何度も同じことを尋ねた。
なぜ公園なのか。
なぜここまでSRTにこだわるのか。
今後どうしたいのか。
何があれば、ここを離れることができるのか。
そして。
ミヤコたちは、そのたびに答えた。
「私たちはSRTだ」
サキが言う。
「閉鎖されるから、別の学校へ行けと言われても納得できない」
「うん」
「私たちが何のために訓練してきたのか」
サキは拳を握る。
「その意味まで失いたくない」
「……そうだね」
先生は静かに答えた。
「なら、別の場所でその力を使う方法を探すのはどうかな」
「それは……」
「SRTじゃない場所でも、治安維持や誰かの安全のために関わる仕事はある」
「……」
「君たちが身につけた技術を無駄にする必要はない」
ミヤコが先生を見る。
「先生は」
「うん」
「私たちに『別の道』を選んでほしいんですか?」
「そうじゃない」
先生はすぐに首を振った。
「少なくとも、私が君たちの代わりに決めたくはない」
「……」
「だから、君たち自身が選べる道を増やしたい」
ミヤコは黙って考える。
それは先生なりに精一杯考えた言葉だった。
無理やり公園から連れ出すことではない。
SRTを忘れろと命じることでもない。
別の場所でも生きていける可能性を提示する。それが、自分に用意できる精一杯の言葉だった。
「……それは」
ミヤコが言った。
「私たちにとって、ありがたい話です」
「だったら――」
「でも」
ミヤコが続ける。
「それでも、ここから出ることはできません」
「……」
先生は言葉を失った。
「どうして?」
「ここを出たら」
ミヤコは公園を見る。
「私たちは、RABBIT小隊として活動できなくなるからです」
「別の場所でも四人でいればいい」
「そう簡単じゃないんです」
ミヤコは首を横に振る。
「私たちがここにいるのは、四人で一緒にいるためだけじゃありません」
「……うん」
「SRT特殊学園が、まだ終わっていないと証明するためです」
サキが続ける。
「少なくとも、私たちがここにいる限り」
その言葉には、強い意志があった。
「SRT特殊学園が完全に終わったことにはならない」
先生はそれを聞いて静かに目を閉じた。
「……そうか」
何度聞いてもこの四人の答えは変わらない。
だからこそ先生には分かってしまった。自分がどれだけ代案を出しても。どれだけ優しく説得しても。どれだけ彼女たちのためを思って言葉を選んでも根本にあるものが違う。
先生は「これからどう生きるか」を考えている。
RABBIT小隊は。「これまで生きてきたものをどう守るか」を考えている。
だから噛み合わない。
「……先生」
今度はミヤコが口を開いた。
「私たちからも、一つだけ聞いていいですか?」
「もちろん」
「先生は」
ミヤコは少しだけ迷って。
「私たちに、どうしてほしいんですか?」
「……」
先生はすぐには答えなかった。
長い沈黙。
「……本当は」
やがて先生が口を開く。
「君たちに、ここを出てほしい」
四人の表情が僅かに変わる。
「でも」
先生は続ける。
「君たちに、何もかも諦めてほしいわけじゃない」
「SRTを大切にしていることも、四人でいたいと思っていることも、誰かを守るために訓練してきたことも全部、否定したくない」
ミヤコは先生を見つめていた。
「じゃあ」
小さく。
「ここにいてはいけない理由を教えてください」
先生は答えようとして。
言葉を飲み込んだ。
「……公共の場所を不法に占拠するのは、駄目なことだからだよ。それに今のままが続けば周囲に対して危険だって伴う。それは、君達の持つ力で誰かの安全を脅かしているとも取れる。そんなことを私は、して欲しくない」
それしか言えなかった。だが――その、『自分たちの力と今の行動が誰かの安全を脅かす』という言葉は、ミヤコ達の心に突き刺さるように響いていた。
……それでも。そうだとしても。
「……そうですね。それは、わかっているんです。だとしても、私たちはやっぱり出られません」
「……そっか」
