「――ミレニアム治安維持局として動くことは、できない。ごめんなさい」
吐き気がする。目眩がする。
自己嫌悪で塗り潰されそうになり、平静ではない僅かに震えた声でヒナは目前の相手。先生、そしてモニターに映るアヤネへと言葉を紡いだ。
どうしてこうなんだ、と嫌になる。
また自分は、あの時と同じ選択をしてしまった。以前は先輩を、そして今回は――友に対して。
頭の中はぐちゃぐちゃだ、あの時の予感はやはり当たっていただとか、どうしてあの時止めなかったのだだとか。本当なら膝から崩れ落ちて叫びたい衝動にも駆られるが、理性と。そして自分の選んだ立場としての矜持でなんとか立っている。今の自分は、ミレニアムの生徒であり、そしてミレニアムの治安維持局の局長なのだと自分に言い聞かせて。
事態を告げるものは、突然やってきた。ヒナがホシノと別れて数日後、ミレニアムへと戻ったヒナはまた今の日常へと戻った。治安維持局の局長として業務をこなし、時には後輩や友人と共に他愛のない話をしたり、次の休みの予定について話したり。自分が在る居場所として選択した場所の日常がそこにはあった。
そんな中、ヒナの持つスマホが振動した。見ればそれは、シャーレの先生からのものだった。最初はてっきり、次のシャーレの手伝いに関しての何かだろうかと思い電話に出た。だが、違った。
告げられたのは、目の前が真っ白になるかのような衝撃があるもので。ただヒナは、呆然としてその場で足を止めて目を見開いた。
信じられなかったのだ、告げられたことが。
――『先生?どうかしたの?次のシャーレの手伝いについての話なら……』
――『ごめん、ヒナ!緊急なんだ!ホシノが……ホシノが居なくなった!』
――『…………え?』
巡回中で、隣を歩いていたセンナはすぐにヒナの異常に気がついた。そのまま『局長、後は私がやりますので電話の方を確認して下さい』と告げると、そのままヒナを治安維持局の局長室へと連れて戻り、ヒナがその知らせについてすぐ対応できるように段取りをした。
再度先生へと連絡して話を聞けば、今度は通信にアビドスで自治区外部との折衝も担当しているアヤネが通話に同席し、事情を説明した。判明したのは今朝で、退学届と置き手紙が残されており現在、アヤネ以外は捜索に出ているのだという。
聞かされた内容で、ヒナは言葉を失った。そして思い、後悔した。なんとしてでもあの時、止めておくべきだったのだと。
手紙には、幾つかの内容が書かれていたらしく。そのひとつが、カイザーPMCから勧誘を受けていたこと、その勧誘を受けるかわりにアビドスの借金の半分を帳消しにすること、今後アビドスに対して手出しをしないということが含まれていたそうで、ホシノはそれを呑むつもりなのだという。
だが、今日の午前に開始されたのはカイザーPMCによるアビドスへの無差別攻撃と侵攻だった。第一波についてはなんとかアビドス高校で対応できたが、次の侵攻に対して対応できるかがかなり厳しく、またホシノの残した退学届をアビドスの面々は認めないものとしてカイザーからホシノを取り戻すつもりのようなのだが、それについても手が足りないということ。
つまるところ、先生がしたいのはミレニアムに対しての救援要請だった。だが、これはヒナ一人で決定できることではない。現在、生徒会長であるリオはある案件の対応のため不在であり、自治区としての決定権はセミナー、つまりユウカとノアが最上位であり。次点で自治区の行政機関のトップであるヒナやセンナ、ネルなどとなる。
そうしてまた、自治区としてのものとなればそれ相応の決断をしなければならない。事態は最早、自治区と企業の間での紛争にまで発展している。これに対して、シャーレからの依頼という形でヒナ個人に援軍を頼むのはシャーレの権限からして不可能ではないが、それをすると世間体でかなり問題になる。なので、それはできない。とすると、自治区に対して依頼をして、それを受けてもらうしかない。
現状、先生にはまだ部員は少ないが幾つかの生徒に対してのコネクションはある。が、その中でも最も戦闘を伴う事態に対して説得力があるのは、ヒナとセンナだった。
しかし。その話をセミナー、ユウカとノア、センナが同席したうえでした結果でのヒナの回答は協力できない、というものだった。対して、先生とアヤネもやはりか、という思いとともに仕方ないという表情をしていた。
先生やアビドスとしても、これはかなり難しい依頼だと思っていたのだ。事態が自治区単位となれば、自治区としての判断や決断となってくる。ミレニアムとしても、慈善だけで他の自治区に介入することはしたくはないのだ。他自治区の諍いに介入してまで得られる自治区に対してのメリット、それがない以上動くことはではない。
