日本号に連れられて、大広間に向かう。
いつもなら避ける。
だって、これからの時間は食事で多くの男士が集まってくる。
普段なら、部屋でひとり栄養をとるだけのこと。
(仕方ない)
今日、日本号は私から離れるつもりがない。
昨夜避けたから。
また何かあったらどうすると言われた。
……どうと言われても困る。
私の部屋は大広間と同じ屋敷の中。
これは最初に初期刀と決めたこと。
だから、すぐに着く。
大広間に先に入った日本号の後、入口で立ち止まる。
ここに、入っていいのだろうか。
迷う私を日本号が手招きする。
大丈夫。
これは、私が変えてしまった日本号のため。
それだけのこと。
踏み出した一歩。
これは今だけ。
日本号が望むから。
それだけだから。
テーブルに置かれたプレートには、一人分には少し多い朝食セット。
ご飯。味噌汁。おひたし。目玉焼きと添えられた唐揚げ。どれも湯気と食欲をそそる香りに包まれている。
こんなの、久しぶりだ。
思わず口元が緩む。
自然と両手を揃えて、挨拶をする。
「いただきます」
箸を手に、味噌汁を少し。白味噌だ。出汁も効いてる。美味しい。
おひたしをひとつまみ。鰹節とほうれん草の香りが口いっぱいに広がる。懐かしい味だ。
茶碗から白米を一口。ふわり、穀物の香りと、何より温かい。
身体に染み込む。
隣の日本号の満足気な視線に、我に返る。
「美味いだろ?」
つい、食事を楽しんでいた。
こくりと頷く。
「……久しぶりに、ごはんを食べた気がします……」
笑みを消す様に、失言を悟る。
「生家ではちゃんと食べてましたよ」
「ただ審神者になってからは、帰っていませんでしたし」
「ひとりでのごはんでしたし」
視線を落として、深く息を吐かれた。
「これからはこっちで食え」
それは。
いいのだろうか。
だって、私はもう長くないのに。
迷った末、頷いた。
「……日本号さんが一緒でしたら……」
これは、日本号が望むから。
それだけだから。
日本号は食べるのが早い。
焦っていると、ゆっくり食べろと頭に手を置かれた。思わず目を閉じてしまう。
「今日はもう仕事ねぇだろ」
そうなのだけど。いつまでもいては他の男士たちが食べる場所が。
ふと、周囲を見ると、ほとんどが食べ終わっていて。
大広間には穏やかな空気が流れている。
「……皆さん、お早い……」
吹き出した日本号を困ったように見る。
身体を震わせ笑っている。そんなにおかしなことを言ったつもりはないが。
たっぷり時間をかけて、残りを食べる。
久しぶりの食事は美味しかったから、仕方ない。
日本号も喜んでいるから、いいはずだ。
「ご馳走様でした」
手を合わせる。
プレート、日本号、厨と視線を動かす。
片付けはどうするんだろう。
厨の入口でいいのだろうか。
迷っていると、紫色の癖髪で和装の男士がお盆に何かを乗せて近づいてきた。
「主、甘いものは好きだろうか」
目の前に置かれたのは、ぷるんとした水羊羹。中に餡子が見える。手作りなのは、見てわかる。
歌仙を見る。日本号を見る。水羊羹を見る。そして、もう一度日本号を見た。
日本号は楽しげに苦笑している。
「どうなんだ?」
聞かれ、眉を下げる。
「これ、私だけですか?」
「日本号さんには……」
一人だけ出されるなんて、困る。
私だけ特別に、なんていらないのに。
私はただ日本号が望むからここにいるだけなのに。
「俺ァ酒のがいい」
「貴殿はそうだろうね」
二振の言葉を聞いて、歌仙を見た。
「少しなら、食べます」
お皿をじっとみて、口元を緩める。
「これ、綺麗ですね」
匙で一口を口に入れる。
甘さが口いっぱいに広がる。
頬があがる。
「……美味しい……」
