最後のロックが外れる音は、それまでのものとは明らかに違っていた。
短い電子音のあとに、内部の機械が連動する低い駆動音が重なる。
――ガコン
厚い装甲板がゆっくりと左右へ退き、そのさらに奥に設けられていた隔壁までが、順番に開いていく。扉の向こう側に広がっていたのは、これまで見てきた開発区画とは異なる空間だった。
白でもない。
工場のような無機質な灰色でもない。
むしろ、余計なものを全て排除したかのような、妙に静かな部屋だった。
壁も床も天井も継ぎ目が少なく、照明すら必要最低限しか設置されていない。中央には一段高くなった台座があり、その上に一つの大型ケースが固定されている。周囲には透明な防護壁。その外側にはいくつもの監視機器。そしてケースを中心として円形に配置された、何らかの測定装置。
まるで武器を保管するためだけに造られた――いや。
それだけではない。
武器を制御するために造られた部屋。
そんな印象をヒナは受けた。
「……随分と厳重ね」
ヒナが思わず呟く。
「当然だろう」
ウタハはいつもの調子で返す。
「ここに置いてあるものは、通常の試作品とは少し事情が違うからね」
「……少し?」
「少しだよ」
「その言葉、信用できないわ」
「ははは」
軽く笑ってから、ウタハは台座へと近づいていく。
ケースの前で立ち止まり、今度は生体認証とは別の管理端末へ手を伸ばした。
指紋。
静脈。
網膜。
さらに管理権限の照合。
幾重にも重ねられた認証が一つずつ通過していく。
『管理者権限――確認』
『試作兵装格納区画――解除』
『『
聞き慣れない機械音声が短く響く。
ヒナが目を細めた。
この施設では、これまでにもいくつものシステム音声を聞いている。
だがこれは明らかに違う。ただ格納庫を開けるための音声ではない
……一つの兵器を管理するためだけに作られたシステム。そんな印象を受けた。
ケースのロックが一つ、また一つと外れていく。
そして最後の固定具が解除された。
静かに蓋が開き、中に収められていたものを見て、ヒナは僅かに目を見開いた。
「……これが」
「ああ」
ウタハが頷く。
「私達がミレニアムとして君に贈る力。その名をエクスキューショナーという」
"
ウタハ個人としてでもない、エンジニア部としてでもない。それは恐らく関わったであろうリオにも同じことが言える。ミレニアムとして。それはつまり、ひとつの自治区として自分を信用して、託すということだ。
――重い。あまりにも重い責任と力。
だが。それでも。
自然と逃げようとは思わなかった、嫌だとは思わなかった。
今の自分は、その責任に応えたいと――自分の意志で思えていたから。
そこにあったのは、確かに銃だった。
しかし、一般的な意味でのハンドガンからは大きくかけ離れている。
大型のフレーム。分厚い機関部。通常の拳銃ならば存在しないような複雑な可動機構。銃身そのものが単なる筒ではなく、複数の機構を組み合わせた一種のエネルギー伝達装置として構成されている。
それでいて全体としては一人の生徒が携帯し、必要なら片手で使用できるようにまとめられていた。
そこにあるのは巨大兵器ではないあくまでも、個人用の武器。
だからこそ、その異様さが目立つ。
「……さっき見せてくれた図面のエンフォーサーより、さらに大型化してない?」
「逆だね。大型化したというより、エンフォーサーは構想は似ているけどそこだけ同じにして最初から別物として再設計したんだ。そしてこれが、その原型とも言える銃だ」
「それをワンオフと呼ぶのね」
「そうとも言う」
ウタハはケースからエクスキューショナーを取り出した。
その動きは驚くほど慎重だった。普段、どれほど扱いの難しい機械を前にしても平然としている彼女が、この武器に関してだけは僅かな慎重さを見せている。
ヒナはそれを見逃さなかった。
「……随分、大切に扱うのね」
「当然だよ」
ウタハは答える。
「これは、私が作った中でも特に慎重に扱うべきものだからね」
そうして。
エクスキューショナーがヒナの方へ差し出された。
「持ってみるといい」
ヒナは手を伸ばす。
グリップに触れた。
その瞬間だった。
――カチッ。
ごく小さな機械音が鳴った。
ヒナの指先から伝わった生体情報を拾ったのだろう。続けて、銃内部で何かが連続的に作動する。
外見からは分からない。
だが。
――確かに、何かが目を覚ました。
――まるで、名のなかった怪物が名を与えられて目覚めるかのように。
銃身内部に微かな光が走る。
それは一瞬だけだった。
続いてヒナの耳元に、ごく小さな電子音が響いた。
そして。
『――システム起動』
ヒナの瞳が僅かに揺れる。
声は感情を持たない。
