序盤の街でラスボスと遭遇した一般モブキャラ、ラスボスとは知らず一緒にギルドを結成し、世界最強に。 作:沢田美
辺境都市リスタは、英雄にとって始まりの街であり、凡人にとっては一生を終える街だった。
十二歳で授かった天恵が《荷運び》、剣術試験は同期五十人中四十七位。そんな少年アルク・ノートンもまた、薬草束の個数を数え、酔った冒険者の吐瀉物を避け、銅貨三枚の夕食に悩むだけの十七歳だった。
それでも彼には夢があった。自分のギルドを作ることだ。
王都の大手に入れば、荷物持ちは死ぬまで荷物持ち。ならば小さくとも自分の旗を掲げ、仲間と依頼を受けたい。三年かけて銀貨を貯めたアルクは、冒険者ギルドの窓口へ結成届を叩きつけた。
受付嬢は届出を一瞥し、無慈悲に判を押さなかった。
「創設者が二名必要です」
「そこを、一名と荷物多めで」
「人間を連れてきてください」
夢は規約の第六条に敗北した。
肩を落として振り返ったアルクは、掲示板の前に立つ男を見つけた。
濡羽色の髪、血を固めたような暗赤の瞳。黒い外套から覗く首筋には、鎖とも文字ともつかぬ刺青が走っている。武器も防具も持たないのに、周囲だけ妙に空いていた。冒険者たちは本能で、その男の半径三歩を避けていたのだ。
「あの、ギルドに興味ありませんか」
男はゆっくり振り返った。値踏みする目ではない。道端の石に口をきかれ、その石を踏むか拾うか考える目だった。
「俺を勧誘するか。身の程を知らぬにも限度がある」
「創設者が二名必要でして。名前だけでも」
「なるほど。卑小で、率直で、気に入った」
こうして、後世に十二王国を震撼させるギルドは、規約の人数欄を埋めるためだけに誕生した。
男はヴァルと名乗った。職業欄には「王」と書き、受付嬢に却下され、「無職」へ訂正された。ギルド名を問われた彼が《万象跪け》と答えたため、アルクは全力で阻止し、最終的に《暁の梟》へ落ち着いた。
「ところで、どうして入ってくれたんです?」
「この街の地下に用がある。ギルド証があれば、多少の穴へ入っても咎められまい」
「その言い方、絶対にまともな用事じゃないですよね」
「安心しろ。街が地図から消えるほどのことではない」
「安心できる基準を大幅に間違えてる!」
なお、登録料で資金の九割が消えた。
「今日から干し豆生活です」
「では解散だな」
「結成から四十秒!」
※ ※ ※
最初の依頼は、北の旧水路に巣食った鎧鼠の駆除だった。
黄昏時、二人は崩れた煉瓦の階段を下りた。湿った闇には獣脂の臭いが沈み、水音に混じって硬いものを擦る音が続く。ヴァルは先頭をアルクに譲り、欠伸すら隠さなかった。
「俺が先頭でいいんですか?」
「お前のギルドだ。王を雑兵の盾にするな」
「書類上は無職です」
「殺すぞ」
鎧鼠は十匹。荷物持ちでも知る低級魔獣だ。アルクは短剣を握り、飛びかかった一匹の喉を裂いた。二匹目を蹴り返し、三匹目の牙を革籠手で受ける。痛みはあったが、戦えた。背後にいる男の存在が、恐怖を薄い紙に変えていた。
最後の一匹を倒した瞬間、水路の底が隆起した。
煉瓦を砕いて現れたのは鎧鼠ではない。四本の腕を持つ、青白い巨躯。胸に縦長の口を備えたA級魔獣《墓守鬼》だった。依頼書には影も形もない災害級の異常種。咆哮だけで水面が爆ぜ、アルクの身体は壁へ叩きつけられた。
