[刀剣乱夢]らいぶ   作:himausa

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第十三話 [お] お約束いたします

時の政府の一室に通された日本号は、どかりと椅子に腰掛けた。

到着したのはついさっき。

転移ゲートを超えた先で、すでにあの職員が待ち構えていた。

「審神者様、お待ちしておりました」

「え?」

「先方はお待ちであられます。すぐに御支度を」

そう言って、さっさと主は連れて行かれた。

詳しいことは言われなかったが、このやり方は覚えがある。

主に加護を与えている神が、待っているのだろう。

神に目見えるために、主に支度が必要というのはわかる。

深く息を吐く。

今朝は、危ない所だった。

朝、いつものように主の部屋に行けば、既に出掛ける用意を終えていたのだ。

行動力があるとは知っていたが、まさか一人で済ませようとするとは。

(悪い癖だよな)

頼らないことに慣れてしまった主は、加護の件さえも一人で訊ねるつもりだったのだろう。

「どこへ行く」

「……時の政府へ」

顔ごと視線を逸らした主に、日本号は息を深く吐いた。

「少し待て。俺も行く」

「え、一人で……」

「行く」

なんとか主を頷かせて、そこからは急いだ。

何しろ、待たせ過ぎれば、一人で行くのが目に見えている。

同室に身支度を手伝ってもらい、ゲート前で待っていた主の元へ急いだ。

「用意できたぞ」

「あ、日本号……さん」

日本号の姿を認めた主が硬直した。

内番着でも戦装束でも、和正装姿にしたからだろう。

「な、んで」

ゆっくりと、主の頬が、耳が、首が、淡い桃色に染まる。

「おかしいか?」

「いえ! 全然! か……」

「か?」

「いいい行きましょうっ」

動揺する主の隣に立つ。

「今日は隣におらんとな」

「……私なんかじゃ……」

耳元に顔を下げて、囁く。

「んなことねえよ。今日はいっとうあいらしか」

「に、日本号……っ」

朝の覚悟の決まった顔より、よほど良かった。

戸を叩く音に、顔を上げる。

「お待たせしました」

職員の後ろに、白い影が立っていた。

「……主?」

日本号が呼ぶと、びくりと身体を震わせる。

職員は苦笑しながら、その背を部屋の中へ押した。

「少しだけ時間をとっても」

「い、いいですっ」

部屋に入ってきた主。

白い薄布の向こうで、不安そうな瞳が揺れる。

息を呑んだ。

白の直衣。

緋袴。

一族だけに伝わる白拍子の装束。

白銀の髪飾りから流れる黒髪を、薄布が柔らかく包んでいた。

布越しに覗くのは、愛しき娘。

「……」

言葉が出なかった。

「……こ、これ、うちの正装で……」

「に、似合わないんですけど」

震える声。

「……似合うさ……」

掠れた声が、日本号の喉を震わせる。

それ以上の言葉が、出てこない。

目が離せないまま近づく。

「……日本号さん?」

その肩にそっと手を伸ばしかける。

「では、参りましょうか」

職員の苦笑の混じる声に、二人で我に返った。

「……あまりお待たせできませんので」

少し申し訳なさそうな職員に問いながら、主の肩に手を置く。

「主の加護の神か」

主が小さく息を飲む。

職員は、頷いた。

「月詠様であらせられます」

 

月。

 

その一文字だけで、主の肩が小さく震えた。

日本号もまた、静かに息を呑む。

神の名としては、あまりにも大きい。

 

 

 

案内されたのは、特別な場だとよくわかった。

途中から職員は案内を辞した。先に進めるのは、呼ばれた者か、資格を持つ者だけだから、と。

主の手を取り、ゆっくりと歩く。

「……日本号さんがいて、良かった……」

静かな空間に、主の小さな声はよく通る。

日本号は答えずに、ただ苦笑する。

(そりゃ、俺の台詞だ)

