[刀剣乱夢]らいぶ   作:himausa

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第三話 [ん] んで、おためし

日本号は主の部屋の前、足を揃えて座り、待っていた。声がかかるのを。

やがて、小さな声が聞こえた。

「……夢?」

戸惑いの多い声。それはそうだろう。

「主」

声をかけると、少しの間の後で、戸が開いた。

夜着姿の主が目を丸くしている。夢の中のように。

「号……っ」

そして、慌てて自分の口を押え、あたりを見回した。

「俺だけだ」

「……そう」

胸をなでおろし、主はすっと無表情になった。

「なんで」

「どこまで覚えてる」

先に問うべきことを問うと、主は少しだけ眉根を寄せ、目を閉じた。

「あれは、本当に?」

「本当に――どうにかできるのですか」

日本号を見る冷たい眼差し。だと思っていたが、夢のあとならわかる。

これは、心配をしている。

「俺を誰だと思ってる」

「日ノ本一の槍だぞ」

日本号の返事に対し、主は深く息を吐いた。

「……とりあえず、入ってください」

招かれた部屋に入る。何もない殺風景な部屋だ。

障子を閉めた主は、日本号の前に座った。

「まずはどうするのか教えてください」

「無理なら止めます」

無表情ながらも、覚悟の決めた強い眼差しで言う主。そこに昨日までの諦めは見えない。

こうでなくてはな、と日本号は口角を上げて、徳利を出した。

「俺の酒で、あんたと俺をつなぐ」

「あとはあんたから凝りを取り出す」

「そんだけだ」

小さく眉根が寄る。

「昨日の?」

「ああ」

深く息を吐く主に酒を差し出す。

「あんたが俺を拒絶しなきゃ、できる」

「……試すだけですから」

主は日本号の酒を一息に飲み干した。

その小さな左手を掴む。

じっと霊体を見て、日本号は薬指の付け根に額をつけた。

「っ!?」

「じっとしてろ」

触れると、霊的な繋がりを感じる。昨日より少しだけ強い。

「……ぁ……っ!?」

凝りを意識して引っ張り上げる。

「ぁ……ぅ……っ」

苦し気な主の背を撫でる。

どろりとした昏い霊力の塊が一つ。日本号の神域に流れる。

続けて、と思ったが、もう届かない。

「主?」

「……はぁ……っ」

荒い息をつく主が日本号を見上げる。

「……済み、ました……?」

「まだ、ひとつだ」

こんな細い身体に、どれだけ溜め込んでいる。主の霊体はまだ暗く澱んだままだ。

それに、これだけでも主には負担が大きいらしい。

そっと背中を撫でる。

「少し眠れ」

「……すみ、ませ……」

謝りながら、主の意識が途切れる。

そして、勝手にまた主の中で、霊力が渦巻いて。

凝りを増やした。

日本号は頭を抱える。

(……嘘だろ……っ)

慣れれば、もう少しとれるかもしれないが、まさか減らしたそばから増えるとは思わなかった。

しかも、本人は眠っているというのに増えたということは。身体にそれが染みついているということだ。

試しに、また凝りに触れようとすれば、弾かれた。

先行きは暗い。

だが。

夢の中、主は本当に楽しそうに「生きていた」。

あの姿が本来なら、今ここにあるべきものだ。

 

 

 

数分で目を覚ました主が瞬きする。

「……少し、軽くなりました……?」

「ありがとうございます」

礼を言われて、日本号は苦いものが喉奥にこみ上げた。

「はぁ、全然だろ」

「え」

「あんた、寝てる間も増やしてたぞ」

「……」

わかっていたのか、主は表情を変えない。もともと現実ではそう変わらないが。

日本号が見つめる視線から、主は視線をそらさずに受け止める。無表情に。

主がその調子なので、日本号は娘を見つめたまま考え込んでいた。

霊体は変化していない。暗く澱んだ塊で埋まっている。

ひどく重そうだ。

手を伸ばす。なんとなく。

主がぴくりとわずかに身体を揺らした。

だが、逃げない。

日本号は主の頭に手を置く。

主がきゅっと目を閉じる。

(……なんだ、その反応)

手を軽く上げる。主が薄目を開ける。

手を置く。主がまた、きゅっと、目を閉じる。

そんな場合ではないのに、胸の奥が小さく温かくなる。

「……主」

「はい」

「あんた、面白いな」

「はい?」

「くくっ、いや、うん。まあ、もうちっとやるか」

主の手をもう一度とる。

「まだやるんですか」

少し呆れの混じる声。

「おう。消えた分増えただけなら、マシだろ」

「……」

「そうだ、こっちこい」

「え」

主の返事を待たずに、その体を膝に乗せる。

「っ!?」

すっぽりと収まる小さな体の耳元で囁く。

「じっとしてろ」

主の左手を掴んで、握る。

「っ」

「目、閉じてろ」

「な、なんで」

「その方が落ち着くだろ」

主は何かを言いたげだが、またきゅっと目を閉じた。

ああ、そうか。これ、さっきから目を閉じる時だけ、表情がある。

だから、なんか温かい。

「くくっ」

大きく主の身体が跳ねた。

「っと」

「ふ、ふざけるなら、やめます」

「悪い悪い。ちゃんとやるって」

薬指の根元を数回撫でる。

ここが入口。だが、さっきは一回きりだった。

だったら。

主の手を口元に近づけ。

手の甲から薬指の根元に口を付けた。

霊体に、直接触れる感覚。

これなら、もっと奥まで届く。

凝りを引き寄せる。

ひとつ。

「……ぁ……っ」

ふたつ。

「……ぅ……っ」

みっつ。

「……く……ま、っ」

口を話す。

「くま?」

主を見ると、顔を紅に染め上げ、涙を目元に溢れさせて震えている。

日本号が離れたとわかると、震えながら瞼があがり。

さらに顔を赤くする。

それに、日本号はにっと笑って見せた。

「大丈夫そうだな?」

びくりと震える主はもう、無表情ではなかった。

もう一度同じようにする。

だが。

「……主」

「む、無理です」

「なんで」

「もう下ろして……っ」

「まだ終わってねぇ」

今度は全然霊体に触れられない。

完全に塞がれている。

緊張のせいだろうか。

夢の中のように、抱きしめて、身体を優しく叩く。

「怖くない怖くない」

「っっっ」

さらに身体を固くしている。

なんだ、この反応。面白い。

ただし、続けても一向に届かなくなった。

「……今日はここまでだな」

膝の上から降ろしても、主は真っ赤になったままだ。俯いて震えて、返事もできない。

だが、霊体の主はこの程度では暗く澱んだ凝りをいくつも抱えたままだ。

先は長い。

見ている端から、また霊力が渦を巻く。

「……おい」

そして、減らした筈の凝りがまた増えた。

「……すみません」

小さな声で謝る主の頭を撫でる。

「まあ、長期戦は覚悟の上だ」

「楽にはなってんだろ?」

頷く主の頭を撫でる。

「ならいい」

日本号の言葉に顔を上げた主は、また無表情ではあったが。少しだけ眉を下げている。

「いい、んですか」

「毎日やりゃいい」

「……毎日」

虚空を見つめて、呟く主は顔をそむけた。耳まで赤い。

「……毎日……」

声は震えていた。でも、嫌がってはいなかった。

 

 

 

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