「お邪魔するわ、ウタハ。……連絡を見たのだけど。出来上がったの?」
「渾身の出来だと自負しているよ。今は再整備中でもう少しかかるから、少し座りながら話そうか」
その日、ヒナの姿は、エンジニア部の保有する開発施設――それも、通常エンジニア部が使用しているガレージではなく別の場所。セミナー管理下にあり、ミレニアムにおいても最高レベルのセキュリティが施されている、ミレニアムタワー地下の開発施設にあった。ここではセミナー認可のもと、最高レベルの機密に関係する研究や開発が行われている。
そうして、主に装備や機械関係の研究開発を受け持っているのがエンジニア部であり、その部門の最高責任者がウタハである。
普段ならばヒナが入ることすらそう多くない場所だ。
無数の工作機械。
壁面に並べられた試作パーツ。
大型の加工装置。
そして、何に使うのかすら分からない機材の数々。その全てが、一般的なエンジニア部の設備とは一線を画している。その奥へと案内されながら、ヒナは小さく息を吐いた。
事の発端は、RABBIT小隊との問題が解決した直後から始まった。RABBIT小隊との戦いの中で、前々から感じていた、自覚もしている自分にとっての最大の弱点であり、場合によっては致命的な事態に繋がりかねない弱点。それについて、RABBIT小隊についての報告をする際に相談したのだが、そこで少し熟考した後にリオから返されたのは『それならなんとかなるかもしれない』という言葉だった。
それからはヒナがRABBIT小隊の面々への対応や、各部署との顔合わせなどの準備や同行をしている間にリオと話を聞きつけたウタハがあれやこれやと準備を進め、ヒナが気がつけば話だけは聞いていたがいつの間にか完成していたようで呼ばれたという事態となっていた。
ヒナにとっての最大の問題点。それは、武装の取り回しの悪さと、『火力が高すぎる』ということだった。
「……相変わらずね」
「何がだい?」
「ここ」
ヒナは周囲を見渡す。
「こういうところに来ると、ミレニアムが普通の学校なのか疑問になるわ」
「学校だとも」
ウタハは平然としている。
「ただ、ミレニアムは学校であると同時に、科学技術の研究機関でもある。それだけだよ」
「その『それだけ』が凄いのよ。……私も大分ミレニアムには慣れたつもりだったけど、こういう設備を見るとまだまだ慣れきれてないのだと思うわ」
「褒め言葉として受け取っておこう」
そう言って笑うウタハ。
「それで」
ヒナが本題に入る。
「今回の銃だけど」
「うん」
「どうして作ることになったのか。改めて聞いておきたいのだけど。私、リオから概要だけ聞いてそれから色々していたらいつの間にか完成していたということしかまだ知らないのだけど」
「もちろん」
ウタハは頷いた。
「大きな理由としてはふたつある。まず第一に、セミナー認可での治安維持に関わる部署の現場担当部署への新装備配備だね。目的としては、自治区内外問わずあらゆる状況に対して、治安維持に携わる者として活動する際に対応できること。そして、より迅速な事態解決のための手段としてだ」
「開発自体は私がミレニアムに来る前からされていたとは聞いているわ。目的としては、自治区の治安維持。そして防衛」
「そうだね。配備予定は機動課、狙撃課、調査課、車両課、整備課。それからC&C。今回開発した銃は、治安維持に関わる所に所属している生徒の問題を大きく解決することも目的としているんだ」
「それは?」
「装備の統一だよ。もっとも、今回のこれは統一が目的と言うより底上げとサブアームの統一を目的としていると言うべきかな」
様々な機械や設備があるその部屋の一角。休憩用にと設置されているカフェスペース、それもかなり近未来的で、色々なドリンクや軽食までがボタンを押すだけで作られる自販機で2人分のコーヒーを淹れたウタハが戻ってくると、ヒナの前にあるテーブルにひとつを置いて、自分もその対面に座る。
