[刀剣乱夢]らいぶ   作:himausa

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第十五話 [う] うまか酒

大広間ではだいたい夜には、人が集まるようになった。

「大将、これ」

厚藤四郎がつまみの皿を長机に並べる。

「ありがとうございます」

礼を言う主は、目も口元も緩く溶け、頬も染まっている。

主の隣で日本号は盃を傾ける。

少し前まで、こんな場に主がいるなんて考えられなかった。

だが、今はこれが日常になりつつある。

「粟田口部屋の隣が空き部屋なっててさ」

「そこに今日冥府の奴、出たぜ」

「後藤がこう、軽く消してた」

後藤藤四郎が離れた場所で、声を上げる。

「厚!? 何言ってんだよ」

「お前だって、ついでにその辺の潰してただろっ」

対して、厚は苦笑いしつつ、他の長机にもつまみを運んでいる。

「すっかり日常だな」

「……後で、石切丸さんにお祓いを頼みましょう」

「伝えておこう」

主の隣で三日月宗近がゆるりと答える。

日本号は、ぴくりと僅かに眉を上げた。

あれから大広間では、三日月がいつの間にか主のそばにいる。おそらく、月、が関係しているのだろうが。

「よろしくお願いします」

「うむ」

正直、面白くはない。

夕刻のことを思い出す。

主の凝りは、増加は緩やかになったが、今までのが減ったわけではない。

だが、一気に取り出すこともできず、今も少しずつやっている。

「……っ……」

娘は今だに顔を赤くし、身体を震わせている。

「凝りを取るのは、まあ、いいんです」

「その、号さんの神気が……良すぎるんです」

「直接は、気持ち良すぎて」

娘が渋々言っていた。

「頭がぶわーってして、わーってなって」

「わかるか」

娘の鼻を摘む。

「んーっ」

抗議する様子を笑う。

とりあえず、今は凝りの増加も落ち着いているから、直接の神気は少しだけに留めているが。

(徐々に慣れてもらわないとな)

「主」

三日月の注ぐ酒を奪って呷る。

神気を少し混ぜてある。油断も隙もない。

「やめてくれや」

「あなや」

「号さん?」

娘が見上げてくるのを、頭に手を置いて宥める。

相変わらず、手を置くだけで、きゅっと目が閉じる。

「なんで?」

「あんた、酒強くないだろ」

「でも、号さんのは酔わないです」

「他のは酔うだろ」

「……試しても」

「だめだ」

娘は、日本号のそれを嬉しそうに笑う。

「わかりました」

そして、隣に座ったまま、楽しそうに笑う。

(これが見たかったんだ)

盃を傾けつつ、時折主の頭を撫でる。

その度に振り返って、笑いかけてくる。

ふとすると、あの白拍子姿を思い出す。

あの一度きりだが、目に焼きついている。

舞は苦手だと言っていたが、実は踊れるんじゃないだろうかとも思う。

主自身が言い忘れていることも、きっとまだある。まだまだ知らないことばかりだ。

それでも、いつかは話してくれるだろう。

「日本号、今日は唄わないのか?」

どこからか声がかかる。

「ああ?」

「主も聞きたいよなあ!?」

「なんですか?」

「黒田節だ」

「酔うと定番だよなあ」

娘の視線が日本号に向く。でも、何も言わない。ただキラキラとした視線だけ。

「……少しだけな」

その目が嬉しそうに細められる。

寄ってきた娘が好奇心を隠さずに、日本号を見上げてくる。その額を軽く叩く。

「近ぇ」

「痛っ」

「くくっ」

次いで、その頭をそっと撫でて。

歌に声を乗せる。さほど長くもない。

一番を歌い終わると、娘はすっかりと俯いて、両頬を自分で抑えていて。

「……ぅぅ……っ」

「どうした?」

「ん……ちょ、ちょっと、おまちください……」

首から上が真っ赤に染まっている。

「主は日本号をすいとぅね」

びくりと娘の肩が震える。

「え、あ、その……」

「違うとか言わんでよ?」

「……違いません、けど……」

娘が顔を両手で覆う。

「号さんの、い、良い声過ぎて……やば……」

素直な賛辞に、こちらの方が恥ずかしくなる。周囲はニヤニヤしてるし。

「おい、その辺にしとけ」

「ははは、日本号も形無しだなー」

「うるせぇ」

笑い声を散らしながら、娘を陰に隠す。

(なんで、これだけで)

そう思わないでもないが。嬉しくもある。

盃を呷る。

ああ、もう本当に。酒がうまい。

「……今夜はもう、寝とくか?」

ちらりと見ると、首を振る。

「もうちょっと」

「おう」

「……もうちょっとだけ、歌って?」

「はぁ? 大丈夫なのかよ」

「……聞きたい、号さんのお歌」

仕方なく、娘の耳元に口を寄せる。

「後で、部屋で歌ってやる」

ぱっと娘の顔が輝いた。嬉しい、と雄弁に。

日本号はまた娘の頭を強く撫でまわした。

――まったく、今日は酒が進みすぎる。

 

 

 

主の部屋の中には、不思議と冥府の使いが出ない。その一因はあの舞扇なのだろう。三日月が言うには、あれに神の力が一部宿っているらしい。

娘を膝に乗せ、そっと黒田節を歌う。

身体中を桃色に染めながらも、うっとりと聞いている。その頭をそっと撫でる。

「……なあ、少しだけ教えるから」

「黒田節、舞ってみんか」

目を閉じて聞きほれていた娘が、ゆっくりと目を開ける。

「えぇ? できないって……」

「少しだけだ。な?」

しぶしぶと頷く娘を立ち上がらせ、少しだけ振りを教える。

本人の言う通り、動きが固く、まったくできてはいない。

でも、自分の歌で踊る姿を見たくなったのだ。

「じゃあ、一番だけ」

「ああ、一番だけ」

娘が舞扇を手に、日本号の声で歌いだす。

ぎこちなく踊り始めて直ぐだった。

(ん?)

舞扇を構えたところからだろうか。

踊りとも言えない拙い動きだというのに。

やけに、空気が軽い。娘の霊力が大人しい。

まるで共に動くように、ゆっくりと流れている。

(……こいつぁ……)

世界を掴むような霊力の動き。

娘の中の凝りが混ぜられ、散らばる。

ふるりと震え、あと少しでひとつ解けそうだが、そのままだった。

一番が終わり、娘がやり切った顔で笑う。

(まあ、いいか)

今は日本号がいる。

もしかすると、そこに凝りを解く鍵があるのかもしれないが。

やりたくないことを無理にさせることはないだろう。

「初めてにしてはよくできたな」

「号さんが教えてくれたから」

膝に戻った娘の頭に手を置く。

「あんたなら、いつだって歌ってやる」

他の奴に見せるには、惜しい。

この舞だけは、俺だけが知っていればいい。

「だから、舞は俺だけ、な」

嬉しそうにうなずく娘の頬を引き寄せ、自分のと重ねた。

明日も明後日も、今日のような日は続いていく。

これぐらいの褒美はあってもいいだろう。

「……号さんだけ、ね」

くすくすと笑う愛しい娘を、日本号はいっそう強く抱き寄せた。

静かに夜は更けてゆく。

娘の手の中、閉じられた舞扇も、月明かりを受けて。

今日も明日も明後日も。

ずっと。

 

 

 

(おしまい)

 

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