[刀剣乱夢]らいぶ   作:himausa

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第一話 逃げるな(主視点)

私の本丸に、日本号、という槍の刀剣男士がいる。

今日のように、彼にはいつも時の政府での見合いの付き添いを頼んでいた。

「主」

日本号の呼び声に、務めて感情を消して、振り返る。

睨まれている。面倒なことに付き合わせているからだろう。

一応、申し訳ないとは思っている。

でも、他の男士ではきっと見合いが成立してしまう。

それは、私が望むところではない。

「今日の見合いで、あんた、自分がどうしたいって話、一回もしてねぇな」

そうだろうな、と思うが同意はしない。

必要がない。

連れてきておいてなんだが、必要以上に日本号と関わるつもりはない。

答えがなければ、諦めると思った。

なのに、日本号は眉を顰め、険しい顔を崩さないまま続ける。

「それに、そいつだ」

「あんたの霊体が妙だ。日に日に妙なもんが増えてる」

「その凝りはなんだ」

反応しそうになり、表情を引き締める。

刀剣男士は付喪神。神の一柱。人の霊体が見えるとか、そういうこともあるだろう。

「……あぁ。霊力です」

日本号が言うのは、私の中にある霊力の塊のことだ。

「増えすぎるので、固めています」

今の私には多すぎる霊力を、少しずつ固めている。そうしなければ、肉体が早々に限界を迎えてしまうから。

ただし、見えるということは、そろそろ限界が近い。先代の加護持ちも、私が澱みを見えるようになった時から、ひと月も持たなかったはずだ。

「……引継ぎを、急がないと……」

風が吹いて、長い髪が揺れる。胸の奥もかすかに揺れる。

気づいてもらえた。気づかれてしまった。

でも、今更だ。

「本丸を引き継ぐ?」

「刀どもがそんなもん望むと思ってんのか」

日本号の唸るような声に、感情を隠す。

「私は、ただの審神者です。代わりはいくらでもいます」

転移ゲートに立つ日本号には、強い苛立ちが見える。

ここまで、付き合わせすぎてしまった。

転移の光を避けたように、私は目を伏せる。実際には、日本号の視線に耐え切れなかった。

「主!」

特に頼んではいなかったのだが、出迎えにいたへし切長谷部に顔を向ける。

「ただいま戻りました。出迎えありがとうございます」

これでもう日本号と顔を合わせなくてもいいだろう。

「主、少し顔色が……」

気遣いの声に、反応しそうになるのを堪える。

「問題ありません。では、失礼します」

急足で自室へと、刀剣男士と関わることの少ない場所へと足を早めた。

 

 

 

部屋で一人になり、ふらふらと布団に横になる。敷いておいてよかった。

「……なんで、いるの……」

視線をどこにも動かせないまま、さっきのことを思い出す。

風呂から戻ると、日本号が待っていた。

薄暗がりに立つ姿は、怖いぐらいに絵になっていて、一瞬だけ見惚れた。

すぐに、日本号が口を開いた。

「昼間の、続きだ」

日本号の言葉で我にかえる。

「その件なら、明日にでも」

「そうじゃねぇ」

勢いを押さえつけた声が続ける。

「……馬鹿言ってんじゃねぇ」

「俺ぁ人間なんざ何人も見送ってきた」

「だからわかる」

ひたりと強い視線が刺さる。

「あんたぁ、生きるのを諦めてる奴の顔じゃねぇ」

「死ぬ準備ばっかりして」

「生きる準備を一つもしちゃいねぇ」

鋭いなあ、と他人事のように思う。

顕現してからずっと見てきて、わかっていたけど。

この槍はかなり、お人好しだ。

関わりを少なくしてきたのに、昼のことだけで何かに気づいてしまったのかもしれない。

……これ以上は知られないようにしなければ。

そう思った矢先だった。

体の奥から衝動が込み上げる。いつもの。

咄嗟に日本号に背を向け、自分の口を片手で塞ぐ。

すぐに咳が出て、喉を苦い固まりが通り抜けた。手にぬるりとした感触がつく。鉄くさい血の匂いがする。

……思ったより、時間がないかもしれない。

先代も血を吐くようになってから、そんなに長くはなかった。

霊力を意識して、渦に巻き込むイメージを作り、固める。これをすると、少しだけ楽になる。気休めではあるが。

あとはミニタオルを取り出し、手と口を拭って、日本号に笑いかける。

心配しなくていい。あなたには関係ないこと。

「……まだ、大丈夫です。ね?」

「んなことしてるからだろーが……っ」

日本号の絞りだした声が震えている。なんで、そんなに苦しそうなんだろう。

近づいてきた日本号が壁に手をつき、私を間に閉じ込め、上から見下ろす。

「限界まで抱え込んで……っ」

「誰にも言わねぇで……っ」

隙間はあるのに、その目が私を射抜いて、苦しそうで。

動けなくなる。

「……日本号さん、離してください」

囲いが更に狭くなる。

「だめだ」

「今だけは」

「主命でも何でも聞いてやる」

「だからこれは聞け」

逃げられなかった。

だって、日本号は泣きそうだ。

 

「生きろ」

 

耳元で呟く声は、私よりも余程苦しくて苦しくて。

「主、頼む」

繰り返される。

「頼む」

なぜ日本号が気にするのかはわからない。

気にかけてくれたことは、嬉しいと思った。

私がただの審神者なら、きいても良かった。

でも、私にはもう時間がないから。

太い腕にそっと触れ、ありがとうの代わりに一度軽く叩く。

そのあと、囲いが緩んだから、やっと抜け出せたけど。

「……なんで……」

瞼を閉じても、あの目が脳裏に焼き付いている。

「……どうにもならないよ……」

零れ落ちた小さな声を拾い上げるものはなかった。

 

 

 

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