「暫くかかるしそのあたりの話をしようか。少し長くなるけどいいかな、ヒナ」
「構わない。むしろ、私としても興味があるわ。ウタハがどんな考えに基づいて今回の代物を作ったのかをね」
「やれやれ、どうやらヒナも結構な物好きのようだ ……さて」
そう言ってウタハが空中に投影してみせたのは、ヒナ、ネル。そしてセンナにルーネ、レインの武器情報のデータだった。人物のチョイス、それ自体に意味はない。問題とするのは、もっと別の視点なのだから。
「キヴォトスの生徒は基本的に自分の武器を所持している。センナのような例外はあるけど、基本的にそれは銃だ。そうしてその保有しているそれは、それぞれによってモノが異なる。それぞれが個々の理由から自分の選んだ武器、選んだカスタム、選んだ弾頭。その他諸々を持っている」
「それは、そうね。でも今回の開発したものは、それを統一規格とすることが目的なのよね」
「ああ。管理や整備などを統一規格にすることで円滑にすることも目的に含まれているが、私が今回主眼としてのは……『サブアームの統一規格化』なんだ」
いまいちピンとこないヒナは考え込むようにしたが、それを見たウタハ苦笑した。
「仮にだ。メインアームの規格を統一して、かつそれぞれの生徒が持つ武器種やカスタマイズなどをワンオフで調整するというのは不可能ではないけど途方もない時間とコストがかかる。それに、無理にメインアームを変えてしまうとそれぞれの生徒が持つ強みそのものを消してしまうこともあり得る。だから目をつけたのがサブアーム。つまり、携帯しやすくメインアームのサポート、人によっては両方メイン扱いにもできるサブアームとしての武器種。つまるところハンドガンだよ」
ヒナは合点がいった、なるほどとも思う。
「メインアームではなくサブアームを規格化して、かつそれを持つ生徒の戦闘力を底上げしようというのが目的ね。そして携帯性という点からハンドガンという武器種を選択した」
「そのとおり。そしてただのハンドガンじゃない。これを持つのは、ミレニアムにおいての治安維持に関わる生徒だ。治安維持局の現場部署、そしてC&C。そういった生徒達が大局的に求められるのはミレニアムという自治区の治安の確保と秩序の維持、そして外部からの相手に対する防衛能力だ。そのために、少々特殊かつ強力な武器に仕上がっている。ワンオフよりはかかっていないけれど、それでもコストはかなりかかっていてね。だから配備される先も限定させてもらった」
続けて投影されるのは開発コードが表示されている設計仕様書。『
第二に。とウタハは続けて、
「今見せたエンフォーサーは配備用にコストや整備用規格などが調整されたものだ。第二の目的は――ヒナ、君の弱点をカバーしこれからの君の助けになるワンオフの銃を作ることだ。謂わば、君専用にワンオフ化されたエンフォーサーだ。勿論、これについてはセミナー……といってもリオが許可した上で、このエンフォーサーのオリジナルにあたるコスト度外視の原型を元に調整して製作した」
そう、そこまではいいのだ。ヒナもリオから『ヒナ、貴女用のサブアームを一つ作るわ』と聞いている。だが、リオにその理由や経緯を聞いても『私からは言えないから、製作者本人から聞いて欲しい』と言われていたのだ。
「理由は単純だよ。君が今使っている主兵装――『デストロイヤー』」
その名前が出た瞬間、ヒナの表情が少しだけ変わる。
「そして君の相棒であるフェルのビークルモードとオートマタモード」
「ええ」
「どちらも非常に強力だ。機動力、火力、射程、制圧力、防御能力。特にオートマトン形態でのフェルは、大抵の相手が束になってきたとしても真正面から押し切れる程の戦闘力がある。 ……しかしだ」
そこでウタハは、少しだけ真剣な表情になった。
