[刀剣乱夢]らいぶ   作:himausa

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第七話 手放すな(主視点)

あれから毎朝日本号が部屋に来る。

部屋に来て、夜に増えた分を取り出すのだという。

寝起きの良い自分が少し恨めしい。

朝から日本号を見て、ただ嬉しいと思ってしまう。

「主は、やりたいことねぇのか?」

終わってから聞かれて、困ってしまう。

私がやりたいことなんて、思いつかない。

強いていうなら、日本号のやりたいことを見てみたいのだけど。

「もう、よくわからなくて」

口には出せずに呟くと、思案した日本号は庭へ私を誘った。

本丸の庭。

見たことはあってもいったことはない。

私の本丸の世界は、この屋敷とそこから見える庭だけだったから。

靴を履いて、玄関から庭に回る。

後ろを振り返ると、日本号は何故か後ろからついてくる。

前でも横でもなく。

……私を後ろから見ている。

どういうことだろう。

とりあえず、歩くなら歩こう。

土の上に足を置く。一歩、また一歩。

石畳より、気持ち分沈む感触に、地面を軽く押し返しながら歩く。

生家の庭でもよく走り回って遊んだ。

夢の中のように。

もう感触なんて覚えてないけど。

「主、おはようございます!」

声を掛けられ、顔を向ける。

そこにいたのは、蜻蛉切。

今のは私にかけられた声だろうか。

軽く日本号を振り返る。

彼は何も言わない。

「今朝は散歩ですか?」

蜻蛉切に向き直る。

「は、はい」

「良い天気ですから、心地よいでしょう」

その視線が空に向いて、私も上を向く。

抜けるような蒼天。

懐かしい、あの日のような。

「……はい」

耳の奥で、笑い声が聞こえた気がして、口が緩む。

「はい、本当に」

子供の頃なら、こんな日は朝早くから皆で出掛けていた。

「ねぇねー」

「早くしないと朝ごはんに間に合わないわよー?」

「やぁ」

私の手を引く、姉様。

遠い、あの日の優しい記憶。

視線を戻すと、蜻蛉切が優しい眼差しで私を見ていた。

「鍛錬ですか?」

「はっ」

「では、きっと朝ごはんも美味しくいただけますね」

「は、はい」

「……」

「……あの、何か?」

そういえば、まだ彼には言っていないと気づいた。

これぐらいなら、いいだろう。

少し息を吸って、吐いて。

驚かせないように。

いつもどおりに。

「……お、おはよう、ございます」

「……蜻蛉切さん」

なんとか、言えた。

昔のようにはいかないけど。

ちゃんと、挨拶できた。

少し誇らしくなって、笑いたくなって。

「おはようございます、主」

蜻蛉切がまた、返してくれる。

どちらともなく笑い合う。

なんの含みもなく。ただ挨拶をしただけだ。

ただそれだけだ。

それだけなのに、胸の奥が温かい。

蜻蛉切が去った後、日本号は私の頭に軽く手を置いた。

私は日本号を見て、また嬉しさを潜ませて、笑った。

いいのかな。

こんなふうに、して。

こんなふうに、関わって。

わからない。

でも、日本号が笑ってくれるから。

たぶん、きっと、これでいい。

 

 

 

朝食後、書庫へ行って、過去の戦績資料を取って。

引継ぎ資料を長谷部に任せてしまった後。

迷う私は、日本号が使っているという部屋に連れてこられた。

部屋の中にいた御手杵が追い出されて。

胡坐をかいた膝の上、左手を取って、告げられる。

「増えてる」

「え」

「こんなに早く増えることなんてなかったろ」

今日は特に霊力を使っていない。

それでも、増える。

忘れていた。

そうだった。

先代もそう。

私もそう。

元々多い。

それがさらに加速してる。

わかってたのに。

「まずは、吸うぞ」

「は、い」

呆然とする私の薬指の下に、日本号が手の甲から口を付ける。

見えているはずなのに、何も見えない。

私の中に温かい波が入ってきたのに、すぐに引いていった。

「主……」

「……やっぱり、私は……」

確かに、増えてる。

意識しなくても、霊力は勝手に渦を巻いて、固まってしまう。

あんなに日本号が頑張ってくれても。

どうにもならない。

「なんでだよ……」

日本号から、低く唸る呟きがもれる。

目を閉じる。

やっぱり、もう時間は少ない。

これは変えられないのかもしれない。

もしかしたら、なんて。

希望を持っても。

打ち砕かれる。

外から鳥の囀りが聞こえる。

風に揺れる木の葉の音が聞こえる。

遠くで、水の流れる音が聞こえる。

ゆっくりと瞳を開く。

「やっぱり、止められない……」

「……勝手に、増えちゃう……」

日本号が腕に力を込めて、私を自分の胸に押し付ける。

「大丈夫だ」

「俺が何とかするっていったろ」

「俺のことはまだ信用できねぇか」

ふるふると首を振る。

信用なんて最初からしてる。

でも、それとこれは別だ。

(……姉様……)

怖いよ。

怖い。

このままじゃ、日本号が壊れる。

無理だって知ってしまったら。

そんなの。

「もう一度だ」

日本号は腕を緩め、また左手を取る。

さっき、何も変わらなかったのに、何をする気なのか。

左手をじっと見ていた日本号が、徐に手を返す。

(え)

掌側。

薬指の付け根に。

口が。

(えっ)

手の甲どころじゃない。

なんで。

なんでそこに。

息がかかってる。

口が触れてる。

驚きで動けない。

私の中に、何かが触れてくる。

何かを強く引き上げられる。

今までの比じゃない。

何が起きてるの。

身体が軽くなっていく。

何これ、怖い。

何が起きて――。

(大丈夫)

誰かの声が耳の奥で聞こえた。

姉様のような、他の誰かのような。

温かくて静かで優しい声。

日本号の目が私に向いて。

その手が耳元の髪を撫でる。

ほろり、と一滴が眦を流れ落ちた。

「主?」

手が離れ、私は目元をぬぐう。もう涙は出ていなかった。

「ち、ちがうんです、これは」

「なにか、今、外れた気が、して」

「うれしくて」

あれは誰だろう。

記憶にない声。

でも、懐かしい声。

「……まあ、うまくいったみたいだし、いいか」

日本号がいつものように、私の頭に軽く手を置く。そのまま、ぽんぽんと叩く。

「うん、こっちのがいいってことか」

「今度から、こっちだな」

とんでもない言葉に、目を見開く。

「こ、こっちって」

「内側の方が、あんたに届く」

「ぇえっ」

日本号の手を掴んで止める。

「ま、まって。それは……っ」

さっきのは今までより、近い。近すぎる。

「大丈夫だ。俺は壊れねぇよ」

「そ、そうじゃなくて……っ」

「このままもう少し休んでろ」

「そういうことでもなくて……っ」

日本号が私の顔を覗き込んでくる。

「ははっ、桃の実みたいに真っ赤だぜ」

膝の上で覗きこまれると、更に距離が近づく。

やめてほしい。

心臓が早すぎて、呼吸も止まって。

どうにもできない。

どうして、そんなに普通にしているの。

私ばっかり、こんなドキドキさせられる。

嬉しそうな日本号に、何を言っても勝てそうもなかった。

とりあえず、膝から降りたい。

それも聞き入れられなかった。

 

 

 

 

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