「――まったく、嫌になるわね」
その場の空気は緊張に包まれていた。アビドス自治区の比較的まだ人がいるその地域の周囲の建物や、砲撃されたと思わしきラーメン屋は瓦礫の山に変わっており。そんな瓦礫だらけの場所には、複数の対峙する人影がある。
一方は、数名だ。シャーレの先生に、アビドス高校に所属している数名の生徒。全員が警戒態勢で武器を構えているが、その表情には困惑が見て取れる。
もう一方は、大部隊だった。ゲヘナ学園の制服に身を包み、統一された武装を所持し統制された布陣と動きの生徒達。その最前線に居るのは、此方も同様に驚愕に表情を染めた、褐色の肌に銀色の髪の生徒と、眼鏡をかけ右肩に大きなバッグを下げた生徒。
そうして、最前列にはもう一人。
『……ヒナ、
「それは私がシャーレの部員で、先生の依頼を受けてそれを手伝っているからよ、アコ。 ――できれば、こんな再会はしたくなかったわね」
ホログラム越しに、驚愕だけではない。後悔や悲嘆、様々な感情をぐちゃぐちゃにしたような、一言で言うならば絶望したような表情を見せるその生徒は、ヒナにとってはよく知る相手だった。否、よく知っていたというほうが正しいかもしれない。その生徒も、最前線の二人も。よく知っていた相手なのだ。
明らかに気圧されたというようなゲヘナの生徒達に対してヒナはといえば。ゲヘナの頃より変えて動きやすさを考えポニーテールにした髪型を風に揺らしながらワンオフ機の超大型二輪ビークル『フェルニル』に乗ったまま一度目を伏せて、ままならないというように息を吸い。吐いた。
そうして、静かに右側後部に存在する武装ラックへと手を伸ばし、ビークルに乗ったまま右手に愛銃。『終幕:デストロイヤー』を構える。
ああ、と。それだけでゲヘナの生徒達は理解する。それは、死刑宣告に等しいのだと。
ゲヘナを去った空崎ヒナ。そして現在はミレニアムで治安維持局の局長を務め、以前以上にその手腕と実力を振るっているのは有名な話だ。そうして、ゲヘナからの会談を全て断っているというのも。
かつて自分達が崇拝していた相手。その相手が、万全の状態かつ、完全武装で自分達と相対している。相手はたった一人だ。アビドスの生徒や既に姿を隠しているが、仮に便利屋の生徒を含めても人数的な優位は変わらない。此方には最新の装備や、兵器も持ち出している。だが、それでも駄目なのだ。
状況は一瞬で変わってしまった。ゲヘナ側の圧倒的な優位から、絶望的な状況に。それを齎したのはたった一人の生徒。そうして、その生徒はかつて自分達が崇拝し。追い込んでしまった存在だった。
今の空崎ヒナは、かつて以上に万全の状態である。コンディションも、精神状態も。そして装備もミレニアムの技術により大きく強化されていた。そんな相手を止める術はこの場には、存在しなかった。
「大方だけれど、考えは予想できる。貴女達の目的は、便利屋の捕縛がメインじゃない。風紀に違反した便利屋を捕縛できれば尚良し、という考えでしょう」
『……仰る意味が、わかりません』
「そう。まあ、あくまで私の予想よ。――便利屋を大義名分にした、先生の身柄の確保。それが主目的なんじゃないかしら。控えているエデン条約、そのために先生の身柄を確保して保護という名目のもと監禁。条約成立が優位になるよう、先生の持つシャーレとしての権限やその手腕を振るってもらおう、そんなところじゃないかしら」
見透かされている。そして向けられるのは此方を見据える紫玉の、鋭い視線。それはかつて、ゲヘナとして自分達に向けられることはなかったものだ。今の言葉通り、自分達の狙いはその通りであり。そしてかつての自分の先輩であり崇拝していた相手はシャーレの部員だと言った。
それは、この場において自分達の敵であると宣言したことにほかならない。