「ここを出たら」
ミヤコの声が少しだけ震える。
「――なにもなくなってしまった私たちは何を守ればいいんですか?」
先生は答えられなかった。
ミヤコは、少しだけ目を伏せた。
◆ ◆ ◆
日が傾き夜が近づいても話し合いは終わらなかった。
先生は何度も言葉を変えた。
RABBIT小隊も何度も答えた。
しかし結局答えは変わらない。
「……分かった」
先生が、ついにそう言った。
「今日は、ここまでにしよう」
ミヤコは頷いた。
「……はい」
「少し時間をもらってもいいかな。 ……ごめんね」
「もちろんです」
「ありがとう」
先生は立ち上がった。
そしてそのまま歩き出そうとする。
「先生」
ミヤコが呼び止めた。
「どうかした?」
先生が振り返る。
ミヤコは一瞬だけ迷ったが、
「ありがとうございます」
「……」
「嬉しかったです」
先生の表情が止まった。
「私たちの話をちゃんと聞いてくれて。分かろうとしてくれて」
少しだけ笑う。
「私たちのことを、最初から間違っているとは決めつけないでいてくれて」
先生は黙っていた。
「嬉しかったです」
もう一度。
ミヤコが言った。
「真剣に先生が私たちのことを考えてくれているのはよくわかりました、伝わりました。それが本当に、本当に嬉しかったです。 ……ですから。先生がどんな判断をしようと、私達は先生を恨んだり嫌いになったりしません」
もしかすると、自分が下そうとしていることを彼女達はなんとなくかもしれないが察しているのかもしれない。そう思うと、胸が軋むように痛んだ。
「こちらこそ、ありがとう。それと、話してくれてありがとう」
それ以上言葉は必要なかった。
◆ ◆ ◆
シャーレの談話室。そこには二人が待っていた。
空崎ヒナ。
小鳥遊ホシノ。
二人は、すでに大まかな事情を聞かされていた。
だから先生が戻ってきた時も詳しく尋ねたりはしなかった。
ただその表情を見れば結果が分かってしまうのだ。
「……おかえり、先生」
ホシノが言う。
「ただいま」
先生は椅子に座った。
そしてしばらく何も言わなかった。
「……決裂した」
先生がようやく口にしたその言葉に対してホシノが目を伏せるヒナも残念だというように溜息をついた。
「そっか」
「うん」
「……やっぱり、駄目だったんだね」
「……うん」
先生は両手を組んだ。
「何度も話した」
「うん」
「RABBIT小隊が何を守ろうとしているのかも聞いた」
「……それで?」
ヒナが尋ねる。
「それでも」
先生は答えた。
「公園を出ることだけは、受け入れてくれなかった」
分かっていた、簡単にはいかない。
だから――
「……先生」
「うん」
「どうするの?」
先生は答えない。
ホシノがその沈黙を見ながら。
「次の段階?」
と、静かに尋ねた。
「……」
先生は顔を上げた。
そして。
「うん」
覚悟を決めたように頷いた。
「お願いしたい」
その言葉を聞いた瞬間ヒナは姿勢を正した。
「……分かった」
ホシノも。
「まあ……仕方ないけど遣る瀬無いねえ」
いつもの眠そうな声ではある。
しかしその目には冗談めいたものはなかった。
「二人に――」
先生は一度言葉を切り、息を吸い続ける。
「RABBIT小隊の無力化を頼みたい」
部屋の中が静まり返る。
先生はすぐに続きを告げる。
「できる限り、怪我をさせないでほしい」
ヒナは頷く。
「分かった」
「ただし」
先生が続ける。
「抵抗は予想される」
「そうでしょうね」
ヒナは言う。
「SRTの生徒ならなおさら」
「……」
「それでも」
ヒナは先生を見る。
「必要なら、止める」
「うん」
先生はその言葉を聞いた後もしばらく黙っていた。
「……ごめん」
突然先生が言う。
「……何が?」
ホシノが尋ねる。
「君たちにこんなことを頼んで」
「先生。それは、私たちが決めること」
「……」
「依頼を受けるのはRABBIT小隊を敵だと思ったからじゃない。止める必要があるなら、止める」
「……うん」
「その上で」
ヒナは少しだけ声を柔らかくする。
