今朝は朝から違っていた。
いつもなら重苦しい目覚めが、すっきりと頭が冴えていた。
部屋に来た日本号も驚いて、喜んでいた。
それがまさか、こんなことになるなんて。
「……良かった……」
見合い担当の職員は、一族の関係者だ。
その人が私を見て、少ししてから、安堵していた。
「貴女は、安定したね」
「これなら、しばらくは見合いしなくていいと思う」
その目が日本号をチラリと見て、私に優しく笑いかける。
「後は、貴女次第、かな」
あれは日本号が何かしていると確信している目だった。
本丸に向かうゲートの前、日本号の視線を感じる。
「主、さっきのは」
「本丸で、話します」
動揺を押し隠して、そういうのが精一杯だった。
でも、何をどう話せばいいか、考えがまとまらない。
転移の光が消えて、本丸の屋敷が見えて。
真っ直ぐに、自分の部屋を目指す。
着いてきた日本号は、部屋に入ってすぐに戸を閉めた。
「……で?」
「私にもわかりません」
「は?」
何から話せばいいか。
「……私の一族には必ず加護持ちがいます」
この話はしただろうか。
もうどうだったか、わからない。
「加護を持つと、霊力が増え続けるんです」
「結果的に、それに耐えられなくなり」
「二十歳前後までしか生きられません」
日本号が唸る。
「……おい」
「それ、最初から知っとったんか」
言っていなかったらしい。
「だから引継ぎが必要で、見合いも……」
全部、決まっていたことだった。
加護持ちは霊力が強く、統率に長ける。
時の政府の依頼で、必ず本丸を持つ。
引き継ぐかは主次第。
姉様は、解体した。
私は、したくなかった。
それだけだ。
「……加護って何だ」
「何の神だ?」
首を振る。
「知りません」
「知らねぇわけ」
「私の方が知りたい……!」
加護は一族に常に一人。
いなくなれば、次に霊力の高い子供がなる。
決まっていることで、誰という伝えは朧げだ。
両手で顔を覆う。
「姉様たちだって、逃れられなかった」
「死ぬしかなかった」
「私だって、そのはずなのに」
「どうして……今更……安定?」
昨日まで、私だってそうだった。
日本号がどれだけやっても霊力の増加は止まらない。
止まらないから固めるしかない。
だから、どうにもならなかったのに。
「なんで?」
「どうして?」
「……私なんかより、生きるべき人がいたのに……」
私は姉様に生きてほしかった。
ずっと続くはずの日常は、突然終わって、姉様を連れて行った。
周囲に霊力が渦巻いて、風を起こしている。
姉様の髪留めが切れて落ちる。
日本号が驚いているのが目に入った。
私が加護持ちでなければ。
日本号を好きにならなければ。
この人だって。
「日本号さんだって、私のせいで巻き込まれてっ」
「は?」
「私が好きになんてなったから、影響して……っ」
こんなに、こんなに。
無理をさせてしまった。
「んなわけあるか!」
急に大きな声が聞こえた。
両肩を抑え、日本号が私の顔を覗き込んでいる。
「俺が好きになったのは」
「不器用で、素直で、笑顔が飛び切り上等なやつだ」
「惚れる理由くらい俺が決める」
言葉を理解するより先に、世界が固まった。
目の前には真剣な眼差しの日本号。
真っ直ぐに射抜いてくる眼差し。
私の好きになった槍の刀剣男士。
その人が。
(好き?)
頭の中で声がリフレインする。
ーー俺が好きになったのは
--惚れる理由ぐらい俺が決める。
そんなの。なんで。私を。
体温が上がる。
身体が神気を入れられた時より熱い。
「な」
驚いている間に、太い腕に引き込まれる。
「俺はな、必死に生きる、あんた自身をすいとうよ」
「全力のあんたが、一番あいらしかね」
すぐ近くに。
低い声が体に響く。
夢で言われた時より、もっと深く心に響いてくる。
「……うそ……」
「嘘じゃねえよ」
頬に手を添え、目線が重なる。
「信じられねえか」
「だって、日本号さんは、ただ主が変わるのが嫌だっただけじゃ……」
「それなら、ここまでしねえよ」
真剣なのに、甘い視線に絡みとられる。
「主」
「……な、んですか?」
「あんたの加護、俺に調べさせてくれねえか」
「……え」
「悪いようにはしねえ」
「……」
「頼む」
加護を調べるって、どういうことなのか。
そんな方法があるのか。
いや、でも、日本号にはできるのか。
できるのかもしれないけど。
それは、危険ではないのだろうか。
止めても無駄だというのは、ここ数日でわかっているので、渋々頷く。
「無理は、しないでくださいね」
「わかってる」
頷く日本号が安堵の顔で笑う。
「で、さっきのだが」
「え?」
「俺をすいとーのは……」
さっき、言ってしまった。
私が好きになったから、と。
言うつもりがなかったのに、知られてしまった。
「ち、ちが……っ」
「ほう、違うのかい」
「わ、私は、私には、ああ……」
まだ、まだ、私には時間が。
でも、安定したって。
いや、でも、状況は変わってない。
いつ終わりが来るかなんてわからない。
今この時だって、霊力は増えていて。
それも調べたら、何とかできるのか。
今はまだ、答えられない。
「ま、あとでそいつも聞かせてもらおうじゃねえか」