「退きなさい、アコ。これは他自治区に対する侵略行為とアビドスがとってもおかしくない行為よ。先生としても、できるなら無理にここで戦うのは本意ではないはずよ。そうよね、先生」
「……そうだね。アビドス側の被害については話し合う必要があるけれど、それでもここで全面交戦するのは本意ではないよ。もし、私に話があるというのならシャーレに依頼という形で連絡してくれれば、すぐには難しいかもしれないけど必ず対応させてもらうからそれでは駄目かな?」
『――それは、』
それは出来ない。とアコは言いかけた。
今の彼女は、端的に言うと冷静な精神状態ではなかったのだ。というよりは、ヒナが去ってからの彼女は冷静さを何処か欠いており焦っていた。まるで、結果を出し続けなければならないという強迫観念に駆られたようにしていた。自分を責めて、追い込むようにして。
『撤退しろ、甘雨アコ』
突然、その場に響くのは新しい声だった。
突然飛来した、黒い、角のようなアンテナにもデザインにも見えるそれをつけたドローンが映し出したのは、別の生徒。まるで軍服のような制服を纏い、同じく軍帽のようなものを被った生徒。そしてその冷たく、鋭く。それでいて威厳が感じられるその声をヒナは知っていた。というよりは、その声になる場面について知っていたというべきか。普段は、そんな声のトーンではない、その相手のことを。
『
『……っ、ですが』
『聞こえなかったのか?撤退しろ。状況が見えない訳でもないだろう。……それとも、この場で今のヒナとやりあうか?』
『了解、しました。……風紀委員会、全員撤退して下さい』
一度、ヒナに対して何か言おうとしたアコは、途中で止めて。そのまま一度目を伏せてホログラムを停止させると、撤退していくゲヘナ生と共に去っていく。それを見届けた残った黒いドローン。投影されたマコトは『さて』と一言言って。
『久しいな、ヒナ。活躍は聞いている。こんな形で会うことになって残念だ』
「そうね、私も残念よマコト。……随分と雰囲気が変わったわね」
『キキキッ、何。今は仕事モードという奴だ、普段はいつも通りさ。……いつも通りだとも』
「……そう。その笑い方を聞くのも、今となっては懐かしいわ」
『あの頃が懐かしいのは私も同じだとも。……おっと、昔話をするために残った訳では無い。少し話したいことがあってな』
「話?」
『なに、すぐ済む。残念だが今回の便利屋の捕縛作戦は失敗してしまった。その結果として、色々と行き違いがあったようだがアビドス側に被害が出てしまったことについて万魔殿の議長として謝罪する。被害の弁済については、書類を送ってくれればゲヘナが対応させてもらう』
あくまで今回の件については、便利屋に対しての捕縛作戦だと通すつもりなのだとヒナは思った。だが、明確に先生に対しての被害もなければ手を出したわけでもない。証拠がない以上、追求しても無意味だろうし先生としてもその気はないのだろうと思う。
『詫び、というわけではないが……。アビドス高校、お前達にある情報を伝えよう。カイザーに気をつけろ』
少なくない動揺がアビドス高校の面々に奔る。カイザー、それは今のアビドスにとって無関係ではない相手だからだ。そんな相手について、ゲヘナの現在の統治者から直接『気をつけろ』と言われたのだ。
『ある筋の情報から、カイザーコーポレーションがアビドスの砂漠地帯で何かをしているという情報が入った。正確には、砂漠地帯に向かって資材や人材を送っているというものだがな。さて、おかしいな?アビドスの砂漠もアビドスの土地の筈だ。なのにカイザーはそこに踏み込んでいる。これは、立派な侵略行為とも取れるが……さてさて』
道化のような話し方をあえて行い、後は自分達で確かめろというようにするマコト。対して、アビドスの生徒達は混乱しっぱなしだ。
『言うことは言った。最後に個人的なことだが……折角ここで会えたのだ、ヒナ』
「私?」
