自分の咳き込む音で、目を覚ます。
今朝は血は出てない。
頭が重く気怠い。
時間がないのは変わらない。
話をするなら、急がないと。
戸に手をかけるが開けられない。体を使って、なんとか開ける。
その先には、思った通りに日本号が座ったままうたた寝してて。
「……日本号さん……」
伸ばす手の先、目を覚ました彼が掴んでくれる。
温かい……。
「主!」
膝から崩れ落ちる身体を支えてくれる日本号に、首を振る。
頭、痛い。
「話、を」
「そんな場合じゃねぇだろっ」
今は甘えている場合じゃない。
手を振りほどき、続ける。
「聞かせて、ほしいんです」
「なぜ、あなたが私を?」
「引継ぎの子は、もっと素直です」
「私より、よほど」
息を整え、日本号を見上げる。
私より余程苦しそうなのも、きっと、全部、私のせいだ。
「あんただって、素直だろ」
「本当はそうだった」
私がこんな風にしてしまった。
謝りたい。
でも、何をどう言えばいいのか、わからない。
「言え」
「全部聞いてやる」
日本号が私の肩を支えるように、掴んだ。
「聞いてやるから」
「俺に、あんたの時間をくれ」
日本号の申し出に、目を見開く。
残りの、時間を。
この人に。
一度、目を閉じる。
「――はい」
あなたがそれを望むなら。
日本号に抱き上げられ、部屋に戻る。
胡座をかいた膝に、横向きに乗せられる。
下から、日本号の心配そうな顔を見上げる。
「……もう、抵抗すんなよ」
目を閉じる。
左手が持ち上げられ、手の甲から薬指の付け根に温かい感触がつく。
「どうして、ここまでしてくださるのですか?」
また私の中を引っ張りあげる何か。それが身体を重苦しくしているものを軽くする。
日本号が言う、凝り。
私が圧縮している霊力。
それがゆるゆると移動し、離れていく。
日本号が触れた場所から、外へと。
少しだけ、呼吸が軽くなる。
「あんたが、生きていないからだ」
頬を撫でられ、眉根を寄せる。
「生きて……」
「命の話じゃねぇ」
言いかけを遮られた。
「あんたはもっと気楽に笑え」
意外なことに、柔らかく優しく声音が降ってきた。
「笑う……」
「その方が、いい」
生きることと笑うこと。
どんな関係があるのだろう。
「続けるぞ」
また感触がくる。
さっきより優しい。
温かいお湯の中で揺れるみたい。
「……ぁ……」
私が笑うこと。
それが、この日本号の望み。
ゆっくりと瞼を開ける。
真剣な横顔。
頼れる男士。
お酒を飲んでる時、笑ってた。
気が緩むと、よく笑ってた。
そういうことだろうか。
日本号の視線が、私と重なる。
(あ)
急に心地よい流れが途切れる。
「おい」
「な、何もしてないです」
日本号は深く深く息を吐く。
本当に、何もしてない。
でも、昨日の朝ぐらいまでは楽になった。
正直何をされているのかわからない。
ただ霊力が減ったのはわかる。
軽くなった分、また勝手に余剰霊力を固めてしまったが。
「に、日本号さん」
「なんだ?」
「あの、日本号さんは、私が、その生きてないって」
苦笑する日本号が、私の頭にそっと手を乗せる。
夢の中よりも大きくて厚くて、優しい掌に目を閉じる。
「あんた、感情を殺してるだろ」
「……そう、見えますか」
「見える」
「……はぁ」
「そういう生き方は、違うだろ」
撫でる手がそのまま頬に滑る。
目を開けると、楽しそうに笑っている。
「なあ、笑えよ」
「俺はあんたの笑った顔で酒が飲みたい」
ああ。
これだ。
これが、日本号。
私の好きな。
顔に熱が集まる。
「……何言って……」
こんな私を肴に酒を飲みたいなんて。
酔狂にもほどがある。
それより、もう終わったように思う。
膝から降りようとすると、肩を抑えられた。
「もうちっと休んどけ」
「それは布団で」
「ここでいいだろ」
「それは、困ります」
降りられないから、顔を背ける。
人の気も知らないで、勝手すぎる。
こんな風になったのが私のせいだとはいえ。
「あんたが、もうちっと心を開いてくれりゃあなぁ」
困った声音に、ちらりと日本号を見る。
「……これ以上、どうしろと……」
心は開いてないわけじゃない。
ただ日本号が開きすぎなだけだ。
なんでこんなことに。
「その調子だ」
小さく吹き出した日本号が、また頭を軽く撫でてくる。
手の大きさに、温かさに目を閉じてしまう。
「ちょ、日本号さん」
「号さん、でいいんだぜ」
言われた言葉に固まる。
そうだ、夢を、見られてる。
私が、日本号に甘えてる姿を。
「え」
「くくっ」
「う、うわ……」
顔を両手で隠す。
そっと隙間から覗き見る。
なんで日本号はこんなに機嫌がいいのだろう。
でも、夢とは違う揶揄い方が嬉しいなんて。
「……やだもう……」
「ほら」
「呼びません」
「呼んでみろって」
「うぅ」
肩を柔らかく叩かれる。
慣れたくない距離感に、縮こまる。
また小さな笑いが響いてくる。
完全に遊ばれてる。
でも、少し嬉しい。
「今日はもう仕事するなよ」
「は?」
「するなら、俺が付く」
「え」
「増えそうなら止める」
「……」
「人前では出来ないだろ」
ずっとそばにいてくれる。
こんな、いいのだろうか。
望んでくれているのなら、いいのかもしれない。
視線を外へ向ける。
「……最低限、終わらせるものがありまして……」
「おう」
「……終わったら。もう少しだけ、あなたの時間をください……」
あと少し。
もう少しだけ。
だから。
「んなけち臭いこと言うなよ」
日本号は嬉しそうだ。
真っ直ぐに見つめて微笑んでいる。
「もっともっていっても構わねぇぞ」
「え、い、いえ。少しで、大丈夫です」
贅沢な申し出に首を振る。
だって。
「……それで、十分です」
「何がだ?」
目を細めて、問い返される。
「もう私の時間は多くないですから」
「少しだけ」
意味がわかったのだろう。
日本号の笑顔が消える。
「……くそっ、絶対、生きたいって言わせるからな」
悔しさの滲む声に、苦笑する。
「頑張ってください」
「他人事にすんな」
ずっとこんな些細なやり取りがしたかった。
最後なら。あと少しなら。
いい、だろう。
目を伏せて、日本号の視線を少しだけ避けた。
外で小鳥の小さく啼く声が聞こえていた。