私の本丸に、日本号、という槍の刀剣男士がいる。
今日のように、彼にはいつも時の政府での見合いの付き添いを頼んでいた。
「主」
日本号の呼び声に、務めて感情を消して、振り返る。
睨まれている。面倒なことに付き合わせているからだろう。
一応、申し訳ないとは思っている。
でも、他の男士ではきっと見合いが成立してしまう。
それは、私が望むところではない。
「今日の見合いで、あんた、自分がどうしたいって話、一回もしてねぇな」
そうだろうな、と思うが同意はしない。
必要がない。
連れてきておいてなんだが、必要以上に日本号と関わるつもりはない。
答えがなければ、諦めると思った。
なのに、日本号は眉を顰め、険しい顔を崩さないまま続ける。
「それに、そいつだ」
「あんたの霊体が妙だ。日に日に妙なもんが増えてる」
「その凝りはなんだ」
反応しそうになり、表情を引き締める。
刀剣男士は付喪神。神の一柱。人の霊体が見えるとか、そういうこともあるだろう。
「……あぁ。霊力です」
日本号が言うのは、私の中にある霊力の塊のことだ。
「増えすぎるので、固めています」
今の私には多すぎる霊力を、少しずつ固めている。そうしなければ、肉体が早々に限界を迎えてしまうから。
ただし、見えるということは、そろそろ限界が近い。先代の加護持ちも、私が澱みを見えるようになった時から、ひと月も持たなかったはずだ。
「……引継ぎを、急がないと……」
風が吹いて、長い髪が揺れる。胸の奥もかすかに揺れる。
気づいてもらえた。気づかれてしまった。
でも、今更だ。
「本丸を引き継ぐ?」
「刀どもがそんなもん望むと思ってんのか」
日本号の唸るような声に、感情を隠す。
「私は、ただの審神者です。代わりはいくらでもいます」
転移ゲートに立つ日本号には、強い苛立ちが見える。
ここまで、付き合わせすぎてしまった。
転移の光を避けたように、私は目を伏せる。実際には、日本号の視線に耐え切れなかった。
「主!」
特に頼んではいなかったのだが、出迎えにいたへし切長谷部に顔を向ける。
「ただいま戻りました。出迎えありがとうございます」
これでもう日本号と顔を合わせなくてもいいだろう。
「主、少し顔色が……」
気遣いの声に、反応しそうになるのを堪える。
「問題ありません。では、失礼します」
急足で自室へと、刀剣男士と関わることの少ない場所へと足を早めた。
部屋で一人になり、ふらふらと布団に横になる。敷いておいてよかった。
「……なんで、いるの……」
視線をどこにも動かせないまま、さっきのことを思い出す。
風呂から戻ると、日本号が待っていた。
薄暗がりに立つ姿は、怖いぐらいに絵になっていて、一瞬だけ見惚れた。
すぐに、日本号が口を開いた。
「昼間の、続きだ」
日本号の言葉で我にかえる。
「その件なら、明日にでも」
「そうじゃねぇ」
勢いを押さえつけた声が続ける。
「……馬鹿言ってんじゃねぇ」
「俺ぁ人間なんざ何人も見送ってきた」
「だからわかる」
ひたりと強い視線が刺さる。
「あんたぁ、生きるのを諦めてる奴の顔じゃねぇ」
「死ぬ準備ばっかりして」
「生きる準備を一つもしちゃいねぇ」
鋭いなあ、と他人事のように思う。
顕現してからずっと見てきて、わかっていたけど。
この槍はかなり、お人好しだ。
関わりを少なくしてきたのに、昼のことだけで何かに気づいてしまったのかもしれない。
……これ以上は知られないようにしなければ。
そう思った矢先だった。
体の奥から衝動が込み上げる。いつもの。
咄嗟に日本号に背を向け、自分の口を片手で塞ぐ。
すぐに咳が出て、喉を苦い固まりが通り抜けた。手にぬるりとした感触がつく。鉄くさい血の匂いがする。
……思ったより、時間がないかもしれない。
先代も血を吐くようになってから、そんなに長くはなかった。
霊力を意識して、渦に巻き込むイメージを作り、固める。これをすると、少しだけ楽になる。気休めではあるが。
あとはミニタオルを取り出し、手と口を拭って、日本号に笑いかける。
心配しなくていい。あなたには関係ないこと。
「……まだ、大丈夫です。ね?」
「んなことしてるからだろーが……っ」
日本号の絞りだした声が震えている。なんで、そんなに苦しそうなんだろう。
近づいてきた日本号が壁に手をつき、私を間に閉じ込め、上から見下ろす。
「限界まで抱え込んで……っ」
「誰にも言わねぇで……っ」
隙間はあるのに、その目が私を射抜いて、苦しそうで。
動けなくなる。
「……日本号さん、離してください」
囲いが更に狭くなる。
「だめだ」
「今だけは」
「主命でも何でも聞いてやる」
「だからこれは聞け」
逃げられなかった。
だって、日本号は泣きそうだ。
「生きろ」
耳元で呟く声は、私よりも余程苦しくて苦しくて。
「主、頼む」
繰り返される。
「頼む」
なぜ日本号が気にするのかはわからない。
気にかけてくれたことは、嬉しいと思った。
私がただの審神者なら、きいても良かった。
でも、私にはもう時間がないから。
太い腕にそっと触れ、ありがとうの代わりに一度軽く叩く。
そのあと、囲いが緩んだから、やっと抜け出せたけど。
「……なんで……」
瞼を閉じても、あの目が脳裏に焼き付いている。
「……どうにもならないよ……」
零れ落ちた小さな声を拾い上げるものはなかった。