声を出してはいけない気がしていた。

ここはもうほとんど神域。

勝手に口を開くことは、出来ない。

主の前、震えることなどないが、戦場なら槍を構えずにはいられないだろう。

主の被る薄布に、護りの縫取りがある。

神威に人が耐えるための。

やがて、八畳ほどの部屋にたどり着く。

その入り口に、二人並んで膝をつき、頭を下げた。

奥に御簾がさがり、その向こうに髪の長い少女のような人影が映る。

「……あらまあ」

「まさかの組み合わせねえ」

コロコロと錫の鳴るような声。

月と宵闇の静けさを体現するような存在感。

これが。

月詠。

天照大神の妹姫。

月を統べる神。

「顔をおあげなさいな」

「それで、何を願うの?」

思ったよりずっと気さくに、主に問いかける。

主は震えている。

「あ、の、ずっと、ご加護いただきまして、ありがとうございます」

主の礼の言葉にまた、軽やかな笑いをこぼす。

「いいのよ、あなたは、私の愛し児だもの」

「それで、その刀と契りをむすんでいるようだけど」

続いた言葉に、日本号も覚悟する。

やはり、気づかれていた。

主は気づいていないが。

「っ! え、い、いえっ」

「その、彼は、私の身体には大きすぎる霊力、のために、その、そうしてくださっているだけ、でしてっ」

顔を上げて、慌てている。

「ええ? でも……つながっているわよ?」

「っ!?」

視線を感じて、日本号は伏せたまま、声を出す。

「月詠命様とお見受けいたします」

咎めはない。そのまま続ける。

「主は、御加護により、短命となっていることを存じておられますか」

「主? ……ああ、そちらも絡むのね」

「私は、この方の隣を、歩きとうございます」

「っ日本号さん!?」

「どうか、今一度、その加護を弱め、私に預けていただきたい」

「なっ」

慌てる主に落ち着けと言いたいところだが、神威が強まり、頭をあげられない。

汗が首筋を伝い落ちた。

静寂を長く感じる。

「……私の愛し児は、闇に好かれやすい」

「加護はその魂を守るものである」

「あなたはそれを完全に守りきれる?」

また一段、神威が強くなる。

主には何も効いていないようだが。

ここで耐えられぬようなモノに、預ける気はない、ということか。

胎に力を込めて、ゆっくりと答える。

「はい」

主が隣で息を呑んだのがわかった。

「……愛しい児、あなたが望むなら、弱めてもいい。でも、無くすのはできない」

日本号に対するのとは違い、柔らかいが申し訳なさを潜ませて、月詠神がいう。

主は、少し息を吸い、静かに頭を下げた。

「それでもいいです」

「私は……もう少し、この方といたい……」

部屋から音が消えた。

日本号は、その意味を理解するまで、息をすることさえ忘れた。

(今、なんて)

頭を下げたままの主は、首から上を濃い桜色に染めている。

御簾の向こう、コロコロと愉しげな笑い声がした。

「ふふ、その顔で言われては敵わぬな。よいだろう」

「必ず護れよ、九十九の神、日本号」

改めて、日本号は頭を下げる。

「はい、必ず」

主も共に頭を下げた。

「ありがとうございます……っ」

涙ながらの声の後だ。

日本号はぎくりと身体を強張らせた。

御簾があがる音。

近づいてくる重圧。

そして、主の前、幾重にも重ねた衣が広がる。

「加護は弱くなっても、あなたはずっと私の愛し児よ」

「……どうか幸せになってちょうだい」

まるで、母のように慈しむ姿が目に浮かぶが、視線は向けられない。

関係ない、見るなとばかりに、神威を押し付けてくる。

「はいっ」

主の涙交じりの答えを受け。

さや、と衣擦れの音が遠ざかる。

その最中。

日本号の耳にだけ、それが届けられた。

「……もし、愛し児が傷つくことがあれば、返してもらうぞ」

肝の冷える声は、流石に古き月の神。

退出前、日本号は立ったまま、もう一度御簾の向こうに頭を下げた。

 

 

 

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