「強力であることと、使いやすいことは別問題だ。そうして場合によっては、今の君では一切何も出来ない状況に陥りかねない。 ――それがヒナ、君の最大の弱点だ」
ヒナが黙る。
自分にとっての明確な弱点。それは、自分とて自覚自していることだったのだから。
「君の戦闘スタイルを分析した結果、問題になる場面がいくつかあった」
「自分でも理解してるわ、特定の状況下では今のままだと武装の行使ができない。でしょ?」
「その通り」
ウタハは頷いた。
「市街地。建物内部。狭い廊下。階段。車両内部。地下施設。そして、民間人が多数存在する場所などなど……」
ヒナは腕を組む。そう、強力な兵装であるデストロイヤー。その出自もまた特殊過ぎるそれには明確な、最早概念的な弱点がある。
「自分の武器としては信頼している。けど……デストロイヤーは取り回しが悪い上に、状況を選ぶ」
ぽつり、とヒナが呟いた。
「正確には、『重量とサイズの関係で取り回しが悪い上に状況によってはその性能が発揮できない』だね」
「フェルならなおさら。シェル形態のサポートフレームなら何処にでも呼べるけど、バイクやオートマトンは閉所では呼べないことが多い」
「そう、それらが君の最大の問題点であり弱点でもある」
ウタハは楽しそうに笑った。
ヒナの戦闘スタイルとは、デストロイヤーを主軸にした大火力による制圧だ。そこにバイクによる機動力や補助兵装、オートマトンとより強力な重兵装によりその制圧能力を底上げしている。
圧倒的な火力と機動力、だがこれには明確な弱点が存在している。それがウタハの言う取り回しの悪さとその制圧力を活かしきれない状況である。特に、ヒナの場合この大火力を展開できない場合状況に対するカードというのは著しく減少してしまうのもまた致命的だった。ヒナが迂闊に動けなくなったりその制圧力が制限される状況、それはフレンドリーファイアの恐れが出る乱戦や混戦、遭遇戦、閉所戦闘、要人警護などだ。
「だから私は考えた」
そこで、ウタハは一度言葉を切る。
「君が、もっと気軽に使える武器が必要なんじゃないかと」
「気軽に……」
「もちろん、君にとっての『気軽』だからね。取り回しがいいとも言える」
「……嫌な予感がするわ」
「安心してほしい」
ウタハは笑う。
「撃てる」
「当然ね」
「近距離から中距離まで対応できる」
「そこも良い」
「そして――」
ウタハが人差し指を立てた。
ここが最も重要だ、というように。
まるでその顔は、そう。
――ロマンだろう?とでも言いたげな笑みだった。
「変形する」
ヒナが数秒黙る。
……今。この友人は何と言ったのだろうか。
変形?何が?銃が? ――少し理解が追いつかなかった。
「ハンドガンなのに?」
「ハンドガンだからこそだよ」
「……」
「どうだい?」
「ウタハ」
「うん?」
「あなた、また楽しんでるでしょう」
「もちろん」
即答だった。
「……でしょうね」
ヒナは額を押さえる。
「変形機構まで仕込んだ時点で、ある程度察していたわ」
「失礼だね。技術者として当然の探究心だよ」
「その『探究心』で、毎回とんでもないものを作るでしょう」
「それを可能にする環境を提供しているのはミレニアムだよ」
「そういう問題じゃないわ」
ヒナが呆れたように返すと、ウタハは楽しそうに笑った。
「まあ、それはさておきだ」
そう言ってウタハは立ち上がる。
「実物を見せよう」
ウタハに促され、ヒナも立ち上がった。
案内されたのは、施設のさらに奥。
幾重にも重なった認証ゲートを抜け、その先にあった隔離区画へ入る。
そこだけは、それまでの開発区画とは明らかに雰囲気が違っていた。
◆ ◆ ◆
「さっきの話なのだけど」
隔離区画の一番奥。厳重という言葉さえ生ぬるく見えるような幾重にも重ねられたセキュリティロックが施された隔離壁。それを解除しているウタハへとヒナは問いかける。とても重要なことだ。そう、どうしても聞かなければならないことがある。
