朝食の後は、大広間でしばらく過ごす。
食休みということらしい。
ちらりと日本号を見る。
こちらの視線に気づくことなく、大欠伸をしてる。
「日本号、寝不足かー?」
「そんなんじゃねぇよ」
「寝不足なんですか?」
私が訊ねると、なぜか頭に手を置かれる。つい、目が閉じてしまう。
「ちげぇ」
「でも欠伸」
「気にすんな」
「……むぅ……」
もしかして、私のせいだろうか。
影響が出て。
「そうじゃねぇから、気にすんなって」
頭を優しく、でも雑に撫でられる。
答えてくれる気はないらしい。
諦めて、周囲を見回す。
……何故視線が集まっているのだろうか。
「主さん」
厨から堀川国広がお盆に何かをのせて持ってきた。
「これ、お茶請けにどうかと思って」
小皿に乗っていたのは、ただの沢庵に見える。
「おう、国広のは美味いんだぜ」
一緒に来た和泉守兼定が同意する。二振とも自然に向いに座った。
「ありがとうございます、堀川さん、和泉守さん」
添えられた楊枝で、口に入れる。二振の緊張が伝わってくる。
少し塩辛いけど、滋味が聞いて美味しい。
一口、お茶飲んでから、微笑みながら告げる。
「塩気がきいて、お茶に合いますね」
「よっしゃ!」
「兼さん」
喜びを素直に出す和泉守と、それを嗜めつつも嬉しそうな堀川。二振は嬉しそうだ。
「日本号さん」
楊枝で日本号に沢庵を差し出すと、そのまま齧り付いた。
「どうぞ」
続けて、お茶を差し出すと、ごくごくと飲み干す。
塩辛いから、お酒好きな日本号の舌にも合うと思ったのだけど。
「……主に苦手なもんはねぇのか……」
どうやら、苦手だったらしい。
苦手な食べ物というと、なんだろう。
ああ、以前に妹が作りすぎたバケツプリンは完食が難しかった。
「甘過ぎるのは、少し……」
頬を染めて、目を逸らす。
いつもなら分けるのだけど、あの時は私のために作ってくれたから、断れなかった。
あれから、甘味が少し苦手になってしまった。
「主さんは、素材の味に出汁が効いてるものが好きでしょ?」
堀川の言葉に、視線を向ける。
「わかるよ。だって……」
堀川が少し照れながら、続ける。
「最初のお浸し、気に入ってくれてたでしょ。あれ、僕だし」
和泉守が、堀川の頭を乱雑に撫でる。
「ああ、あの後、国広の奴はすっげー喜んでたよな」
「や、やめてよ、兼さん!」
仲の良い二振は微笑ましいのだけど。
なんとなく、日本号を見てしまう。
その大きな手を見て、顔を見て。
もう一度、撫でてくれないかな。
なんて。
考えていたら、また撫でてくれた。
わかってくれたことが、嬉しい。
「……なあ、ひとついいか」
急に真剣な顔で、和泉守が問いかけていた。
「あんたら、今どういう関係だ?」
「兼さん!?」
「だって気になるじゃねぇか。主がここにいるのは、日本号がなんかしてるからだろ?」
「ああ、もう! 行くよ!!」
「なにすんだよ、国広っ」
堀川がその体格に見合わず、自分より大きな和泉守を引きずって去っていった。
面白い力関係だ。
「関係、ねえ」
呟く日本号を見て、答える。
「医者と患者、ですよね」
「はあ? んなわけ……」
「だって、私のせいですし」
日本号だって、私の霊体が見えなければ、こうしていない。
私もこうして本丸のことを知らずにいたはずだ。
知る必要を感じていなかったから。
「……それだけじゃねえよ」
「え?」
日本号の手が伸びてきて、頭ではなく頬に触れる。
そっと撫でて、すぐに離れる。
「行くぞ」
急に立ち上がった日本号に続き、立ち上がる。
どうしたのだろう。
私は何か間違ったことを言っただろうか。
大広間の入り口で待っている日本号に追いつき、厨に一礼する。
「お待たせしました」
日本号の手を取り、見上げて微笑む。
だけど、日本号は見たことのない顔をしている。
真剣に何かを考え込んでいる。
「日本号さん?」
答えは、返ってこなかった。
廊下を歩いていると、楽しそうな声が聞こえてきた。
「日本号に主さん、どうしたっと?」
部屋から出てきた博多が聞いてくる。
屈んで問いかける。
「皆さん、何をなさっているのでしょうか?」
「見ての通り」
