主は本丸への転移ゲートの順番を待ちながら考え込んでいた。
日本号も、先ほどのやりとりを思い出す。
「……良かった……」
見合い担当の職員は、主を見て、少ししてから、安堵していた。
「貴女は、安定したね」
「これなら、しばらくは見合いしなくていいと思う」
その目が日本号をチラリと見て、主に優しく笑う。
「後は、貴女次第、かな」
主はひどく驚いていた。
日本号にわかるのは。今朝、凝りはほとんど増えていなかったこと。
その代わり、取り出せた凝りは今までより少ないことだけだ。
(……何かが変わっとる)
それしか、わからない。
「主、さっきのは」
「本丸で、話します」
表情を固くしたまま、主は言った。
ゲートを抜けて、真っ直ぐに主の部屋へ直行する。長谷部が待っていたが、今日の主は声をかける余裕もなかった。
主と部屋に入り、日本号は戸を閉めた。
「……で?」
「私にもわかりません」
「は?」
主は戸惑う眼差しで続ける。
「……私の一族には必ず加護持ちがいます」
「加護を持つと、霊力が増え続けるんです」
「結果的に、それに耐えられなくなり」
「二十歳前後までしか生きられません」
日本号が黙る。
「……おい」
「それ、最初から知っとったんか」
主が頷く。
「だから引継ぎが必要で、見合いも……」
あの日、やけにあっさりと主は、本丸の引き継ぎを躊躇わなかった。その理由がわかった。
諦めの理由までもが、全部繋がる。
「……加護って何だ」
「何の神だ?」
娘は首を振る。
「知りません」
「知らねぇわけ」
日本号の声を遮って、娘が苦しげに叫ぶ。
「私の方が知りたい……!」
そのまま、娘は両手で顔を覆う。
「姉様たちだって、逃れられなかった」
「死ぬしかなかった」
「私だって、そのはずなのに」
「どうして……今更……安定?」
見たこともないほど、混乱していた。
日本号が伸ばす腕から、娘が一歩下がる。
「なんで?」
「どうして?」
「……私なんかより、生きるべき人がいたのに……」
日本号の目の前で、感情が荒ぶるほどに、娘の霊力が増えてゆく。凝りが作られるも、どこか歪だ。
「主、落ち着け」
娘の長い髪をまとめる紐が外れて落ちる。霊力が暴走し掛けている。
「日本号さんだって、私なんかのせいで巻き込まれてっ」
「は?」
「私が好きになんてなったから、影響して……」
娘の両肩を掴む。
「んなわけあるか!」
日本号の叫びをきいて、娘の目が向く。
「俺が好きになったのは」
「不器用で、素直で、笑顔が飛び切り上等なやつだ」
「惚れる理由くらい俺が決める」
瞬間、娘の霊力がぴたりと収まった。
その目に日本号が映り。
ついで、いつものように頬を赤く染め上げる。
「な」
手を伸ばし、腕の中に引き込む。
「俺はな、必死に生きる、あんた自身をすいとうよ」
「全力のあんたが、一番あいらしかね」
娘の力が抜け、倒れそうなのをいっそう支える。
「……うそ……」
「嘘じゃねえよ」
手で頬に触れ、目線を重ねる。
「信じられねえか」
「だって、日本号さんは、ただ主が変わるのが嫌だっただけじゃ……」
「それなら、ここまでしねえよ」
娘の瞳が震えながらも、日本号を映す。
「主」
「……な、んですか?」
「あんたの加護、俺に調べさせてくれねえか」
「……え」
「悪いようにはしねえ」
「……」
「頼む」
渋々、娘が頷いた。
「無理は、しないでくださいね」
「わかってる」
自分の方が大変だというのに、変わらず日本号の心配をする娘を小さく笑った。
「それより、さっきの」
「え?」
「俺をすいとぅのは……」
娘の瞳が見開かれ、視線が逃げる。
「ち、ちが……っ」
「ほう、違うのかい」
「わ、私は、私には、ああ……」
このまま追求してもいいが、今は優先すべきことがあるのが惜しい。
「ま、あとでそいつも聞かせてもらおうじゃねえか」
「……」
ふい、と娘の視線が逃げた。その悪足掻きも日本号には可愛らしいとしか思えないのだが。
思えば最初からだった。
主の凝りを取ろうとすると、必ずどこかで止まる。てっきり主の意思や体質の問題なのだと思っていた。
神気を入れた時も途中で止まるのは、そこが限界なのだと。
いつもの体勢になり、左手の薬指の内側、根本に口をつける。
「……っ」
主から小さな呻き声が聞こえる。
意識を集中して、凝りを取り出す。空いた所へ、日本号の神気を注いでゆく。
