[刀剣乱夢]らいぶ   作:himausa

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第十一話 [だ] だいたい、そう

朝食後、廊下を歩く。

今日はまだ、主の凝りは増えてはいない。

振り返った主が日本号に、申し訳なさそうに笑う。

「大丈夫ですよ」

気を遣っているのだと、わかってしまう。主に表情があるから。

心配しても、増える時は増える。わかってはきたが、やるせない。

立ち止まった主の前、日本号も立ち止まる。

下から見上げてくる主は考えこんでいる。

日本号は無意識に、霊体を見てしまう。癖になりつつあった。

半分以上、まだ昏く濁ったままだ。続けていても、結局は途中で止まってしまう。

「日本号さん」

主が手招きする様子に屈んだ。

細い腕が伸びて、片手は日本号の肩に。もう片方は、頭にのる。

ぽん、ぽん、と頭の上で、柔らかく叩く。

それから、くるりと背を向けて、歩き出した。

(な、んだ、今の?)

日本号は顔に熱が集まるのがわかって、片手で押さえる。

主は数歩先で振り返り、はにかんで微笑んだ。

「主ー、なにしよっと?」

博多が通りがかり、問いかける。

「あ、えっと」

「主!」

そこに長谷部まで、ファイルを抱えてきた。

「終わりました!」

「え、もう?」

「はい! 他にもなんなりと命じてください!」

主は長谷部を見て、博多を見て、困った様子で日本号を見て。不安そうにしている。

(ああ、もう、しゃーねーなー)

日本号が隣に来ると、明らかに安堵していた。

長谷部からファイルを受け取って。

「ありがとうございます、長谷部さん」

「それ、なんじゃと?」

「これは、戦績のまとめ、です」

博多の問いに、ちら、と日本号を見て、主が続ける。

「いつ、引き継ぎとなっても困らないように」

主が言ったとたん、二振が真顔になった。

とうとう言うのか、と日本号は眉を寄せる。

「……それは、どういう意味ですか?」

長谷部の問いに、主は困った様子で微笑む。

それだけだ。

「主?」

博多が主を見上げる。

短刀いうより、幼子に見えるように、計算して。

「私にはあまり時間が――」

「主」

日本号が静かに言うと、主は言葉を止めた。

「まだだ」

「日本号さん……」

「俺は、諦めてねえからな」

「…………はい」

主は俯いたまま、頷いた。

 

 

 

今日も日本号の内番に付き合って、主は馬当番をしていた。

だから、疲れたのだろう。

夕刻に、三名槍の部屋で、少しの仮眠をとらせていた。日本号の膝の上で。ついでに凝りも取っておいた。

「……引継ぎか」

主の長い髪を手慰みに、いじりながら呟く。

これだけ楽しそうでも、主は引継作業を止めない。部屋を片付け、戦績をまとめ、静かに去る準備をしている。

それに。

(見合いは、なんのためだ?)

主の凝りが減るわけじゃない。なのに、必要だからという。

人間が見合いをするのは、大体跡継ぎのためだ。

主にはほとんど時間がないのに、何の意味があると言うのか。

それなら、ここで楽しく過ごした方がいいに決まっている。

――日本号の、隣で。

眠る主の顔を見下ろす。表情のない寝顔だ。

その頬を撫でる。

ずっと、主を生かすことだけを考えてきた。

何のために生きてほしかったのかを置き去りにして。

夢で見た笑顔。あれを現実で、隣で見たかった。

それはなぜか。

(最初から、か)

逃したくないと思ってしまった。その瞬間からきっと始まっていた。

「……悪いな、主」

(あんたが隣にいない本丸は、俺が耐えられねぇ)

もう一度頬を撫でると、主の目がうっすらと開いた。

日本号を映し、幸せそうに微笑む。

「……」

小さな口が動いて、また目を閉じて寝息を立てる。

日本号は動けなかった。

自分を見て、安心して笑う主。

音にならずに紡がれたのは。

(号さん)

主が夢でだけ呼ぶ、名。

こみ上げる嬉しさに、力が入りそうになる。

こんなにも。

求めているのに。

日本号を、手放そうとする。

困った主だと言うのに。

「……参った」

顔が熱い。

笑顔一つで、こんな風になるのはもう、誤魔化しようもない。

口元を緩め、日本号はいつまでも俯いていた。

 

 

 

主の部屋の前で待つのは、もう何度目か。

寝る前に凝りをとるのは、習慣になりつつある。

「日本号さん」

風呂上がりの主が小走りに駆け寄ってくる。

無防備なんてもんじゃない。隙だらけだ。

思わず眉間にしわが寄る。なんで、俺は今までこれが平気だったんだ。

「お待たせしました」

どうぞ、と部屋に招き入れる主は、嬉しそうだ。

部屋の中は変わらずに殺風景で、いつでも退去できる状態。

(まあ、もうさせねぇが)

胡坐をかいて座る。主が横向きに乗ってくる。

そういう風にしていたのは確かだが。

思わず、主の額を叩く。

「っ!?」

驚いて目を丸くする主を笑う。

(本当、なんで平気だったんだろうなぁ?)

顔が熱い。

だが、気づかれないように左手を取り。

(っ)

目を閉じて、身構えている主を見て、固まる。

「……日本号さん?」

思わず、主の目元を抑える。

「わ」

「目、閉じてろ」

「はい」

気づかれないように深呼吸して、主の左手の内側から、薬指に口を寄せる。

(これは治療だ。治療)

目を閉じて、霊体を視る。凝りを取り出し、いつも通りに神域へ流す。

一度に取れるのは、多くて十二。それ以上は何かに止められる。

それでも、日に何度かやれば、減っては来る。

減った場所が空いているから、凝りが増えているのだろうか。

「……主、ちっと試していいか?」

「っ……は、はい」

空いた場所へ、日本号の神気を流しいれてみる。

「……っ!?」

驚いた主が、手を引いた。

腕の中で目を丸くしている。

「な、なな、何を!?」

左手を右手で押さえて、顔を紅潮させて震えている。

「あー……」

「あんたの霊体に、直接神気を入れてみた」

「凝りが増えるのを抑えられるんじゃないか、と」

娘が涙目になった。

「そ、それは、」

「痛みはあるか?」

「な、ないです、けど!」

「まあ、元々酒で入れてる分もあるし、反発はねぇな」

娘の頭を撫でて、そのまま頬まで降ろす。

「このまましばらく待つぞ」

「な!?」

「なんかあったら、大事だろうが」

体中を真っ赤にしている娘を見ていて思い出す。

そういえば最初から、娘は治療で頬を染めていた。

それはきっと、そういうことだ。素直で、隠せない性質の娘だった。

「……なあ、見合い、なんでするんだ?」

「それは、子供が……跡継ぎが必要だから」

「それだけか?」

「それだけです」

うる、と娘の目元が潤む。

「も、もういいんじゃないでしょうか?」

「まだだ」

逃げ出しそうな娘の頬を撫でると、娘はぴたりと止まった。

「に、日本号さん……っ」

「なんだ?」

「今日、変じゃないですかっ?」

「そうかもな」

変にもなる。愛しい娘が、こんなにも無防備に傍にいるのだから。

「ぇ!?」

「ははっ、真っ赤だ」

「ぅ……っ」

おそらく、揶揄う日本号も赤いだろう。

慌てる娘を見つめる瞳もきっと、蕩けるほどに甘くなっている気がする。

でも、それで伝わるような娘じゃない。

「……あんた、あいらしかね……」

囁くと、さらに赤くなる娘を、日本号はいつまでも見ていた。

 

 

 

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