「お掃除、だよ!」
跳ねるようにやってきた乱藤四郎が、私の手を取った。
「今ね、雑巾がけ選手権してるのっ。あるじさんもやる?」
「雑巾がけ選手権……?」
「そこの廊下の端から端に並んで、誰が一番端で止まれるか!」
不思議なことを言う。
「……止まれないことが?」
「そりゃそうだよー。むしろそれが一番難しい」
「そんなに難しいんですか?」
「うんっ」
「一番上手なのは、小夜くんなんですよ」
藤四郎たちだけかと思ったら、離れたところに小夜左文字もいる。
「粟田口で一番上手なのは、包丁なんだよね」
「そりゃあ、人妻に褒められるなら、これぐらいできないと」
わらわらと寄ってきた短刀たちを順繰りに見ながら、頷く。
「……やってみていいですか?」
これなら、生家でよくやっていた。
少しぐらいならやってもいいかもしれない。
廊下も綺麗になるし。
「よーし、負けないよーっ」
「ふふっ、私もです」
久しぶりの雑巾がけ。
頑張ろう。
やってみて、止まれないというのがよくわかった。
思っていた以上にすごく早い。
「ふぅ」
でも大怪我にはなっていないみたいでほっとした。
「主、すごく早い!」
「慣れてるなぁ」
「はい!」
楽しい。こんなに楽しいなんて。
「あ、日本号さんは?」
そういえば、何も言わずに参加してしまった。
周囲を見回すと、長身で鴨居の掃除をしているのが見えた。
雑巾をバケツの水で洗おうとしたら取り上げられる。
「俺がやっとく」
「……ありがとうございます」
後藤に頭を下げて、日本号に近寄る。
「日本号さんもお掃除をしてるんですか?」
直後、日本号が鴨居に頭を打ちつけていた。
「いってぇぇぇっ」
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ」
しゃがみこんだ日本号の押さえる手の上、手をのせる。
そのまま、慣れた調子で。
「いたいのいたいのとんでけ、です。ほら」
妹たちにするように言っていた。
固まってしまった日本号の手をよけて、ぶつけたところをみる。
少し赤くなっているけど、大丈夫そうだ。
「うん、手入れまでは必要ないですね」
日本号の手を取る。
「念の為、部屋で手当をしておきましょう」
その手を引いて、部屋を離れる。
少しだけ速足で。
十分離れてから、止まる。
じわじわと耳が熱い。顔も熱い。
手を離して、しゃがんで顔を覆った。
「……すみません……」
「ん?」
「私、変なこと、言いましたね?」
短刀たちはあの姿でも年上とわかっていたのに。
一緒に遊んでしまったし。
童心に返ってしまっていた。
「気をつけてたのに……」
「そうなのか」
「短刀の皆さんは幼く見えてしまうので……」
失敗した。
あんなオマジナイを言ってしまうなんて。
それも日本号に。
「子供好きなのか」
「ええ、はい。まあ……」
「いいんじゃねえか。俺も嫌いじゃねえ」
「は」
「……あんたの子なら、きっと可愛い――」
呆然としていると、耳に何か聞こえた。
(え)
私の子供って。
日本号を見上げると、外を見ている。
聞き間違い、だろうか。
私も庭を、空を見つめる。
風がさやさやと庭木の葉を揺らす音が流れていた。
「子供……」
もしもできても、育てることは出来ないだろうけど。
「私には似ない方がいいですね」
「もっと、素直な子の方が、日本号さんも――」
頭を上から柔らかく押された。
「あんたは素直だよ」
「俺よりも、よほど、な」
日本号を見上げて、苦笑する。
もう一度庭を向く。
鳥の声が囀り、飛び立つ羽音が聞こえた。
そういえば、伝えなければならないことを思い出した。
「……一週間後、政府から呼ばれています」
「付き添いをお願いしてもいいですか?」
普段は時の政府に赴く時、私は男士を伴わない。
そして、日本号を伴う時というのは。
「……見合い、か……」
「はい。まあ、打合せですが」
打合せで呼び出されるのは珍しい。
おそらく時間がないのを見越してだろう。
本当は一人で行くべきなのだろう。
「承った」
日本号の答えに、内心で胸をなでおろす。
これが最後かもしれない。
それは言えなかった。