[刀剣乱夢]らいぶ   作:himausa

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第二話 [ほ] 本当の姿

いつも主は本丸の刀剣男士たちの行動を制限しない。

だから、こうして刀装を作るのをみることは自由にできるわけだが。

相変わらず規格外らしい。

その細腕から生み出されるのはすべて特上。最上級ばかり。

普通はしないはずの霊力を混ぜてまでやるから、結果が確定しているのだろう。

そこまでしても、主の霊力の減少はわずかでしかない。

「……気休めじゃねぇか」

「これが、一番消費が大きいので」

ぽつりと零れ落ちる音。平坦なようで、わずかに混じる落胆。

一応、なんとかしようという気がないわけではないらしい。

ただそれだけだったが、日本号は少しだけ安堵する。

完全に諦めていたら、打つ手も打てない。

「少し休め」

日本号を振り返る主は、表情を消したまま。

今は何を言っても、それを崩すことはできないだろう。

日本号は手元の徳利から猪口一杯の酒を注いで、主に差し出す。

「ほら」

「……?」

「吞め」

「仕事中です」

「休憩中だろ」

主が実は呑めるのは、皆知っている。下戸でないのも。

それに、この娘は、神に捧げられた供物を供されると、断れない。

日本号の差し出す猪口を捧げ持ち、眉根を寄せる。

「……お高い匂いがする……」

主の口角がわずかに緩む。

「まあな、万屋で高いやつ買った」

小さな手が口元に猪口を運び、傾く。

こくり、と小さくその喉が動いた。

「――それに、俺の神気を混ぜておいた」

見届けてから告げる。

驚きに目が見開かれる。

日本号を見るその目が、本当に驚いていた。

昨夜、太郎太刀、次郎太刀に相談したのだ。

口の堅い二振だと言うのもあるし、神事に詳しいというのもある。

そこで自分に縁の深いものを、主に入れるのがいいと聞いた。

「……なんで……」

「あんたのその凝りを、俺が引き受けるためだ」

主が膝をつきかけたのを抱き留める。

触れたことで、酒によって、自分と主を結ぶ細い繋がりが生まれているのがわかった。

「っと」

起き上がる主の目が、珍しい色をしていた。

無表情ではない。怒りに震えている。

「……余計なことを、しないで……っ」

「きこえねぇな」

主の左手を取る。霊体の中心に近い場所を探る。

それはすぐにわかった。少し遠いが、ここなら。

「っ!?」

主の薬指に触れる。

「ここか」

「何を……っ」

「黙ってろ」

集中して、主の霊体の凝りを捕まえる。それを自分に引き寄せて。

「だめ!」

ぶつり、と繋がりが少し切れた。凝りも逃した。

「おい」

「やめて。なにもしないで」

腕の中、主が震えていた。顔は上げていないけれど、地面に染みが落ちる。

「聞けねぇって言っただろ」

「わたしは!」

血を吐くような声だった。

「もう、いい!」

「よくねぇ」

「次が」

「次なんてねぇ」

ふるふると頭を振る娘の頭を、日本号は自分の胸に押し付ける。

「あんたはまだ、生きてないだろうが」

ぴたりと止まった。

そのままじっとしているから、観念したのかと思って腕を緩めた瞬間だった。

昨夜よりも強い力で押され、離れる。

娘は涙をにじませた瞳で、生きた顔で、日本号を睨みつけていた。

何かを言おうとした口が開き、何も言えずに閉じる。

そのまま、踵を返して走り去った。

「悪いな、主」

「俺はあんたより諦めが悪いんだ」

主と自分の間にかかる細い細い繋がり。それはまだ切れかけでも繋がっているままだ。

 

 

 

