[刀剣乱夢]らいぶ   作:himausa

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第八話 んじゃ、行くか(主視点)

朝食後、足元に滑り込んできた黒い塊に足を止める。

猫、ではない。

もっと形の不確かなモノだ。

「鵺ー!」

聞こえた声に顔をあげる。

金の髪の獅子王だ。いつも肩に乗っている鵺がいない。

つまり、この足元のは。

「主、すまねえ。鵺の奴がいきなり飛んでっちまって」

獅子王が鵺に手を伸ばす。

「ほら、主が困ってんだろ、鵺」

する、と鵺が私の陰に隠れる。

「鵺さん?」

しゃがんで手を伸ばすと、目元を擦り付けてくる。

可愛い。温度はないけど、なんだか気持ちがほわほわする。

「んっ、獅子王さんがお困りですよ」

「お困り……いや、困るのは主だろ!」

顔をあげて、獅子王に首を傾げる。

「困りません」

「は」

「鵺さん、そこが心地よいのですか?」

また鵺に視線を向ける。

指先を辿り、手のひらに乗ってくる。

不意に、鵺が持ち上げられた。

日本号がそのまま獅子王に渡す。

「獅子王」

「あんがとな、日本号」

「おう」

あまりに唐突で、驚いた。

「日本号さん?」

呼んでも視線を顔ごと逸らされる。

どうしたのだろう。

悪いことをしたみたいな、罰の悪そうな顔をしている。

後で聞いてみよう。

「獅子王さん、鵺さんを叱らないであげてください」

「え、あ、ああ。でも、こいつ、そんなこと言ったら、調子に乗るぜ?」

「大丈夫です。猫みたいなものでしょう?」

「猫って」

獅子王の肩に手を伸ばすと、鵺が綿雲のような黒い体を伸ばしてくる。

可愛い……。

「日本号さん?」

「日本号?」

何故か間に日本号の大きな手が入って、遮られた。

「なんでもねえ」

なんでもなくはないだろう。

どうしたというのだろう。

鵺に何かあるのだろうか。

……あるのかもしれない。

私にはわからないけど。

そうだ、と獅子王が日本号を見る。

「日本号、畑当番だったろ」

「あ? あー、そうだったか?」

「俺もだ」

獅子王が私を見て、笑って手を差し伸べる。

「な、主は畑行ったことないだろ?」

「は、はい」

「んじゃ、行こうぜ。今日は面白いもんも見られる」

「…………面白いもの?」

日本号を見上げる。その視線は獅子王に向いている。

「何かあったか?」

「収穫、今日は燭台切だからさ」

「なるほど」

(なるほど?)

「張り切ってたし」

「何があるんですか?」

獅子王は笑う。

「それは見てのお楽しみ、さ」

差し出されたまま獅子王の手を見て、日本号を見て。すすっと、日本号のそばに寄る。

「じゃあ、行ってみます」

日本号を見上げる。

これは、行っていいんだろうか。

「ああ、行くか」

日本号が軽く頷き、こちらへ手を差し出した。大きな手に自分の小さな手を重ねる。

しっかりと握り返された手に、初めて手を繋いだと気づいたが遅かった。

なんで。

自然に、やってしまった。

これは違う。

間違えた。

でも、少しだけ。今だけだから。

歩き出してしまったから、離すタイミングがないだけだから。

 

 

 

畑は思ったよりは広くない。二振で世話をできるギリギリの範囲なのだろう。

でも、育っている作物はどれも彩りの良い葉が揺れている。

私は木陰で獅子王と日本号の作業を見ていた。

内番作業は意味があるから、手は出せない。

木陰で上を見ると、木漏れ日がキラキラしている。

「主?」

「わ、主がいる!」

「こら、鯰尾」

「だって」

同田貫正国、鯰尾藤四郎、一期一振の三振りが声をかけてきた。

軽く頭を下げる。

「ああ、日本号は畑か」

私の視線の先に気づいた同田貫が頷く。

「……皆さんはどちらへ?」

問いかけると、鯰尾が元気に答えた。

「釣り!」

「釣り?」

「あっちの川で釣れるって、山伏さんが言ってたから!」

釣りのできる川があるらしい。

自分の本丸なのに知らなかった。

「それは楽しそうですね」

「主も……」

視線を畑に向ける。

ちょうど日本号が獅子王の頭を撫で回しているところだった。

「……主、今夜の夕食を楽しみにしてくだされ」

「いーっぱい釣ってくるから!」

「はい」

三振を見送り、一息つく。

少し、緊張した。

……それにしても、と畑を見る。

私といるより、日本号は自然体な気がする。

気を遣わせている。

それが申し訳ない。

本当に、日本号の望みを叶えるのは、合っているのだろうか。

ざっと強く吹いた風に、髪を抑えて目を閉じる。

あと少しだけ、のつもりだったのに。

一日一日が楽しみになりつつある。

……姉様に、なんて言えばいい。

先に逝った人たちに、なんと言い訳すれば。

(からかわれるだけかも)

そう思ったら、苦笑が浮かんだ。

(あと、少しだけだから)

自分に言い訳しながら、私は大好きな人の笑顔を心に留めた。

 

 

 

夕食前、また私は日本号の膝に乗せられている。

やっぱり霊力が増えすぎてるって。

どうりで頭が少し重い。

左手の内側から薬指の付け根に口付けられながら、少しだけ目を開ける。

真剣な横顔。

意外と睫毛が長い。

髭が生えてる。

男の人に見える。

(……なんでかな……)

最初から目が離せなかった。

ずっと最初から。

子供の頃から周囲には女ばかりだし、免疫がないといえばそうなんだけど。

目を閉じる。

私の内側。何かを動かされてる。

たぶんそれが固めた霊力。

日本号は神域に流しているから平気だって。

それは、本当に平気なのだろう。

調子が悪そうには見えない。

私にも、そんな風に霊力を逃す場所があれば。

「……ここまでだな」

熱が離れても、目を開けられなかった。

さっき、目を開けるんじゃなかった。

今頃になって、恥ずかしさが襲ってきた。

「主?」

低い声が身体に響いてくる。

優しい声。

温かい声。

身体が熱い。

「……日本号さんは」

「あのように笑うのですね」

恥ずかしさを堪えて、目を開ける。

思い出すのは畑での笑顔。

「お、おう?」

「畑で、獅子王さんと」

「ああ、あれか。あれは……」

「私には、気を遣っていただいているようで」

「は?」

「少し、申し訳ないです」

見ていると、大きな手が頭に乗せられ、見えなくなる。

「何言ってんだ」

「あいつらと同じってわけにゃいかんだろ」

「あんたは……主なんだから」

そう。

私は主だ。

「そうですね」

目を閉じる。

主でいられるのは。

あと少し。

わかってる。

戸を叩く音がした。

「主、そろそろ夕餉の提供時間です」

長谷部の声に、起き上がる。

「はい、ありがとうございます、長谷部さん」

立ち上がった日本号を振り返る。

「では、参りましょう。日本号さん」

そうして、二人で部屋を出る。

今日は三人でテーブルを囲むことになりそうだ。

 

 

 

 

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