[刀剣乱夢]らいぶ   作:himausa

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第二話 本当の姿(主視点)

私は刀剣男士達に関わらないが、彼らがやりたいことを制限はしない。それは彼らの自由であるべきだから。

だから、私の、審神者の仕事を見るのは誰にでもできることになっている。

普通なら近侍の手を借りる必要のある刀装の作成も鍛刀も、有り余る霊力で行える。

最初のうちはこれでよかった。でも、今日はいくらやっても霊力が減っている気がしない。

「気休めじゃねぇか」

呆れたような日本号の声が背中にかかり、項垂れる。

「これが、一番消費が大きいので」

ぽつりと零れ落ちる音に落胆が混じってしまう。

昨日の今日だからか、今日の刀装作成を日本号が見ていた。緊張はしたけど、それで結果が変わるようなことはない。

並んだ特上の刀装兵たちを、そっと手のひらで撫でる。

せっかく来てくれたけど、しばらくは棚で眠ってもらうしかない。ひとつずつを棚に並べ終え、一息つく。

「少し休め」

振り返ると、日本号が手元の徳利から猪口一杯の酒を注いで、差し出していた。

「吞め」

何を言っているのか。

「仕事中です」

「休憩中だろ」

差し出された猪口を両手で持つ。

「……お高い匂いがする……」

これはきっと絶対に美味しい酒だ。少しだけ口元が緩む。

「まあな、万屋で高いやつ買った」

この一口だけなら。

これ以降は、きっとないだろうから。

口元に猪口を運び、傾ける。

舌の上を転がる澄んだ水で、穀物の良い香りが喉を通り抜けた。

「――それに、俺の神気を混ぜておいた」

直後、静かに告げられた言葉に、目を見開く。

なんて。

言った。

神気。

神様の力。

「……なんで……」

呆然と零れた言葉が拾い上げられる。

「あんたのその凝りを、俺が引き受けるためだ」

信じられない。

諦めてなかった。

ふらついた身体が日本号の太い腕に抱きとめられる。

「っと」

感じたことのない熱が、身体の中を渦巻いている。

どこかへ向かっている感じがする。

(引き受ける?)

何を言っているのだ。

これは私の問題で、日本号には関係ないのに。

「……余計なことを、しないで……っ」

「きこえねぇな」

抱き留められたまま、離れられない。

身体全体を大きな何かに包まれて。左腕からゆっくりと指先へ、丁寧に何かが流れてくる。

温かなクリームを塗られるみたいに、心地よくて。触れられるだけで、体温が上がる。

その指が、薬指で止まった。

「ここか」

「何を……っ」

「黙ってろ」

すぐそばに日本号の顔があって、息が耳にかかる。

私の中の何かを動かそうとしている。

「だめ!」

咄嗟に声で邪魔をする。

「おい」

「やめて。なにもしないで」

こんなはずじゃなかった。

こんなことをさせるつもりは。

「聞けねぇって言っただろ」

「わたしは! もう、いい!」

「よくねぇ」

こんなに頭に血がのぼるのは、酒のせいだ。

こんなことをしても意味がないのに。

「次が」

きっともう次の子は決まっていて。

この本丸も、継がせられる準備も出来ていて。

「次なんてねぇ」

なのに、日本号は否定する。

駄々をこねるように首を振る私の頭を押さえ、固い胸板に押し付ける。

近い。濃い匂いに頭がくらくらする。

動悸が激しくなる。

「あんたはまだ」

「生きてないだろうが」

身体に直接声が響いてくる。

(生きて、ない?)

何を言っているんだ。

私は生きてる。生きてるから、ここにいるのに。

私は、ここにいるのに。

日本号の身体に両手をついて、強く押し返す。

視界がわずかに滲んでしまった。

驚いた日本号を睨みつける。

(私は、ここにいるのに!)

声にならない想いが溢れそうになり、唇をかんだ。

日本号に背を向け、部屋を出る。

いえない。

いえるわけない。

「……生きてる、から……」

こんなに苦しいのに。

何もわからないくせに。

何も知らないのに。

どうして、気にかけてくれるの。

部屋に逃げ込み、戸を閉めて、そのまま寄りかかる。

頭の中がぐちゃぐちゃで。

言葉にならない想いが、一滴の涙になって零れ落ちた。

 

 

 