『キキッ、何。 ――もうお前の身の振り方や選択にどうこう言う気はない。だが、そうだな。もっと落ち着いてからでいい。いつか、ちゃんと話をしよう。あの時は、この私。いや、このマコト様も感情的になってしまったからな』
「……そうね。きっとそれは、私も同じことだから。もう少しだけ、時間をくれないかしら」
『気長に待たせてもらうさ。それでは、息災でな』
それだけ告げると、ホログラムを解除してドローンが飛び去っていく。その場に残されたアビドスの生徒達とヒナの間に気まずい空気が流れる。ひとまず、自分が呼んだヒナが合流してくれたためまずはそれについての対応をと先生が考えていた時だ。
「うへぇー……ごめんごめん、新しいお昼寝スポットで寝てたらスマホを地面に落としちゃってたみたいでさー……って、これどういう状況!? それに……え、なんでここに――」
にへらとしながら現れたのは、小鳥遊ホシノだった。アビドス高校のメンバーを見た後、この場にいることが想定外だった相手。バイクに乗っているヒナを見て目を見開いて。いつもより少しだけ真面目なトーンで、ホシノは言葉を作った。
「久しぶり、になるかな。色々聞いてるよ、
「……そうね、久しぶりね。
再会とは、時に突然やってくるものだ。
そうしてそれは、時に新たな縁を紡ぎ出すものでもある。
かつて、短い間ではあったが一度縁を紡いだ二人が、ここで再会を果たした。
ちょっとだけゲヘナのネームドの状態を書いておくと
・アコ
かなりズタボロ。色々な感情がごちゃまぜになっていて、無理矢理『結果を出さなければならない』という強迫観念に近いそれを理性にねじ込んでなんとかやってる。ヒナに対して謝りたいだとか色々思っているが、追い込んだくせしてどんな顔して会えばいいのかとか色々考えて結局また自分を追い込むの悪循環。
センナと会うと色々まずいことになる。
・マコト
割と心の整理は付けたものの、それでもまだ曇ってる。結局のところヒナの心からの本心を聞いたのは限界迎えて退学届を持ってきた時だけで、その時そんなことを初めて聞いたこと、聞いたうえで色々ぐちゃぐちゃになってしまって口論、一悶着に発展。万魔殿のメンバーでも手が付けられない位にその騒動は荒れた。彼女としても思うものはあった。
ヒナが退学後は、抑止力のヒナが居なくなったことで吹き出る問題や中枢組織の編成や統制が杜撰であることに直面し、『ヒナがやっていたことを自分がやりつつ、統制できる体制と秩序の構築』、『だが先代と同じ轍は踏まない』を目指して動き出した。問題は多いし以前ほど自由はなくなったが、秩序と規律を基盤としてそれを守りつつ、融通などの柔軟性を効かせる治世を行っている。今までは道化のような態度や振る舞いだったが、ヒナがいなくなったことでそれも統治者としての時は鳴りを潜めている。オフの時は割とはっちゃけているが、それでも何処か空元気が見える。
彼女には王としての才も素質もあった。皮肉なことに、それは付き合いが長いが上手く言い表せない相手が居なくなることで表に目覚めてしまった。
自分だってまだ完全に整理はついてないが、ヒナとはいつかちゃんと話をしたいと思っている。
・イオリ、チナツ
詳細は今回は省きますが追々描写予定。多分エデン条約くらい。
簡潔に言うとイオリはヒナの退学理由を聞いて一度は自分を責めたが、どうして風紀委員になったのかという信念を思い出して再起。ヒナが安心できるくらいに強くなろうと決めて日々研鑽を続けているが結構無理してる。チナツはといえば、ヒナの心情に気がつけなかったことを後悔し挫折するも、去ってしまったヒナに恥ずかしくない生徒として。そして風紀委員という組織を示さなければならないと決意して、風紀委員だけではなく問題を起こす生徒とも比較的話せることから、自らネゴシエイターのような役割としてゲヘナを支えていこうと決意して頑張っている。