ただし、日本号はやはり諦めることはないらしい。
いつもの体勢になる。
さっきのことがあっても、日本号は平然としている。
左手の薬指の内側、根本に口をつけてくる。
私の内側に触れてくる。
温かい湯に揺られながら、何かが出て行って。
「……っ」
あの熱が、入ってくる。
意思を持って、内側を撫でられる。
「……ぁう……」
困ったことに、本当に不快ではない。
ただ、気持ち良くしないでほしい。
お腹の奥が熱くなる。
その場所を熱が撫でた。
「ぁっ!?」
「……っ」
頭の奥、何かが弾けた。
一瞬意識が飛んだ。
熱も。
「……こいつぁ、なんだ……」
「……はぁ……はぁ……」
荒く息をつく、私の頭を日本号が撫でる。
正直、今はやめてほしい。
「……並大抵の相手じゃねぇな……」
「……ぇ……?」
「もう一度やるぞ」
「っま、待って……!」
今のをまたすぐなんて。
無理だ。
整えられない息のまま、止める。
「……きゅっ、きゅうけい、させて……」
「っ、あ、ああ」
内側を熱が這い回っている。
一瞬引いた熱が戻っている。巡っている。
日本号が触れている全部が熱い。
「お、降りちゃ、だめ?」
「……まず、話、一族の」
「……だから」
床に下ろされ、横になる。
冷たい床が今は気持ちいい。
熱がゆっくりおさまってくる。
日本号には悪いけど、続けるのは無理だ。
こんなの、連続してなんて無理だ。
「本家は月の眷属、と呼ばれていたそうです」
本家では加護持ちが多くいたらしい。
「うちは傍系で、血の繋がりもないのに」
その本家が絶えたからと伝わっている。
だから、一人だけ、と。
「……とりあえず、少し休みます……」
「……これ、つかれる……」
色々なことがありすぎて、頭も身体も心も疲れた。
急展開が過ぎる。
何に文句をいったらいいのかもわからない。
とにかく今は眠りたい。
そっと頭を撫でる感触を最後に、私は眠りに落ちた。
昼食を食べ損ねてしまったから、夜はちゃんと食べたい。
そう言ったら、日本号は厨に連れてきてくれた。
夕食の提供時間は過ぎてしまったけど、歌仙が出汁茶漬けを、堀川が沢庵を、燭台切が茶碗蒸しを出してくれた。
いつもなら隣で食べる日本号は、現在長谷部他の男士に質問攻めにされている。
何故、皆、私に日本号の神気が混じっているとわかるのだろう。
元々お酒で入っていたわけだし、変わらないと思うのだが。
「なんで連れてきたとー」
「しゃあねぇだろ。こっちがいいっつーんだから」
博多の呆れ声に、日本号が苦笑いで返す。
「んん?」
「いいから、主は食ってろ」
「日本号さんは?」
話していると、私の隣に、大きな天丼が置かれる。
「理由は後にして、今は食べろ」
歌仙が強く言うと、日本号は一瞬固まってから、席についた。
よかった。日本号も私に付き合って、食べられてないから。
私の視線に気づいた日本号が優しく笑って、南瓜の天ぷらをくれた。そう言う意味じゃない。
今日もご飯が美味しい。うちの男士がこんなに料理上手揃いだったとは知らなかった。
食後には、麦茶まで出してくれた。
「主さんに無理をさせないでくださいよ」
「当然、同意の上だよね?」
「はい、ちゃんときいてはくれました」
堀川と燭台切の心配そうな声に頷く。
そう、聞いてはくれる。
諦めてはくれなかったけど。
「無理な時は、断るんだよ?」
「あ、でも、日本号さんは……私のためにしてくださってるだけですし……」
結果的に、改善されていることはわかったし。
どうやら神気が入ることで、霊力の増加は本当に抑えられているらしい。
起きた後もさほど増えていなかった。全然増えないと言うことはないのだろうけど。まだ成長するし。
「いつもはそんなに大変ではないですし」
「いつもは!?」
勢い込んで、日本号に歌仙が迫る。
いつものだけなら、本当に何でもない。恥ずかしいだけで。
問題は神気を直接の方。
あれは熱が巡り過ぎて、簡単には慣れそうにない。
私次第というのは、そういうことなのだろう。
あの職員。一族の関係者。今まで聞いたことは無かったのだけど、加護について他に知っていることがあるのかもしれない。
明日聞きに行ってみよう。
歌仙たちに詰られている日本号は、この本丸で心配されているのがわかる。
私に近づきすぎて、皆何が起きているのかわからないから。
そんな風にお互いがお互いを気にかけてくれる。
この本丸は暖かい場所だった。
それを、日本号は私に教えたかったのかもしれない。
「……日本号さんの隣は、あたたかいですね……」
その隣にいられるのは、なんて幸せなことだろう。
「主?」
「なんでもないです」
首を振って、笑い返した。
それにも笑顔を返してくれる。
「聞いているかい、日本号!?」
「聞いてる聞いてる」
「あなたがそういう風だから……!」
その上、詰られながらも、頭を撫でてくれる。
この人が私を好きでいてくれる。
だったら、私もそれに応えたい。
だから、ちゃんと全部を明らかにして。
隣に居られるように、もう少しだけ頑張ろう。
テーブルの下で日本号の手に触れる。視線は歌仙たちに向いたままだけど、迷わず握り返された。