「自分では自覚しているのだけど、やっぱり私の問題点って致命的なのよね。……ごめんなさい、自分ではなくて他人の意見がもっと聞きたくて」
「謝ることなんてないさ、そして恥ずべきことでもない。 ……そうだね、君の問題点についてもう少し掘り下げようか」
ウタハはそう言って、作業を続けながら空中投影型モニターへ幾つかの戦闘記録を表示した。
市街地、工場、地下施設、車両内部、学校施設。
いずれも、ヒナが実際に対処した事件の記録だった。
「君はこれまで、かなり多くの戦闘を経験している。そして、その多くでデストロイヤーとフェルが非常に高い戦果を挙げている」
モニターに表示される戦闘記録、敵集団を一撃で吹き飛ばす、大型兵器を破壊する、複数方向からの攻撃を火力で押し返す。どれも圧倒的だった。
「問題は、この次だよ」
ウタハが映像を切り替える。そこに映ったのは、狭い廊下。天井も低く、左右には配管。ヒナの背後には避難する生徒達、正面からは敵が迫っている。
「ここでフェルを展開した場合、どうなる?」
「……」
ヒナが映像を見る。
「火力は十分。むしろ過剰ね」
「そして?」
「壁や天井への跳弾、構造物の破損。何より、私自身の射線が制限される。状況に対してのデメリットが大きくなりすぎる」
「そうだ」
ウタハが頷く。
「火力を出せるかどうかではない。『安定して安全に火力を使えるか』『あらゆる状況に対して臨機応変に火力を行使できるか』が問題なんだ」
次の映像、階段。
さらに狭い。
「ここでは?」
「フェルにしてもデストロイヤーにしても大型装備では旋回に時間がかかる」
「次」
地下鉄の車内。
「ここは?」
「使いたくないわね」
「何故?」
「乗客がいる」
即答だった。
ウタハは満足そうに頷く。
「ヒナ、君は強い」
ウタハが言う。
「だが、その力は時と場合を考えて行使しなければならない。いわば、君は戦場を時には選ばないといけないんだ」
「……」
「広い場所や破壊しても問題のない状況ならばフェルやデストロイヤーでいい。相手が大型兵器なら、それに見合った火力を使えばいい」
そこで、ウタハは一枚の図面を表示する。
『屋内突入』
『要人救出』
『人質救出』
『車両内』
『狭隘地形』
『市街地』
『近距離迎撃』
「でも今の君に足りなくて、そして必要としているのは、『いつでも最大火力を出せる武器』ではない。『最大火力を出す必要がない状況でも、確実に。臨機応変に戦える武器』だ」
「……そうね」
「そして、もう一つ」
ウタハが今度は別の設計図を投影し拡大する。
「君は治安維持局の局長だ」
「ええ」
「つまり、現場へ向かう前に『どういう場所で戦うことになるのか分からない』ことが多い」
ヒナが目を細める。
「敵の装備も、地形も、民間人の数も、その場になるまで分からない。 ――だから」
ウタハは設計図上の拳銃形態を示す。
「常に携行できる」
次に、可変後の形態。
「必要になれば、即座に性能を切り替えられる」
さらに、フェルとデストロイヤーのデータを並べる。
「そして、本当にそれ以上が必要なら、君本来の大火力を展開すればいい」
三つの武装がモニターに並ぶ。
「君の戦闘能力に対して状況に応じた最適な装備を選択する。これから見せるものは、君が使う『火力』を、もっと効率良く運用するための装備だ」
ヒナは図面を見つめる。そこでようやくこの武器が何故必要なのかを理解した。
デストロイヤーがある。フェルが居る。それでもなお、これが必要なのだ。
「よし、開いた。いや、仕方ないとはいえここの解錠はいつも時間がかかるね……。流石セキュリティレベルが最大の場所だけある。 ――さて、この先にあるのが、」
ウタハは振り向いて続けた。
「君のための『もう一つの答え』だ」
厳重な扉が解放されると同時、ウタハはヒナへとそう言った。