「私は、あの子達が何を守ろうとしていたのかを忘れない。 ――私は、あの子達は私が出来なかったことをやっていると思うから」
先生が顔を上げる。
「……ヒナ。もし、ゲヘナでのことを言っているのなら」
「わかっているわ。私は、あのときの判断と選択を後悔はしていない。例えそれが、『逃げ』だと言われようとも」
そんなヒナの言葉を聞いて、少し不安そうにしていたホシノがため息を付いて動き出した。
『よっと』と言って立ち上がると、ホシノはヒナの隣まで歩いて先生へと告げる。
「たぶん、あの子達は戦いたいわけじゃない。戦わなきゃ、自分達を守れないと思ってるだけ」
やることは決まった。最早、賽は振られたのだ。
だが。覚悟を決めて先生が立ち上がろうとした時、ヒナが口を開いた。
「先生」
「ん?」
「一つだけお願いがある」
「何?」
「彼女達を無力化した後のなのだけど」
ヒナは少しだけ間を置いた。
「RABBIT小隊の四人と、もう一度話をさせて」
先生は驚いた。
「……もちろん。私もそのつもりだよ」
ヒナは頷いた。
「ホシノも、いい?」
「もちろん」
ホシノが笑う。
「おじさんも、ちゃんと話したいしねぇ」
こうして。RABBIT小隊に対する対応策として、全員を無力化して拘束するためにホシノとヒナが出ることが決まった。
◆ ◆ ◆
その夜。
子ウサギ公園は、昼間以上に広く感じられた。
人の姿が消え、街灯だけが規則正しく地面を照らしているせいだろう。昼間ならばすぐそばにあるはずの道路や建物さえ、暗闇の向こうへ沈んでいるように見える。風が吹けば木の葉が擦れ合い、その音が妙に大きく響いた。
公園の中央には四つのテント。
その周囲には簡易的なバリケードと、侵入者を感知するためのセンサー。
さらに、公園を見渡せる場所には監視担当が配置されている。
ここまで来れば、もはや普通の公園ではない。
RABBIT小隊にとって、ここは基地だった。
いや、基地であろうとしていた。SRT特殊学園そのものが閉鎖されてしまった今、四人が「自分たちはまだSRTの生徒だ」と言える、最後の場所だった。そして今夜、その場所を守るために見張りに立っているのが、霞沢ミユだった。
ミユは、公園から少し離れた建物の屋上に伏せるようにして身を低くしていた。
手にした双眼鏡を時折覗きながら、周辺の道路を確認している。
――異常はない。
少なくとも、今のところは。
交渉が終わったのは、つい数時間前のことだった。先生は最後まで話をしてくれた。怒鳴ることもなければ、最初から退去を命令することもなかった。
どうしてここにいるのか。
なぜSRTにこだわるのか。
四人でこれから何をしたいのか。
どうすれば、ここを出ることができるのか。
何度も聞いてくれた。そして、自分たちが答えるたびに、その答えを否定するのではなく考え直していた。ミユ自身、それが嬉しかった。だからこそ。最後にミヤコが「ありがとうございます、嬉しかったです」と伝えたことにも、何となく納得できた。先生は本当に、自分たちのことを分かろうとしてくれた。だからもしかしたらまだ何かが変わるかもしれない。そんな期待が、ほんの少しだけ残っていた。
「……」
ミユは双眼鏡を下ろし、夜空を見上げる。
雲の切れ間から僅かに星が見えた。
その光を見ていると、不意に胸の奥が落ち着いた。
「……大丈夫」
誰に言うでもなく、小さく呟く。
きっと先生も、まだ考えてくれている。
そう思った。
――だから。
最初に遠くから車のライトが見えた時もミユは、それを特別なものだとは思わなかった。
「……?」
道路の向こうから、一台の車が近づいてくる。
速度は速くない。
周囲の交通の流れから見ても、不自然ではない。
ミユは反射的に双眼鏡を上げた。
「……」
車体を確認する。
その瞬間心臓が一つ大きく跳ねた。
「……シャーレ」
間違いない、シャーレの車だった。
ミユは双眼鏡から目を離さない。
車は公園へ向かっている。
「先生……?」
