いつも主は本丸の刀剣男士たちの行動を制限しない。
だから、こうして刀装を作るのをみることは自由にできるわけだが。
相変わらず規格外らしい。
その細腕から生み出されるのはすべて特上。最上級ばかり。
普通はしないはずの霊力を混ぜてまでやるから、結果が確定しているのだろう。
そこまでしても、主の霊力の減少はわずかでしかない。
「……気休めじゃねぇか」
「これが、一番消費が大きいので」
ぽつりと零れ落ちる音。平坦なようで、わずかに混じる落胆。
一応、なんとかしようという気がないわけではないらしい。
ただそれだけだったが、日本号は少しだけ安堵する。
完全に諦めていたら、打つ手も打てない。
「少し休め」
日本号を振り返る主は、表情を消したまま。
今は何を言っても、それを崩すことはできないだろう。
日本号は手元の徳利から猪口一杯の酒を注いで、主に差し出す。
「ほら」
「……?」
「吞め」
「仕事中です」
「休憩中だろ」
主が実は呑めるのは、皆知っている。下戸でないのも。
それに、この娘は、神に捧げられた供物を供されると、断れない。
日本号の差し出す猪口を捧げ持ち、眉根を寄せる。
「……お高い匂いがする……」
主の口角がわずかに緩む。
「まあな、万屋で高いやつ買った」
小さな手が口元に猪口を運び、傾く。
こくり、と小さくその喉が動いた。
「――それに、俺の神気を混ぜておいた」
見届けてから告げる。
驚きに目が見開かれる。
日本号を見るその目が、本当に驚いていた。
昨夜、太郎太刀、次郎太刀に相談したのだ。
口の堅い二振だと言うのもあるし、神事に詳しいというのもある。
そこで自分に縁の深いものを、主に入れるのがいいと聞いた。
「……なんで……」
「あんたのその凝りを、俺が引き受けるためだ」
主が膝をつきかけたのを抱き留める。
触れたことで、酒によって、自分と主を結ぶ細い繋がりが生まれているのがわかった。
「っと」
起き上がる主の目が、珍しい色をしていた。
無表情ではない。怒りに震えている。
「……余計なことを、しないで……っ」
「きこえねぇな」
主の左手を取る。霊体の中心に近い場所を探る。
それはすぐにわかった。少し遠いが、ここなら。
「っ!?」
主の薬指に触れる。
「ここか」
「何を……っ」
「黙ってろ」
集中して、主の霊体の凝りを捕まえる。それを自分に引き寄せて。
「だめ!」
ぶつり、と繋がりが少し切れた。凝りも逃した。
「おい」
「やめて。なにもしないで」
腕の中、主が震えていた。顔は上げていないけれど、地面に染みが落ちる。
「聞けねぇって言っただろ」
「わたしは!」
血を吐くような声だった。
「もう、いい!」
「よくねぇ」
「次が」
「次なんてねぇ」
ふるふると頭を振る娘の頭を、日本号は自分の胸に押し付ける。
「あんたはまだ、生きてないだろうが」
ぴたりと止まった。
そのままじっとしているから、観念したのかと思って腕を緩めた瞬間だった。
昨夜よりも強い力で押され、離れる。
娘は涙をにじませた瞳で、生きた顔で、日本号を睨みつけていた。
何かを言おうとした口が開き、何も言えずに閉じる。
そのまま、踵を返して走り去った。
「悪いな、主」
「俺はあんたより諦めが悪いんだ」
主と自分の間にかかる細い細い繋がり。それはまだ切れかけでも繋がっているままだ。
その後の時間、主はいつも通りに過ごしていた。表情を出すこともなく。誰かと関わりを持つでもなく。
ただ淡々と一日を過ごしていた。
日本号は、それを主の自室のそばで見ていた。
主は睨みつけるでもなく、いつも通りに見える。
無かったことだとしているのかもしれない。
「それならそれでいいさ」
日本号は徳利から直接酒を飲んで待った。
そのまま夜が来る。
主は、出てこない。
日本号はそのまま目を閉じて、意識を沈めた。
細く切れそうな繋がりを辿っていく。
その先はどれだけ暗いのだろうと思ったが。
日本号は拍子抜けした。
先にあったのは、温かく優しい風。
目を開ければ、闇どころか、抜けるような蒼天。
――主の中には、青空の下に本丸が広がっていた。
「主君!」
駆け寄るのは粟田口の子供姿の短刀。