「……ぁう……」
それが止まる場所で、さらに深く探りを入れる。だが、すぐに弾かれた。
「ぁっ!?」
「……っ」
これ以上、入るなと。探るなと。
言えるほど強固な護り。
「……こいつぁ、なんだ……」
「……はぁ……はぁ……」
荒く息をつく、娘の頭を撫でる。
「……並大抵の相手じゃねぇな……」
「……ぇ……?」
「もう一度やるぞ」
「っま、待って……!」
娘が手を翳し、顔を背ける。その呼吸は荒い。
それに、全身が、熱をもっているのがわかる。
「……きゅっ、きゅうけい、させて……」
「っ、あ、ああ」
色艶やかな娘の姿に、日本号も顔を背ける。
(なんで、今こんなに……)
想いを自覚している今、それはひどく危険だ。
娘が荒れる息を整えようと、呼吸する。
それさえも、日本号の心をざわつかせる。
「お、降りちゃ、だめ?」
涙目で聞いてくる娘に、心が苦しい。
「……まず、話、一族の」
はくはくと口が溺れそうに空気を咬んでいる。
「……だから」
なんでこんな、こいつは色を纏っているんだ。
(ヤバすぎだろ)
娘を膝から下ろし、床に座らせる。
「横になってもいいぞ?」
「ん、そう、する……」
余裕がないのか、言葉も崩れている。日本号の前で。
横になった娘の頭の下に、座布団を置いてやる。
娘はふぅとまたひとつ息を吐いた。
「本家は月の眷属、と呼ばれていたそうです」
日本号は眉を寄せた。
月の神。
思い当たる名はいくつもある。
どれも古く、強い。
「うちは傍系で、血の繋がりもないのに」
日本号は眉を寄せた。
(関係ねぇ)
神がそんな理屈で加護を選ぶものか。
日本号自身、神の加護の在り方くらいは知っている。
(血筋じゃねぇ)
神なら、一族を丸ごと護ることもある。その中でも、霊力の強い者へより深い加護を与える神もいる。
(だが……)
その理由はなんだ。
娘がまた深く息を吐いた。少しは落ち着いたようだが。
「……とりあえず、少し休みます……」
「……これ、つかれる……」
すぅと、静かに眠りに入る娘は、本当に疲れているようだった。
昨日、神気を流した時はここまで消耗しなかった。
加護を探ったからか。それとも――。
日本号は眠る娘を見下ろす。
(まだ何もわかっちゃいねぇ)
この娘を縛る加護も。安定したと言われた理由も。
厨のテーブルで、主が出汁茶漬けを食べている。
普段なら隣にいる日本号も、今夜ばかりは許されなかった。
何しろ、今の主は。
ひどく疲れていて、日本号の神気が深く入っている。普段の酒に混ざる程度じゃないのは、男士にはわかってしまう。
何をした。いや、ナニをしたのか、と。
「なんで連れてきたとー」
博多の呆れた言葉に、背中を向けたまま返す。正面には長谷部他の男士に詰め寄られていた。
「しゃあねぇだろ。こっちがいいっつーんだから」
「んん?」
「いいから、主は食ってろ」
「日本号さんは?」
「俺はーー」
後からと言おうとした所で、歌仙が主の隣に音高く丼物を置いた。
「理由は後にして、今は食べろ」
やべ、こっちもキレてる。
食後が怖いが、日本号は主の隣についた。
主はそれを見て、ほっと安堵している。
色々あるが、この顔を見れただけ、連れてきた甲斐はあった。
「主さんに無理をさせないでくださいよ」
「当然、同意の上だよね?」
主が食べ終わった所で、堀川と燭台切が言ってくる。
「はい、ちゃんときいてはくれました」
主が食後の麦茶を飲みながら答える。
「無理な時は、断るんだよ?」
「あ、でも、日本号さんは……私のためにしてくださってるだけですし……」
堀川に対し、主は頬を染めて、答える。視線が、日本号に刺さる。
「日本号?」
「いつもはそんなに大変ではないですし」
「いつもは!?」
主が話せば話すほど、誤解が加速している。
連れてきたのは失敗だったかもしれない。
だが、惚れた女の願いを断れるはずもない。
しかも隣で極上の笑顔まで見せてくれるとあっては。
「……日本号さんの隣は、あたたかいですね……」
何か小さく呟いたのを聞き逃した日本号が問い返すと、主は首を振って、なんでもないと誤魔化した。
「聞いているかい、日本号!?」
「聞いてる聞いてる」
「貴殿がそうだから……!」
歌仙たちがやかましすぎたせいで。
主が楽しく笑っていたから。
追求する気も起きなかった。