朝食後、のんびりと寛いでいると、主に話し掛けに来る男士も、大分増えた。
「主さん、これ、お茶請けにどうかと思って」
堀川国広が沢庵を持ってくる。
「おう、国広のは美味いんだぜ」
和泉守兼定が同意する。二振とも自然に主の向いに座った。
「ありがとうございます、堀川さん、和泉守さん」
添えられた楊枝で、主が口に入れる。二振の緊張が伝わってくる。確か、沢庵は元主由来だったっけか。
続けて。お茶飲んだ主が微笑みながら言う。
「っ、塩気がきいて、お茶に合いますね」
「よっしゃ!」
「兼さん」
喜びを素直に出す和泉守と、それを嗜めつつも嬉しそうな堀川。二振を主は楽しそうに見つめる。
主の目が日本号に向く。
「日本号さん」
楊枝で差し出された沢庵に齧り付く。
かなり塩辛いが、主は本気で言っているんだろうか。
「どうぞ」
後から差し出されたお茶を飲む。
「……主に苦手なもんはねぇのか……」
「甘過ぎるのは、少し……」
頬を染めて、目を逸らしている。
「……主さんは、素材の味に出汁が効いてるものが好きでしょ?」
堀川の言葉に、主が視線を向ける。
「わかるよ。だって……」
堀川が少し照れながら、主を見て続ける。
「最初のお浸し、気に入ってくれてたでしょ。あれ、僕だし」
和泉守が、がしがしと堀川の頭を撫でる。
「ああ、あの後、国広の奴はすっげー喜んでたよな」
「や、やめてよ、兼さん!」
二振の仲の良い様子を見ていた主が、日本号を見る。その目が日本号の手を見て、顔を見て。首を傾げる。
なんだ、それ。
主の頭に手を置いて、軽く撫でてやる。
それだけで、主は嬉しそうだ。
「……なあ、ひとついいか」
急に真剣な顔で、和泉守が問いかけていた。
「あんたら、今どういう関係だ?」
「兼さん!?」
「だって気になるじゃねぇか。主がここにいるのは、日本号がなんかしてるからだろ?」
「ああ、もう! 行くよ!!」
「なにすんだよ、国広っ」
二振がいなくなってから、主と顔を見合わせる。
「関係、ねえ」
「医者と患者、ですよね」
「はあ? んなわけ……」
「だって、日本号さんがいてくださるのは、私のせいですし」
少し淋しそうに微笑む主に、日本号は口を閉じる。
確かに、最初はそうだった。
だが、今は。
「……それだけじゃねえよ」
「え?」
主の顔に手を伸ばし、頬に触れる。
最初はそれだけだとしても、今この笑顔が欲しいと思っている感情は。
「行くぞ」
手を離し、立ち上がる。
主が慌てた様子で立ち上がり、追いかけてくる。
大広間の入り口で主を待ちながら、日本号は考えた。
二人の関係。
何故、ここ最近こんなにも胸が騒がしいのか。
主の笑顔ひとつで、簡単に掻き乱される心。
その答えは。
「お待たせしました」
日本号の手を取り、見上げて微笑む主は、気づいていない。
この気持ちに名をつけるなら、それは。
(いや、違う。俺はただ……)
主に、生きてほしかった。それだけだ。
廊下を歩いていると、楽しそうな声が聞こえてきた。粟田口で大部屋の掃除をしているようだ。
「日本号に主さん、どうしたっと?」
博多が聞いてくる。
主が屈んで問いかける。
「皆さん、何をなさっているのでしょうか?」
「見ての通り」
「お掃除、だよ!」
跳ねるようにやってきた乱藤四郎が、主の手を取る。
「今ね、雑巾がけ選手権してるのっ。あるじさんもやる?」
「雑巾がけ選手権……?」
「そこの廊下の端から端に並んで、誰が一番端で止まれるか!」
「……止まれないことが?」
「そりゃそうだよー。むしろそれが一番難しい」
短刀の速さなら、そうなるだろうなと日本号も苦笑する。
だが、主には想像できないらしく、首をかしげている。
「そんなに難しいんですか?」
「うんっ」
「一番上手なのは、小夜くんなんですよ」
粟田口以外も混じっているらしい。
「粟田口で一番上手なのは、包丁なんだよね」
「そりゃあ、人妻に褒められるなら、これぐらいできないと」