ほぅ、と温かな吐息が零れた。
歌仙が安堵の息を吐く。
「口に合ったようで良かった」
「はい、ありがとうございます、歌仙さん」
目を向けて、礼を言うと、歌仙は驚いた後で微笑んだ。
「うん」
何を驚いていたのだろう。
歌仙がいなくなった後で、首を捻るがわからない。
続けて、ゆっくりと残りを食べてゆく。
本当に美味しい。
一人でなんて、もったいない。
ちらりと日本号を見る。
「日本号さん」
「あん?」
「少し食べませんか?」
「俺は……」
「甘すぎて、食べ切れなくて」
姉様や妹たちと、いつも分け合っていた。
それが当たり前で、ひとりで全部なんてなかった。
美味しいものは分け合うともっと美味しくなる。
だから、少しでも日本号に返したかった。
「……かせ」
日本号が皿を手に、残りを一口で食べる。
大きな口に、驚き、笑った。
うん。
やっぱり。
美味しいものは分けるともっと美味しい。
風呂上がりにまた、日本号が部屋の前で待っていた。
部屋に招き入れる。
日本号が胡座をかいて、無言で座ることを促してくる。
今日一日、ほとんど一緒にいた。
これがただの同情ではないとわかっている。
(治療、だから)
そっとその膝に乗る。
私一人じゃびくともしない。
夢よりも体温を感じる。
茹ってしまいそうだ。
目を閉じる。
「疲れたか?」
「……はい」
今日は朝から大広間で食事をした。
たくさんの刀剣男士がいて、皆、私に驚いていた。
まさか、料理の提供システムがあるとは思わなかった。
日本号の手が頭に乗ったのがわかる。
「ごはんが美味しいことを、思い出しました」
口元が緩む。
どれも温かくて美味しかった。
審神者になってから、こんな食事してなかった。
残りの時間は少ないから、関わりたくなかった。
でも、日本号が望んでくれたから。
日本号が左手を取り、手の甲から薬指の付け根に口をつける。
びくり、と身体が震える。
流れてくる温もりが少し、慣れそうで怖い。
私の中から何かが出ていく。それで身体が少しだけ軽くなるのは確かだ。
でも、他に方法はないのだろうか。この方法は心臓が落ち着かない。
こうして触れているのだから、日本号もわかっているはずなのに。
「日本号さんは、いっぱい食べますね」
緩やかな流れが途切れた。
日本号が言うには、必ずどこかで止まってしまうらしい。
「主が少なすぎるんだろ」
「俺ァ普通だ普通」
手に触れる感触が離れたので、そっと目を開く。
下から見上げる日本号の顔に見惚れる。
(……いいのかな)
日本号のためなのに、私が得をしている気がする。
その視線が降りてきて、重なる。口元がにやりと笑っている。
「明日から楽しみにしとけ」
「え?」
「厨の奴ら、張り切ってたからな」
厨――台所のことだ。歌仙たちが何故張り切るのだろう。
「どうして……」
「そりゃ、主が美味そうに食ってたからだろ」
「え、顔に、出てました?」
「ちっとだけな」
両手で頬を押える。
しばらく顔の筋肉を使っていなかったのに。わかるほど表情に出ていたのだろうか。
そりゃあ、美味しかったから、伝わるのはいいのだけど。
(困る、かも)
今の時間は日本号にあげているだけなのに。
(……いいのかな……)
誰かと食べるご飯は美味しい。
温かいご飯は美味しい。
そんな当たり前が本丸でできるなんて。
いいのだろうか。
「明日は、何する?」
「……あ、明日?」
楽し気に日本号が問いかけてくる。
明日なんて、何を言っているんだ。
いや、明日もまだ今日が続くのか。
残りの時間分を日本号にあげたから。
――まだ一緒にいていいのか。
にやけそうな顔は、日本号の大きな手で隠された。