自然と、その名前が口から漏れた。
でも何かがおかしい。
今日はもう、交渉は終わった。
先生は一度シャーレへ戻ったはずだ。
その日のうちに、もう一度来る理由があるのだろうか。
ミユは車の動きを目で追う。
すると。
別の方向から、もう一つの光が見えた。
「……?」
今度は車ではない。
もっと低い。
そして音が違う。
遠くから、重いエンジン音が近づいてくる。
最初は小さかったその音が、徐々に大きくなっていく。
ミユは双眼鏡をそちらへ向けた。
「……バイク」
大型のバイクだった。
黒い、とても大きな車体が街灯の間を滑るように走っている。
しかも二人乗り。
ミユは無意識に身を起こした。
二人の人物が乗っている。
前にいるのは――白い髪の少女。
その姿を認識した瞬間、ミユの指先が硬くなった。
「……空崎、ヒナさん」
声が震えた。
見たことがあるわけではない。当然だ、その相手の逸話しか自分は知らないのだから。
けれど名前は知っている。ミレニアム治安維持局局長。現在の肩書きだけでも、キヴォトスで知らない生徒の方が少ない。だが、RABBIT小隊にとっての空崎ヒナは、それだけではない。
SRTで学んでいた頃からゲヘナの風紀委員長として名を馳せた存在としてその名は幾度となく資料に登場していた。組織規模の大きなゲヘナをまとめ、問題が発生すれば自ら前に出て収束させる。
高い戦闘能力。
卓越した判断力。
そして、風紀委員長として長期間にわたりゲヘナの治安維持を担っていたという実績。
特殊作戦を学ぶSRTの生徒なら知らない方が難しい名前だった。
ミユは唇を動かした。けれど、その続きを声にすることができない。
なぜ。
どうして今ここに。
そして後ろの人物を見る。
こちらも見覚えのある顔ではない。
それでも名前だけは知っている。
「……まさか、あれって」
呟いた声は震えていた。
そんな馬鹿な、何故ここにと。疑問だけが頭の中に木霊する。
資料で見たことのある写真とは全く違う。別人にも見えるしそうであってほしい。
だが、本人の特徴が全て一致していたのだ。
「……小鳥遊ホシノさん?」
その名前を呟いた瞬間。
ミユの脳裏に、SRTの古い資料が蘇った。
数年前のアビドス生徒会に関する記録。現在では更新されていない、過去の要注意人物リスト。そこに記載されていた名前。
――小鳥遊ホシノ
そしてその人物について残されていた簡潔な評価。
『苛烈で一切の容赦がない攻撃的な生徒』
『遭遇戦となった場合、即座に撤退を推奨』
『衰退後のアビドスはほぼ音沙汰がなくおとなしいが、SRTから手を絶対に出さないこと』
そう書かれていた。
そうして最近になって、その名前を聞くことがあった。アビドスでのカイザーとアビドスの騒動、そしてそれに干渉したミレニアム。ミレニアムが持つ最高戦力の殆どを動員した、カイザーに対する追撃戦。それは、ミレニアム内部で行われていたカイザーの不法行為や非合法の研究などの物資やデータをアビドスへと運び込んでいたということが発覚したことから始まったと聞いている。その結果が、今も尚大人しくせざる得ないカイザーの姿である。
最近の情報が殆ど存在しなかったアビドス。その情報が開示され、アビドスの現状がキヴォトス全土へと知れ渡った。その情報の中に存在したのだ、小鳥遊ホシノという名前が。
「……まずい」
しかも今その二人が、距離はまだあるが同じバイクに乗って公園へ向かっている。
ミユは双眼鏡を握る手に力を込めた。
バイクは速度を緩めない。
シャーレの車とほぼ同じ方向へ進んでいる。
偶然とは思えなかった。
「……そんな」
ミユの背中を冷たいものが伝った。
先生は。今日の交渉で最後まで自分たちに歩み寄ろうとしてくれた。
でもそれは決して。「このまま何もしない」という意味ではなかったのかもしれない。
ミユは、ようやく理解した。
「……次の段階」
声が震える。
先生の交渉が終わった。それでも、自分たちは公園を出なかった。
なら次に取れる手段は?