わらわらと寄ってきた短刀たちを順繰りに見ながら、主が頷く。
「……やってみていいですか?」
「よーし、負けないよーっ」
「ふふっ、私もです」
短刀たちに主が連れられて行くのを見送り、日本号は軽く息を吐く。
「日本号殿」
一期一振が話しかけてくる。
「すいません、弟たちが」
「構わねぇよ。主も楽しそうだ」
視線を主に向けたまま、日本号も答える。
「何か、用事があったのでは?」
「いんや、特にねぇ」
「なるほど」
やけに落ち着いた声に、一期一振を見る。
「でしたら、少々日本号殿のお手をお借りしても?」
有無を言わせず、掃除の手伝いをすることになった。高い場所を指示される。
廊下からは短刀たちの笑い声と、主の小さな笑い声が混じって聞こえてくる。
「主は、あのように笑う方だったのですね」
「特に、日本号殿の隣にいる間が、とても愛らしく笑われて」
「お二人はメジロのようですな」
ぴたりと、掃除の手を止める。
「秋田がね、最近動物図鑑を嗜んでおりまして」
「メジロは番の仲が大変良いと言われており、何時も番で常に行動すると」
「まるで、最近のお二人のようだ、と」
確かに、最近一緒に行動している。そうでもしなければ、主は部屋から出ないだろうから。
そして、主は部屋の外では必ず日本号の傍にいる。日本号も、主のそばにいる。
霊力が増えすぎたときに、すぐに対処をするために。
(――そうだ、それだけだ)
「日本号さんもお掃除をしてるんですか?」
主の声に、咄嗟に鴨居に頭を打ちつけていた。
「いってぇぇぇっ」
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ」
しゃがみこんだ日本号の押さえる手の上、主の小さな手が乗る。
「いたいのいたいのとんでけ、です。ほら」
流れるように何か言った。
「うん、手入れ、までは、必要ないですね」
周囲が呆気に取られていることにも気づかずに、主は日本号の手を取る。
「念の為、部屋で手当をしておきましょう」
背中に複数の生温かい視線を感じながら、二人は粟田口部屋を後にした。
「ねえ、博多。あるじさんのあれ、子供にするやつだよね?」
「……乱、言わん方がよかこともある」
「ふうん?」
主には聞こえなかったようだが、日本号にはそれが聞こえた。
(……だよなあ)
苦笑しながら、日本号は何も言わず主の隣を歩く。
主の耳が赤いような気もした。
……たぶん、気のせいだろう。
繋いだ手は、少しだけ汗ばんでいた。
廊下を歩きながら、段々と主の足が遅くなり。誰もいない場所で止まった。
その場で顔を覆って、しゃがみ込む。首まで赤い。
「……すいません……」
「ん?」
「私、変なこと、言いましたね?」
さっきの子供に言うようなことだろうか。
「気をつけてたのに……」
「そうなのか」
「短刀の皆さんは幼く見えてしまうので、妹や姪たちを思い出してしまってました」
「子供好きなのか」
「ええ、はい。まあ……」
「いいんじゃねえか。俺も嫌いじゃねえ」
「は」
「……あんたの子なら、きっと可愛い――」
言いかけて、言葉を止める。
(何を言い出してんだ、俺は)
日本号も主から、顔を背けた。
二人でしばらくそうしてから、庭を見て。
風がさやさやと庭木の葉を揺らす音が流れていた。
「子供……」
ぽつりと、主が言う。
「私には似ない方がいいですね」
「もっと、素直な子の方が、日本号さんも――」
言いかけた主の頭を上から柔らかく叩く。
「あんたは素直だよ」
「俺よりも、よほど、な」
日本号を見上げて、主は苦笑した。
その視線が庭に向く。
鳥の声が囀り、飛び立つ羽音が聞こえた。
「……一週間後、政府から呼ばれています」
「付き添いをお願いしてもいいですか?」
普段主は時の政府に赴く時、男士を伴わない。
そして、日本号を伴う時というのは。
「……見合い、か……」
「はい。まあ、打合せですが」
主の陰で拳を握る。
「承った」
胸の奥が騒ついて。
それしか、言えなかった。