その後の時間、主はいつも通りに過ごしていた。表情を出すこともなく。誰かと関わりを持つでもなく。

ただ淡々と一日を過ごしていた。

日本号は、それを主の自室のそばで見ていた。

主は睨みつけるでもなく、いつも通りに見える。

無かったことだとしているのかもしれない。

「それならそれでいいさ」

日本号は徳利から直接酒を飲んで待った。

そのまま夜が来る。

主は、出てこない。

日本号はそのまま目を閉じて、意識を沈めた。

細く切れそうな繋がりを辿っていく。

その先はどれだけ暗いのだろうと思ったが。

日本号は拍子抜けした。

先にあったのは、温かく優しい風。

目を開ければ、闇どころか、抜けるような蒼天。

――主の中には、青空の下に本丸が広がっていた。

「主君!」

駆け寄るのは粟田口の子供姿の短刀。

主は満面の笑みでその姿を迎えている。

「どうしたの?」

「蝉です!」

「え、どこにいたっ?」

「屋敷の裏の森です!」

楽しそうに笑っている。

そこに、青年姿の打刀も混ざる。

「カブトもいたぜ。ほら」

「いーなー、私も行ってくるっ」

走り出そうとした主に、廊下から声がかかる。

「主、今日は早めに夕餉だから、ほどほどにしなさい」

「はーい」

元気に走っていく姿なんて、初めて見た。

走れるのか、そうか。

「ぴゃあっ!?」

悲鳴に目を向ける。

「つ、鶴丸さん!?」

「ははは、いー声だったなぁ、主!」

「いーかげんにしてくださいよ、何が楽しいんですか!?」

「主の悲鳴が、毎回違っているからなぁ」

「そんなことで、罠を作らないでくださいっ」

怒りながらも楽しそうな姿。

大広間で皆で食べる夕餉でも満面の笑顔で、楽しんでいて。

そして、自分を見る主の瞳は。温かさと、嬉しさと、少しの恥じらいをみせる。

(やべえな)

現実では、一歩退いて接してくるのに、夢の中ではここまで素直になるのか。

「号さん、どうしたの?」

しかも、呼び方まで違うときた。

夢の中だからだろう、と日本号は酒を傾ける。

「どうもしねえよ」

「えー? いつもとちがうよー?」

主は首を傾げながら、日本号の膝に乗ってくる。あたりまえのように。いや、夢ではきっと当たり前なのだろう。

「そうか?」

日本号をじっとみた主が、その細腕を日本号の首に回してくる。

(え)

「ね、ぎゅーってして?」

言われるままに抱きしめる体は柔らかくて、温かくて、脆い。

「んーっ」

その姿は本当に自然で、幼くて、幸せそうで。

「……現(うつつ)も、そうすりゃいいのに」

つい、ぽつりと呟いてしまった。

ぴたりと主が止まる。

笑っていた口元が固まって。

瞳から、少しずつ色が失われていく。

「……できるわけない」

ぴしり、と。

世界にひびが入った。

「私とあなたたちは違う」

刀剣男士たちが薄れて消えて。

「情を移せば、互いに辛くなる」

「だったら、触れない方がいい」

建物が、景色が、硝子の欠片が散らばるように、崩れてゆく。

「…………どうしてここにいるの?」

ガラガラと世界が壊れた後は、ただ昏い闇だった。

「ここは、夢の中なのに」

闇の中でも、主は日本号の膝に乗ったままだった。

日本号は、その顔を見つめる。

「まだ繋がっていたからな」

「……神様ってずるい」

日本号の腕の中、主が見上げる。

「号さん、どうして、あなたが気にするの。私は仮の主よ」

「あなたたちにとって、命短いヒトの子よ」

「私がどうでも、関係ないでしょう」

主の米神の髪をすいて、目を合わせる。

「気にしちゃだめか?」

「うん」

主が目を細める。苦しそうに。

「気にしないわけねえだろ。仮だろうが何だろうが、主だ」

「……うん」

「あんたが呼んだから、ここにいるんだ」

目尻に滲む涙を指で拭う。

「今はあんたが主だろうが」

「短くとも、できるだけ長くあんたと戦いたい」

「そう思っちゃだめか?」

開いた主の目は戸惑いに揺れている。

「長く……」

「そのためにも、溜め込んだ霊力をどうにかしないとな」

夢の中だからこそ、隠すことのできない主の顔が悲しみにゆがむ。

「っそ、れは……」

苦しくて苦しくて仕方ない人間の顔で。

「なあ、俺にまかせちゃくれないか。悪いようにはしない」

「……」

「今日、相当使ったけど、全然だめだったろ」

「……」

「もう、あんただけじゃ無理なんだろ」

主の瞳が、日本号を縋るように見つめる。

「どうにか、できるの?」

「方法はなくはねえ」

「そう……」

一度目を閉じた主は、苦しそうに笑った。

「それは、号さんを壊さない?」

「あ?」

「それなら、別にいい」

背を向けようとする主を慌てて引き留める。一瞬、主が消えかけたから。

「この程度で壊れるほど、俺は柔じゃねぇっ」

ふりかえった主が、困った様子で目を落とす。

「……もしも壊れそうなら、やめるから」

「ああ」

「約束して。無理はしないで。折れないで」

真剣な眼差し。その小さな額を撫でる。

「……俺ァ槍だぞ」

「んなに柔じゃねぇ」

そうして、やっと安心した様子で、主は笑った。

 

 

 

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