「……制圧……?」
その言葉を口にした瞬間。
自分の声なのに別人のもののように聞こえた。
ミユは慌てて無線機を掴んだ。
「こちらミユです」
少し息が上がっている。
すぐにサキから返事が入った。
『どうした?』
「シャーレの車両を確認しました」
一拍置いて。
『……先生?』
「多分、そうです」
ミユは答える。
「でも、それだけじゃないです」
『何?』
「大型バイクが一台、公園へ向かっています」
『……バイク?』
「二人乗り」
無線の向こうが静かになった。
ミユは双眼鏡を覗いたまま続ける。
「運転しているのは……」
声が震える。
「空崎ヒナさん」
沈黙。
「後ろに乗っているのは……」
一度、息を吸う。
「小鳥遊ホシノさん」
今度こそ。
完全に沈黙した。
数秒後。
『……もう一度言ってくれ』
サキの声が低くなっていた。
「――空崎ヒナさんと、小鳥遊ホシノさんです」
その言葉が伝わった瞬間。
公園の中で空気が変わった。
◆ ◆ ◆
「……空崎ヒナ?」
モエが聞き返す。
普段なら、どこか軽さのある声。しかし今は違った。
「はい」
ミユが答える。
「元ゲヘナ風紀委員長の……あの空崎ヒナさんです」
「……嘘でしょ」
モエの顔から笑みが消える。
「それで、更には小鳥遊ホシノ?」
「……はい」
「小鳥遊ホシノ」
サキの脳裏にも、あの資料が浮かんでいる。
SRTに残されていた過去の情報。
アビドス生徒会。
注意対象。
そしてあの内容。
――苛烈で一切の容赦がない攻撃的な生徒
――絶対にSRTから手を出してはいけない相手
――当時、ゲヘナとトリニティの上層部からすらも危険視されていた生徒。
サキは無意識に銃を握り直していた。
ミヤコもしばらく言葉を失っていた。
空崎ヒナのことは知っている。現在は、ミレニアム治安維持局局長。
それだけなら治安維持に関わる人物として有名なのだから、想定外とはいえなくもない。
しかし。彼女が元ゲヘナ風紀委員長であることは、RABBIT小隊にとって別の意味を持っていた。
ゲヘナ。その巨大な学園を風紀委員長として抑止していた人物。戦闘能力だけでなく組織運営。判断。指揮。事件への対処。その全てにおいて高い能力を持つとされていた。
そして小鳥遊ホシノ。今の彼女を知っているわけではない。ただ、SRTに残されていた記録が自分たちにそういう人物だと教えている。当時のSRTだけではなくゲヘナやトリニティからもマークされていたということは、即ちキヴォトスにおいて最高位レベルでの要注意人物と言っても過言ではない。
「……どうして」
ミユが呟く。
「二人なんですか」
「……」
サキも答えられない。
こちらは四人。相手は二人。人数だけで見ればこちらが倍。
けれど。
そんなものは意味を持たない。
二人とも。『名前を聞けば、何者なのか分かる』レベルの人間なのだ。
「……」
ミヤコは目を閉じた。今日先生は最後まで自分たちと話してくれた。最後にはミヤコ自身が。「ありがとうございます。嬉しかったです」そう伝えた。
……先生はきっとあの言葉を嬉しいとは思っていないだろう。
だって今。
その次の手を打っているのだから。
「……先生は」
ミヤコが静かに言った。
「最後まで、私たちのことを考えてくれたんだと思います」
「ミヤコ?」
サキが振り向く。
「だからこそ」
ミヤコは公園の外を見る。
近づいてくるライト。
「この二人を選んだんだと思います」
怪我をさせるためではない。
怒りに任せて叩き潰すためでもない。
きっと確実に、そしてできるだけ被害を出さずに四人を止められると判断したのだ。
それはつまり先生自身ももう話し合いだけではどうにもならないとそう判断したということだった。
「……」
ミヤコは胸の奥が重くなるのを感じた。先生を恨めない、今日の交渉を思い返せばなおさらだった。
あれだけ話を聞いてくれた。
あれだけ歩み寄ろうとしてくれた。
それでも自分たちは首を縦に振らなかった。
だから先生は次の段階へ進んだ。責められるのは自分たちなのかもしれない。そう思ってしまった。
「……ミヤコちゃん」
ミユが震える声で呼ぶ。
「――はい」
「怖いです」
その言葉に。
誰も笑わなかった。
「……私も」
モエが呟く。
それはRABBIT小隊のモエが口にするには、珍しい言葉だった。
「サキは?」
「……」
サキはすぐには答えなかった。
そして。
「……私もだ」
そう言った。
四人とも怖かった。
それでも逃げることはできない。
ここを出れば自分たちの主張そのものを放棄することになる。
だから武器を持つ。
ここに残る。
四人でいる。
「……大丈夫」
ミヤコが言った。
「私たちは四人です」
そう言い聞かせるように。