機械的で。冷静で。
ただ事実だけを伝える。
『ユーザー認証――開始』
ヒナの視界。
そこへ薄い光の表示が浮かび上がる。
『生体情報――取得』
『照合開始』
彼女の手。
指紋。
掌紋。
脈拍。
体温。
虹彩。
さらに、キヴォトスの生徒としての固有情報。
複数の項目が高速で照合されていく。
その間、ウタハは何も言わない。自分には聞こえないことを理解しているからだ。
『生体情報――一致』
『個体情報――一致』
『戦闘者認証――一致』
一拍。
『登録ユーザー――確認』
『権限レベル――確認』
『武装使用権限――承認』
機械音。
そして最後に。
『認証完了 治安維持局所属 局長 空崎ヒナ 適性ユーザーです』
ヒナの視界の右下に、簡潔な情報が展開する。
**EXECUTIONER**
**USER:SORASAKI HINA**
**SYSTEM:ONLINE**
**MODE:NEUTRALIZE**
最後に。
『安全機構――正常』
それで終わりだった。派手な演出もない、長々とした起動音声もない。
ただ必要な確認だけが行われ、静かに武器が戦闘状態へ移行する。
まるで最初から自分だけが使うことを前提としていたかのように。
「……」
ヒナは暫く無言だった。
「どうしたんだい?」
「認証システム」
「気に入ったかい?」
「ええ。……かなり本格的ね」
「当然だよ。これは君専用だからね」
ウタハが説明する。
「単純な指紋認証だけではない。生体情報、個体情報、戦闘者認証、装備使用権限。複数の条件が一致しなければ起動すらしない」
「つまり、私以外が拾って使うこともできない」
「そういうことだ」
「無理やり解除しようとしたら?」
「武装システムそのものを停止する。君以外には絶対に使用できないしさせない。そのつもりで作ったからね」
ヒナは銃を見る。
「徹底してるわね」
「治安維持に使うための武器だからね。奪われた時のことまで考えて当然さ。……それに、君のこれだけは誰にでも使える、という訳にはいかない」
ウタハは続ける。
「そして、認証されたからといって全部の機能が無条件に使えるわけでもない」
「……?」
「この武器には三つのモードがある」
その言葉に反応して、ヒナの視界へ新しい表示が現れた。
『MODE1:NEUTRALIZE』
「これは配備用のエンフォーサーにも搭載されている」
ウタハが説明する。
「電磁系の制圧弾。基本目的は対象の無力化。当たると大抵の生徒なら意識を飛ばされることになるし、結構痛い。当たりどころが悪いと数日間は療養入院確定だ」
「……まさか自分で試したの?」
「自分で作ったものだからね。それにこれなら当たっても気絶するだけで済む。……いや本当痛いんだよこれ。ここに出入りしてるトキには怒られるしリオには呆れられた」
「現在進行系で私も呆れているわ。その技術者としての矜持は凄いと思うけど」
「褒め言葉として受け取るよ。弾数は無制限、だが欠点もある。弾は電磁系、電気ショック弾のようなもので、相手に対しての物理的なダメージではなく神経系に干渉して無力化する。欠点は当たった相手に発生する効力が均一ではないことがひとつ。並大抵の生徒であれば一発直撃で意識が飛ぶが、高い集中力や耐久力、その時の状態など。まあフィジカルだね。それを持つ生徒や、通常の状態ではない生徒に対しては安定した威力が認められない」
「なるほど、今の説明で行くとその時の現場の状況にも左右される?」
「される場合があるね。それがふたつめだ。極力外部からの影響が出ないようにしている特殊弾ではあるけど、どうしようもないのは強力な電気系妨害がされている場合かな。銃自体に影響はないけど、弾の威力は不安定になる。ああ、それから生徒以外にも一応効果はある。電磁弾だから機械相手のシステムダウンなどという目的でも使用できる」
『これが実際の映像だよ』とウタハは言うと、大きめの投影型モニターを表示して仮想空間でのシュミレーションを表示する。
仮想空間に簡易的な標的が現れる。
射撃対象。
その背後には味方。
対象の横には民間人。
それぞれが異なる識別情報として表示されていた。
「さらに対象認識アシストを搭載している」
「射線上に他の対象がいても?」
「照準を定めて数秒の時間は必要だけど、システムが対象を正確に識別できれば指定した相手へだけ射撃できる。通常の銃に使用する物理的な弾ではないから、他の対象が射線上に居ても人体に影響が出ないレベルで低出力化して透過。対象に着弾時だけ本来の出力で効果が発動する。アシストを切って普通に撃つこともできるけど、その時は対象の識別の時間は発生しないが透過の識別は機能しない」
ヒナは頷いた。