ヒナとしても、立場がある。そして今は、その立場として行動しなければならない状況なのだ。
「……ここまでになってしまった状況に、慈善だけでは動けないの。本当に、ごめんなさい」
ぎゅっ、と拳を握りしめて。少し震えた声で、今の立場としての回答を伝えるヒナ。
しかし、個人としては助けに行きたかった。もう、あの時のように何もできないのは嫌だった。
「――局長、それから先生も。発言をお許し頂けますか」
心が絶望に沈みそうになり、ぐちゃぐちゃになりかけていた時。聞こえてきたのは隣からで。それは、自らがよく知る声だった。
センナ。自分の現在の副官であり、副局長は真剣な眼で、顎に右手の親指と人差し指をあてながら何かを考えるようにしていた。
「センナ……?え、ええ。許可するわ」
『何か考えがあるの?聞かせてくれないかな』
すると1度目を伏せると、数秒の間沈黙した彼女は頭の中で何かが纏ったのか、先生とアヤネが映るモニターへと一歩踏み出す。
「先生、確認です。カイザーは、カイザーPMCとしてアビドスに侵攻した。それで間違いないですね?」
『間違いないね。前回の侵攻時の交戦データや映像もあるから必要なら提出出来るよ。それに、カイザー理事自ら前線で宣戦布告とも取れる発言もしている』
「なるほど、なら尚良しですね。次です、お聞きしたいのですがカイザーがアビドスの砂漠地帯に軍事施設を作っていた、というのはご存知かと思います。それについて、実際に確認は?」
『確認はしたね。ヒナから聞いてるかもしれないけど、ゲヘナの万魔殿の議長。マコトから警告を受けて、その後調査をしたら見つかった。軽く交戦になったのと、そこでもカイザー理事とのやり取りがあった。それについても記録があるよ』
「素晴らしい。 ――局長、そのような悲しそうな顔をしないで下さい。私はあなたと、そしてこのミレニアムの刃です。そうして、そのような顔は見たくないのです。 ……大義名分ができますよ、ミレニアムがアビドスに対して干渉するためのね」
「……!?どういうこと?」
「ミレニアムとしてもその大義名分が重要なものであること、遂行するに十二分の価値があるものだとは判断しますが……それには、アビドスからの許可が必要になります。先生、確かアビドス高校は現在、連邦生徒会に対しての発言権は失っているものの自治区としての。学区としての機能は存続している、という認識でいいのですか?」
『その認識であっているね。現在のアビドスの自治は、アビドス高校に帰属する。だから、全員が学校を辞めたりしない限り残るはずだね』
「では、私は面識がありませんが……その、小鳥遊ホシノ先輩?という方が事実上の生徒会長としての権限を保有していた場合、居なくなった場合の外交権は代理だとしても誰に行くことになりますか」
『他自治区との外交については、アヤネが担当をして任されていたから、その権限はアヤネに行くことになるね』
「なるほどなるほど……ユウカ、ノア。結論だけ先に言うけれど、アビドスに対して自治区間の限定協同協定の申請をしよう。協同の完了条件は、『
一瞬驚いたようにする二人だったが、『また悪巧みしてるわねあなた……』『ヒナ先輩絡みだから全力ですね、センナちゃん』と少し呆れたようにそれぞれが言いつつもすぐに真面目な、セミナーとしての目になった。
「なら、セミナーの早瀬ユウカとして聞くわ。ミレニアムがアビドスに対して協同を申し出てまで今回の紛争に介入する理由、それは何?」
出雲センナとは、いわば忠犬である。ミレニアム治安維持局、その局長である空崎ヒナの忠犬にして、ミレニアムの敵を。そして彼女の敵と、傷つけるものを絶対に許さない。時には如何なる手段を使ってでもそれらを徹底的に叩き潰す、そんな生徒なのだ。
敢えて言うならば、カイザーの最大の悲劇であり失敗は、彼女の逆鱗に触れたことだろう。
彼女は、不良や犯罪者集団から『
「ちゃんと説明はするよ。簡単に言うと、自分で蜥蜴の尻尾切りをできなくしてしまったカイザーを叩き潰す、ということさ ――ああ、逃さないとも。絶対にね」
悪い笑みで、彼女はそんな事を言った。
「局長を傷つけたな?絶対に許さないよ、生きて帰れると思うな」
ミレニアム総力戦勃発によりカイザー終了のお知らせ。
ブチ切れセンナ。下手するとアコより拗らせて厄介なのが彼女です。有能過ぎる分厄介度合いも増えている。普段は忠犬、キレると狂犬。その名は出雲センナ。
冷静なヒナであれば、センナと同じ事を考えついたかもしれませんがこの時は精神状態が大分まずかった。ホシノを見捨てないといけない、そんな状況と決断をした時点で冷静ではありませんでした。それを補佐したのがセンナ。ただ、彼女も大分ブチギレモード。
次回、カイザー死す。この次もサービスサービスぅ!