道場からは激しく物のぶつかる音や気合いの声が聞こえてくる。
「今日のは少し荒っぽいぞ」
いつもと違って先を歩く日本号は、楽し気だ。
今日の内番は、手合せらしい。
やはり武器の付喪神だから、こういう方が楽しいのだろう。
「大丈夫です」
「せっかくなので」
日本号の戦う姿は画面越しにしか見たことがない。他の男士も。
だから、最後ぐらいちゃんと見ておきたい。
「今日のお相手はどなたですか?」
「大和守だな。あいつは戦う時のが面白え」
喉の奥を鳴らして笑っている。
本当に楽しいのだろう。
「見るなら、離れてろよ」
「もちろんです」
万が一はないだろうけど。
道場では手合せ当番以外も複数の男士がいて、好きなように打ち合っている。
「あれ、主じゃん。どうしたの?」
私に真っ先に気づいた加州清光は、軽く声をかけてくる。
「今日は見学に」
加州の目が日本号に移動して、すぐに戻る。
「ふうん。危ないから、端っこにいなよ」
「はい」
そう言って、すぐに離れていった。
日本号が入り口近くを指す。
「その辺にいろ」
「はい」
すとんと腰を下ろし、日本号の背を見送った。
道場には他に謙信景光と山鳥毛もいる。
二振が手合せ中らしい。
日本号と大和守の手合せも始まった。
皆、流石は刀の付喪神。
太刀筋が美しく、剣舞を見るようだ。
懐かしい。
私は苦手だったけど。
しばらくして、山鳥毛と謙信景光の手合せが終わる。
「あるじもきていたのだな」
「ああ、日本号が当番だったか」
こくりと頷き、すぐに視線を日本号に向ける。
二振は苦笑を残して、道場を出ていった。
大和守と日本号。打刀と槍の手合せなんて初めて見た。
流石に槍は大きくて重いけど、リーチが長い。
振り回す日本号の動きは、案外に流麗だ。
対する大和守も負けていない。よくあの体格でさばけるものだと感心する。
「主、退屈じゃ……なさそうだね」
声をかけてきた加州に気づかないほど熱中していたらしい。
二振の手合せが終わって、ふと隣をみたら座っていて、驚いた。
「ははっ、いー顔。次は俺の当番の時に来てよ」
そう言って、離れていった。
次。
次か。
「どうした?」
日本号にタオルを渡す。
「いえ」
なんだか、言葉にできないままの私の頭に、日本号は大きな手を置いて、軽く叩いた。
今夜の大広間には、多くの刀剣男士が集っていた。入りきらなくて、縁側にまで溢れているし、隣室の襖も取り払われている。
こんなに顕現していたのかと、改めて実感する。
私はいつも食事するのと同じ場所で、日本号の隣で盃を傾ける。
「ふふっ、主が来るとはねぇ」
大太刀の次郎太刀が話しかけてくる。
「何飲んでるんだい?」
問われ、ちびちびと舐めていた盃を見る。
「……水?」
「あっはっはっはっ」
楽しそうな次郎太刀に、小さく笑う。
これは本丸で用意された酒だ。
いつもの日本号の酒ではない。
ただ楽しむためのお酒。
「冗談です。皆さんと同じですよ」
何故か次郎太刀は微笑まし気に見つめてきて、私の頭を軽く撫でた。
「うんうん、水だ水。これは、水!」
「水じゃない」
つまみを配っていた歌仙が抗議する。
「これは……」
だが、他の男士に呼ばれて、すぐに離れていった。
厨の男士たちは忙しそうだ。
後片付けは手伝おう。
「主は楽しんでおられますか」
次郎太刀の隣にいた太郎太刀が訊ねてくるのに、頷く。
「はい。こういうの、久しぶりです」
「久しぶり?」
「生家ではよくありましたから」
思い出して、口元が緩む。
あの頃私は飲めなかったけど、皆楽しそうだった。
カクテルを作ってくれる姉様もいた。
ノンアルの。
「主は、よい家庭でお育ちなのですね」
「はい」
太郎太刀と話していると、不意に頭に日本号の手が乗る。
「……日本号さん?」
目を閉じてしまってから、片目を開ける。
日本号はこちらを見ていなかった。
「ん」
そのまま髪の上を滑らせるように、何度か撫でられる。
「……っ」
「日本号ー?」
呆れたような次郎太刀の声に体温があがる。
いつもの行動なんだけど、今は恥ずかしさが勝る。
「日本号、熱でもあると?」
「うるせぇ」
博多のからかいに乱暴に言い返す日本号も、どうやら照れているらしい。
変なの。
つい、くすくすと笑い声が溢れてしまう。
頭に乗せた手を掴む。
日本号がこちらを向く。
「熱? 大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃねぇかもな」
「え」
「あんたがここにこねぇから」
日本号が自分の胡坐の上を叩く。
(え、それは)
いつもは霊力のためで。
今日の夜分はもう先に済ませてて。
今は宴会の席で。
「そっ、それっ、でもっ」
こんな、人前で。
膝になんて。
恥ずかしいし。
でも。
今は、日本号のための時間で。
(……今、だけ)
最近は霊力の増加も加速してる。
霊力を使っていないのに。
時間はどんどん減ってて。
……血は、吐いてないけど。
直にあの方法でも追いつかなくなる。
だったら。
日本号の膝に乗る。
恥ずかしいけど。
すごく恥ずかしいけど。
ちら、と日本号を下から見上げる。
すぐに大きな手で顔を塞がれた。
「んっ」
「こっち見んな」
指の隙間から見えた日本号の顔はすごく……照れてる。
「日本号、それはないんじゃないー?」
「うるせぇ」
騒がしい揶揄い声に、顔を俯かせて聞こえないように呟く。
「……号さんが言ったのに……」
呟いた直ぐあと。
なんでか片腕で抱き寄せられ、耳元で低い声が囁く。
「……後で……」
小さすぎて続きは聞こえなかったけど。
早まったかもしれない。
「日本号ー?」
「ほっとけ」
なんだこれ。
動けないし。
恥ずかしいし。
宴会なのに、お酒より酔いそう。
日本号の匂いが強くて。
クラクラする。
でも、もう少し、離さないでほしい。
そんなことを固まったまま考えていた。
私は多分、いつもとは違う酒に酔っていたのだろう。
この夜、賑やかな宴席はいつまでも続いていた。