夢の中は誰でも自由だ。

私はそれを知っている。

だって、私の夢の中はこんなにも自由だ。

青い空。

白い雲。

皆が笑っている本丸。

「主君!」

駆け寄ってくる短刀の男士を両手を広げて迎え入れる。

「どうしたの?」

彼は手元に捕まえた虫を誇らしげに掲げる。

「蝉です!」

夏の虫だ。本丸内で鳴き続けている一匹だろう。

「どこにいた?」

「屋敷の裏の森です!」

彼の頭を遠慮なく撫でまわし、二人で笑い合う。

「カブトもいたぜ」

別の方からかけられた声に顔を上げると、青年姿の打刀が、自慢げに角を掴んだ甲虫を見せてくれる。

「ほら」

立派な角を持つ甲虫に、私は目を輝かせる。

「いーなー、私も行ってくるっ」

走り出そうとすると、廊下から声がかけられた。

「主、今日は早めに夕餉だから、ほどほどにしなさい」

「はーい」

大きな声で返事をして、男士たちと一緒に走り出す。

ああ、楽しい。

子供のころと同じ。

あの夏と同じ。

ずっとずっとこうしていたい。

ここは夢の中。

私の思い通りになる世界。

誰にも何の気兼ねもいらない世界。

大広間で皆で食べる夕餉。

大皿に並ぶ料理。

皆が笑っている。

その中に、私もいる。

もちろん、日本号も。

長谷部や博多たちといたり、次郎太刀や蜻蛉切たちといたりする。

楽しそうに酒を飲んでいる。

それが今日は珍しく一人で飲んでいる。

そんなこともあるのだろう。

「号さん、どうしたの?」

私が声をかけると、目を丸くする。

何を驚いているんだろう。

「どうもしねえよ」

「えー? いつもとちがうよー?」

いつものように胡坐をかいた膝に乗り、視線を合わせる。

「そうか?」

なんだろう。夢の中なのに、元気が無い気がする。

こういう時は妹たちと一緒。

両腕を太い首に回して抱き着く。

「ね、ぎゅーってして?」

ハグには癒し効果があるって、姉様たちが教えてくれたから。

日本号もいつものように抱きしめ返してくれる。

「んーっ」

気持ちいい。

心地よい。

楽しい。

ずっとずっとこうなら――。

「……現(うつつ)も、そうすりゃいいのに」

耳元で聞こえた声。

意味はすぐにわかった。

わかったからこそ、保てなくなった。

「……できるわけない」

ぴしり、と。

世界にひびが入った。

「私とあなたたちは違う」

笑っていた刀剣男士たちが薄れて消える。

「情を移せば、互いに辛くなる」

「だったら、触れない方がいい」

建物が、景色が、硝子の欠片が散らばるように、崩れてゆく。

「…………どうしてここにいるの?」

ガラガラと世界が壊れた後は、ただ昏い闇が残る。

「ここは、夢の中なのに」

闇の中、日本号の膝に乗ったまま問いかける。

残っているということは、この日本号は、夢じゃない。

日本号が、見つめ返してくる。

「まだ繋がっていたからな」

「……神様ってずるい」

まだ、諦めてなかった。

まだ、こんな風に、気にしてた。

(お人好しすぎる)

ここまでされると、笑いたくなってくる。

だって、私は。

「号さん、どうして、あなたが気にするの。私は仮の主よ」

「あなたたちにとって、命短いヒトの子よ」

「私がどうでも、関係ないでしょう」

視線は逸らされず、太い指が私の髪を梳く。

「気にしちゃだめか?」

「うん」

「気にしないわけねえだろ。仮だろうが何だろうが、主だ」

「……うん」

「あんたが呼んだから、ここにいるんだ」

私が、呼んだ。

そうなのだろうか。

そう思ってくれているのだろうか。

「今はあんたが主だろうが」

「短くとも、できるだけ長くあんたと戦いたい」

「そう思っちゃだめか?」

低い声が、囁く。

「長く……」

「そのためにも、溜め込んだ霊力をどうにかしないとな」

どうにかできるなら、してる。

できないから、こうなってる。

「っそ、れは……」

今まで誰もどうにもできなかった。

いくら神様でも、そんなこと簡単にできるわけない。

「なあ、俺にまかせちゃくれないか。悪いようにはしない」

「今日、相当使ったけど、全然だめだったろ」

「もう、あんただけじゃ無理なんだろ」

でも、日本号は揺らいでいない。

「どうにか、できるの?」

「方法はなくはねえ」

「そう……」

確定した方法ではないのかもしれない。

心当たりがあるのかもしれない。

でも。

「それは、号さんを壊さない?」

「……は?」

「それなら……別にいい」

日本号を壊してしまうような方法なら。

そんな望みは持ちたくない。

「この程度で壊れるほど、俺は柔じゃねぇっ」

焦った様子で、日本号が言う。

私の好きな人は、本当に、お人好しすぎて、困る。

「……もしも壊れそうなら、やめるから」

「ああ」

頷く日本号の手を取り、真剣な顔で願う。

「約束して。無理はしないで。折れないで」

もしそうなら、私はこのままでいい。

日本号がじっと私を見て、ふっと笑った。

「……俺ァ槍だぞ」

「んなに柔じゃねぇ」

自信に満ちた日本号の顔を見て、私は安堵した。

知ってる。

あなたは、折れない槍。

だって、初めて好きになった人だもの。

 

 

 

 

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