部屋の中、日本号と向かい合う。
目が覚めて直ぐ、廊下に日本号が待っていた。
いつからいたのかはわからない。
「まずはどうするのか教えてください」
「無理なら止めます」
どんな方法を出してくるのかと思えば。
日本号は口角を上げて、自分の徳利を出した。
「俺の酒で、あんたと俺をつなぐ」
「あとはあんたから凝りを取り出す」
「そんだけだ」
その方法に、眉根を寄せる。
「昨日の……お酒の?」
思い返すのは、抱き留められたこと。身体を包んだ温かい何か。左の薬指を掴んだ、太い指。
動揺しそうになり、唇を噛む。
「ああ」
頷きながら、日本号は盃を取り出し、酒を注いだ。
「あんたが俺を拒絶しなきゃ、できる」
助けてくれようと、しているのはわかる。
あの時も私の中の何かに触れていた気がする。
「……試すだけですから」
一度試して、無理なら諦めるだろう。
日本号の酒を一息に飲み干す。
日本号は私の左手を掴んで、しばらく私の全身を観察する。真剣な瞳に、飲まれそうだ。
やがて、日本号は、祈る人のように。
私の薬指の付け根へ、額で触れた。
「っ!?」
「じっとしてろ」
触れた場所から何かが内側に触れてくる。
あのクリームを延ばすみたいな、心地よい温かさ。
「……ぁ……っ!?」
私の中で何かを動かしている気がする。
「ぁ……ぅ……っ」
これは、なんだ。
重苦しい何かを、引っ張り上げている。
(これ、だめ、かも)
意識まで引っ張られていく。
どこか、遠く。
「主?」
「……はぁ……っ」
頭がくらくらする。
ひどく、疲れる。
「……済み、ました……?」
「まだ、ひとつだ」
ひとつ。
どういう意味だろう。
荒い息をつく私の背を、優しく撫でられる。
「少し眠れ」
「……すみ、ませ……」
言葉のままに、意識は暗闇に沈んだ。
目を覚ました時、日本号は何かを考え込んでいた。
(なんで)
ここにいるんだろう。
思い返し、自分が部屋に招き入れたことを思い出す。
今までより少しだけ思考がクリアだ。
「……少し、軽くなりました……?」
「ありがとうございます」
礼を言うと、日本号は苦虫を噛み潰したように、息を吐いた。
「はぁ、全然だろ」
「え」
「あんた、寝てる間も増やしてたぞ」
呆れた様子の日本号は、今度こそ諦めるだろう。
霊力を固めていたのは今に始まったことじゃない。
それこそ物心ついたときには習得していた。
死なないために。
日本号の思案する視線を受け止める。
方法がないのだから、諦めればいいのに。
少し呆れてしまう。
その手が伸びてきて、私の頭に乗った。
思わず目を閉じる。
(え、何?)
手があがって、薄目を開ける。
日本号は驚いた顔をしている。
こっちのが驚いているんだけど。
また大きな手が頭に乗る。私の頭を覆うほど大きな手のひらに、目が閉じてしまう。
「……主」
「はい」
「あんた、面白いな」
「はい?」
なんでか、機嫌が良くなっている日本号に首をかしげる。
「くくっ、いや、うん。まあ、もうちっとやるか」
もう一度左手を取られる。
「まだやるんですか」
「おう。消えた分増えただけなら、マシだろ」
思った以上に、諦めの悪い人だ。
「そうだ、こっちこい」
「え」
こっちとはなんだと聞く前に、日本号の膝に横向きに乗せられていた。
「っ!?」
近い。近すぎる。
身体も、息も、近い。耳元で低い声が。
「じっとしてろ」
左手が掴まれ、握られる。
「っ」
「目、閉じてろ」
「な、なんで」
「その方が落ち着くだろ」
この状況が既に落ち着かない。
見えなければ、落ち着くというのか。
言われるとおりに目を閉じる。
「くくっ」
笑い声が身体から直接響いてくる。
「ふ、ふざけるなら、やめます」
「悪い悪い。ちゃんとやるって」
視覚を閉じると、他の感覚が鋭くなる。
日本号の鼓動が、吐息が、体温が、匂いが。
左手を掴む手の熱さが、指先の繊細な撫で方が。
左手が持ち上げられる。
(え)
手に、吐息が、かかって。
(うわ)
温かくて柔らかくて少し湿った感触が。
頭の中が混乱でいっぱいになる。
目を開けたいような、開けたらダメなような。
「……ぁ……っ」
身体の内側が、動いている。
「……ぅ……っ」
でも、それ以上に、感触が。熱が。
(まさか、くち……!?)
嘘でしょう。
(……待って……!?)
今、手に触れてるのが、本当にそうなら。
日本号のそれが手から離れ、何かを問いかけているけど。
何も耳に入らない。
ゆっくりと瞼を上げる。
日本号は――びっくりするほど機嫌がよかった。
「大丈夫そうだな?」
(何一つ、大丈夫ではないです!)
動揺して、答えられない私の前で。
私の左手の甲、薬指の下に、日本号が口をつけて。
(ま、待って待って待って!?)
見てしまったら、もっとだめだった。
これは、これはだめだ。
絶対、無理。
心臓が壊れそうに震えている。
「……主」
口を離した日本号が、困ったように呼んでくる。
「む、無理です」
「なんで」
「もう下ろして……っ」
「まだ終わってねぇ」
終わるとかそういうことじゃない。
こんなの無理だ。
目を閉じても、さっきのが離れない。
私の左手の甲。
薬指の下。
日本号が口を。
(む、無理ーっ)
混乱の最中にあるというのに。
日本号は私の背中を持ち上げ、さらに密着して。
「怖くない怖くない」
幼子にするように、背中を叩く。
「っっっ」
それから、まだ続けようとする。
いや、本当にもう許してほしい。
こんなの無理に決まってる。
だって、ずっと姿を見てた。
それだけで頑張れた。
期限付きの命でもいいと思ってた。
それが。
こんな、急に。
近くに、なんて。
(無理!)
何度か同じことを繰り返し。
私は精神的にいっぱいいっぱいになっていて。
日本号が小さく息を吐く。
「……おい」
それでも。
霊力は勝手に増えるし、身体は勝手にいつものように固めてしまう。
見ていた日本号は、流石に諦めてくれ――。
「まあ、長期戦は覚悟の上だ」
「楽にはなってんだろ?」
また大きな手が頭に乗せられ、目を閉じる間に何度も撫でられる。
「ならいい」
全然、諦めてない。
顔を上げて日本号を見る。
「いい、んですか」
「毎日やりゃいい」
「……毎日」
日本号は何でもない風に言うけれど。
「……毎日……」
この距離を、毎日。
霊力より先に、心臓が破裂するんじゃないだろうか。
また頭を撫でられ、目を閉じる。
なんで諦めないんだろう。
私はそれが不思議でならない。