肺から空気が消えた。短剣が指を離れる。墓守鬼の足が煉瓦を陥没させながら迫った。
その前へヴァルが歩み出る。
「三息やる。殺せ」
アルクには、自分が命令されたのか、怪物が宣告されたのか分からなかった。
「無理だ。あれはA級だ」
「等級を唱えれば敵が死ぬのか? 目を使え。お前の天恵は、お前が思うほど無価値ではない」
墓守鬼の四拳が唸った。一撃ごとに騎士の盾を潰す剛腕が、四方からヴァルの頭蓋、心臓、肝臓、膝を狙う。
命中する寸前、世界が沈んだ。
ヴァルが瞼を細めただけで、魔獣の拳は軌道を折り、石床へ激突した。腕だけではない。巨体も、飛び散った水滴も、舞い上がった粉塵すら、見えざる玉座へ頭を垂れるように地へ縫いつけられていた。
魔法《王圏》。一定領域の力、速度、魔力、そのすべてに序列を与え、ヴァルより下位のものへ服従を強いる絶対支配。だが、名も理屈もアルクは知らない。ただ理解した。この男の隣にいる限り、自分は死神の威を借りて歩けるのだと。
「一息」
低い声が、停止した水路を動かした。
アルクは短剣へ飛びついた。墓守鬼の皮膚は鋼より硬い。喉も眼球も伏せられている。勝ち筋などない。そう断じかけた脳裏に、先ほどの鎧鼠が牙を立てた感触が蘇った。
天恵《荷運び》は、触れた物の重さと重心を正確に把握するだけの力。それを荷箱ではなく、敵へ使う。
「二息」
アルクは横たわる腕を踏み台にし、胸の口へ腕を突っ込んだ。牙が革籠手を貫く。激痛を無視し、舌の裏側へ短剣を滑らせた。硬い肉の奥、巨体の重心と魔力が交わる一点がある。
墓守鬼を縛る力が消えた。
四本の腕がアルクを挟み潰す。骨が軋む、その刹那。短剣の切っ先が核を穿った。
青い閃光が水路を走った。魔獣の絶叫が天井を揺らし、巨体はアルクを巻き込んで崩れ落ちる。腕の隙間から這い出した少年は、血と汚水にまみれながら、それでも立った。
ヴァルの口元が、初めて愉悦に歪んだ。
「三息。凡骨にしては上出来だ」
褒め言葉とは思えなかった。だがアルクは笑った。生まれて初めて、自分の力で格上を仕留めたのだ。
その背後で、ヴァルは崩れた煉瓦の底へ指を差し入れた。引き抜かれた指には、骨で作られた黒い楔が挟まれている。墓守鬼は巣食っていたのではない。これを守るため、何者かに配置されていたのだ。
楔はヴァルの掌に触れた途端、歓喜する生物のように脈打ち、刺青へ溶け込んだ。首筋を巡る鎖の一部が、音もなく千切れる。
アルクが振り返るより早く、ヴァルは手を閉じた。彼がこの依頼を選んだ理由を、少年はまだ知らない。
※ ※ ※
その夜、《暁の梟》は規格外討伐の報奨金を得た。アルクが治療費と装備代を計算している横で、ヴァルは屋台の串焼きを三十本注文した。
干し豆生活は、その日のうちに続行が決定した。
※ ※ ※
同じ頃、王都地下の封印殿で、三百年間鳴らなかった十三の鐘が一斉に鳴った。
白衣の司祭たちは床へ伏し、誰一人として顔を上げられなかった。壁に刻まれた古代文字が、黒い血を流すように崩れていく。
碑文が告げていた。
かつて神々を玉座から引きずり下ろし、七つの大陸を墓標に変えた終末の王。その魂を縛る《九重葬鎖》の第一封が、辺境都市リスタで破られた、と。
災厄の真名は、ヴァルガルド。
そして彼をギルドへ誘った無名の少年が、やがてその王と袂を分かち、借り物ではない力で世界最強へ至ることを――この時はまだ、誰も知らなかった。