「治安維持用としては理にかなってる。……でも、便利すぎない?」
「そのかわりの不安定さがあると思って欲しい。 ……さて次が第二形態」
表示が切り替わる。
『MODE2:ASSAULT』
空気が僅かに変わった。
「こっちも量産型へ搭載している、基本的な性能は同じだね」
「威力制圧用?」
「ああ」
ウタハが頷く。
「無力化では対処できない対象。重装甲。大型兵器。高度な防御機構を持つ敵。そういった相手への対応を想定した高出力射撃モードだ」
「つまり」
「第一が『無力化』なら、第二は『制圧』」
ヒナは少し考えた。
「合理的ね」
「もちろん、使い続けられるわけじゃない ――5発だ」
ウタハが表示を切り替える。
装填数。
熱量。
冷却状態。
各種制限値。
「エネルギーの消費が大きい。だからマガジンあたりの装填数は5発で、装填数が残っていてもリロードはできる。弾薬を交換するというより、発射機構を再起動させるための冷却だね」
「冷却時間は」
「5秒といったところかな」
「……普通の銃とは比較できないわね」
「だからこそ強い。 さて、ここまでは量産型と同じだ」
「どういうこと?まだ何か――」
真剣な表情。それを見てヒナは言葉を切る。
ウタハは少しだけ間を置いて、
第三の表示を出した。
それは量産モデルの一覧には存在しなかった。
――『MODE3:GENOCIDE』
ヒナの目が止まる。
「……ジェノサイド」
「ああ」
ウタハの声から、先程までの軽快さが消えた。
「これだけは違う」
「量産型にはない?」
「ない。エンフォーサーにも搭載していない君のモデルだけに搭載されているものだ」
「……どうして?」
「強すぎるからだよ」
あまりにも簡潔な答えだった。
ウタハは第三形態の詳細を表示する。
出力値。
エネルギー収束率。
展開予測。
消去領域。
いくつもの数値が並ぶ。
「第三形態は、単純な高出力射撃じゃない」
ウタハは静かに言う。
「装填数は3発、残弾状態でのリロードは不可。撃ち切った場合、数分間の冷却時間が発生する。モノとしては銃口へエネルギーを収束させて発射。そして、着弾と同時にそれを球状に展開する」
映像の仮想空間に標的が表示される。
光が一点へ集まる、その直後収束されたそれは放たれて、着弾。球状の領域が瞬間的に広がる。
そして。
その内部に存在していた標的が、一切の残骸を残さず消えた。
破壊ではない。
粉砕でもない。
燃焼でもない。
ただ――
存在していたという結果だけを消したかのようだった。
ヒナは映像を見つめたまま、何も言わなかった。
「……これが」
「ジェノサイド」
ウタハは答える。
「文字通りだ」
「……」
「装甲を壊す必要もない。防壁を突破する必要もない。対象そのものを含めて、指定された領域を分子分解によって消去する」
ヒナの表情が変わる。
「それは――」
「うん」
「強力すぎる」
「その通り」
ウタハは否定しなかった。
「エクスキューショナーほどワンオフ化しなければ設計できないというのもあるけど、これだけは量産しなかった。 ――したいとは、思わなかった」
表示されている設計情報が一つずつ消える。
「マイスターとしてはどうなのかという思いはある。技術者として強力なそれを積極的に運用しないとはどうなのかとも。……でも、私はマイスターであると同時に生徒であるつもりだ。私が君のために作り出そうとしたのは、力であって暴力ではない。それに、一人に持たせるには、あまりにも危険すぎる」
「……でも私は持つ」
「そう」
「どうして?」
「君だからだよ。君なら信じられると私は思っている」
ウタハがヒナを見る。
「君は治安維持局の局長だ。そして何より、自分が何を撃つのかを考えられる」
「……」
「この武器に必要なのは、強さだけじゃない」
ウタハの声が低くなる。
「撃てる力を持っていて、それでも撃たないことを選べる強さだ」
ヒナは黙って聞いている。
「ジェノサイドは、単なる第三形態じゃない。これは『最後の判断』そのものだ」
「……最後の判断」
「第一形態なら、止める。第二形態なら、戦う。そして第三形態は――」
ウタハがヒナの手にあるエクスキューショナーを見る。
「――終わらせる」
その言葉だけが、静かな部屋の中に残った。
ヒナは銃口を見る。自分の手の中にある。今は何の光も放っていないただの金属と機械の塊に見える。なのに、さっき見せられた映像が頭から離れなかった。
これを使えば敵を倒す、ではない。
敵を制圧する、でもない。
敵が存在するという事実そのものを終わらせる。
その意味を、ヒナは理解していた。
「……ねえ、ウタハ」
「なんだい?」
「これ」