「どんな相手でも」
その声に。
わずかな震えがあった。
その時公園の外からエンジン音がはっきり聞こえた。
遠かったはずの音がもうはっきりと近い。
ミユが双眼鏡を覗く。シャーレの車が停まった。
続いて大型バイクがゆっくりと減速する。
運転しているのは白い髪の少女、空崎ヒナ。
そしてその後ろから小鳥遊ホシノが降りる。
二人ともまだ武器を構えてはいない。けれどその必要がないほどミユには事態がはっきりと伝わっていた。
交渉は終わった。
そして次が始まる。
「……来ます」
ミユの声が三人に届いた。
「本当に……来ました」
ミヤコはゆっくりと銃を手に取った。
その手は不思議なほど静かだった。
怖い。
逃げたい。
先生の優しい言葉を思い出す。
――そして
目の前に現れた二人の名を思い出す。
空崎ヒナ。
小鳥遊ホシノ。
会ったことなどない。それでも知っている。それほどに、途方もない相手だった。
本当は自分たちが簡単には相手にできない人物だということだけは、はっきりとしていた。
「……RABBIT小隊」
ミヤコが三人を見る。
「各自、配置」
四人が動く。
それぞれが決められた場所へ散っていく。
公園という名の小さな基地。
四人が最後まで守ろうとしている場所。
その向こうから二人の足音が近づいてくる。
まだ銃声はない。
まだ戦闘も始まっていない。
それでもRABBIT小隊には分かっていた。もう昨日までのような話し合いではない。今夜自分たちの前に現れたのは、言葉の代わりに力を持ってきた二人なのだ。
そしてその二人を先生自身が選んだ。
その事実こそが何よりもRABBIT小隊にとって重かった。
■先生
かなり真面目かつ真剣にRABBIT小隊と向き合おうとしており、ヒナとホシノに対して協力を要請する前にも何度かRABBIT小隊と話し合いをしている。しかし、実質的に最後になる話し合いでの交渉が決裂したことで、作中では描いてないが帰りの車を運転しながら苦渋の決断を下した。
その熱意と真剣な想いはRABBIT小隊にも届いており、原作のように『あなたのような大人が一番嫌いです』ということにはならず、むしろ真剣に最後まで歩み寄ろうとしてくれた先生に感謝と敬意を抱かれていた。
■ヒナ&ホシノ
無理ゲー、しかもコンディションについては二人揃って良好。火力なのにタンク並の耐久を持つ生徒(ヒナ)とタンクなのに火力もある生徒(ホシノ)。こいつら追い込むとネルが飛んでくるってマジ?某死にゲーみたいな体力ゲージ削ったらボスが追加で出てくるタイプのボスかよ。
通称ミレアビちっちゃいものクラブ(最高戦力軍団)。ここにオトモ(フェル)のサポートも入る。なおよくホシノとヒナはフェルのバイクモードで二人乗りしていたりする。
ちらりとエデン条約関係のことを少し描いておくと、ヒナは所謂キヴォトストップレベルと称される内、この時点ではミカ以外とは連絡先とモモトークを交換している。ツルギとはゲヘナ時代より外交関係で関わることもあったため、お互いに組織の上に立つ人間としての苦労人同士ということと、ツルギがゲヘナ生に対しての忌避感が一切ないこともあって交友があった。ミレニアムに行ってからも会うことはあまりないが、モモトークでのやり取りは続いている。
内容は業務についてのお互いの愚痴や相談が多いが、最近プライベートのこともヒナは色々と話すようになってきたことからツルギとしてはそれを見て少し安心している。彼女としても元々ワーカーホリック気味かつ無理をよくするヒナのことは心配していた。
■ツルギ
ヒナとは苦労人同盟かつ外交から始まった友人。最近はヒナと会えていないがモモトークで元気にしているのは確認している。本人としてはミレニアムに顔くらいは見に行きたいが、ヒナが元ゲヘナでありかつ元風紀委員長であることもあり、エデン条約前に正義実現委員会の委員長の自分が会いに行くことでよからぬ誤解やトラブルを招きかねないと考えて自重している。
ミレニアムに行きたいと思っているもう一つの理由として、同じ武器種かつ似たような戦闘スタイルの、自分が色々と教えた一年生の弟子のような相手の様子も見に行きたいと思っているのもある。こちらも最近モモトークで元気にしているのは確認しているが、やはりたまには顔を見に行きたいらしい。
■その頃のリオ
ヒナから送られてきた資料を生徒会長室で確認しながら
「なるほど、文句が出ないほどに優秀ねこの子達は」
「SRTの問題は色々と聞くけれど……連邦生徒会は本当何をやっているのかしら?」
「政治的な所にしか目がいかないのなら――この子達の望む形で、うちが貰うわ」
こんなことを言いながら色々頼まれたことを準備してる。