主は満面の笑みでその姿を迎えている。
「どうしたの?」
「蝉です!」
「え、どこにいたっ?」
「屋敷の裏の森です!」
楽しそうに笑っている。
そこに、青年姿の打刀も混ざる。
「カブトもいたぜ。ほら」
「いーなー、私も行ってくるっ」
走り出そうとした主に、廊下から声がかかる。
「主、今日は早めに夕餉だから、ほどほどにしなさい」
「はーい」
元気に走っていく姿なんて、初めて見た。
走れるのか、そうか。
「ぴゃあっ!?」
悲鳴に目を向ける。
「つ、鶴丸さん!?」
「ははは、いー声だったなぁ、主!」
「いーかげんにしてくださいよ、何が楽しいんですか!?」
「主の悲鳴が、毎回違っているからなぁ」
「そんなことで、罠を作らないでくださいっ」
怒りながらも楽しそうな姿。
大広間で皆で食べる夕餉でも満面の笑顔で、楽しんでいて。
そして、自分を見る主の瞳は。温かさと、嬉しさと、少しの恥じらいをみせる。
(やべえな)
現実では、一歩退いて接してくるのに、夢の中ではここまで素直になるのか。
「号さん、どうしたの?」
しかも、呼び方まで違うときた。
夢の中だからだろう、と日本号は酒を傾ける。
「どうもしねえよ」
「えー? いつもとちがうよー?」
主は首を傾げながら、日本号の膝に乗ってくる。あたりまえのように。いや、夢ではきっと当たり前なのだろう。
「そうか?」
日本号をじっとみた主が、その細腕を日本号の首に回してくる。
(え)
「ね、ぎゅーってして?」
言われるままに抱きしめる体は柔らかくて、温かくて、脆い。
「んーっ」
その姿は本当に自然で、幼くて、幸せそうで。
「……現(うつつ)も、そうすりゃいいのに」
つい、ぽつりと呟いてしまった。
ぴたりと主が止まる。
笑っていた口元が固まって。
瞳から、少しずつ色が失われていく。
「……できるわけない」
ぴしり、と。
世界にひびが入った。
「私とあなたたちは違う」
刀剣男士たちが薄れて消えて。
「情を移せば、互いに辛くなる」
「だったら、触れない方がいい」
建物が、景色が、硝子の欠片が散らばるように、崩れてゆく。
「…………どうしてここにいるの?」
ガラガラと世界が壊れた後は、ただ昏い闇だった。
「ここは、夢の中なのに」
闇の中でも、主は日本号の膝に乗ったままだった。
日本号は、その顔を見つめる。
「まだ繋がっていたからな」
「……神様ってずるい」
日本号の腕の中、主が見上げる。
「号さん、どうして、あなたが気にするの。私は仮の主よ」
「あなたたちにとって、命短いヒトの子よ」
「私がどうでも、関係ないでしょう」
主の米神の髪をすいて、目を合わせる。
「気にしちゃだめか?」
「うん」
主が目を細める。苦しそうに。
「気にしないわけねえだろ。仮だろうが何だろうが、主だ」
「……うん」
「あんたが呼んだから、ここにいるんだ」
目尻に滲む涙を指で拭う。
「今はあんたが主だろうが」
「短くとも、できるだけ長くあんたと戦いたい」
「そう思っちゃだめか?」
開いた主の目は戸惑いに揺れている。
「長く……」
「そのためにも、溜め込んだ霊力をどうにかしないとな」
夢の中だからこそ、隠すことのできない主の顔が悲しみにゆがむ。
「っそ、れは……」
苦しくて苦しくて仕方ない人間の顔で。
「なあ、俺にまかせちゃくれないか。悪いようにはしない」
「……」
「今日、相当使ったけど、全然だめだったろ」
「……」
「もう、あんただけじゃ無理なんだろ」
主の瞳が、日本号を縋るように見つめる。
「どうにか、できるの?」
「方法はなくはねえ」
「そう……」
一度目を閉じた主は、苦しそうに笑った。
「それは、号さんを壊さない?」
「あ?」
「それなら、別にいい」
背を向けようとする主を慌てて引き留める。一瞬、主が消えかけたから。
「この程度で壊れるほど、俺は柔じゃねぇっ」
ふりかえった主が、困った様子で目を落とす。
「……もしも壊れそうなら、やめるから」
「ああ」
「約束して。無理はしないで。折れないで」
真剣な眼差し。その小さな額を撫でる。
「……俺ァ槍だぞ」
「んなに柔じゃねぇ」
そうして、やっと安心した様子で、主は笑った。