ヒナはエクスキューショナーを少し持ち上げる。
「私が撃つことを躊躇したら?」
「それでいい」
「迷ったら?」
「それでもいい」
「判断できなかったら?」
「撃たない」
ウタハは即答した。
「この武器にとって、一番危険なのは、使い手が強すぎることじゃない」
一拍。
「考えることをやめることだ」
ヒナは目を伏せた。
それから、ゆっくりと前を見る。
「……なら」
「うん?」
「私は、これを持つわ」
「そう言うと思ったよ」
「でも」
ヒナの声は静かだった。
「……私はこれから先もずっと、きっとこれを純粋な便利な武器だとは思わないでしょうね」
「ほう?」
「むしろ逆」
ヒナは銃を見つめる。
「こんなものを持つなら――今まで以上に、自分が何をするのかを考えないといけない」
ウタハは何も言わなかった。
「撃てるから撃つんじゃない」
ヒナが続ける。
「撃つ必要があるから撃つ」
そして。
「それすら迷うなら、最後まで考える」
その言葉に、ウタハは小さく笑った。
「……やっぱり、君にして正解だった」
「何が?」
「その武器の使用者だよ」
ウタハは第三形態の表示を閉じる。
「一つだけ覚えておいてほしい」
「?」
「ジェノサイドは、強力なだけの機能ではない」
ウタハの目が、まっすぐヒナを見る。
「君が本当に強いからこそ、持つことを許される機能だ。 ――君は、引き金の重さと意味を考えられる人だと私は思ってるからね」
しばらく。ヒナは答えなかった。
やがて。
「……重いわね」
「武器の重量より?」
「ずっと」
そう言って。
ヒナはエクスキューショナーを握り直した。
その瞬間、再び短い電子音が鳴る。
『ユーザー――空崎ヒナ』
『認証状態――継続』
『システム――待機』
ヒナはその音を聞きながら、静かに前を見る。
この武器は強い。
あまりにも強すぎる。
だからこそそれを振るう者に求められるのもまた、単純な戦闘力ではない。
敵を倒す力ではなく。
止める力。
戦う力。
そして――
終わらせる力を持ったまま、それを使わないと決められる力。
それこそがウタハがこの武器に託した、最後の安全装置なのだと。ヒナは、言葉にされるまでもなく理解していた。
スーツタイプの制服着たポニテヒナちゃんがド○ネーター持ってる姿はとても癖に刺さる、お前もそう思わないかイマジナリー強欲ハム太郎!
へけっ……そうなのだ!ちなみにエンフォーサーは嘱託でもユーザー登録してRABBIT小隊にも配備されるのだ!4人揃って新しいスーツっぽい治安維持局制服にエンフォーサーとそれぞれの武器を持ってるのだ! 癖ッ!
■あとがき
ヒナちゃんの弱点を補う専用武装が出来ました。これで状況に応じて色々武器を切り替えられる。モデルはアレです、サ○コパスのド○ネーターです。脳みそネットワークじゃなくてウタハとリオにヒマリをはじめとしてその他優秀な技術者ネームドの生徒たちが作ってそこにフェルが色々手を加えた対象認識システムなので安心。
さて、そろそろエデン条約編に向けて色々と動き出します。
平和な時間はそろそろ終わりです。
ちょっとだけ予告を書いておけば。
『突然訪れる、ゲヘナからの無邪気な小さな来訪者』
『休日に偶然出会う、局長と天使の軍団長』
『秘密裏にミレニアムに届いた、ゲヘナとトリニティ両校の協同署名がある依頼書』
物語は動き出す。
本来の歴史とは違い、別の
さて、次回は――
『私が魔王にでもなるのかですって? ……それが必要なら喜んでなるわ。自治区のことを、自治区の生徒や住民のことを考えるのは生徒会長として当然のことよ』
『なら言うけれど。……先に不要だと断じて一方的にあの子達を捨てたのはあなたたちよ。とても合理的ではないと思うし、正気を疑うわ』
『あの子達が、SRTが恐ろしくなったのかしら?あの子達もあなたたちが捨てたSRTの子達も生徒よ、生徒としての夢や希望、矜持を持って狭い門をくぐった。その想いや覚悟を踏み躙ったのは、あなた達でしょう?』
『――冷静でないのは自覚してるわ。でもね、私は今すごく怒っているし憤っているの』
連邦生徒会に呼び出されるリオ、その護衛として同行する新装備と衣装を纏うトキ。
彼女の表情には、普段冷静で落ち着いている彼女があまり見せない『怒り』が存在した。
まったく関係ないんですけど作者光の戦士なんです。突然星海で次の生待ってたヒュがキヴォトスに呼ばれてシャーレで女先生の補佐する話って電波を受信した。ちょっとだけ書いたけど需要がないだろうから御蔵入りフォルダに叩き込んだ。
レンジがメインジョブなので白銀の新ジョブが楽しみな今日この頃。そして白銀まで暇なのでひたすらにケフカをぼこってトークン毟ってる。早く探求者になりたい。